閃光に爆音を轟かせながら、JSTの大型宇宙客船J18の13便が、コズミック・ホールから出てきて、オリオン大星雲にやってきた。閉ざされていたシャッターが全開になり、早起きの乗客に信じられない光景を見せつけた。

すれちがいに、アメリカのUSCT(ユナイテッド・ステイツ・コズミック・ツアー)の大型宇宙客船が、地球へ帰るため、コズミック・ホールへ入っていった。


ほかの生徒たちが起きてこないうちに飲み物を買うため、朱里はパジャマのまま五階にある自動販売機へ行った。早朝だからか、通路には乗客の姿がほとんどない。不思議な形をした清掃ロボットが一生懸命に働いていて、朱里がそばを通ると、ロボットが、「オハヨウゴザイマス」と挨拶をしてきた。朱里も、「おはよう」と挨拶を返した。

自動販売機には、いろんな飲み物のほかに、パンやハンバーガーなど、沢山の種類の食べ物やお菓子も売っていた。お金は、タッチ・パネル式DNA鑑定装置で、自分の銀行口座から自動で引き落とされる。その鑑定システムは、本人の生存や細胞の生死などを詳細に識別できるため、他人のDNAを使った偽造は、完全に出来ないようになっている。

朱里は、お茶やジュースのほかに、昼食と夕食のパンも買うことにした。――朝食は、おばあちゃんのおむすび。これで今日は食堂に行って、嫌な思いをしないですむ。

キャビンへ戻る途中、オリオン大星雲の美しさに見とれた朱里は、立ち止まってしばらく眺めることにした。すると、後ろの方のから空港で長官と話していた男がやってきた。

「素晴らしい眺めだな、高橋朱里さん」

朱里が戸惑っていると、

「名前は『朱里』でいいんだよな?」

と男が訊いてきた。

「は、はい……」
「俺が誰か分かるかい?」
「元軍人さん。エリートの……」
「俺を知ってるのか?」
「あの……成田で」
「ああ、なるほど。宇宙科学庁の長官と話していたとき、そばにいたのか」
「はい」

男は、朱里の持っている食べ物に目をやった。

「大勢の前で、あんないじめをされたら、もう食堂では食えないよな」

朱里は黙ってうつむいた。

「生徒に訊いたよ。学年で成績は最下位、運動はまったくダメだって」

朱里がうつむいたまま黙っていると、男は続けて言った。

「バカすぎて親に捨てられ、年寄り夫婦の養女になったそうだな」
「それは違います! ほんとの両親は、私が小さいころに死んでしまったの。毎年お墓参りに行ってるもん」
「それ以外は、本当だってことだな」

男の言葉に、朱里は何も言えなかった。

優等生だった彼も、中学生のころいじめを受けていた。だが、復讐を決意し、頭と力を使った冷酷で残虐な方法で、相手を叩きのめしたのだ。

「いじめを受けたら、二つの道がある」

そう話す男の顔を朱里が見あげると、彼は続けて話した。

「逃げるか、闘うかだ。頭脳も体力もない君には、どうやっても勝ち目はない。逃げる道を選択しろ、逃げるのも立派な戦術だ。もう学校に行く必要はない。バーチャル・スクールで、その気になれば自宅でも充分勉強できるだろ――いや、勉強などしなくてもいい」

バーチャル・スクールとは、人間の五感の仕組みを解明して、三百六十度の完璧な3D映像を実現し、嗅覚、味覚、触覚もリアルに疑似体験できるユニバーサル・3Dバーチャル・コミュニケーション技術を、自宅に利用した教育システムである。

「でも……」

朱里は言葉につまった。

「近い将来――まあ、いい」

男の顔つきが変わったが、鈍感な朱里には気がつかなかった。

「そのうち教えてやる……全人類にな」

男はオリオン大星雲の星々を眺めながら、押し殺したような低い声で言った。






夕食は食べに行かずに、朱里は学生服からジャージに着替えてしまった。普通は、男子の気を引くためにおしゃれな普段着を女子は持ってくるのだが、彼女は普段着代わりにジャージを三着しか持ってこなかった。

キャビンに戻ってきたクラスメイト達は、朱里が普段着を持ってこなかったことを知り、さんざんバカにし、バカと同じ部屋で寝るのは我慢できないと言って、二人は荷物を持って他の部屋に移っていった。

