朝の陽射しは眩しい。手でひさしを作り、東の海と空の境界線を覗みながら、松井玲奈は目を細めた。
松井玲奈が、乃木坂46に交換留学生として兼任してきたのを運命だとするのなら、この状況もまた、運命なのだろうか。例えば、突然現れた怪物を前に、ロボットに乗って戦えと命令されたアニメの主人公のように、玲奈もまた、訳も分からず戦場に放り出された。

ポニーテールにした髪を揺らした玲奈は、傍らで地図とにらめっこしている白石麻衣に目をやった。禁止エリアの区域と時間を書き込んだ白石は、先程から自分の居る位置の確認を怠らない。

ように見えているだけで、実のところ、玲奈とどう接するべきか分からない、と言った態度が目に見えて分かった。要は、よそよそしいのだ。

玲奈は白石から視線わ外すと、もう一度ひさしを作って海を見つめた。

そして、また考える。自分はこれから、どうするべきか?
六時の放送では、四人が死んだことが分かった。玲奈が悩んでいる間に、着実に殺し合いは行われていたのだ。

それが意外だった。このグループの連中に、そんな度胸があったのかと。いくらルールとは言え、それに乗っかる人間が居たのかと。

だが、結果は放送の通り、死者は出ていた。

もしかしたら、次は自分が狙われる番かもしれない。

「ねだるな、勝ち取れ、さすれば与えられん……か」

好きなアニメのセリフを呟く。自分の求めるものはねだるのではなく、自分の力で勝ち取る努力をしなさい。こういう意味だったか。

ーーだったら、生きたいと思うこの状況も、勝ち取るべき?

白々しくバッグの中身を整理する白石と目が合った。

この子も、実は私を狙っているのだろうか。だとしたら、私はどうするべきか。

勝者は一人。だったら誰が生き残れるのか。


ーーねだるな、勝ち取れ、さすれば与えられん。


選択肢は、本当に一つだけなのだろうか。

玲奈の心は、海と空の境界線のように、ほんのりと霞み始めていた。













和田まあやは、何時間もの間、動けないでいた。足が思うように動かないのは勿論のこと、数時間前に見た光景が、焼きついて離れない。
まあやの頭の中で、その時の光景がフラッシュバックした。良い隠れ場所だと見つけた倉庫から聞こえた声。血を流した桜井玲香がのたうち周っていた。

仲が良いはずの二人に、何が起こったのか考えるよりも前に、まあやはその場から逃げ出した。数十メートルも走った辺りで聞こえた、いくつもの銃弾の音に腰を抜かし、ガタガタと震えていた。

佑美がまあやに気が付かなかったのは、不幸中の幸いだった。もし、見つかっていれば、六時の放送でまあやの名前も呼ばれていただろう。

ただ、今はその運の良さを有難がっている場合ではなかった。

まあやの居る場所が、もうすぐ禁止エリアになる。この首輪が本物ならば、禁止エリアになれば爆発すると言う。大島優子のお墨付きだ。

何時間も同じ体勢だった足を動かす。動かした足に電気が走った。

「あたたたた……」

長時間動かさなかった足は痺れていたようで、まあやは上手く一歩が踏み出せない。思わず前のめりに倒れこみ、両の手と膝を地面に着いた。このままの体勢でこのエリアから抜け出せばいい。そう思い、倉庫のあった方角を見遣る。記憶は何度もフラッシュバックした。

「だ、だめ……あっちは……」

このエリアから抜け出す最短のコースは、来た道を戻ることなのだが、まあやにその勇気はなかった。反対方向に向かって、ハイハイの姿のまま走る。自分が犬か何かになった気分だった。


「はあはあ、はあはあ……早く……」

道無き道を四つん這いで進むと、掌は小さな小石や枝葉でいくつもの傷を作る。やはり元来た道を戻れば良かったかもしれない、そんな事を考えたのは、ポケットに入れていた時計を見たからだった。

