久しぶりに四谷の愛住美術館へ。
経済と文学の世界を往還しつつ活躍された故・堺屋太一さんと
画家で奥様の池口史子さんのおふたりが開館した美術館です。
2018年のオープニングの年には堺屋さんのトークなどもあったようですが、
私がこの存在を知ったのはその翌年。
アンドリュー・ワイエス展(と隣のレストラン)に惹かれて訪問しました。
ワイエスの特別展は20年ぶりぐらい。
画家独特の、風を感じる無音の世界に浸りました。
しかし開館翌年に堺屋さんが急逝され、さらにコロナが直撃。
運営は大丈夫かな、と心配しました。
でも、史子さんの出身校・東京芸術大学への寄贈というかたちで
長く残されることになり、ほっと一安心。
今は、池口史子さんの個展+堺屋さん/池口史子さんのアトリエ公開
という2本立ての展覧会が開催中。(この話は別途。)
(ちなみに堺屋太一というのはペンネームで、本名は池口小太郎。)
先週末には池口史子さんと、小杉小二郎さんのトークを拝聴しました。
小杉小二郎さんといえば、以前ブログに2度ほど記した記憶あり。
一度目は日経新聞「私の玉手箱」で明かされた驚きのエピソードについて。
(勝新太郎さんと懇意になり、バルテュスの自筆絵をプレゼントされたあの話。)
2度目は、祖父・小杉放菴から続く、画家家系の話をちょこっと。
その小杉さん、最近、日経新聞で辻原登さんの小説『陥穽 陸奥宗光の青春』挿画を
担当されていました。
トークの最後に質問コーナーがあったので、新聞小説の際の苦労談は?
と聞いてみました。以下要約を:
・苦労したのはタイトルが読めなかったこと。
(これはジョーク。タイトルの陥穽(かんせい)の読みの難しさから。)
・とにかく時代考証に苦労した。日経新聞は4,5人時代考証担当がいて毎回チェックしている。
何度もダメ出しされたので、途中から5-6枚描いて渡した。それでも、あの時代には
これはなかった、、などという理由で没になることが頻繁にあった。
・それでも楽しかった。毎朝新聞を開くと自分の絵がある喜びがあった。
・やっている間は切り替えが難しい。なのでその期間、通常の油絵制作は控えた。
・原画展を高島屋で行う予定。12月。実は挿絵はカラーで描いた。しかし、紙面ではモノクロ。
作者の辻原登氏からモノクロで、というリクエストがあった。なのでオリジナルのカラー版を
原画展で初めてお目に掛けることができる。
話を聞いて思い出したのが、2018年、横尾忠則さんの新聞小説体験談。
横尾さんは、1974-1975年に「瀬戸内晴美さん(今は瀬戸内寂聴さん)著
「幻花」(東京新聞)の挿絵を担っています。
銀座gggでの2015年の原画展+横尾さん/平野啓一郎さん対談の際、
横尾さんは、「(新聞小説挿画は)もう二度とやりたくない」、と言ってました。
瀬戸内さんは比較的筆が遅く、スケジュールがタイトだった模様。
そこで、遅延していた期間は、執筆分を受領する前に、
インスピレーションで描いて先にいくつか渡して
瀬戸内さんにどれをどの回で使用するかを決めてもらったそうです。
たから、こんな一枚もあります。↓
「幻花」の時代設定は室町時代。足利家にまつわるお話なのですが。
(2018年、横尾忠則さんの原画展より。写真撮影OK)
小説と挿画はそれぞれ独立して成立するもの、というのが横尾さんの持論。
内容をくまなく取り込む必要はない、と。
ゆえに原画のなかには映画のポスター(↓)をなぞったものや、
鳥獣戯画風のものなど、フォンテーヌブロー派の絵としてよく知られる
「ガブリエル・デストレとその妹」そのものを描いた絵もあり、かなり奔放。
むろん、話の筋に接近した絵もあるものの、
半分ぐらいは、本文とは脈絡のないものをつきつけ、あとは読者に委ねる、、みたいな。
なお、横尾さんが挿画を手掛けた理由ですが、瀬戸内さんからのご指名だったそう。
小説の挿絵画家の選び方はケースバイケースのようで、
編集サイドで持ちかけることもある、と聞いたことがあります。
(2018年、横尾忠則さんの原画展より。写真撮影OK)
そんな横尾さんのエピソードに照らして考えてみると、
日経「陥穽」の作者・辻原登さんは筆が速かったのかも。
小杉さんの証言によると、1話につき4,5枚の候補を制作していたようなので、
それだけ時間の余裕があったみたいです。
目下展開している日経夕刊連載の「イン・ザ・メガチャーチ」は
挿画担当者も、日経側もめちゃくちゃ楽だろうな。
現代ものなので時代考証不要。
毎回挿画は内容にかかわらず抽象画。
なかにはロールシャッハテストっぽい図柄も。
文と絵が完全にそれぞれ独立している例。
愛住美術館外観
愛住美術館の帰りには新宿御苑に寄ってみました。
近いので。
ここのバラ園は、中央の芝生をぐるりと取り囲むようにバラが咲き乱れています。
その中央部分は立ち入り禁止。
おかげで人の姿をよけて撮影する、という煩雑さがなく、のんびり撮影できるのが
メリットかな。