和田まあやは、何時間もの間、動けないでいた。足が思うように動かないのは勿論のこと、数時間前に見た光景が、焼きついて離れない。
まあやの頭の中で、その時の光景がフラッシュバックした。良い隠れ場所だと見つけた倉庫から聞こえた声。血を流した桜井玲香がのたうち周っていた。

仲が良いはずの二人に、何が起こったのか考えるよりも前に、まあやはその場から逃げ出した。数十メートルも走った辺りで聞こえた、いくつもの銃弾の音に腰を抜かし、ガタガタと震えていた。

佑美がまあやに気が付かなかったのは、不幸中の幸いだった。もし、見つかっていれば、六時の放送でまあやの名前も呼ばれていただろう。

ただ、今はその運の良さを有難がっている場合ではなかった。

まあやの居る場所が、もうすぐ禁止エリアになる。この首輪が本物ならば、禁止エリアになれば爆発すると言う。大島優子のお墨付きだ。

何時間も同じ体勢だった足を動かす。動かした足に電気が走った。

「あたたたた……」

長時間動かさなかった足は痺れていたようで、まあやは上手く一歩が踏み出せない。思わず前のめりに倒れこみ、両の手と膝を地面に着いた。このままの体勢でこのエリアから抜け出せばいい。そう思い、倉庫のあった方角を見遣る。記憶は何度もフラッシュバックした。

「だ、だめ……あっちは……」

このエリアから抜け出す最短のコースは、来た道を戻ることなのだが、まあやにその勇気はなかった。反対方向に向かって、ハイハイの姿のまま走る。自分が犬か何かになった気分だった。


「はあはあ、はあはあ……早く……」

道無き道を四つん這いで進むと、掌は小さな小石や枝葉でいくつもの傷を作る。やはり元来た道を戻れば良かったかもしれない、そんな事を考えたのは、ポケットに入れていた時計を見たからだった。

時刻は六時五十八分。禁止エリアになるまで、残り二分足らずだった。

「はあはあ……ど、どう、はあはあ、しよう……死に、たく、はあ、ない……」

まあやが立ち上がり、目の前に立ち塞がる壁を見上げた。

「はあ、はあ……うそ……なんで?」

そこは壁ではなく、高さ二メートル程の崖になっていた。

目の前の絶望に落胆する。たった二メートルの高さが、物凄く大きな壁に見えた。

ロッククライミングよろしく、まあやは傷だらけの指を岩肌に引っ掛けた。次は右脚を掛ける場所を探す。何度も脚を引っ掛けるが、中々思うように行かない。

「誰……か……誰か、助けてよーっ!」

思わず叫んだ。二度目の命の危機は、足がすくんで動けないわけではないのに、神様はなんて残酷なのだろうか。

岩肌を力強く掴んだ指先は、爪が割れ、足の痺れとは違う痛みが走っていた。

時間はもう無い。諦めたくないその思いで、何度も登ろうと挑戦した。血で染まったその手に何かの感触。

伸ばした腕の先には、高山一実が居た。