歴史は繰り返す | 安浪蘭人には“愛”があるーArrow Land is “LOVE”.ー

安浪蘭人には“愛”があるーArrow Land is “LOVE”.ー

安浪蘭人(あろうらんど)です。人間ですが、作家、コピーライターもやってます。気ままにやりたいように生きられる幸せを噛み締めています。あなたに伝えたいコトは“ありがとう”!。これからも遊びに来てくださいね(^o^)v❣️

今夜も…、お逢いできて嬉しいです!

最近、男性の日傘をとてもよく見かけ
るようになりました(と言ってもコレ
を書き始めたのは8月の頭頃の話です
ので念のため。どれだけ書くの遅いん
じゃい!って話です)。喫煙所で、

「日傘をさしてる男って、なんか軟弱
な感じがして、俺は嫌いだなあ…」

という声が聞こえて来ました。すると

「えっ、オレは日傘さすよ。凄く涼し
くなって、何で今までささなかったの
か不思議なくらい快適だぜ。最初は折
りたたみ傘をさしてたんだけど、日傘
で雨傘にもなるヤツ買ったら、もう手
放せなくなっちゃったよ!」

という声も聞こえて来ました。

元々、傘は「日傘」から生まれたそう
です。夏の農作業などで、暑くて大変
だった時に、頭に冠(かぶ)る形で誕
生したそうです。それが手放せなくな
った人達が、作業中でない時には、冠
らなくてもいいので、手で持つスタイ
ルに変わって行ったそうです。

元々、日傘だったので、藁で編んだモ
ノだったそうですが、或る時、急な雨
が降って来て、濡れないように傘をさ
した人が居て、周りの人達からは、

「あいつ、雨なのに傘をさしてやがる」

と笑われたそうです。ところが濡れな
くて便利だというコトになり、いつの
間にか、雨の日にさすモノに変わり、
時代とともに材質も変わって行き、現
在の傘が当たり前のように使われるよ
うになったそうです。

最初は藁で編んだカブリモノ。それが
三度笠のような形から、そのセットと
してのカッパや蓑(みの:コレがレイン
コートに変わって行きます)、更には
手で持つ形に変わって行き、用途も日
傘から雨傘に変わり、材質も藁から油
紙に変わり、それが布になり、現在の
ポリエステルやビニールへと変わって
行く…。一方、かぶりものの日傘は、
麦わら帽子へと形を変えて残って行き
ます。

そして、男性もさす日傘へと還って行
く。そう考えると、歴史は繰り返して
行くんだなあ…と、なんだか感慨深く
ありませんか?ファッションとして、
とても新しいと感じたモノが、原点回
帰だったっていうのは、逆に新鮮なの
と同時に、あるべき姿に戻っただけな
んだという気がしませんか?

人間は、自然に暮らしていれば、豊か
な感覚で暮らせるのかも知れません。

友達で、40代でリタイヤした奴が居ま
す。彼は、田舎の古民家再生をして、
そこで開いたレストランが当たり、そ
れを売却して、都会に戻って来ました。
と言っても、東京ではありません。埼
玉の一都市です。彼が若くしてリタイ
ヤした理由を聞いて、妙に納得したコ
トを思い出します。

「テレビを観なくて済む生活を送りた
かったから」

元々、彼は外資系の教育機関で働いて
居ました。そこでは情報の入手手段と
してのマスコミ利用でテレビのニュー
ス視聴は前提だったそうです。或る日、
彼から訊かれたコトがあります。

「テレビのニュースの言ってるコトが
事実を伝えているとは思えない。何の
ためにニュースで事実ではないコトを
視聴者に伝えようとするのか?」

まだ若い頃のわたしは、こんなふうに
答えた記憶があります。

「今、起きている事実を置き換えたい
内容に変更するためにニュースとして
リリースして信憑性を増す為だったり、
権力者側に取って都合のいい内容を、
事実として認識させる手段だったりす
るんじゃないか?大体、権威のある筈
のさまざまな賞が、嘘やインチキな論
文を選んでる時点で世の中はおかしい
と思うよ」

彼も同じ意見だったようで、どうした
ら、ニュースに触れずに社会生活を送
れるか?を真剣に考えたんだそうです。

結論として、その会社を辞めなければ
ニュースに敏感で有り続けなければな
らない訳で、早期リタイヤ以外に無い
という決断をしたそうです。

彼は教育機関に身を置いていました。
教育を仕事にしている以上、指導する
のは、正しいコトに限られるべきだと
考えていました。ところが、指導して
いる内容を吟味すれば吟味するほど、
決して正しいコトばかりではないコト
に気が付いてしまった訳です。何なら
学校時代に習って、当たり前だと思い
こまされていた前提すら、嘘で固めら
れている内容が混じっていたり、まだ
本当のコトは解っていないのに、学生
に解りやすいような嘘だったりする事
実に気付いてしまった訳です。

