石造りの小さな家の前に、少女と朱里はやってきた。

「お姉ちゃん、バケツをここへ入れて」少女はそう言って、外にある物置の戸を開けた。

朱里は言われたとおりに、原油の入ったバケツをそこへ入れた。そして、二人は家の中へ入っていった。

最初に、少女は朱里をつれて寝室へ入っていった。その部屋にはベッドが二つあり、一つのベッドに少女の母親が緑色のパジャマを着て横になっていた。様子からして、どうやら彼女は何かの病気のようだ。

「お帰り。遅かったわね」

ベッドに寝たまま、心配そうに母親は言った。

「ママ、ただいま」少女がうれしそうに答える。

親子の何げない会話が、朱里はとても羨ましかった。もう地球へ帰れない、おばあちゃんに逢えない、そう思うと彼女はすごく寂しくなってきた。

「このお姉ちゃんが行くところがないんだって。しばらくうちに泊めてあげていいでしょ」少女が事情を話すと、「初めまして、朱里です。よろしくお願いします」と、自己紹介をした。

「こちらこそ、この子をよろしくお願いね」

少女の母親のは、少し癖のある髪を長めにのばし、色白で細身、目には生気がないが、穏やかな顔立ちでとても優しそうな人であった。

少女の家は一階建てで、寝室が二部屋に、居間兼食堂、台所があり、浴室とトイレは日本のように別になっている。床は石材で、入浴と寝るとき以外は靴を脱がない。部屋の明かりは石油ランプでかなり明るい。石英を加工する技術もあるようで、窓にはガラスがはめ込まれている。

家具類は石作りか木製で、食器類は陶器や木製、鉄製もあった。見かけは地球の素材と変わらないが、根本的なちがいがある。それは、硬さや重たさなどである。生物を含めたこの惑星の物質全体がそうなのだ。

しかし、それは地球人だけの感覚で、この惑星の人たちには決してそうではない。朱里にとって軽かった岩も、この惑星の人間には絶対に持ちあげることはできない。

少女が朱里を空いている寝室へ案内し、その部屋の石油ランプをつけた。

「この部屋、空いてるから、お姉ちゃんはここに泊まってね」
「ありがとう」
「私、お風呂沸かして、食事の準備してくるね。お姉ちゃんは、この部屋で休んでて。食事ができたら呼びに来るね」

部屋から少女が出て行こうとしたとき、朱里は訊いた。

「パパはまだ帰ってこないの?」
「パパはいないの」

少女はさらっと答えたが、朱里は余計なことを訊いたと思い、それ以上何も言わなかった。

部屋に一人になった朱里は、ザックを隅へ置いて、ベッドに腰かけ、部屋の中を見回した。室内はとてもシンプルで、いい雰囲気だった。東京の自分の部屋とはまったくちがうが、朱里はなぜかすごく心が落ち着いた。

「なんか、こういう部屋もいいな」

そうつぶやいて、朱里は深呼吸をした。




斯くして幕を開けたヒーロー部は、活動内容や目的など一切持たず、だらだらとした数日間を当たり前のように部室で過ごしていた。
完全に自堕落した放課後ライフに、このままでは行けないと思った麻里子の提案で、本日は大掃除が行われていた。

「あー、やっぱり何年も掃除してないから見えないところにも埃が溜まってるね」
「あの……中村麻里子さん……ゴミ、捨ててきた方が、い、いいでしょうか……?」

棚の隙間の埃を入念に掃きだしていた麻里子に、朱里が恐る恐る話しかける。
この子は未だにこの部に慣れていないようだ。

「うん、お願いね。あと、あんたまでわたしの事フルネームで呼ばなくていいから」
「あ、はい。すみません、中村麻里子さん。じゃあ、行ってきます」
「だからフルネーム……」

ゴミ箱を抱えて部室を出て行く朱里に、麻里子の寂しげな呟きが漏れる。
それもこれも李奈のせいだ。あの子が麻里子をフルネームで呼ぶせいで、何時の間にかその呼び名が部員全員に定着してしまったのだ。

その当の本人は、大掃除だというのに机に座りシャーペンを握ったまま唸り声を上げている。
李奈曰く、これからの部活内容を真剣に考えるとのことだ。決して掃除をしたくないからという理由ではないらしい。

