見たこともない、いろんな植物を観察したり、変わった昆虫を眺めたり、昼寝をしたり、食事をしたり、独りごとを言ったり、岩などを砕いて超人気分を味わったりして、朱里は一日を過ごしたが、ついに救助隊は来なかった。彼女が何よりも心配だったのは、おばあちゃんのことだった。自分が生きていることを、一刻も早く知らせたいと思っていた。
空気が澄んでいるせいか、夜は満天の星空で、とても美しかった。朱里はライフポッドにあった毛布を外に敷いて、夜空の星を眺めながら食事をすることにした。夜の森の独特な匂いと星空が気持ち良くて、特殊パックに入ったおいしい非常食が、彼女にはさらにおいしく感じさせた。食事をすませた朱里は、毛布に仰向けに寝そべり、もっとよく星空を眺めることにした。
「星が綺麗……手に届きそう」
片手を夜空へのばし、そう呟いた朱里の穏やかな表情が、だんだんと険しくなってきた。彼女は突然起きあがり、夜空を食い入るように見つめた。
「……ここは……地球じゃない……」
天文学の知識が一切ない朱里でも、それを理解することは容易に出来た。なぜなら、夜空には大きくてまんまるい月が、はっきりと二つ出ている!!
ライフポッドを離れてどこかへ向かっても何かがあるとは思えない。だから、たとえ救助隊が来なくてもここに残ったほうが安全である。そのほうが、少しは長生きができるだろう――普通の人間ならそう考える。一般的には、失敗を恐れて何もしない人間を
『利口な人間』と思われ、失敗する可能性が高いのに行動する人間を『バカな人間』と思われる。なぜか、偉大なことを成し遂げた人物はすべて後者だ。
もちろん朱里は、とにかく行動しようと思って、ライフポッドにあったザックに救急セットや毛布、入るだけの非常食と非常飲料を詰め込んで、目的のない旅へ夜が明ける前に出発していった。
風が吹いてくる方向へ行こうと決めた朱里は、森の中をひたすら歩いた。場所によっては、草木で太陽の光がほとんど遮られてかなり薄暗く、不気味な感じがしたが、彼女はこんな森の中を歩くのは初めてだったから、気分はそれほど悪くはなかった。
かなり歩いた気がするが、どこまで行っても森から出ることは出来ない。
「この星は、森しかないのかな?」
朱里は立ち止まり、辺りを見回して少し気分が落ち込んだ。
「ちょっと休もう」
彼女はザックを背中からおろし、地面に坐って大きな木に寄りかかった。体力がない朱里は普通の人の数倍は疲れただろう――坐った途端に眠気がおそってきた。
木に寄りかかったまましばらく眠ってしまった朱里は、ガサガサという激しい物音で目を覚ました。目をこすって前方を見ると、暗赤色の何かが朱里の方にやってくる。よく見ると、その生き物は体長五メートルはある巨大なサソリに似ていて、反り返った尻尾の先端に大きな目玉が一つあり、身体の三分の二が口で、大きな牙が生えていて、脚が六本にカマキリのような腕がついている。
朱里は恐怖で身体が硬直してしまい、逃げることが出来なくなった。怪物は彼女に気づいてないらしく、ときどき機械音のようなギーギーという鳴き声を出し、辺りをうろうろしながら近づいてくる。朱里の三メートルぐらいに怪物は近づいてきたが、やがて方向を変えて去っていく。その隙に、朱里は逃げようと静かに歩き出した。が、小枝を踏んで音を立ててしまった。恐る恐る彼女は振り向くと、怪物の尻尾の目玉だけが振り向き、目と目が合った。
朱里はとりあえず微笑んでごまかそうとしたが、やはり通用しなかった。怪物は向きをかえて突進してきた。慌てて走ろうとした朱里だったが、脚がもつれて転んでしまう。怪物はすごい勢いで迫ってきて、彼女の脚にかぶりつき、噛み砕いた。
「痛い! 痛ーい! ……痛くない!?」
見ると、朱里の脚はなんともなく、怪物の牙が数本折れていた。
