四階にあるナビゲーション・ブリッジのドアが開き、男と二人の仲間が武装して入ってきた。

ブリッジには、JSTの制服を着た男性三人と女性二人が勤務している。船長は四十代前半の男性で、ほかには三十代後半の操縦士の男性と三十代前半の副操縦士の女性、それと二十代後半の男性と二十代前半の女性のオペレーターが居た。ブリッジのドアは厳重なセキュリティーで守られていて、関係者以外は入れないはずであった。

「な、なんだ君たちは! どうやって入ってきたんだ!?」
「見ればわかるだろ。ドアからだよ」

そう言って男は、男性オペレーターをマシンガンでいきなり射殺した。
ブリッジ勤務のクルーに戦慄が走った。

「この程度のセキュリティー・システムなんて、簡単に破れるんだよ」

仲間の一人が言うと、男が意気込む。

「この船をスペースジャックする! 大人しく言うことを聞いてもらうぜ」
「何が要求だかわからないが、女性二人はブリッジの外に出してやってくれ」

船長が頼むと、

「いいだろう。女二人は外に出ろ」

と男が言った。

そして、女性の副操縦士とオペレーターがブリッジから外に出て行こうとしたそのとき、男は彼女たちの背中をマシンガンで撃ち、冷酷に殺してしまった。

「なんてことをするんだ!」

船長は愕然と言い放つ。

「男女平等だろ。都合の悪いときだけ『女だから』なんて、俺には通用しないんだよ。死体を外に出せ」

男に命令され、仲間の二人は、射殺された三人の遺体をブリッジの外に出した。

「私と船長を殺したら、船を操縦できる者はいない。地球には帰れませんよ」操縦士が言うと、「その心配はない。オートでもマニュアルでも、俺たちが操縦できる」と自信たっぷりに言い返され、操縦士は目を泳がせて口を噤んだ。

「分かった、抵抗はしない。君たちの要求を聞こう」

ようやく諦めたのか、船長が両手を挙げたままの格好で男に向かって言った。


男の仲間三人が制御室に入ってきて、JSTの作業服を着た男性オペレーター二人を射殺したのは、それとほぼ同時間のことだった。

「もう一人いるはずだがな」
「それはあとだ。こっちを片づけちまおう」

三人は制御パネルに向かって操作した。乗員乗客が隠れられないように、すべてのキャビンのドアロックを解除し、また彼らが脱出できないように、ライフポッドの緊急ハッチを開かなくした。

「これで誰も逃げられない」
「ああ。それに、キャビンに閉じこもることもできないだろう」
「じゃあ、連絡だ」

仲間の一人が制御室の回線を使って、ブリッジの男に連絡した。

「制御室は占領しました」
「いいぞ。ライフポッドを使えないようにしたか?」

スピーカーから、男の声が返ってきた。

「はい」
「キャビンのほうは?」
「OKです」
「よし。指示をするまで、その場で待機だ」
「了解!」

三階後部にある制御室は、すべての階と吹き抜けになっている機関室と繋がっていた。機関室からエンジンの点検を済ませ、戻ってきた中年男性の機関長が、いまの会話をドアの裏に隠れながら聞いていた――制御室のオペレーター二人が殺されていることも確認した。彼は気づかれないように機関室へ引き返し、エンジンの隙間に身を潜めた。

「大変なことになったぞ」

機関長は震えながら呟いた。

制御室で待機している男の仲間の一人が、思いついたように口を開く。

「そういえば、もう一人いるはずだ。制御室にはオペレーター二人と、機関長が一人いる」

彼は遺体を見て、続けて言った。

「こいつらはオペレーターだ。機関長がどこかにいるはずだ」
「機関室だ! 機関室にエンジンの点検をしに行ってるんだ!」

他の仲間が言うと、三人目の仲間が言った。

「機関室だな。俺が行ってくる」

制御室にあるドアを開き、中へ入っていった。






捨てられたと思っているバッグを取りに行くため、朱里はゴミ集積場を捜して、一階の立ち入り禁止区域に知らない間に迷い込んでしまった。誰かに訊くにも、そこには人の気配はなく、作業用ロボットがうろついてるだけであった。