「ま、部長らしくしてくれればいいんだけど……」

チラリと横目で李奈を見遣ると、ノートの上を何度もペンを走らせては、首を振っている姿があった。
どうやら本気で今後の方針を考えているようだ。

「中村麻里子さん、この棚の中にある変な工作類全部捨てて、あたしの調合用の薬品を置いてもいいですか?」

机に並べられた薬品類を見ながら、玲奈が言った。
何処で調達してくるのか分からない玲奈の薬品の数々は、日が経つに連れて増えている気がする。
そんな玲奈が真面目に掃除をしていたのは、この棚を独占するのが目的だったようだ。

「え? いや、いいけど……これ全部捨てて大丈夫かな?」
「大丈夫だと思いますよ。火薬なんて危険なものを使って作った機械類を今まで放って置いた学校側にも責任があるわけですし」
「これ、火薬使ってんだ……!?」
「ええ。部室に入ってすぐ嫌な臭いしませんでした? こんな怪しい機械、誰が作ったんですかね?」

怪しいのはあんたの薬品類も一緒だろ、とは敢えて言わなかったのは、今の玲奈には口では勝てそうにないと判断したからだ。

「火薬を使わなかったにしても、これ全部駄作ですね。あたしならもっと実用的な物作ります。昔のヒーロー部には馬鹿か阿呆しか居なかったんですね」
「ちょっと言い過ぎだね……」

口に油でも塗ったかのように饒舌に喋る玲奈に、麻里子は少々飽きれつつ、接したこともない過去のヒーロー部をフォローした。

さらに口を動かそうとする玲奈を遮るように、背後から朱里が声を掛ける。

「あの、ただいま戻りました。他には何をすれば……」
「ちょうど良かった。高橋さん、これ全部捨てるの手伝ってくれる?」
「あ、はい!」
「ちょっと待ったーっ!」

朱里が返事をしたのと同時に、さらに背後から李奈の声が部室に響き渡った。
やけに高い所から声がしたと思ったら、机の上に仁王立ちしている。

「そんな楽しそうな物捨てるなんて勿体無いよ! 実用性が無くったっていいじゃん。要はそれが物凄く面白いか、普通に面白いかの二つだよ!」
「どんな二択よ……。面白い以外の選択肢がないじゃない……」

意味不明な理論にただただ呆れるばかりの麻里子であるが、当の李奈は棚に締まってあった機械類を手に取りながらワクワクした表情を浮かべている。

「これなんか良いじゃん。『宇宙人呼び出し機』って書いてあって面白そう!」
「宇宙人!?」

ガタッと椅子の倒れる音がして、麻里子は振り返った。
部室に着くなり、宇宙と交信すると言い残し、深い眠りに入ったまりやが寝起きとは思えない顔で立ち上がっていた。

「お、おはよ……。宇宙とは交信出来た……?」
「今、宇宙人を呼び出すって言った!?」
「い、いや、ただのおもちゃのことーー」
「言った言った! この機械で宇宙人呼び出せるんだって!」
「ちょっと、あんた変なこと言わないでよ! 信じちゃうでしょ」
「でも、そう書いてあるし」

李奈の一言のせいで、普段眠そうにしているまりやの瞳がギラギラと輝き出した。宇宙人関係の話をすると人格までもが変わるのかと麻里子は心配した。

「ちょっと貸して! どうやって動かすの? このボタン?」
「あっ、そんな未完成な機械を勝手に動かして爆発なんかしても、あたしは知りませんよ」

まりやが押したのは赤と青のボタンと、もう一つあった電気のスイッチのような物だ。
機械が古かったせいか、それは作動することもなく、まりやの手の中で静かに鉄の冷たさだけを残していた。

「やっぱり、未完成でしたね。爆発しなかっただけでも良かったと思うことにしまーー」
「あ、あの、あれーー?」

玲奈の言葉を遮って、朱里が部室の真ん中を指差した。
そこには、青白い球のような光と共に、何か人影が現れた。

「う、宇宙人……?」
「嘘でしょ……」
「やっぱこれ本物だったんだー! ボクの目に狂いは無かったよね?」

突如現れた人影に驚くことすらしない李奈は放って置くとして、部室中央に現れたのは、服装さえ違えど麻里子達と何ら変わらない人間がそこには立っていた。

「とーちゃーく! 久しぶりに帰ってきたよ! って、皆にとっては久しぶりじゃないか?」

はははは、と笑うのは、どう見ても普通の、いや、普通じゃないけど普通の女の子だった。

「あれ? みんなは? 君たち誰?」

唖然とする麻里子達に、宇宙人らしき人物はキョトンとした顔で首を傾げた。

「ちょっと質問いいかな? ここ、ヒーロー部だよね?」
「貴女、誰ですか……?」

勇気を振り絞って尋ねたのは麻里子だった。

「あのねぇ。質問に質問で返すなって習わなかった? まずは私の質問に答えてよ。ここヒーロー部だよね?」
「そ、そうですけど……貴女は誰ですか?」
「やっぱり、ヒーローだよねぇ? なんで知ってる部員が一人も居ないんだろ?」