これで明日が来るまで一人でいられる。小窓から見える宇宙を眺めながら、きっと天国のおじいちゃんが助けてくれたにちがいないと、朱里は思った。安心した途端にお腹が空いてきたので、おばあちゃんが持たせてくれたおむすびを一つ食べ、もう一つは明日の朝、食べることにした。

朱里は、そのおむすびをどんな高級料理よりも美味しく感じた。おばあちゃんの作ってくれたおむすびの味に、朱里は自然と涙が溢れてきた。


最初のコズミック・ホールは、火星と木星の軌道の間にあるアステロイド・ベルト付近にあり、突入時はスペースシップの特殊ガラスのシャッターを全て降ろす。それが、船内アナウンスとともに、コズミック・ホールへ入る合図でもあった。この間、乗客は外の景色を一切見ることは出来ないが、見たとしても特に何も見えない。シャッターを閉めっぱなしにするのは、乗客へトンネル内にいることを示すためと、出入時に起こる閃光と爆音を軽減するためだ。

スペースシップは、およそ三十分かけて一箇所目のコズミック・ホールを抜けると、海王星軌道の先にあるカイパー・ベルト天体に出た。そして、数時間航行し、冥王星軌道より先にある二箇所目のコズミック・ホールへ突入していった。

時間の感覚を失わないため、船内は地球の日本時間に合わせて薄暗くなり、夜のような演出がなされる。カジノやバーなど、ほとんどの娯楽施設は夜通しやっているので、先生たちの楽しみはこれからだ。

生徒たちはもう寝る時間だが、友達同士で過ごす宇宙の船旅、楽しくて寝られるはずがない。宇宙で一人の夜を迎える朱里もなかなか眠れなかったが、それは楽しいからではなく、明日になるのが不安だったからだった。

それでも、一日目はなんとか終わった。これから九時間かけて、このコズミック・ホールを抜けると、そこは地球から千六百光年以上の彼方である――






火星の横を通りすぎるとき、乗客が観賞できるようにスペースシップは速度を落とした。知名度の高い惑星などの近くでは、ゆっくりと航行する。

生徒は先生に呼ばれて、最上階にあるパノラマ・ラウンジに集合した。このラウンジは公園のように広く、宇宙が百八十度見渡せるようになっている。生徒たちは火星を観賞しながら、人類の惑星移住計画、テラフォーミングの失敗についてなどの授業を長官から受けた。

『テラフォーミング・プロジェクト』それは今から二千六百年以上前、火星に地球と同じような環境を人工的につくり、人類が火星へ移住出来るように行われた。計画に着手してからおよそ百年後、火星に濃い大気ができ、人間は小型の酸素マスクだけで活動できるまでになった。そのまま計画が順調に進めば、数百年後の火星は地球と同じような環境になる予定だった。

しかし、永久凍土層の氷を一部溶かしたとき、地球上には存在しない、人類の医療では太刀打ちできない殺人ウイルスが大気中に発生し、次々と死者を出してしまった。その殺人ウイルスについて分かったことは、種類は二百三十種類以上、感染すると四時間以内に死亡、地球上ではなぜか生息できない、などであった。

火星が地球と同じ環境になれば、殺人ウイルスも絶滅するのではないかという説もあったが、科学者たちがその説を否定した――それどころか、ウイルスの種類が増えつづけると断言した。そういうわけで、テラフォーミング・プロジェクトは、着手からおよそ百五十年後に断念された。

宇宙技術が発展し、コズミック・ホールの発見で、より遠方へ行けるようになると、人類は移住できそうな惑星や地球外文明を求めて探査を開始した。この探査を本格的にはじめたとき、宇宙条約で、『地球文明より劣る地球外文明を発見した場合、その惑星には絶対に関与してはならない』と定められた。発達していない文明に、高度な科学知識や技術を教えると何が起こるか分からないので、危険だと考えられていた。

しかし、約二千年以上探査し、いろんな惑星で数え切れないほどの地球外生命体が発見されたが、文明を持つ人類のような知的生命体は見つからなかった。また、人類が移住できそうな環境の惑星も発見できなかった。そして、いまから五百年前に、このような目的の探査は打ち切られた。

このときの探査でわかったことは、この銀河系だけでも無数の生命体が存在すること。地球と同じような環境でければ生物は生存できないと考えられていたが、そうではなかったこと――水がまったくない惑星にも生物はいた。コズミック・ホールが無数にあること。地球外文明や地球環境と同じような惑星を発見するのは、極めて困難であることなどであった。

