茂みの中に身を潜めた星野みなみは、一歩も動けなかった。
校舎を出てからは、山道へと足を進め、急斜面を避けるようにと横道へ逸れた。
なだらかな斜面を見つけると、なるべく月の灯りに照らされない茂みへと身を隠した。
道中、闇夜に潜むなに者かに怯えたせいで、足取りは中々進んでおらず、殆ど学校から離れてはいない。
だが、みなみ自身はかなり遠くへと逃げたつもりだった。
(もう、無理だよぉ……)
意味が分からない。理解できない。誰かもっと分かりやすく説明して。
ううん、何でもいいから、誰か助けて。
こんなことをするために、アイドルになったんじゃないのに。
お家に、帰りたい……
バッグをギュッと抱きしめたのは、少しでも気を落ち着かせるための本能だった。
時折ざわめく風に唇を噛み締めて、抱いているバッグを、より力を込めて抱きしめた。
ザザザー。
風に流れて木々が揺れる。
その音に紛れて別の何かの音が聞こえた。
ザザザー、ザッ、ザザザー、ザッ。
それは怯えて震えるみなみの耳にも確かに聞こえた。
閉じていた瞳を薄く開けて、茂みの中から外の様子を伺った。
月の灯りが届いている場所に何かがいる。
再びみなみは瞳を閉じて頭を下に向けた。
風に紛れた足音がみなみの正面で止まっている。
(ごめん無理、ごめん無理、ごめん……)
頭の中で何かに謝り、何かを否定する。
ジッとしていたいのに身体がガタガタと震える。
気付くと恐怖で涙が溢れていた。
(誰か助けてよー)
そんなみなみの願いが届いたのだろうか、正面に立つ何者かが、笑い声を吹き出すように「ふっ」と発した。
「はっはっは、みなみ頭が、隠れてないよ、はっは」
特徴的な笑い声に目の前にいるのが誰かすぐに分かった。
みなみが嬉しそうに顔を上げて立ち上がる。
目の前には笑いのツボに嵌ったのだろう、堀未央奈の姿があった。
足元にはみなみと同じバッグもある。
「来てくれたんだ? 良かったぁ、もう限界だったよ」
「あっはっはっはっはっ、ごめん、お腹痛い」
なにが面白いのか、未央奈の笑いは止まらない。
口元に手を当て、下を向く。彼女なりに笑いを止めようとしているようだったが、折角得た安堵感を台無しにしてくれたみなみにすれば、面白くはないらしい。
みなみは少しだけムッとして、頬を膨らませた。
「いい加減にしてよ! 何も可笑しいことなんてないじゃん」
「はっはっはっ、だって……はっは、だって、笑うしかないじゃん」
瞬間、一人笑いを抑えきれない未央奈が、すっと真顔になった。
みなみの瞳が驚きで大きく見開く。
「私たち、生きて帰れないかもしれないんだよ?」
未央奈の右腕がみなみに向かって水平に伸びた。
暗くてよく見えないが、何かをこちらに向けている。
「だったら、私は生き残る」
大きな瞳をさらに大きくして、先程よりも太い声で放った。
再び未央奈は笑い出す。
それはホラー映画を見ているようで、みなみは奥歯をカタカタと鳴らし、次の瞬間、オクターブ高い声で悲鳴をあげていた。
バッグを拾い上げ斜面を転がるように逃げ出した。
未央奈が右手を斜面下に向けて、人差し指に力を込めた。
パンッ
硝煙が鼻腔を刺激する。
闇夜に響く一発目の発砲音は、未央奈から放たれた。
笑い声は、みなみの耳から離れてはくれない。