先程と同じように首を傾げながら麻里子たち五人を見渡すその人物に、まりやと李奈が嬉しそうに駆け寄った。

「ようやく宇宙人に出会えた! わたしの交信届いてたんだね?」
「あの、とりあえずサイン下さい!」
「ちょっとちょっと、宇宙人ってどういうこと? 交信なんて知らないし、てか、このノートなんかサインっぽいの沢山書いてあるけど?」

どうやら宇宙人ではないらしい。
少しだけホッとした麻里子だったが、突然現れた事実が消えたわけではない。もしかしたら幽霊かなんかではないかと恐怖を憶えた矢先、ある一言を聞き逃さなかった。

「ノートにサインっぽいもの……?」
「あ、この子が差し出したこのノートね。はい」

宇宙人ではない人物からノートを手渡される。
これは先程まで李奈が掃除を放棄してまでヒーロー部の方針を考えるといって、何やら書いていたノートではないか。

「……どういうことか説明してくれる?」
「ちょっとサインの練習してみただけだって」
「ふーん……」

ぷるぷる震える拳に力が入る。だが、今の麻里子にはどうすればこの怒りが収まるのか分からなかった。

「あ、これどうぞ」

宇宙人ではない者が何かを察したかのように麻里子にある物を差し出した。

「掃除も手伝わないでサインの練習なんかしてる場合かっ!」

スパーン。と心地よい音色が部室内に響き渡った。手渡されたそれは、大昔のバラエティ番組などでよく見るハリセンであった。
はあ、はあ、と肩で息をする麻里子には何故か言いようのない爽快感が湧き出してくるのが分かった。
本格的なツッコミ担当の誕生の瞬間の始まりだということは、今はまだ本人ですら気付いていない。

「やっぱりここはヒーロー部だ! 多分来る時代間違えたんだ。まっ、いっか。あ、私、未来から来た田名部生来です。タナえもんでもたなみんても何でも好きなように呼んでよ」

でもヒーロー部に入る気はないから、と少し嫌な顔で続けたのを麻里子は見逃さなかった。
もしかしてヒーロー部って凄い部だったのではないかとも思った。

「宇宙人じゃないなら、わたし寝るーーじゃなくて、交信するねぇ」
「中村麻里子、痛い……」

再びハリセンが鳴り響く。
生来が嬉しそうにその光景を見渡して頷いていた。


因みに、『宇宙人呼び出し機』は一時間後に爆発した。





つづく




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初めてのヒーロー部活動?

冒険クラブって何?

やっぱヒーロー部はこうでなくちゃ

次回
「ヒーロー部の名の下に」

お楽しみに

「さあて、いよいよボクが復活させたクリーン部の活動が始まるよぉ」
「……いや、クリーン部は建前で、ここはヒーロー部だから」
「そうだったそうだった! ……で、ヒーロー部って何するところ?」

よく分かりもしない、過去にあった部活動の存在を復活させた張本人の川栄李奈が、教卓の上の埃を手の平で払いのけながら首を傾げた。


川栄李奈。ヒーロー部の部長兼リーダー。数年前に廃部になったヒーロー部の存在を知り、面白そうだからという理由だけで、この部活を復活させた。
何をする部なのか、明確な事はよく分かっていないが、とにかく名前がかっこいいと言うのが、彼女にやる気を出させている。


「なんか過去の活動記録とか残ってないの?」
「ばかっ! ヒーローたるもの、自分達の活躍をわざわざ記録に残したりするわけないじゃん! あんた今日からバカキャラ決定。中村麻里子」
「いや、バカキャラって……てか、なんでフルネーム?」

意味の分からない怒りを露わにした李奈が麻里子に向けて指を突き付ける。
そんな中、他の部員達はそれぞれ自分達の作業に取り掛かっていて、李奈は少しだけ不機嫌になった。

「まあ、いいか。これからゆっくりこのクリーン部の方針を決めていけば」
「だから……ヒーロー部だってば……」

名前がかっこいいとか、面白そうだとか、そんな理由でヒーロー部を立て直そうと決めた人物の発言とは思えない言葉に、麻里子は呆れて溜息を吐き出し、これから先が思いやられた。