科学の発展が地球環境を悪化し、ほかの惑星への移住計画が開始されたのだが『私たちは地球を見捨てない』をスローガンに、最終的に人類は、科学の力で地球環境を改善する道を選んだ。現在の地球環境は、ほぼ完璧に近い状態を常にキープしている。世界の総人口は約三十五億人――もし、四十五億人を超すと、人口調整プログラムが発動し、数百年をかけてゆっくりと三十五億人前後まで戻される。

現代の宇宙探査は、過去のような目的ではなく、学術的な宇宙構造の把握を目的に行われている。次々に見つかったコズミック・ホールによって、宇宙の構造もかなり分かってきた。

コズミック・ホールとは、宇宙空間にある謎のトンネルで、その原理は完全には解明されていない。トンネルへ入ると、数光年から数百、数千、数万光年と、わずか数十分から数十時間で移動できる。このトンネルの存在によって、遥か彼方の宇宙旅行が数日間で行けるようになった。

朱里を乗せたスペースシップが目指すM42へは、二箇所のコズミック・ホールを経由し、約一日かけて到着する。そして、オリオン大星雲で五日間を過ごし、また一日かけて地球にもどってくるという七日間の旅である。

次に長官が、火星に建設された無人の電波中継施設や天体観測施設などについての説明をしようとしたときには、もう火星をとっくに通過してしまった。

「いかん、いかん、火星を通りすぎてしまった。この続きは帰りに説明しよう。では、今日はここまで」

少し照れたように長官は早足でパノラマ・ラウンジを出て行った。

「えー、今日の授業は、これで終わり。えー、これからは、自由行動を取ってよし。えー、ただし、夕食をすませるまで、学生服を着替えないようにしてください。それとくれぐれも、ほかの乗客に迷惑をかけないようにお願いします」

校長の指示で、生徒たちは嬉しそうに解散していった。朱里はパノラマ・ラウンジで宇宙を眺めていたかったが、誰かにいじめられるのを恐れて、自分のキャビンへ戻ることにした。






セーフティー・シートから離れ、シャトルを出ることが許された乗客たちは、それぞれのキャビンへ向かう。生徒たちも先生の指示に従い、自分たちに割り当てられたキャビンに行くため、一組から四組まで男女二列にならび、通路を歩いていった。各所に設置された大小の画像ディスプレイには、離れていく地球の映像や太陽系の説明、JSTの宣伝などが映し出されている。

生徒たちが通路を歩いていると、それまで閉じていたシャッターが開き、特殊ガラスの大きな窓から、肉眼で地球や宇宙を展望できるようになった――この特殊ガラスは、恒星などから出る人体に有害な光線を百パーセントカットし、ガラスの色を変えずに眩しさを自在にコントロールできる。

数人の生徒から低い歓声があがり、校長が生徒に向かって言った。

「地球とも、えー、しばらくお別れです」

一番後ろを歩いていた朱里は、どんどん遠ざかっていく青い故郷を見て、もう引き返せないと覚悟を決めた。

キャビンは、特等、一等、二等があり、部屋の大きさは様々で、生徒たちは四階にある二等の四人部屋である。同じ階の一等の二人部屋が、先生たちの泊まるキャビンだ。

朱里が泊まるキャビンは38号室であった。朱キャビンへ入り、自分のベッドに荷物を置き、寝泊まりする準備をした。四人部屋だが朱里以外は二人の女子しかいないので、朱里は二人から離れたベッドを選んだ。

ナイト・テーブルに荷物を入れている朱里を睨んで、一人の女子が言った。

「こいつと同じ部屋なんて、最悪だよ」
「ほんと、こいつ見てると気分が悪くなるのよね。あー気持ち悪い」

もう一人の女子が、荷物を整頓しながら言った。

「いじめられてたら、普通は来ないわよね」
「バカだから平気で来られるのよ。宇宙だって、こんなバカが来たら迷惑よ」
「来るなって言ったのに。ひざまずいて謝りなさいよ!」

怒鳴るようにそう言うと、徐に朱里を睨みつけた。

「……ごめんなさい」

朱里は床にひざまずき、小さな声で謝った。

「聞こえないわ!」怒鳴りつけ、朱里の肩に力強い蹴りを入れた。

その勢いで朱里は後ろへのけぞり、ナイト・テーブルの角に頭をぶつけて、床にうずくまった。

彼女は学年でトップの優等生である。実は彼女もいじめられていた時期があった。成績が優秀すぎても、いじめのターゲットにされるのだ。その時期、孤独だった彼女は、自分から進んで朱里と友達になった。

