マンリオ・カデロさんサンマリノのカデロ大使とお会いした。イタリアの中にある世界最古の共和国、サンマリノの大使であり、日本に駐在する外交官たちの代表「外交使節団長」を努めている方。
その日、麻布の白い瀟洒なサンマリノ大使館にカデロ大使を訪ねた。小学館新書「だから日本は世界から尊敬される」を読んで以来、すぐお会いしたいと思っていたから、友人の門林一夫が親しいと知って、彼から紹介してもらった。
大使は滞日が長く、日本語はぺらぺら。気さくで親しみの持てる人柄で、話はとんとん拍子に進んだ。案件は、カデロ大使が大変お詳しい「天正の遣欧使節」の史実をテレビ番組化するにあったって、大使のご協力を頂きたいというもの。大使は信長の時代に世界を驚かしたこの4人の少年使節たちについて、もっと日本人が知ってほしいということを持論とし、かつ、イタリアにおける少年使節の足跡をよく知り、関係する人脈もお持ちなのだ。
かねて、このテーマには興味を抱いていた。わが師匠の遠藤周作が持っていたテーマでもある。遠藤さんは、「慶長の遣欧使節」を率いた支倉常長を小説化しているが、支倉常長の30年前にヨーロッパに渡った伊東マンショら少年使節についてももちろん詳しく、生前、興味をずっと持っていたのだ。
カデロ大使は、少年たちの勇気はもちろん、日本のセミナリオで彼らが受けた教育、教養についても賞賛している。彼らは朝から夜遅くまで、ラテン語、宗教、西洋音楽といった科目を本当に熱心に学び、ヨーロッパに出かけるのに恥ずかしくないだけの教養を身につけていたというのだ。「4人の少年たちは日本人が誇りとすべき最初の外交官です。そういう認識をもってほしい」とおっしゃる。まったく同感である。
大使の全面協力を頂けることになったので、テレビ番組の企画は、実現に一気に近づいた感じがする。思ったとおり、大使は私のイタリア語の先生であるマルチェッラ・モルガンティさんとも旧知の仲だった。いまのイタリア語のクラスメートの女性のご主人とも大変親しいことがわかった。こういうのが,ほんとの「ご縁」というのだろう。友人の一夫にも感謝、感謝である。