中村麻里子。ヒーロー部の一応副部長。高校の思い出作りに何か部活でもと思った矢先、たまたま通り掛かった李奈に捕まり現在に至る。一度廃部になった部活なら伝統や仕来りなどもないだろうと面白半分で承認する。が、恐らくこれが地獄の始まりになるとは今はまだ知る由も無い。


「早速貰った部費で、温泉旅行にでも行っちゃう?」
「一人辺り千円しか貰えなかったのに、それで行けるもんならどうぞ……」

茶封筒の中からは千円札がきっちり五枚顔を覗かせている。ある意味発足したばかりの部活に部費が出たことが驚きだ。それもクリーン部などという名目で申請をしたお陰なのか、言葉巧みに生徒会を騙したお陰なのか、麻里子は少々呆れていた。

「今からでも数十万単位で貰えるように交渉してこようか?」

先ほどから机に怪しげな薬品を並べている加藤玲奈が、途中でそれを止めて薄ら笑いを浮かべて言った。


加藤玲奈。ヒーロー部の復活に貢献した一人。元化学部員だったのだが、作成する薬品関係の恐ろしさに、化学室の出入り禁止を言い渡される。その後李奈との出会い、薬品の調合の自由を理由にヒーロー部員へと承諾。
最近では、透明人間になれる薬を作ったとの噂も有り。


「数十万!? だったらさ、旅行とかじゃなくて、株とかやってみる!? ねえ、中村麻里子?」
「いきなり過ぎてツッコミどころが分からない……てか、なんでさっきからフルネーム?」
「十万で宇宙人呼べるかなぁ?」

机に突っ伏したまま顔を上げた永尾まりやが、やる気なさそうに目尻を下げた。そしてそのままゆっくりと目を閉じて寝る体制に入った。


永尾まりや。ヒーロー部四人目の部員。中等部時代には、オカルト研究部で毎日のように宇宙人を呼び出す儀式をしていたのだが、一向に現れる気配がないため、高等部に進学したのを機に退部。
だが、その情熱自体は冷めてはおらず、いつも眠そうにしているのは、本人曰く「宇宙人と交信」をしているらしい。
自由に宇宙と交信を行えるという理由で、ヒーロー部へと入部を果たした。


「じゃあ、さっきから黙ったままのじゅり。なんか提案出しちゃって!」
「……あ、えとぉ」
「ほらほら早く! 悩んでる暇なんてないよ! 時間は刻一刻と過ぎて行くんだから! こうしてる間にも、世界中では飢餓に苦しむ子供たちや、戦争で
親を亡くしてる人達がいるーー」
「とりあえずその話はやめようか? 話が壮大になり過ぎてじゅりがパニックになりかけてるから……」

麻里子の制止により、熱く弁論する李奈の口が閉じられた。その顔は些か不満そうではある。

「あ、あの……ごめんなさい」


高橋朱里。ヒーロー部の五人目の部員。普通の性格に普通の学生生活を送っていた彼女だが、部員を集めていた李奈と玲奈の目に止まったおかげで、強引に入部させられる。
当初は名前を貸すだけの話だったのだが、朱里の知らないところで一日も休むことを許さないと申請書に綴られていたらしい。メンバーに不安を覚えつつも、とりあえずこうして目立たず大人しくしている。


なんともまあ、噛み合いそうもない新生ヒーロー部の面々達の始めての会議はこうして始まった。

入口の扉には何年も前から貼られている「ヒーロー部」の文字が書かれた紙。部室には埃を被った机や椅子、棚の中には誰が作ったのか分からない機械の類と、一番上には埃が被ってはいるものの、大事そうに祀られている小瓶が置いてあった。

とりあえずは掃除から始めないといけないだろうな、と麻里子は一人思う。

そんなことを思っていると、部室の窓から野球ボールがコロコロと転がってきた。

「なにこれ? なんか書いてあるーー」
「中村麻里子、それボクに貸して! そおーー」
「ちょっと待って! その件、なんか過去に二回くらい見たことある気がするからやめとこう!」
「ん? どういうこと?」
「いや、よく分かんないけど……」

ボールを外へと投げようとした李奈を何故か麻里子が制止する。その理由は本人達にはよく分かっていない。
その時、部室の扉が勢いよく開け放たれた。

「生徒会長さん、いらっしゃい」

まず玲奈がにこやかな笑顔で挨拶を交わした。
ズカズカと部室に入ってくる会長の美奈には笑顔など見受けられない。

「お前ら、よくも私を騙してくれたな! 何がクリーン部だ! いけしゃあしゃあと嘘を並べやがって」
「会長さん、何か勘違いしていませんか? あたし達は嘘なんて吐いてませんけど?」