食料品などの倉庫に入った朱里は、出口を見失い、さまよってしまった。荷物の山で、まるでダンジョンのようになっていて余計に不安にさせる。彼女が出口を捜していると、迷彩服を着た十二人の男たちが、何かをしている現場に出くわした。朱里は慌ててしゃがみ、荷物の陰に隠れ、そっと覗くと、元軍人の男とその仲間たちが真剣な表情で、ライフルやマシンガンなどの銃器を整備していた。

「もう一度確認するぞ」リーダーの男が、他の連中に指示をしている。「俺たち三人は、ナビゲーション・ブリッジへ行く。お前ら三人が制御室だ。あとの六人は、ブリッジと制御室以外の乗員と乗客を全員パノラマ・ラウンジに監禁しろ。抵抗する奴は、容赦なく殺せ」

仲間たちが頷くと、男はマシンガンのマガジンに弾丸を込めながら、つけ加えて言った。

「銃の手入れは、万全にしておけよ」

朱里がその様子を眺めていると、何かが肩を叩いた。しかし、彼女は目の前の光景に驚き、気がつかない。二度肩を叩かれて、朱里はやっと気づき、後ろを振り返った。

「ドイテクダサイ」

作業用ロボットだった。

「しーっ! 静かに!」朱里は人さし指を口にあてて言った。
「ドイテ、ドイテ、ジャマデス、ジャマ」
「うるさいの、あっち行ってね」
「シゴト、シゴト、ジャマデス、ジャマナノ」
「お願い、あっち行って」
「アナタガ、アッチイケ、ドッカイケ」
「聞こえちゃうでしょ」
「さっきから聞こえてんだよ」

男の声に振り向くと、朱里に銃を向けて、十二人の迷彩服の男たちが立っていた。

「殺しますか?」仲間の一人が訊くと、「いや、ライフポッドにぶち込む」と男が答えた。

ライフポッドに乗り込むための緊急ハッチがならぶ一階の通路に、朱里は男と仲間たちに連れられてきた。五人乗りのライフポッドは、予備を含めて各階に二十機ずつ、全部で百機搭載してある。

仲間の一人が一箇所のライフポッドの緊急ハッチを開き、男が朱里を中へ放り込んだ。

「バカは救いようがないな。この中で、おとなしくしてろ!」

そう言って、男は緊急ハッチを閉め、ロックをかけた。

「出してください!」朱里は泣きながら頼んだが、外にはまったく聞こえない。

「よし、行くぞ。ミッション開始だ」

男が仲間たちへ向かって命令し、マシンガンの薬室に弾丸を装填した。








自分のキャビンに長官が入ろうとしたとき、乗客の青年が声をかけてきた。

「すみません。あの学校の先生ですか?」
「いいえ、私は宇宙科学庁の者で、科学授業に同行してきました」
「ああ、なるほど」

青年は、長官の顔をどこかで見たことあるような素振りで言った。

「何か用でしたか?」

長官が訊くと、青年はカメラから録画チップを取り出して言った。

「これ、今朝、パノラマ・ラウンジで撮影したんですけど」
「これは?」

長官は、青年から録画チップを受け取った。

「あの学校の先生に渡してください」
「私も見ていいのかな?」
「どうぞ」

青年と別れ、長官はキャビンに入って、ソファーに腰をおろし、新聞を開いた。その新聞は紙ではなく、紙のように薄い画像ディスプレイで、折りたたむことや筒状に丸めることができる。地球近辺なら、新しい情報をいつでも検索して見ることができ、またテレビやビデオとしても使用できる。ただ、地球から離れすぎてしまうと、船内で流している情報やテレビ番組などしか見られないのが難点だった。

長官が、青年から渡された録画チップを新聞のビデオスロットにさし込むと、パノラマ・ラウンジで朱里がいじめられている映像が映し出された。

「この子たちは……こんなことをするために生まれてきたのではないだろ……」

長官の呟きは、怒りを通り越し、悲しみに溢れていた。

朱里がいじめられていることには気づいていたが、実際の映像で見せられるとかなり生々しい。長官は、スーツの内ポケットからカードを出して、校長につないだ。

『カード』とは、電話、免許証、身分証明、保険証、車や家などの鍵、財布、情報端末など、その他、いろんな役割を果たす携帯コンピューターである――セキュリティー・ロックで、本人以外は絶対に使用することが出来ないようになっている。