高校生の頃、彼とよく話していたコト
の1つが、「アポロ計画」についての
話でした。地球を飛び立つ時には、あ
んなに大層なロケットで打ち上げるの
に、月面に到着する時にはあんなに小
さなコアだけのような状態で着陸して
月からは地球に戻って来られるという
のは、物理的におかしいよな?という
内容でした。だったら、月を拠点にす
れば、凄い宇宙旅行を安く計画出来る
筈なのに、一向にその兆候が見えない
のは、実際には月に行ってないと考え
るのが合理的だよな?という話とか、
月は昼間は大気が薄いから120度くら
いまで上がるそうで、逆に夜は冷え切
ってマイナス200度くらいになるそう
だ、という論文のデータを見つけて来
て、

「あの宇宙服は、プラスマイナス300
度を超える温度差に耐えられるのだろ
うか?」

という疑問を持った時は、テキスタイ
ルに詳しい友達に調べてもらって、そ
んな素材は開発されていないコトを知
ったり…。当時のアメリカの技術力で
は月面着陸なんて夢のまた夢のような
話だと、彼とわたしの間では当たり前
に納得出来る話が、友達に話すと、

「俺はアポロが月面に着陸する映像を
リアルタイムでテレビで観たもん!」

という話で終わってしまう。

彼は、テレビは観ず、と言っても、ド
ラマや映画の類は観たいモノは観て、
要するに、テレビのニュースから距離
を置く生活を選んだ、というコトにな
ります。テレビと縁を切るための古民
家だったそうですが、古民家のリフォ
ームで、映画の或るシーンを参考にし
て作ったそうです。その世界観が大当
たりして、レストランは大成功!本当
にテレビは要らないと思ったそうです。
彼がドラマを観ていたのはパソコンで、
大画面で観たい時は、パソコンのディ
スプレイ24インチを2つ繋げて観てい
たそうです。その生活、少し憧れませ
んか?飲食店も世界観の導入が大切な
要素になっているんですね。確かに、
せっかく外で食事をするなら、その世
界観を含めて食事を楽しめた方が嬉し
いような気がします。

飲食店と言えば、最近、松屋にしても
日高屋にしても、

「いらっさいまーせー!ゴライテナリ
ガトザイマース」

と言われる店が増えて来ました。最初、
何を言われているのか、わかりません
でした。

「いらっしゃいませ。ご来店、ありが
とうございます」

というのを、ベトナムや中国辺りの不
思議なリエゾンをした発音をされてい
るのだ、というのに気付き、理解出来
るようになりましたが、彼らは普通に

「ありがとうございます」

だけなら、上手に発音出来るのに、何
故か文章が長くなると、不思議なリエ
ゾンをしてしまうから、訳のわからな
い言葉になってしまいます。しかも、
彼らは、それを歩きながら、作業をし
ながら言うのです。

わたしは大学生の頃。ファミレスでバ
イトをしていました。大学1年の頃は
ロイヤルホスト、2〜3年の頃はさと、
4年の時はすえひろ5でそれぞれシフ
トリーダーを任されるくらいには頑張
っていました。そのファミレスバイト
と家庭教師のバイトをしながら大学の
サークル活動(証券研究会)や学園祭
の実行委員会、大学の授業を受けたり、
ゼミ活動をしていたので、かなり忙し
い時間を過ごしていました。

そのファミレスバイトで、一番最初に
叩き込まれるのが、立ち止まって頭を
下げながら言う、

「いらっしゃいませ」

でした。どんなにたくさんの皿を持っ
ていようが、立ち止まって頭を下げて
お客様の方を見て、言います。ですか
ら、

「いらっしゃいませ」

しか、ありませんでした。

「いらっさいまーせー」

だったら、ホールの仕事はさせて貰え
ませんでした。すえひろ5の時、韓国
のとても足の綺麗なホール希望の女性
が入って来ましたが、いらっしゃいま
せをちゃんと言えるようになるまでは
バックヤードの皿洗いや、キッチンの
サプライ等の手伝いをしていて、ちゃ
んと、

「いらっしゃいませ」

を言えるようになってから、ホールの
仕事も割り振られるようになったくら
い、かなり厳格なモノでした。ですか
ら、ほとんど外国人ばかりが働いてい
る現在のファミレスや定食屋さん、牛
丼屋さんを見ると、隔世の感を禁じ得
ません。ファミレスに至っては、人間
ですら無くなって、配膳はロボットが
持って来る時代です。