憤慨する美奈に対し、玲奈は意外にも冷静に対応している。何か策でもあるのだろうか。もしや、あの薬品類を使ってやってはいけないことをしでかすのではないかと、麻里子は少々の不安を覚えていた。

「会長、このミトコンドリア未満の連中には自分たちが書いたこの申請書が見えてないみたいです」

鈴蘭の手にしている部活申請書には、李奈の字ではっきりと「クリーン部」と書かれている。

「それ……ちゃんと生徒会の判が押されていますよね?」
「はぁっ? だからなんだってんだよ? 私はクリーン部の申請は承諾したけどな、ヒーロー部の申請は一切受けてねえし、承諾もしてないんだよ!」

何を言われてもにこやかな笑顔を崩さない玲奈が、鈴蘭の持つ申請書の紙を指差してから、

「それ、ちょっと手の平で擦ってみてくれませんか? えっと、山内さん」
「気安く私に話しかけるなです。私に話しかけていいのは会長だけです。この単細胞」
「さっきからその子口悪過ぎじゃない?」

鈴蘭の暴言にも顔色一つ変えない玲奈に代わって、麻里子が思わず口を開いたが、「二酸化炭素製造機は黙っててください」と一言睨まれ、とりあえず見守ることにした。
まだまだツッコミレベルは足りないようだ。

「ちょっと貸して」

今まで黙ったまま立っていた副会長の汐里が鈴蘭から紙を奪い盗る。

「返せです。私に命令していいのは会長だーー」
「やっぱり……『クリーン部』の文字が消えて『ヒーロー部』の文字が浮かび上がってきた……!」
「このボールペン。薬品を調合して作った特殊なインクなんです。摩擦熱で消えるインクと、その逆の摩擦熱で現れるインクの二つ。これで正式にヒーロー部の復活ですね?」

得意気な顔でにこやかに笑う玲奈が、その二つのボールペンを会長に投げやった。

「そ、そんなの認めるわけには行かねぇに決まってんだろ!」
「でも、校長には既に承諾済みですよ」
「なっ……!?」
「会長、この辛うじて二足歩行の北京原人以下どもは私が始末しましょうか?」

校長に承諾済みとか麻里子ですら知らなかった。なんて手回しの早い子なんだろうか。もしかして、頭良かったりする?
そう考えながら、麻里子は双方のやり取りを見守っていた。

「いや、いい。ここは一旦退こう」
「……会長がそうおっしゃるんだったら、控えます。喜べ、この単細胞生物にも届かない半細胞生物共が」

最後まで口の悪い鈴蘭に、心の中だけでツッコミを入れる麻里子であった。
最後に「生徒会長の権限で必ずこの部をぶっ潰す!」と捨て台詞を吐きながら帰っていく美奈に、麻里子はこの先どうなるのやらと頭を抱えた。

「れなっちかっこいー! これでクリーン部再始動だね?」
「だから、ヒーロー部だって……」





つづく




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




ようやく始動ヒーロー部!

この先の目的とは?

呼び出したまえ、宇宙人よ

次回
「宇宙人じゃなくてごめんなさい」

お楽しみに
突然森の中から出てきた不思議な服装(チェック柄の短いスカートとブレザー風の上着の冬用学生服)にザックを背負った朱里を見て、少女は驚いているようである。

少女の外見は日本人とかわらない。子供らしい無邪気な顔立ちで、ほんの少しやせ気味のように感じ、好奇心旺盛
な瞳をしている。

地球ではないので言葉が通じるとは思えなかったが、勇気を出して朱里は少女に話しかけた。

「……あ、あの……、宇宙人さんですか?」

間抜けなことを訊いてしまった。さらに、

「私は、その……、えっと、私は……、あっ、私が宇宙人です!」

間抜けなことを言ってしまった。少女は無言で朱里を見つめている。

「……やっぱり言葉が通じないか」そう呟いた朱里は、「コーコハー、ドーコデースカー?」と外国人訛りの日本語でトライしてみた。

「お姉ちゃん、どこから来たの?」

黙っていた少女が、唐突に話した。

「英語が通じた? えっ? ちがう。日本語しゃべってる!」
「お姉ちゃん、何言ってるの?」
「な、なんでもないの。それより、この星はなんていう星なの?」

朱里が訊くと、少女は大笑いした。

「お姉ちゃんヘンよ。ブールの人?」
「ブ、ブール?」
「ちがうの? じゃあ、お姉ちゃんはどこから来たの?」
「あのね、遠い宇宙の彼方から来たのよ」朱里が空を指さして言うと、「子供だと思って、バカにしてるの! 真面目に訊いてるのに!」少女は怒った。
「ちがう! ちがうわ! ごめんなさい……」

