20日、ホテルオークラで、ブリジストンの重鎮だった財界人の石井公一郎氏と会う。「芝居改良」を唱えていた福澤諭吉が自ら書き残し、上演されることのなかった歌舞伎の脚本「四方の暗雲波間の春雨」をなんとかいまの歌舞伎座で上演したいと情熱を燃やしておられる。歌舞伎以外の芝居も実現したいので協力してくれないかとのお話しだった。石井さんは御年91歳。その意欲に頭が下がる。
24日、都美術館でやっている「ウフィツィ美術館展」を見る。ボッティチェリが5点来たが、もちろん、代表作「春」や「ヴィーナスの誕生」は来ない。2007年に同じウフィツィからダヴィンチの「受胎告知」が来たときには、ちょっと衝撃を受けた。だって、世界中からウフィツィにやってくる旅行者は、「受胎告知」が飾られていないことを知ったらショックをうけるだろう・・・・・そう考えると、2007年にこの作品を日本に持ってきたことがどれほど大変なことだったかがわかる。実は、これをやってのけたのは、「世界の美術館」という大作DVD(わが社も販売協力をしている)をつくったICCという映像制作会社の遠藤欽久会長だ。遠藤さんが私の会社に見えて、「受胎告知」を日本に持ち出すことを認めたイタリアの外務大臣のサインを見せてくれたときには、正直、度肝を抜かされた。遠藤さんの凄腕にはほんとに驚いたものだ。
だからというわけでもないが、「春」や「ヴィーナスの誕生」は、来なくて当然ともいえる。「受胎告知」と並んで、ボッティチェリの2大作はウフィツイ美術館にやってくる世界からの旅行者のお目当てなのだから・・・・・。まあ、「パラスとケンタウロス」がやってきたことで、なんとか「ウフィツィ美術館展」の格好がついた、というところか。
それにしても、この作品を見るといつも不思議でならないのが、パラスの足と手の無骨さである。足の甲も手の甲も骨ばって、どちらも指が長い。どう見ても男の足と手をしている。顔の優美さとつりあいがとれていない。この絵が、「春」や「ヴィーナスの誕生」と並ぶ傑作で、華やかなフィレンツェ・ルネッサンスを代表する絵であることは間違いはないのだけれど・・・・。はて、なぜなのだろう?
ボッティチェリは不思議な画家に思える。一度、メディチ家がフィレンツェを追放された後、この街を支配した怪僧サヴォナローラの影響を受けて、華やかな絵を描くことをやめ、優れた作品がうまれなくなった。さらに晩年の10年間近く、絵の制作をぴたりと止めてしまった。作風が初期と晩期でこんなに大きく変わった画家も少ないのではないか。生涯にわからないことが多い。
パラスの足と手の描き方に何か理由が隠されているように思えてならないのだ。