二人は、一緒に通学したり、買い物へ行ったり、遊園地へ行ったり、お互いの家に遊びに行ったりするほど仲よしになった。やっとできた友達に、朱里はとても嬉しくなった。

しかし、彼女が友人に、「朱里をみんなの前で泣かせたら、あんたをいじめるのをやめて、仲間にしてやるわ」と約束したことで、彼女は朱里を裏切った。朱里と友達でいても、なんの得にもならない――それが、成績優秀な頭脳がはじき出した計算の答えであった。

「それ以上バカにならないから、心配しなくていいわよ」

頭を抱えて床にうずくまる朱里に向かって、その友人が冷たく言うと、彼女が高笑いした。ちょうどそのとき、月の真横を通過しているという船内アナウンスが流れてきた。







大型宇宙客船の船内は五階に分かれていて、キャビン、大食堂、娯楽施設などは、一階より上の階にある。大気圏を抜けるまで、乗客たちはシャトルと呼ばれる一階にある部屋へ入り、セーフティー・シートに坐る。この部屋は、離陸から大気圏を抜けるまでと、大気圏突入から着陸までの間しか通常は使われない。シート数は四百席――この船は、乗員乗客合わせて四百五十五人乗りである。乗員五十五名のほかに、簡単な業務を行うロボットが搭載されている。

動力は反物質エンジン――宇宙空間の水素原子を集め、その半分を特殊な装置を使い、電気的に反対の特性を持つ反粒子にする。そして、粒子と反粒子を反応させ、対消滅を起こし、光に変えて噴射させる光子ロケット推進システムだ。宇宙空間の水素を利用するため、燃料は無限である。ほぼ光速での飛行が可能だが、それでは宇宙を観光する意味がないので、目的地と日数に応じて速度を調整する。

船内の重力は、グラビテーション・バランサーにより、離陸から大気圏を抜けるまでと、大気圏突入から着陸までを1.5~3Gに設定され、宇宙空間では船底に向かって1Gに設定される。つまり、宇宙では地球上と同じ重力がキープされるのだ。

さらに、人工光と人間の呼吸で出された二酸化炭素で植物の光合成以上のことができるクロロフィルターを使ったエア・コンディショナーが、酸素不足になることを防ぐ。


今回の乗船率は朱里の通う中学校の科学授業が加わったため、約七十パーセントであった。

朱里は、ほかの乗客たちと同じようにセーフティー・シートへ坐り、安全ベルトをして、正面の大画面ディスプレイを見つめていた。宇宙旅行では、離陸時に大画面の画像ディスプレイに映し出されるカウントダウンを、十秒前から乗客全員で声を出して行うのが恒例になっている。

離陸準備が整い、大画面ディスプレイには三分前からカウントダウンがはじまっている。朱里の鼓動は、周りへ聞こえるのではないかと思うくらいに高鳴った。彼女に限らず、どんなに宇宙旅行に慣れている人でも、離陸時のカウントダウンは緊張する。

離陸二分前になり、一分前になった。そして、ついに十秒前になって、乗客たちによるテン・カウントダウンがはじまった。生徒たちの若い声が特に響く。だけど、朱里はみんなと一緒に声を出すことができなかった。

「10、9、8、7、6、5、4、3、2、1、リフト・オフ!」

JST(ジャパン・スペース・トラベル)の大型宇宙客船J108の13便は、噴射音とともにゆっくりと、機体を水平のまま垂直にあがっていった。大画面ディスプレイには、小さくなっていくスペースポートが映っている。スペースシップは、徐々にスピードをあげ、対流圏を抜け、成層圏に入り、高度四十キロメートルで船体を垂直に傾けて、さらにスピードをあげ、中間圏、熱圏を抜け、高度九百キロメートル先の外気圏へ一分三十秒で飛び立った。

大画面ディスプレイに映っていた地表は青い地球となり、無事に大気圏を抜けたことを知らせる船内アナウンスが流れ、乗客たちの拍手が鳴り響いた。朱里を乗せたスペースシップは、遥か彼方にあるオリオン大星雲を目指して航行をはじめた。