朱里は慌てて謝った。

「そのヘンな服、ブールで流行ってるの?」少女が訊いた。
「服あ、これ。これはね、私が行ってる中学校の学生服よ」

自分の服を見ながら朱里が答えると、少女は強い口調で言った。

「お姉ちゃんの言ってること意味がわかんないわ。どこから来たの? 真面目に答えて」
「と、東京から……」朱里が答えると、「トウキョウってどこ?」と少女は頭をかしげながら訊いた。
「日本、だけど……」朱里が真面目に言うと、
「もういいわ。私、忙しいから行くね」と言って、少女は歩き出した。

「待って! 私も一緒に行く!」

朱里は少女のあとについて行き、二人は歩きながら話した。

「どうしてついて来るの?」

少女が不思議そうに訊くと、朱里が頼み込むように言った。

「助けてほしいの」
「だって、何を助けるのよ?」
「私、行くところがないの……」
「家出ね! 親とケンカしたんでしょう?」

少女の言葉に、朱里は何も答えることができなかった。本当のことを言っても、きっと彼女は信じないだろうと朱里は思ったからだ。

続けて少女が言った。

「悪いけど、知らない人を家に泊めることはできないわ」

朱里の表情が暗くなるのを見て、少女はつけ加えて言った。

「でも、ママに頼んでみるね」
「ありがとう。私の名前は朱里。よろしくね」

この惑星では、何故か日本語が通じることに疑問を抱きながらも、朱里は質問を続けた。

「ところで、どこ行くの?」
「原油の泉」と少女は答えた。
「何しに行くの?」
「原油を取りに行くのよ」

少女は木製のバケツをかかげた。

「私も手伝うね」朱里が言うと、「でも、危ないわよ」と少女が言った。

「なんで危ないの」
「知らないの? ジュームが出るのよ」

少女はそう言い、思い出したように、

「あ、そうだお姉ちゃん。森から出てきたけど、ギルビーが出なかった?」

と訊いた。

「何それ?」
「尻尾に目がついた怪物。でも、お姉ちゃんが生きてるんだから遭わなかったのね」
「その怪物になら襲われた! 脚を噛まれたけど大丈夫だったよ」
「大丈夫なはずないわ! ギルビーに襲われて生きてる人はいないわよ」
「そ、そうなの。じゃあ、夢だったかも……」
「夢か嘘のどっちかよ」

朱里は何も言えず、ちょっと気まずくなった。


茂みに隠れながら、二人は原油の泉に近づいていった。そこは油田のようだが、地球の原油とはちがい、濁った水のようだった。その泉は、それほど大きくはない。

「臭いがすごいわね」

朱里が言うと、

「原油だから、あたりまえよ」と少女が答えた。

二人が茂みの陰から泉をのぞくと、泉のそばで、体長十メートルぐらいの巨大なムカデと毛虫の中間のようなあの怪物一匹と、薄緑色で頭から目玉が三本出ている二足歩行で歩くワニとトカゲの中間のような体長三メートルぐらいの怪物が二匹いて、一対二で闘っていた。

「ダメだわ。ジュームがいるから原油が取れないわ」
「ジュームってどっち?」

朱里が訊くと、少女が説明した。

「あの脚がいっぱいある長い奴だよ。目が三つある小さいほうはナーナよ。ナーナは人間をおそわないの」

ナーナが小さいといっても、ジュームと比べてという意味である。

身体の半分を反らせて起きあがったジュームに一匹のナーナが捕まり、ものすごい勢いで食べられてしまった。

「大変! 食べられちゃった!」
「お姉ちゃん、私たちも食べられる前に帰ろう」

突然、朱里が怪物たちのほうへ向かって歩き出した。

「どこ行くのお姉ちゃん!!」

少女が叫ぶと、

「ジュームは軽いから大丈夫」と朱里が言った。
「か、軽いって?」

少女は朱里の言っている意味がわからなかったし、行動も理解できなかった――茂みの陰から見ているほかない。

ジュームがもう一匹のナーナをおそおうとしたとき、朱里はジュームの背後に近づき、たくさんある脚の一番後ろの一本をつかんだ。そして、自分の頭上で怪物をブンブン振り回し、「えーい!」と手を放すと、ジュームは山の向こうへすっ飛んでいった。

