火星の横を通りすぎるとき、乗客が観賞できるようにスペースシップは速度を落とした。知名度の高い惑星などの近くでは、ゆっくりと航行する。

生徒は先生に呼ばれて、最上階にあるパノラマ・ラウンジに集合した。このラウンジは公園のように広く、宇宙が百八十度見渡せるようになっている。生徒たちは火星を観賞しながら、人類の惑星移住計画、テラフォーミングの失敗についてなどの授業を長官から受けた。

『テラフォーミング・プロジェクト』それは今から二千六百年以上前、火星に地球と同じような環境を人工的につくり、人類が火星へ移住出来るように行われた。計画に着手してからおよそ百年後、火星に濃い大気ができ、人間は小型の酸素マスクだけで活動できるまでになった。そのまま計画が順調に進めば、数百年後の火星は地球と同じような環境になる予定だった。

しかし、永久凍土層の氷を一部溶かしたとき、地球上には存在しない、人類の医療では太刀打ちできない殺人ウイルスが大気中に発生し、次々と死者を出してしまった。その殺人ウイルスについて分かったことは、種類は二百三十種類以上、感染すると四時間以内に死亡、地球上ではなぜか生息できない、などであった。

火星が地球と同じ環境になれば、殺人ウイルスも絶滅するのではないかという説もあったが、科学者たちがその説を否定した――それどころか、ウイルスの種類が増えつづけると断言した。そういうわけで、テラフォーミング・プロジェクトは、着手からおよそ百五十年後に断念された。

宇宙技術が発展し、コズミック・ホールの発見で、より遠方へ行けるようになると、人類は移住できそうな惑星や地球外文明を求めて探査を開始した。この探査を本格的にはじめたとき、宇宙条約で、『地球文明より劣る地球外文明を発見した場合、その惑星には絶対に関与してはならない』と定められた。発達していない文明に、高度な科学知識や技術を教えると何が起こるか分からないので、危険だと考えられていた。

しかし、約二千年以上探査し、いろんな惑星で数え切れないほどの地球外生命体が発見されたが、文明を持つ人類のような知的生命体は見つからなかった。また、人類が移住できそうな環境の惑星も発見できなかった。そして、いまから五百年前に、このような目的の探査は打ち切られた。

このときの探査でわかったことは、この銀河系だけでも無数の生命体が存在すること。地球と同じような環境でければ生物は生存できないと考えられていたが、そうではなかったこと――水がまったくない惑星にも生物はいた。コズミック・ホールが無数にあること。地球外文明や地球環境と同じような惑星を発見するのは、極めて困難であることなどであった。

科学の発展が地球環境を悪化し、ほかの惑星への移住計画が開始されたのだが『私たちは地球を見捨てない』をスローガンに、最終的に人類は、科学の力で地球環境を改善する道を選んだ。現在の地球環境は、ほぼ完璧に近い状態を常にキープしている。世界の総人口は約三十五億人――もし、四十五億人を超すと、人口調整プログラムが発動し、数百年をかけてゆっくりと三十五億人前後まで戻される。

現代の宇宙探査は、過去のような目的ではなく、学術的な宇宙構造の把握を目的に行われている。次々に見つかったコズミック・ホールによって、宇宙の構造もかなり分かってきた。

コズミック・ホールとは、宇宙空間にある謎のトンネルで、その原理は完全には解明されていない。トンネルへ入ると、数光年から数百、数千、数万光年と、わずか数十分から数十時間で移動できる。このトンネルの存在によって、遥か彼方の宇宙旅行が数日間で行けるようになった。

朱里を乗せたスペースシップが目指すM42へは、二箇所のコズミック・ホールを経由し、約一日かけて到着する。そして、オリオン大星雲で五日間を過ごし、また一日かけて地球にもどってくるという七日間の旅である。

次に長官が、火星に建設された無人の電波中継施設や天体観測施設などについての説明をしようとしたときには、もう火星をとっくに通過してしまった。

「いかん、いかん、火星を通りすぎてしまった。この続きは帰りに説明しよう。では、今日はここまで」

少し照れたように長官は早足でパノラマ・ラウンジを出て行った。

「えー、今日の授業は、これで終わり。えー、これからは、自由行動を取ってよし。えー、ただし、夕食をすませるまで、学生服を着替えないようにしてください。それとくれぐれも、ほかの乗客に迷惑をかけないようにお願いします」

校長の指示で、生徒たちは嬉しそうに解散していった。朱里はパノラマ・ラウンジで宇宙を眺めていたかったが、誰かにいじめられるのを恐れて、自分のキャビンへ戻ることにした。