朝日連載の「三四郎」はオアシス | 編集長ブログ

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 「三四郎」初版(春陽堂) 
 
 この2週間ばかり、自分がよその出版社に頼まれて出す本の執筆に追われて、ほんとに仕事以外のことは何もできなかった。タイトルは「デキる大人の話し方」。執筆開始から発売まで約5週間。こんなに猛スピードの本作りを初めて経験した。わが社が制作刊行する本の3倍は速い。多分、来週には店頭には並んでいるその本のことは、また次週にでも書こう。
 朝日新聞がいま連載している「三四郎」を毎日、読んでいる。「こころ」に続く漱石の再連載。
「こころ」は大正3年、「三四郎」は明治41年に同じ朝日新聞に連載された。漱石は朝日新聞の小説記者として自分の新聞に連載したわけだから、こんな再連載の企画は朝日にしかできない。
 朝日新聞は今年、存亡にかかわるような世間の集中砲火を浴びた。朝日の体質にある種の傲慢さがあるのは確かで、長年、新聞記者たちと接してきたからよくわかる。親しい記者も何人かいて、彼らから考えると、一概には言えないが、今回の大失態とその体質は無縁ではないだろう。
 しかし、そのことと、記者たちの質の高さ、新聞としての基本的なクオリティーの高さは別の問題である。他紙と比較してみれば分かるが、記事のレベルが違っている。それこそ漱石のような文豪を社員として抱えてきた新聞は他にない。日本の文化界に間違いなく寄与してきた歴史もある。そのことがわからずに付和雷同している人があまりに多くて、嘆かわしい限りだ。そんな時だから、漱石作品の再連載は大きな意味を持つことになった。
 毎日「三四郎」を読むのは楽しい。たしか、高校生になって最初に読んだのが「三四郎」だった。その頃を思い出すから楽しいということもあるし、なにより、遺産目当てに夫を次々に毒殺する女の事件や辟易するような政界の動きばかりの今日この頃の紙面のなかに、一箇所だけ、ぽっかりと、それこそオアシスのように明治の別の世界がある。読んでいてほっとさせられる。この記事の場所だけ、流れている時間が違う。
 それにしても、若い頃に読んだときはなにを読んでいたのだろうかと思うほど、いちいち新しい発見がある。あの時代の風俗、生活も面白い。駅弁のカラ箱を三四郎が汽車の窓からなげるのには驚かされる。いろんな意味で、明治は遠くなりにけり。