信じられない光景を目撃した少女は、半分腰が抜けた状態になった。

朱里が少女のところに戻ってきて言った。

「やっつけたよ。早く原油を取ろう」

少女は恐怖のあまり何も話せない。

「どうしたの? 早く」朱里が言うと、「は、はい! わかりました」少女は思わず敬語になってしまった。

とりあえず少女は朱里に感謝して、二人は泉で原油を取ることにした。少女が持ってきた、木製のバケツの横についていた柄杓のようなもので原油をすくい、バケツの中へ入れていく。それを朱里がやった。

「お姉ちゃん、そんなに入れると重たくて持てないわよ」
「大丈夫よ。だってこれ軽いじゃない」

朱里は、原油をたくさん入れたバケツを小指で持ちあげた。

「す、すごいね。でも、私は持てないの」少女がそう言うと、
「私が持って行ってあげる」と朱里が言って、原油をバケツの中にぎりぎりまで入れて蓋をした。

視線を感じて朱里が後ろを振り向くと、さっきのナーナがこっちを見ている。

「なんか見てる」
「ナーナは大丈夫。それに、目が三つあるから、私たちのことを見てるんじゃないかも。いつもどこ見てるかわかんないけど、人間はおそわないの」

と教えてくれた。

「さわってみようかな」

そう言って朱里がナーナに近づいていくと、怪物は森の中へ行ってしまった。

「逃げちゃったみたい」

朱里がもどってきて言うと、少女が笑った。

「ねぇ、怪物も言葉を話すことできるの?」
「怪物が話すはずないわよ。大丈夫、お姉ちゃん?」
「だって、貴女は言葉を話せるじゃない!」朱里が言うと、「あたりまえよ! 私は怪物じゃないもん。人間だもん」と少女はちょっと怒って言った。

「ご、ごめんね」

朱里は謝った。

しかし、朱里にしてみれば、地球の日本人ではないこの少女が日本語を話すのは不思議でしょうがない。

「日本語は宇宙共通語なのかな……?」朱里がつぶやくと、「何?」と少女が訊いた。
「なんでもない」と朱里は答えた。

日本語が宇宙共通語のはずはない。だが、地球では日本語はメジャーな言語になっている。

多彩な表現能力がある日本語は世界でも比類がない。言葉や文章などの記号にしづらい人間の複雑な感情を日本語は的確に表現できたり、漢字、ひらがな、カタカナなどを使い分けることによって、他国の言語では不可能な文章表現ができる。したがって、正確な伝達手段として日本語がもっとも優れていると世界的に評価され、およそ千年前に国際標準語に指定されたのだ。

英語と日本語が国際標準語に指定されているが、指定されているだけで、世界中が英語と日本語だけを使っているという意味ではない。


帰り道、二人が出逢った場所を通りすぎてしばらく行くと、木で造ったシンプルな橋が小川に架かっていた。そこは、朱里が水を飲んで休憩した川のつづきである。夕日が川の水面に反射して、黄金に輝いていた。

「すごくきれい!」朱里が橋の中央で立ち止まり、川を眺めて言った。
「北の川っていうのよ」と少女が微笑んで教えた。

朱里が川岸を見ると、あの『走る魚』が数匹お坐りしていて、そのうちの何匹かが、犬が首を掻くように、足でエラのところを掻いていた。

「あの魚!」朱里が言うと、「バブーがどうしたの?」と少女が訊いた。
「あれ、バブーっていうんだ。ヘンな魚ね」
「別にヘンじゃないわよ」
「でも、魚が走るのよ」
「魚が走ると何がヘンなの?」

少女の問いに、朱里はどう答えていいかわからなかった。

「バブーレースも知らないの?」
「知らない。何それ?」

朱里が訊くと、少女が説明した。

「八匹のバブーを競争させるゲームよ。自分でバブーを捕まえて、育てて参加するの。一位から三位まで商品がもらえるのよ」
「楽しそうね。こんど捕まえて参加しようよ」朱里が言うと、「でもバブーはけっこう凶暴で、指を噛まれると大ケガするのよ」と少女が言った。