古民家レストランの彼と、一緒に飯を
食う機会があり、最近の外国人店員さ
んの増加について話題になりました。

「外国人が増えたのは、日本人がやら
なくなって、外国人しか面接に来なく
なったのが1番の理由だと思うけど、
東大近辺の中華料理屋の増加に伴う中
国人の増加は東大大学院の中国人の増
加と無関係じゃないだろうし、世界観
と言うよりは、市場原理のような気が
するなあ…」

と言って笑っていました。

「東大近辺の中華料理屋の増え方と、
中国人がチャイナタウンを作る時の飲
食店から増やして行くやり方は、何だ
かソックリな気がするけど、中国人の
学生が増えたコトによる市場原理なの
かねー?」

と訊いてみると、

「いや、むしろ東大近辺は既にチャイ
ナタウンだよ。さすがに鋭いなあ…と
思ったよ。日本は最高学府すら守ろう
としないんだから、終わってるよね。
でも裏を返せば学歴は意味を持たなく
なっている証拠なのかも知れない。そ
れならまだ希望は持てると思うけど…」

と言っていました。そう言いながら、
彼は一橋大学出身の高学歴なんですけ
どね(^○^)。

スパイ防止に関する法整備に、やっと
取り掛かる日本ですが、法律の原稿を
作る官僚達が、大量にあちら出身者達
ですから、あまり期待は出来ないと思
います。が、完全スルーよりはいくら
かマシになるんだと思います。

最近、高市さんのやろうとしているコ
トのまどろっこしいやり方が気になっ
ていましたが、彼女は彼女なりに出来
る所から、やれる所からやっているん
ですね。ただ、遅過ぎる。肝心な所か
ら着手しないと、変えるべき所に取り
掛かった頃には無意味になっているか
も知れない。特に経済は生き物です。
打つ手が遅ければ、何も効果が上がら
ないコトだってあります。

報道のニュースは、何も伝えるべきコ
トは伝えて来ません。今、何が起きて
いるか、冷静に考えて情報に触れるよ
うにしてください。その際に注意すべ
きコトは、「事実」なのか、「真実」
という名の加工データなのかを判断す
るコト。「事実」は、そこで起きたコ
トの客観的事象を指します。ですから
「立場」や「意志」は含みません。

一方、「真実」は、その事象を受け取
った側の「立場」も「意志」も含みま
す。戦争が勃発する時、その国によっ
て「正義」が違っていると思いません
か?本来、どちらも「正義」を大義名
分としているのなら、被害を出さない
ために戦わなければいいと思いません
か?でも、戦うのです。国民を守るた
め、という話なのに、国民を戦地に送
り込み、被害を受けるのは守るべき国
民なのです。こんなに簡単な論理破綻
を国家という単位では許してしまう。
コレを許さないように、政府を監視し
なければ平和なんて維持できないんで
す。

政治は政治家にやらせておけばいい、
という時代は終わりました。今や、1
番正しい弁護士は、AIだという時代で
す。病気の診断も、人間よりAIの方が
精度が高いと言われています。このま
ま行くと、医者や弁護士という食いっ
ぱぐれのない筈の職種が職を無くして
溢れ返るのが目に見えています。当然
医者や弁護士は対抗策を考えるでしょ
う。現在のステータスから無職のプー
太郎への転落は許せない事態でしょう
から…。ただ、彼らの打つ手が有効か
どうかは別にして…。

その際、大切なコトはその事象の原点
に返って考えてみるコト。意外と解決
策が思い浮かぶかも知れません。

誤解のないように付け加えますが、大
切なのは、特定のステータスの人々を
守る方策を考えるのではなく、その時
点で活用出来るインテリジェンスを最
大限に活用する前提でライフスタイル
を見直すコト。医者が世の中をぶっ壊
した側であるコトは、後の世では明ら
かになるでしょうから、現時点で力を
持っていようと忖度せず、本来の在る
べき医療に向かうように考えればいい
という話をしています。法律を屁理屈
で裁判官を騙して裁判に勝つような弁
護士も同じく本来法律が制定された大
元に立ち返って、救うべき人を間違わ
ないように、法律を考え直してみる。

何をするにしても、その大元に立ち返
って考えてみる習慣をつけておくコト
が、在るべき姿に戻す最短のルートだ
と、わたしは思います。

8月初旬に書き始めたこの記事をブロ
グに載せる時には、また1つ歳を重ね
てしまいました。いやー、遅過ぎます
ね、ブログアップまでのスパンが…。



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