怪物がひるんだ隙に、朱里は起きあがって走った。すると怪物が怒り狂って彼女を追ってきたが、怪物は突然止まり、あとずさりをはじめた。――朱里がでかい岩を持ちあげ、立ちはだかっていたのだ。
「どりゃーっ!」
彼女が投げた岩を間一髪でかわし、怪物は一命を救われ、全速力で逃げ去っていった。
「助かった……」
ほっとして朱里は言ったが、助かったのはたぶん怪物のほうである。
そして彼女は、大きな木の下に置きっぱなしだったザックを背負い、風が吹いてくる方向へまた歩きはじめた。
気づいたら夜になってしまった。二つの月明かりでまだ歩けそうだったが、朱里は野宿をすることにした。ザックから毛布を出し、それにくるまって横になった。歩き疲れていた彼女は、すぐに眠りに落ちた。
どれくらい眠っただろうか、クンクンという物音で目が覚めると、まだ夜中だった。その音の正体は、顔の長い大きい犬のような薄茶色の動物が、熱心に朱里の匂いを嗅いでいる音だった。
その動物は、毛布にくるまった朱里の身体の匂いを嗅いでいたが、やがて顔の匂いを嗅ぎはじめた。朱里がうす目を開けて見ていると、突然その動物はお尻を向け、後ろ脚で彼女に土をかけはじめた。
「こら!」
朱里が起きあがって怒鳴ると、その動物は驚いて走り出した。
「私はうんちじゃないわよーっ!」
逃げていくその動物に向かって、朱里は叫んだ。そして、彼女は制服の匂いを嗅いでつぶやいた。
「臭くないよ。失礼ね」
朝になって、朱里はまた歩き出した。どこまでも続く森、途中なんども休みながら彼女は歩いた。
「あれ? 水の音がする!」
彼女は音がするほうへ行ってみると、そこには綺麗な小川が流れていた。
「川だ! 水が透き通ってる」
朱里はうれしくなって駆け寄り、水を手ですくい、飲んでみた。
「おいしい!」
川の中を見ると、変わった魚がたくさんいて、元気に泳いでいる。彼女は川に手を入れて、人さし指で魚をさわろうとした。すると、三十センチぐらいの頭でっかちの魚が、彼女の指に食いついてきた。
「わあっ!」
朱里が驚いて振り払うと、魚は地面に落ちてしまった。
「大丈夫かな?」
川に戻してやろうとして、朱里が手を魚に近づけたとき――突如、魚から脚が二本出てきて、森の中へ走り出した。
「そっちは川じゃないよーっ」
一応忠告したが、魚は元気に走っていったので、きっと大丈夫だと彼女は思った。
小川でしばらく休憩した朱里は、その川を下って歩きはじめた。かなりくだると、歩ける場所がなくなり、彼女は迂回することにした。
朱里は、また森の中を半日ぐらい歩いた。そしてついに森を抜け、驚くことに土で舗装されている道に出た――そのとき、朱里の目の前に、茶色で膝上丈の単純なワンピースを着て、同じ色で膝下丈のフードつきマントを羽織り、黒い髪を後ろで二つに分けて結んだ、可愛らしい少女が、蓋がついた木製のバケツのようなものを持って立っていた。
どうやら、この惑星には文明があるようだ――。
空気が澄んでいるせいか、夜は満天の星空で、とても美しかった。朱里はライフポッドにあった毛布を外に敷いて、夜空の星を眺めながら食事をすることにした。夜の森の独特な匂いと星空が気持ち良くて、特殊パックに入ったおいしい非常食が、彼女にはさらにおいしく感じさせた。食事をすませた朱里は、毛布に仰向けに寝そべり、もっとよく星空を眺めることにした。
「星が綺麗……手に届きそう」
片手を夜空へのばし、そう呟いた朱里の穏やかな表情が、だんだんと険しくなってきた。彼女は突然起きあがり、夜空を食い入るように見つめた。
「……ここは……地球じゃない……」
天文学の知識が一切ない朱里でも、それを理解することは容易に出来た。なぜなら、夜空には大きくてまんまるい月が、はっきりと二つ出ている!!