朱里は、バブーが指に食いついたけれど大丈夫だったことは話さなかった。彼女は、また嘘をついていると、少女に思われたくなかったのだ。

二人がその橋を渡って、しばらく道を歩いていくと、T字路に突きあたった。

「どっちへ行くの?」
「こっちよ」

少女は左のほうを指さした。

「こっちに行くと何があるの?」
「そっちはハービー。いろんなお店があるにぎやかな町よ」
「行ってみたいな」朱里が言うと、「明日ね。今日はもう帰らないと」と少女は言い、つづけて、「お姉ちゃん、それ重いでしょ?」と朱里が持っている原油の入ったバケツを見て言った。

「ぜんぜん重くないよ。空っぽみたいに軽いし」

朱里は微笑んで言った。

二人はT字路を左へ行った。少し歩くと、朱里が森で見た顔の長い犬のような動物とすれちがった。

「いまの動物は?」
「あれはピムだよ。いい匂いを嗅ぐと、後ろ脚で土や砂をかけるのよ」
「なんだ、そうだったの……」

朱里は少し安心して言った。

「土をかけられたの?」

少女が訊くと、朱里はうなずいた。

「お姉ちゃん、いい匂いするもんね」と少女は言って微笑んだ。

ほとんど日が沈みかけたとき、石造りで建てられた、様々なデザインの民家が立ちならぶ町に二人はやってきた。

そこにはたくさんの人が歩いていたが、服装以外は日本人とそれほど変わらなかった。朱里はこの惑星の人たちに違和感を抱かなかったが、すれちがった人たちは朱里の服装を見て少し驚いているようだ。

この惑星の人たちの服装は、男性はズボンにTシャツ、その上に薄手のコートを着ていて、女性は少女のように単純なワンピースの上にフードつきマントを羽織っている。服のデザインは微妙にちがい、色の種類は多いようだ。

文明が発達していない不思議で楽しい雰囲気の町を眺め、何もかも珍しくて、朱里がきょろきょろして歩いていると、少女が言った。

「お姉ちゃん、ここよ。私の家はもうすぐだから」






オレンジ色の光が差し込む放課後の生徒会室に人影が二つ。片方は生徒会長たる彼女、大場美奈。
もう一人は副会長である、仲俣汐里だ。

先程から苛々を募らせる生徒会長の沈黙は質量を持って汐里を苦しめている。

と、その静寂を粉砕するように、ばん、とドアが悲鳴を上げて開け放たれた。

「会長! やっぱり、あのクラブが動き出しました!」

生徒会室に駆け込んできた少女が叫んだ。いま肩で息をしているその少女は山内鈴蘭、生徒会会計、美奈の信奉者だ。

汐里は軽く片腕を上げ、

「お疲れさま」

と挨拶をした。

「うぜぇです。私に話しかけていいのは会長だけです。死んでください」
「声掛けただけでそこまで言っちゃう?」

この娘がこういう子だっていうのは分かっているのだが、なんていうかこの扱いは毎回酷いと思う汐里だった。

「で、鈴蘭。状況は?」
「やはり部活名はヒーロー部。数は五人です」

美奈に声を掛けられた鈴蘭はと真剣な顔で報告を述べた。

「くそっ! やっぱりか……部活申請の時に気付くべきだった!」

美奈は怒りを露わにし、拳を机上に叩きつけた。

汐里は、つい先日、部活申請を提出にきた生徒を思い出していた。

申請内容は、主に学内の清掃活動や、園芸、問題児などの心のケアを行う部として活動すると、やってきた生徒は熱く語っていた。
その名もクリーン部。そばに居たもう一人の生徒の表情からして汐里は裏を読んでいたのだが……
まさか、かつて学園の秩序を乱していたヒーロー部が復活をすることになるとは。


ヒーロー部という名の忌々しい部活は、今でも生徒会に代々伝わる要注意部活動リストに大きく名を残している。

数年前まで存続していたこの部は些か、いや、めちゃくちゃ変わっている。というよりも、名前からして変だ。
学内の秩序を乱すどころか、かつては校舎の一部を損壊してしまう程の兵器を持っていたと聞いている。
しかし、二年以上前に部員数の減少により廃部し、それに伴い、不良グループまでもが何時の間にか解散し、気付けば学内の平和は保たれていたはずなのだ。

それが何故、今頃になって新たに復活したのだろうか。


その答えは誰も知る由も無いまま、新生ヒーロー部は再び動き出すことになる。







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ヒーロー部再び指導?

五人の部員とは?

生徒会vsヒーロー部の戦いよもう一度

次回
「帰ってきたヒーロー部」

お楽しみに