「もしもし、私です。校長、見てもらいたい映像があるんですがね……」



授業は午前中で終わりだった。夕食がすむまで学生服を着ていないとならないが、昼食以降は自由行動になっている。

生徒たちは、昼食を食べるために食堂へ向かったが、朱里は自分のキャビンへ急いで帰った。部屋から出なければ、今日はいじめを受けることはない。二日目も終わったようなものだった。けれど、そんなにあまくはなかった。朱里がキャビンに入ると、同室の友人二人がソファーに腰かけ、今朝買った朱里のパンやジュースを飲み食いしていた。

「悪いわね。私たちのために買っておいてくれたんでしょ?」そう言うと、「あんたにしては気が利くわね」と偉そうにもう一人が言った。

朱里は不安な表情で、ただ立ちすくんでいる。

「よく考えたら、なんで私たちが部屋を替わらなくちゃならないのよ」

そう言って、朱里に食べかけのパンを投げつけ、彼女の顔面に直撃した。

「ストライク! さすが」
「私たちがこのキャビンを使うから、あんたは出て行ってよ。ほかのキャビンに入れてくれなかったら、通路で寝ればいいじゃん。わかった?」

友人の命令に、朱里は頷くほかなかった。何を言っても、追い出されるに決まっている。しかたなく朱里は自分のバッグを持って行こうとするが、バッグがどこにもなかった。

「あれ? 私のバッグが……」

朱里がバッグを捜していると、

「忘れてた! あんたの荷物なら、ゴミとまちがえてダストシュートに捨てたわ。必要なら一階のゴミ集積場で捜してきな」

朱里が目に涙を浮かべ、キャビンから出て行くと、テーブルの下から朱里のバッグを引きずり出した。

「バカってムカつく!」

自分の言葉とは裏腹に、彼女は心の中に強烈な罪悪感が湧いてきた。


長官のキャビンで、乗客の青年が撮ったいじめの映像を見せられ、校長はひたすら謝った。

「私に謝ってどうするんです。校長!」

厳しい口調で、長官が怒鳴る。校長の顔色がみるみると青ざめていくのが分かった。

「は、はい。責任を持って解決します」

「四組の担任と副担任は?」長官が訊くと、「はい、えー、二人には、厳重に注意しておきます」と校長が答えた。

「そういうことじゃないでしょ! どこで何をやっているんです」

長官が怒鳴る。

「あ、はい、その、あー、確か……えー、どこでしたか……えー、そう、カ、カジノだと思います」

と校長が話した。

「生徒が苦しんでいるのに、先生はカジノでギャンブルですか! 信じられない……」

長官は深いため息をつき、部屋中に重い空気が流れた。






昔は、オリオン大星雲内で神秘的な星々の光景を眺めると、誰もが心を洗われたものである。しかし、今ではそうでもなさそうだ。観光客たちは星を眺めるより、船内の娯楽施設で遊ぶほうが楽しいようだし、学生たちは神秘的な光景より、いじめのほうが楽しいように見える。

今日の長官の授業は、ここへ来るためのコズミック・ホールを発見した、日本の宇宙探査船の事故についてなどであった。

冥王星軌道の先から、オリオン大星雲をつなぐコズミック・ホールが発見されたのは、いまから約千年前だ。トンネルを発見した宇宙探査船には、三人の日本人宇宙飛行士が搭乗していた。その宇宙探査船は、オリオン大星雲内で小惑星に接触し、大破してしまう。

三人の宇宙飛行士は、一人乗りのライフポッドで各自に脱出したが、当時二十七歳の男性宇宙飛行士だけが行方不明になってしまった。しかし、ほかの二機のライフポッドが無事に生還してきたことで、コズミック・ホールの位置や事故の詳細が明らかになった。

