「や、踊るってもさ、いろいろあるじゃん」
「えぇと、まぁ、いろいろあるんですけど」
「うん」
「たかみなさん、ぜったい私みて、びっくりするんですよ。で、ほかにだれかを探してる感じで、目が……どっかに飛ぶ……」
「目が泳ぐってこと?」
「オヨグ……のかも」
「うん、で?」
「たぶん、前田さんを、探してるんだろうなあって、おもってですねえ」

はーっと音をつけて、遥香はその小さな肩を落とした。「私、ぜんぜん、だめだなあっておもって」

同じことを別のだれかからも聞いた気がする。

友美自身、以前に同様の悩みを抱えていたことがある。

(もう、あれから結構経つんだ)

メンバーの卒業とそれにともなうパート変更。そのときにくらべれば、今はまだ露骨には表に出ていない。そのとき、目のまえでうなだれている後輩と同じように、もしくはそれ以上に落ち込んだことが友美にはあった。

当時はまだ、同じグループではあってもどこかでオリジナルメンバーと各期の溝が埋まりきらずにいた。その心細さともどかしさは、多分、今の遥香たちの比ではない。

けれど同じ経験を経ているだけに、友美にはこの後輩が無性にいじらしく思えた。

「考えすぎだよ。ぱるるのこと、たかみな褒めてたし。ああ見えて、けっこう、なぁーんも考えてないとこあるから」

最後は蛇足かもしれないと苦笑しつつ、具体的にみなみの言葉を伝えると、とたんしぼんだ風船がふくらむように遥香は喜々として顔をあげた。そこでマネージャーが休憩の終わりを告げて、彼女は呼ばれるまま同期のもとへと走っていく。

みなみは、と視線をさまよわせると、鏡台のまえで読んでいた本を閉じている。栞をはさみ忘れたのかあわててページを探っているあたり、いつもの慌て者ぶりは健在のようで、とくに気になる様子はみられない。

「ほら、たかみな、いくよ」

声をかけながら、ふと思った。

たまには会わせてみるのも、いい薬かもしれない。






(公園って言ったじゃん)

先ほどからみなみの足取りは重い。なにか話を切り出そうとしているのか、隣で肩を並べている友美は、たいして長続きのしない話題を振っては黙り、黙っては思い出したように言葉をつむぐ。

そんな友美の方へ顔を向けるたび視界を埋める黒々とした木々が、その奥にある冷たい花崗岩のつらなりを連想させてうす気味わるい。この都心の墓地の周囲は、車通りは多いものの歩道にはほとんど人影がない。

頭の痛いのも手伝って、みなみの我慢もそろそろ限界に達していた。

「なにか、言いたいことあるなら、言っていいよ」

不機嫌な声色で告げると、

「いや、その」

友美は戸惑いながら、ぱるるが、と続けた。

「うん、ぱるるが、なに」
「たかみなさん、大丈夫ですかーって、言ってきてさ」
「なにそれ」
「それから、やっぱり前田さんの代わりにはなれませんって」
「……なにそれ」
「ぱるるってさ、あの子やる気なさそうに見えるけど、ともたちのことすっごい見てるみたいでさ、よけい気になってんじゃないかなって思うんだけど、どうしても『ちがう』んだって」

その違和感は、みなみにもある。

それまで無意識に対で合わせていた振りが、相手がかわってからどこかでしっくりこない。

慣れのせいだろう。

そう思ってなるべく練習の時間をとっていたのだが、もう半年ほども経つというのに未だに以前のようにはならない。むろん、合わないのは相手の非ではなく自分に問題があるのだと、年下のメンバーを責めるような態度は一切とっていないはずだった。

それでも、隠しきれない思いが伝わってしまったらしい。

(あっちゃんだったら)

一瞬でもそう考えなかったと言えばうそになる。

(みんなに、わるいことしちゃったかなあ)

みなみは立ち止まり、うつむいた。

「たかみな?」

振り返った友美は、その足許にまとわりつく小さな影に目を止めた。反省してうつむいていたみなみも、どうもその影に気をとられているらしく、やがてその場にしゃがみこんだ。

「ニャンコだよぅ」

声がほころんでいる。

(これは、もう尋けないな)

友美は内心で肩をすくめた。

『たかみなさんは、だいじょうぶなんですか』

その問いは今は胸のうちにしまっておこう。

猫に興奮しているのか無邪気に手招きするみなみの姿を見ながら、そっと携帯を開いた。







卒業が決まっているせいか、それとも根っからの寂しがり屋が度を強めているせいか、このところ友美はなにかと周りをかまう。ことに年の近いメンバーは一人暮らしということもあって、そのターゲットになりやすい。

「ご飯食べいこう」
「温泉いこう」

そしてその日は、片頭痛に帰り支度の手を休めていたみなみに向かって、

「たかみな、散歩いこ」
「えー、めんどくさ」
「いこうよ」
「……今日あったま痛いの、だからヤだ」
「きれいな空気、吸えば、治るよ」
「も、ぜったいヤ」

それに、東京できれいな空気と言っても、足をのばせる周辺ではたかが知れている。くわえて明日は早朝からの仕事が入っていて、散歩をする暇があるくらいならはやく家に帰って眠りたい。