時刻は六時五十八分。禁止エリアになるまで、残り二分足らずだった。

「はあはあ……ど、どう、はあはあ、しよう……死に、たく、はあ、ない……」

まあやが立ち上がり、目の前に立ち塞がる壁を見上げた。

「はあ、はあ……うそ……なんで?」

そこは壁ではなく、高さ二メートル程の崖になっていた。

目の前の絶望に落胆する。たった二メートルの高さが、物凄く大きな壁に見えた。

ロッククライミングよろしく、まあやは傷だらけの指を岩肌に引っ掛けた。次は右脚を掛ける場所を探す。何度も脚を引っ掛けるが、中々思うように行かない。

「誰……か……誰か、助けてよーっ!」

思わず叫んだ。二度目の命の危機は、足がすくんで動けないわけではないのに、神様はなんて残酷なのだろうか。

岩肌を力強く掴んだ指先は、爪が割れ、足の痺れとは違う痛みが走っていた。

時間はもう無い。諦めたくないその思いで、何度も登ろうと挑戦した。血で染まったその手に何かの感触。

伸ばした腕の先には、高山一実が居た。














す緊迫感の欠片もない、軽快な音楽が鳴り響いた。
『おはようございます』

音の割れたスピーカーから、元気の良い男の声が聞こえた。昨夜のディレクターのようだ。

『まずは、皆さん、おめでとうございます。皆さんの協力により、順調に死者が出ています』

男の声は、昨夜のトーンに比べ弾んでいる。
ショットガンを肩から下げた優子が、声の聞こえる方角を見て、溜息を吐いた。そして、経験則から素早く地図を取り出す。

「早く禁止エリア言えっつーの」

右手にペンを持ち、毒づく。

『井上小百合さん、新内眞衣さん、桜井玲香さん、川村真洋さん、以上の四名が今回の死者になります』

死者の名前を聞いて、優子の中に疑問が浮かんだ。

「私が殺した子って……誰だったんだろ?」

どうでもいいけど、少しだけ気にはなる。

「今度から名前聞くか」

自分の殺した相手の名前くらいは知っておきたい。じゃないと、何かもやもやして気持ち悪い。

放送は続く。

『次は禁止エリアを発表します。一度しか言わないから、良く聞いておくように。まず、一時間後の七時はC-4、続いて九時はF-8、そして最後、十一時はF-1、以上です。では、皆さん引き続き殺し合いを再開してください」

プツリと音がなり放送は終わる。

優子は地図に印を付けると、自身の居る場所を確認した。

「一番近いのはF-8か…」

F-8は学校のすぐ南に当たる場所になる。東に進むと倉庫があるはずだった。

優子の中に六年前の記憶が蘇る。

「結局、私は何も出来なかったな……」

自身の武器、ショットガンを見遣る。ポンプ式のそれははあの時の物と同じ、レミントンM31と言う名前を知ったのは、この島を脱出してから随分経ってからだ。

四十八人居たメンバーの中で生き残ったのは、優子を含めてたったの三人。一緒に脱出した二人を思い出して、苦笑した。

「なんとなく……似てるかも」

今度は先ほどまで一緒に居た二人を思い出して、笑う。何も出来ない癖に正義感だけは強い里奈が、優子の頭の中で、笑うなと睨みつけていた。

「ははは。また、逢えるかな?」

その時には、ぐんと成長しているに違いない。もしかして、敵として戦うのだろうか。
またもや笑みを零した。

不敵な笑みを。

ショットガンを持ち直して一歩踏み出す。

さあ、ゲームを再開しよう。













東の空がぼんやりと明るくなった頃、未央奈は横倒しになった木の幹に腰掛けながら、食料のパンを食べていた。
固いだけでお世辞にも美味しいとは言えないパンを、大きな口で頬張る。咀嚼する度に口の中の水分を失うらしく、一口毎にペットボトルの水をゴクゴクと飲んで口の中を潤した。

一つのパンと、一つの水を胃袋に仕舞うと、未央奈は傍に置いていたナイフを手に持った。

先程、眞衣から奪い取ったナイフには、血がべっとりと付着している。足下を見遣ると、そこには横たわった眞衣の姿。頭部からは大量の血が流れたようで、斜面に沿って小さな川を作っていた。

