2億円?のグァルネリ11月1日に「手紙の魅力」講座が四谷の保健センターで開かれた。私が理事長をおおせつかった日本手紙総合研究所の2回目の催しである。
今回は宇留田初実先生に「光源氏と六条御息所の手紙」というテーマでお話し頂いた。出席者は26人。教室が満席になる盛会だった。
テーマが面白い。源氏の心は気位の高い六条御息所から次第に離れて行くが、その二人の心理の綾を手紙の遣り取りから解いてゆこうという試みである。六条御息所のように、教養もあり身分も高い女性の扱いを間違えると、とんでもないことになるという、男性読者には少々戒めにもなるお話だが、源氏物語の中でも特によくできた人物設定とエピソードといえるのではないだろうか? 嫉妬に狂った六条御息所の生霊が源氏の愛する女性たちに「悪さ」をする。そういうくだりは、ぞくっとするほど恐ろしい。 紫式部のストリーテラーとしての才能も大変なものだと思うが、同時に心理小説作家としての才能もすごいなあと感心させられる。宇留田先生は、原文解釈もさることながら、平安時代の貴族の女性たちの生活について実に細かくご存じで、聴いていて飽きることがなかった。葵上のお産の場面には「図解」まであり、受講者も感心して聴き入っていた。
その翌日、科学技術館で弦楽器製造者の見本市があり、ヴァイオリン職人の知人から誘われて見に行った。日本からも出品されていたが、私の興味は、イタリア・クレモナからの出品者にあった。ヴァイオリンやチェロを、お客の演奏家たちが実際に弾かせてもらっている。会場の中ではいろいろな弦楽器曲が一斉に鳴り響き、その中で、商談も行われていた。
クレモナのヴァイオリン製作者として知られる石井高さんに会えるかもしれないという気もして出かけたが、今回は出品されていなかった。クレモナのアマティというヴァイオリンの名器のニスの色を再現しようと、長年、悪戦苦闘された方だ。ヴァイオリンの音色に、ニスが関係するということは、昔から知られている。アマティやグァルネリ、ストラディバリといった名器のニスの色が、後世の職人には絶対に再現できないと言われている。
それにしても、ヴァイオリンで世界の3大名器の製造者といわれるアマティ、その弟子のストラディバリとグァルネリの3家は、すべて、北イタリアの小さな町、クレモナの中に居る。ヴァイオリンという楽器の物語は、クレモナで生まれ、クレモナで完結するのだ。当然といえば当然だが、不思議な感じもする。戦国時代、ヨーロッパから帰国した遣欧使節の少年たちが奏でる弦楽器の妙なる響きを初めて聴いた秀吉は、その響きを神の声かと思ったというが、この楽器には、なんとなく神秘なイメージがつきまとう。
会場をまわっていたら、グァルネリが出ているのを見つけた。グァルネリ一族の中でもバルトロメオの作ったものは、12億円するものもあるという。一緒に見ていた演奏家らしき人が、「1億から3億のあいだ」とささやいた。私が「2億円くらいですか」と、係りの女性にきいたら、「まあ、そんなところです」とにやりと笑った。弾いてもいいですよといわれたが、お断りして触らせてもらった。ニスの色が現代のヴァイオリンのように赤くない。
買える演奏家もなかなかいないだろうからというので、そのグァルネリは月20万円で貸すのだという。ヴァイオリンほど演奏者によって音に開きのでる楽器もない。だから、勢い、とてつもなく高価な値がつくことになってしまうのか? 残念ながら、私の耳では、1億円の音色と12億円の音色の違いはわからない。