ライフポッドを離れてどこかへ向かっても何かがあるとは思えない。だから、たとえ救助隊が来なくてもここに残ったほうが安全である。そのほうが、少しは長生きができるだろう――普通の人間ならそう考える。一般的には、失敗を恐れて何もしない人間を
『利口な人間』と思われ、失敗する可能性が高いのに行動する人間を『バカな人間』と思われる。なぜか、偉大なことを成し遂げた人物はすべて後者だ。
もちろん朱里は、とにかく行動しようと思って、ライフポッドにあったザックに救急セットや毛布、入るだけの非常食と非常飲料を詰め込んで、目的のない旅へ夜が明ける前に出発していった。
風が吹いてくる方向へ行こうと決めた朱里は、森の中をひたすら歩いた。場所によっては、草木で太陽の光がほとんど遮られてかなり薄暗く、不気味な感じがしたが、彼女はこんな森の中を歩くのは初めてだったから、気分はそれほど悪くはなかった。
かなり歩いた気がするが、どこまで行っても森から出ることは出来ない。
「この星は、森しかないのかな?」
朱里は立ち止まり、辺りを見回して少し気分が落ち込んだ。
「ちょっと休もう」
彼女はザックを背中からおろし、地面に坐って大きな木に寄りかかった。体力がない朱里は普通の人の数倍は疲れただろう――坐った途端に眠気がおそってきた。
木に寄りかかったまましばらく眠ってしまった朱里は、ガサガサという激しい物音で目を覚ました。目をこすって前方を見ると、暗赤色の何かが朱里の方にやってくる。よく見ると、その生き物は体長五メートルはある巨大なサソリに似ていて、反り返った尻尾の先端に大きな目玉が一つあり、身体の三分の二が口で、大きな牙が生えていて、脚が六本にカマキリのような腕がついている。
朱里は恐怖で身体が硬直してしまい、逃げることが出来なくなった。怪物は彼女に気づいてないらしく、ときどき機械音のようなギーギーという鳴き声を出し、辺りをうろうろしながら近づいてくる。朱里の三メートルぐらいに怪物は近づいてきたが、やがて方向を変えて去っていく。その隙に、朱里は逃げようと静かに歩き出した。が、小枝を踏んで音を立ててしまった。恐る恐る彼女は振り向くと、怪物の尻尾の目玉だけが振り向き、目と目が合った。
朱里はとりあえず微笑んでごまかそうとしたが、やはり通用しなかった。怪物は向きをかえて突進してきた。慌てて走ろうとした朱里だったが、脚がもつれて転んでしまう。怪物はすごい勢いで迫ってきて、彼女の脚にかぶりつき、噛み砕いた。
「痛い! 痛ーい! ……痛くない!?」
見ると、朱里の脚はなんともなく、怪物の牙が数本折れていた。
怪物がひるんだ隙に、朱里は起きあがって走った。すると怪物が怒り狂って彼女を追ってきたが、怪物は突然止まり、あとずさりをはじめた。――朱里がでかい岩を持ちあげ、立ちはだかっていたのだ。
「どりゃーっ!」
彼女が投げた岩を間一髪でかわし、怪物は一命を救われ、全速力で逃げ去っていった。
「助かった……」
ほっとして朱里は言ったが、助かったのはたぶん怪物のほうである。
そして彼女は、大きな木の下に置きっぱなしだったザックを背負い、風が吹いてくる方向へまた歩きはじめた。
気づいたら夜になってしまった。二つの月明かりでまだ歩けそうだったが、朱里は野宿をすることにした。ザックから毛布を出し、それにくるまって横になった。歩き疲れていた彼女は、すぐに眠りに落ちた。
どれくらい眠っただろうか、クンクンという物音で目が覚めると、まだ夜中だった。その音の正体は、顔の長い大きい犬のような薄茶色の動物が、熱心に朱里の匂いを嗅いでいる音だった。
その動物は、毛布にくるまった朱里の身体の匂いを嗅いでいたが、やがて顔の匂いを嗅ぎはじめた。朱里がうす目を開けて見ていると、突然その動物はお尻を向け、後ろ脚で彼女に土をかけはじめた。
「こら!」
朱里が起きあがって怒鳴ると、その動物は驚いて走り出した。
「私はうんちじゃないわよーっ!」
逃げていくその動物に向かって、朱里は叫んだ。そして、彼女は制服の匂いを嗅いでつぶやいた。
「臭くないよ。失礼ね」
朝になって、朱里はまた歩き出した。どこまでも続く森、途中なんども休みながら彼女は歩いた。
「あれ? 水の音がする!」
彼女は音がするほうへ行ってみると、そこには綺麗な小川が流れていた。
「川だ! 水が透き通ってる」
朱里はうれしくなって駆け寄り、水を手ですくい、飲んでみた。
「おいしい!」
川の中を見ると、変わった魚がたくさんいて、元気に泳いでいる。彼女は川に手を入れて、人さし指で魚をさわろうとした。すると、三十センチぐらいの頭でっかちの魚が、彼女の指に食いついてきた。
「わあっ!」
朱里が驚いて振り払うと、魚は地面に落ちてしまった。
「大丈夫かな?」
川に戻してやろうとして、朱里が手を魚に近づけたとき――突如、魚から脚が二本出てきて、森の中へ走り出した。
「そっちは川じゃないよーっ」
一応忠告したが、魚は元気に走っていったので、きっと大丈夫だと彼女は思った。
小川でしばらく休憩した朱里は、その川を下って歩きはじめた。かなりくだると、歩ける場所がなくなり、彼女は迂回することにした。
朱里は、また森の中を半日ぐらい歩いた。そしてついに森を抜け、驚くことに土で舗装されている道に出た――そのとき、朱里の目の前に、茶色で膝上丈の単純なワンピースを着て、同じ色で膝下丈のフードつきマントを羽織り、黒い髪を後ろで二つに分けて結んだ、可愛らしい少女が、蓋がついた木製のバケツのようなものを持って立っていた。
どうやら、この惑星には文明があるようだ――。