その千年前の事故以来、オリオン大星雲での事故は一度もない。――ちなみに、現在のライフポッドは五人乗りで、乗っている人が操縦しなくても、自動で地球にもどってくるようになっている。

「ーー以上、今日の私の授業は終わり。このあとは、各組の先生方が教えます」

長官は生徒に軽く手を振って、パノラマ・ラウンジから出て行った。


組ごとに分かれて、授業の続きは担任と副担任が引き継いだ。

「ノートを出して、オリオン大星雲のトラペジウムをディスプレイに表示しろ」

そう言いながら、先生は生徒たちの間を回った。

「準備できたか?」

生徒たちに呼びかけながら、先生が見て回っていると、朱里が電子ノートを持ってないことに気がついた。

「ノートはどうした? 高橋」

朱里はもじもじしているのが気に入らなかったのか、先生が怒鳴った。

「どうしたんだ!」

朱里の身体がびくっとなった。

「忘れたんだな」

朱里が何も言わないので、先生はさらに激しく怒鳴った。

「なんとか言え! 忘れたんだろ!」
「……ち、ちがいます」

おびえながら、朱里はやっとの思いで答えた。

「それなら、どうしたんだ? キャビンに置いてきたのか?」

朱里は首を横に振った。

「正直に答えろ! 忘れたんだな!」

先生の尋問に、朱里はどうしていいかわからず、とうとう泣き出してしまった。

「泣いてごまかしたってダメだぞ! 何しにオリオン大星雲まで来たんだ! 勉強する気がないんだろ! バカ!」

電子ノートを捨てられたことを話せば、いじめがひどくなる。同じような状況で、朱里は何度も泣いてきた。十四歳にもなって、人前で泣くのは恥ずかしい――彼女はいつも自分の限界まで我慢する――それでも我慢出来ず、泣いてしまうのであった。

クラスメイトたちは、その状況を見てにやにやと笑っている。副担任は、冷たく鼻で笑った。そばにいる観光客のほとんども、笑いながら朱里を見物していた。






学生服に着替えた朱里は、電子ノートを持って、集合場所のパノラマ・ラウンジへ向かった。電子ノートには、太陽系やオリオン大星雲、銀河系などの膨大なデータを出発前に学校で入れてもらった。今回の科学授業の唯一の教材である。

パノラマ・ラウンジに生徒たちは集まっていたが、先生たちと長官はまだ来ていなかった。朱里をいじめるには絶好の機会だ――もしいれば、助けてくれたかもしれない長官たちの姿もなかった。

友人たち数人は、電子ノートで朱里の頭を叩いている。

「やめてください」朱里が半泣きで頼むと、「頭がよくなるおまじないだってば」と言った。

「あんたのために、みんなも協力してよ」

一人の女子が呼びかけると、ほかのクラスの連中も朱里の頭叩きに参加した。

「やっぱダメだな! バカは治らない」

笑ながらそう言って、朱里に蹴りを入れた。

倒れた朱里が、その拍子に電子ノートを落とすと、それを拾って言った。

「バカのあんたには必要ないわね。宇宙の勉強したって、あんたにはなんの意味もないじゃん」

そう言うと、ダストシュートへ向かった。朱里は起きあがり、彼女の学生服の袖をつかんで言った。

「返して、お願い」
「触るんじゃないわよ! 汚いわね」

朱里を振り払い、彼女は電子ノートをダストシュートに捨てる仕草をした。

「いつものように、ひざまずいてお願いしたら、返してやってもいいわ」
「お願いします……ノートを返してください」

朱里が床にひざまずいて頼むと、彼女は朱里の頭に足を載せて踏みつけた。

「ちゃんと覚えておきなさい、おバカさん。ゴミは、ここに捨てるのよ」

朱里の電子ノートを、彼女はダストシュートに捨ててしまった。ほかの生徒たちが爆笑している。パノラマ・ラウンジにいる大人の観光客たちは、見て見ぬふりだ。朱里はダストシュートの中を覗き込んだが、もう手遅れだった。そして、先生たちと長官が来て、生徒を組ごとに並ばせ、授業がはじまってしまった。