しかし不運なことに相手はみなみをよく知っていた。親しい人間の頼みを最後まで断わり通すほど、みなみの意志は固くない。いやだいやだと口では言うものの、結局押されるがままなびいてしまう。

「ちょこっとさ、公園歩くだけだからさ」







先刻から惰性でつかんだままでいた腕を、数秒、逡巡してからはなした。

「おっ、なに、あっちゃん。へんによそよそしいよ」

咎めているわけではないだろう、ややいぶかりながらも明るいみなみの声を聞きながら、敦子は置き場を失った手をそのままポケットに入れた。

こつりと指に箱の角があたる。

「あ」
「どした?」
「これ」

おもむろに例の包みを取り出してみせると、興味津々にのぞいたみなみと友美は声をあわせて「かわいい」と言った。言葉だけではなく、おなじように頬までゆるめている。

顔を上げて外を見やると、だいぶん見慣れた景色が流れている。つぎの四つ角を曲がれば家に着く。そのあとは、たまたま友美の携帯で運悪くメモリのトップにあった(らしい)敦子のマネージャーが、「事務所ちがうのに」とぶつぶつ言いながら残る二人をそれぞれの家へと送り届ける。

そうして明日からはまた別々の仕事場で、互いのことを思い出す暇もないほど忙しない日々が続いていくのだろう。

(しばらく会えないな)

思うと同時に、敦子は包みをみなみへと押しつけていた。

「あげる」

よほどびっくりしたのか、みなみは目を大きく見張ったまま、たぶん息をすることさえ忘れている。敦子のマンションの門灯まであとわずかとなったあたりで、彼女はようやく深々と息をついた。それから、和らいだ視線がはじけるような笑顔に変わるまでは数瞬となかった。

「ほんとに? くれんの? うっわー、えー?」

あっちゃん、どういう風の吹き回し? とは心外な言い様だったものの、うれしさが高じてくすくすと肩をふるわせ始めたみなみに、思わず頬が火照る。その向こうで疎外されてやや不満げだった友美も、身体を丸めて笑いやまないみなみに、苦笑をもらしている。

車が止まった。明日の予定を確認し、運転手に頭をさげる。

「じゃあね」

玄関先で車内から手をふる二人をぼんやり見送りながら、

(しまった……)

敦子はわれに返る。

予想以上の反応に、じつはあれがもらいものなのだということを告げることができなかった。







都心とはいえ、夜の墓地には人気がない。少し足をのばせば雑多な飲食店も軒をつらねているのだが、その周辺だけは灯りも人も寄せつけないような暗いとばりが降りている。

車は黙々と走っている。車内にさえ外の暗やみが忍んでいるようで、時おり咳がひびくほかには交わされる会話もない。

ともかく、だれかを拾いに行くらしい。

状況を説明されたときに、なぜかそれがだれなのかは聞き落とした。

「あれ?」

窓の向こうに見知った人影をみとめて、敦子はガラスに額をつけるような格好で後方をのぞき込む。

「いま、いまだれかいた」
「えっ?」

声に誘われるように半分シートから身を乗り出したマネージャーは、一瞬のちに早口で止めてと言った。その指示から数秒たって車は静かに路肩へ寄る。すると軽く駆ける足音がまばらに届いて、巻き込むように勢いよく扉を開けた。

「ともちん! と、たかみな」
「……人をおまけみたいに言わないでくれる?」
「たかみな、おまけだってー」

笑った友美と、その頭をはたいたみなみが騒々しく乗り込むと、敦子はそれまで独占していた広いシートの端に追いやられる。その拍子にバランスをくずしかけて敦子の腕につかまった。思った以上にひっぱった相手の首筋が近くなったとき、懐かしい匂いがした。

去年からお気に入りの香水は変えていないらしい。

「ともちんだぁ」

思わず言うと「ともがともじゃなかったら、どーすんの」とずれた答えを返してくる。

「そりゃー……どうしようね」

真剣に悩みかけた敦子に、みなみがあきれて声をかけた。

「アンタら、会話おかしい」

彼女の弁によれば、思いついたことが即、口へと出てしまう友美の言葉を、ひとつひとつ真剣に受け止めていたら、自分たちの思考がこんがらがるという。みなみ自身も最初の一、二年はそれに振り回されたようで、

「ともちん、あんま人が混乱するようなこと言わないの。とくにあっちゃんは」
「うん」
「なんでも真に受けるから」

ことに友美の言葉に関しては、だれもが引いてしまうような軽口さえ、こつこつ拾う。

「だって、ともちんおもしろいし」
「そりゃ、あっちゃんだけだって」
「ひっどぉーい。ともこれでも一生懸命考えて笑わせようとしてるもん。ね、あっちゃん」
「あはは、そーれもどーかなー」

軽い会話。意味のない言葉の応酬。しかしそんなささいなことにさえ普段とはちがう居心地のよさを感じる。まるで卒業そのものがうそででもあったかのような錯覚に、敦子はゆるく首を振って自嘲した。

(もうAKB48じゃない)

一度押されて前に出た、その背中にふたたび手をあててもらうことを望んではいけない。なにより、背を押してくれた相手、とりわけ「たがいの夢に向かってがんばろう」と笑顔を向けてくれた彼女に申し訳がたたない。

それに、がんばっているんだということを、認めてもらいたくもあった。