ジュリエット・グレコさんシャンソンの女性歌手の大御所、コラヴォケール、イヴェット・ジロー、ジュリエット・グレコ。先日イヴェット・ジローが亡くなって、存命なのは、グレコさんだけになった。
グレコさんのステージは魅力的だ。その歌声、黒ずくめの衣装、パフォーマンス・・・・それらに一貫した表現の美しさがある。詩へのこだわりも、その美意識に通じている。戦後のパリで、サルトルのような文化人たちから迎え入れられた理由もそこにあるのだろう。
グレコさんのファンを日本に作ったのは、アンフィニの中村敬子さんの情熱だ。彼女が40年以上にわたって、サン=ジェルマン=デ=プレのミューズを日本に呼び続け、今も、グレコさんをステージに立たせている。グレコさんは今年87歳。多分、最高齢の現役の歌手である。
30年ほど前、中村さんに頼まれてグレコさんの自叙伝「恋は命」を新潮社から出したことがあった。そのころ出版部長をしていた大門武二さんに自分が頼み込んで刊行にこぎつけた。来日中のグレコさんを楽屋に訪ね、あの低い声でお礼を言われた。ステージと打って変わって、にこやかな明るい人だった。
歌のうまさでいえば、亡くなってしまった二人、コラ・ヴォケルとイヴェット・ジローが双璧といえるのではないか。コラさんの歌う「モンマルトルの丘」「さくらんぼの実るころ」の2曲は、彼女の持ち歌のようになって、他の歌手が歌えないのかもしれない。それくらい抜きんでててうまい。いまでも聴き続けている。
コラさんを、宿泊していたニューオータニに訪ねてインタヴューしたことがあった。彼女が60代の後半のころだ。きれいな白髪のかわいいおばあちゃんだった。芸人の派手さがまったくない優しい感じ。一緒に写真をとろうと先方から言われて、一瞬、戸惑ってしまったことを覚えている。
しかし、彼女が大御所といわれるのは、イヴ・モンタンより先に「枯葉」を歌って世界に知られたからではないか。日本では、モンタンの「枯葉」のように思われているけれど、コラさんが先に歌って「枯葉」は世に出たのだ。
それにしても、シャンソンなんてとうに滅びている、といわれるかもしれない。たしかに、今の60代以上のわずかな人たちの頭の中にだけ残っている「滅びた文化」といえなくもない。
本場のフランスはどうなのか? 先日、息子が我が家につれてきたフランス人のお嬢さんは、ほとんどシャンソンを知らなかった。酔った勢いで、何曲か有名なシャンソンを口ずさんだが、聴いたことがないという。あなたのお父さんは聴いてなかった? と尋ねたら、「父はロックを聴いていたから・・・」といわれて、ガクッときた。そうなんだ・・・・。
確かに、歌は世につれという。はやり廃りは常のことだろう。でも、なかなかシャンソンから卒業ができない。思えば、シャンソンを聴くようになったのは、学生時代、友人が三田祭で金子由香利さんたち「銀パリ」のスターを呼んで公演をしたことがきっかけだった。その金子さんのステージがあまりに素敵だったからだ。
でも、シャンソンの何かがずっと受け継がれてゆくような気がする。モーリス・シュバリエ、モンタン、シャルル・トレネ・・・・・・男の歌手の大御所たちの歌から感じるパリの芸人の「粋」とか芸人としての心意気なんかは決して滅びはしない、と思うのは自分だけだろうか? 男の大御所3人の話はまた別の機会にしよう・・・・・。