その頭部に出来た銃弾の痕にナイフの先端を当てがうと、ぐりぐりと押し込んだ。

「ふふっ、あかーい」

流れ切れなかった紅色が、滲み出てくる。ホラー映画で見た物とは違う。綺麗な紅は、時間が経てばどす黒く変色するのだと知った。

「それにしても、さっきの顔。ふふふ」

眞衣の恐怖に脅える顔を思い出し、未央奈は笑う。拳銃を額に押し当てた時、涙を流しながら震えていた。いい大人が滑稽だなと、笑えた。

「おしっこ、漏らすんだもん。ウケる」

眞衣の顔にナイフを押し当てながら、再び笑った。

東の空はすっかり青く染まり、眞衣の血と混ぜれば、紫になるんじゃないかと想像して、未央奈は微笑んだ。

ナイフを腰のベルトに挿すと、眞衣のバッグから食料と水を一つずつ自分のバッグへと移す。

「さ、次は誰に会うかなー? 孫の手、持ってたらいいな。ふふ」

立ち上がり、伸びをすると、何処からか音楽が流れ始めた。













真洋の険しい瞳が優子にぶつかった。いつもの惚けた顔とは全く違う、鋭い瞳。それは、優子がよく知っている''やる気になっている者''と同じ目つきだった。
下に垂れ下がった銃口がぴくりと動くと、優子は咄嗟に身を低くした。瞬間、クラッカーのような破裂音がした。

二秒程遅れて里奈がみなみを庇い、身を伏せる。放たれた弾は木の幹に当たって、木屑が舞った。

真洋が銃を構えたまま姿を現す。里奈に目線をやると、再び銃口を向けた。恐怖心で里奈は顔を上げれない。

「お前の相手はこっちだろ!」

優子が叫ぶ。

真洋は躊躇することなく、優子に向けて銃弾を放つ。瞬時に木の陰に隠れた優子が、ショットガンを撃つ。銃口から火花が吹き出したと思うと、その瞬間、痛みを感じるよりも先に、真洋の右腕が無くなっていた。

「え……? え、あ、あ……」

失った腕を必死に動かそうと、真洋は左腕をバタバタと上下に揺らす。趣味の悪いホラー映画のように血液が吹き出していた。本人は何が起こったのか分かっていないようだった。

「いや、いやあああああ」

後方に落ちている自身の腕を見付けてから、真洋は何が起こったのか理解した。

優子が二発目を装塡して、構える。

「やめて!」

里奈だった。止めを刺そうとする優子の動きが一瞬だけ止まったが、すぐに真洋の姿を見添え、二発目を撃った。それは真洋の胸に当たり、後ろへと吹っ飛んだ。残された左手がピクピクと動いてから、すぐに力無く地面へと落ちた。


里奈の泣きそうな顔が優子に突き刺さる。

「言っておくけど」

優子もまた里奈から視線を離さない。

「殺さなきゃ、私たちが死んでた」

全員で助かろう、なんて甘ったれた事を言わさないようにと、突き放す言葉で言った。

「い、一回で終わりにすれば良かったのに!」

里奈もまた負けじと噛み付く。仲間の死を悲しんでいるのが、その瞳からよく分かった。

だが、やはり甘い。

「忘れた? 私が誰かってこと?」

頑固な奴に説明する気なんて毛頭ない。だったら説明はこれだけで事足りる。だって、自分は殺人鬼のゲストなのだから。

「でも、でも……」
「いいよ。私のやり方が気に食わないなら、ここからは別行動だ」

食い下がる里奈に、優子が言い放つ。

「それ、あげるから、精々二人で頑張んな」

真洋の拳銃は里奈の側に転がっていた。ちらりと銃を見てから、再び優子を見た。今度は不安そうな視線を向ける。

「死ぬなよ」

自分のバッグを持ち上げると、優子は二人を見ることなく、踵を返した。

小さな背中が遠ざかる。

暗闇に溶けた後も、足音だけが暫く聞こえていた。