澪「本当に…姉さんなのね」
茉希「やっと信じてくれたか。…遅すぎるよ」
澪「全く…もう…っ」
澪の眼に、じわりと涙が溜まる
20年前に死んだハズの姉に、再び出会えた事が信じられず、けれど確かに目の前にいるその存在が嬉しくて、溢れそうになる涙を、必死に指先で拭った。
そんな妹の様子を見て、茉希(美幸)はフッと口元を緩めると、改めて澪の顔をジロジロと覗き込んだ
茉希「……それにしてもさぁ」
澪「……何よ」
感極まる澪に向かって、茉希はニカッとイタズラっぽく笑いながら言い放った。
茉希「あんた……おばさんになったねぇ」
澪「………はぁ⁉︎」
感動の余韻は一瞬で吹き飛んだ。澪の額に青筋が浮かぶ
澪「そりゃ20年も経ったら誰だってそうなるわよ!てか再会して最初に言う言葉がそれ⁉︎感動の再会を返してちょうだい!」
茉希「ハハハ!いやごめんごめん。だってさ、私の記憶の中の澪は、もっとピチピチした20代前半だったからさ〜。急にシワとか貫禄が増しててびっくりしちゃってw」
澪「無駄にリアルな指摘をしないで!……はぁ、やっぱりこの遠慮のなさは間違いなく姉さんだわ…」
頭を押さえて深いため息をつく澪を見て、茉希は満足そうにケラケラと笑った
茉希「でも思ったよりすごい綺麗だよ、マダムって感じでw」
澪「何のフォローにもなってないわよ。て言うか、一体どう言う事?姉さんなのは……分かったけど」
改めて茉希の姿を見る
華奢で可愛らしい、どこからどう見ても20代前半の女子大学生の篁茉希と言う女性
だがその瞳に宿る図太くも奔放な光と醸し出す空気は、間違いなく亡き姉、仙石美幸そのものだ
澪「……とりあえず、中に入って?立ち話もなんだし」
茉希「おっ、お邪魔しまーす」
茉希を家に招き入れ、玄関の鍵を静かに閉める
澪は小さく息を吐いた
澪(良かった…子供達がいない時間帯で)
澪には2人の子供がいるが、2人とも手はかからない年頃に成長している
それでももし子供達がいたら、とてもじゃないが、この状況を説明出来ない
「子供達にとって、死んだ叔母が、母親の教え子の女子大生となって戻ってきた」なんて言ったところで、警察か病院を呼ばれるのが関の山だ
茉希「お〜、これが“今”の澪の家族かぁ〜」
リビングに入ると、茉希がチェストに飾ってあった写真を見つけた
夫の蔭山桔平(かげやま きっぺい)と、澪、そして男女の2人の子供達
なんとも微笑ましい家族写真だ
澪「ちょっと、勝手に見ないでよ」
澪はすぐ茉希から写真を取り上げる
茉希「良かった。結婚して、楽しく生活を送ってるみたいだね〜」
澪「…どーだかね」
美幸の遺書である手紙で、約束した澪の人生
それが現代でも続いていた事に、茉希は心から喜び、澪は顔を赤くする
茉希「桔平くん、浮気とかしてない?また海外とか?」
澪「…えぇ、3日前にね。今度はマダガスカルよ。それでも子供が小さかった時は仕事をセーブして、育児とか協力してくれたわ」
茉希「良かった〜。やっぱ澪は見る目あるよ!それで?子供達は?」
澪「…長女が依都(いと)。今の…姉さん(茉希)と同じくらいの年で大学生。長男の千歳(ちとせ)は高校生。まだ…帰ってこないわ」
茉希「わぁ〜可愛い姪っ子と甥っ子だぁ♡」
澪「帰ってきても叔母だって言わないでね?混乱すると思うから」
茉希「え〜?」
澪「え〜?じゃない。それより…話を聞かせて?どう言うことなの?」
改めて本題に入ろう
何故姉の美幸が、茉希として現れたのか?
どうして茉希の身体に、美幸の精神が宿っているのか
卓上に温かいお茶を差し出し、茉希は「サンキュ」と一口飲み、ほっと息をつく
澪「で?どう言うことなの?死んだハズの姉さんが、篁茉希の身体を使って、私の前に現れた理由は?」
澪が身を乗り出して、真剣な眼差しで問い詰めた
すると、茉希は言った
茉希「それが、ぜーんぜん分かんない!」
あっけらかんとした声で、茉希はおどけた様に両手を広げてみせた
澪「……ふざけないで」
澪の声が低く沈む
冗談や誤魔化しで流せる様な話ではない
自分の姉の死、目の前にいる教え子
その根本を揺るがす問いに対して、あまりに軽薄な反応に、澪の額に再び青筋が浮かぶ
茉希「いやふざけてなんてないって!本当に『分かんない』の!」
茉希(美幸)は慌てて手を振ると、困り果てた様に眉を八の字に寄せた
その表情はいつもの飄々とした態度とは裏腹に、どこか切実だった
茉希「…私はこの20年間、『篁茉希』として生きてきた。小さい頃の記憶も、篁茉希の家族とフツーに過ごしてきた思い出も全部ある。自分の趣味が、『人間観察』であり、星条大学に通い始めたのもそう。元々私が『仙石美幸』だったなんて、これっぽっちも思わず20年間生きてきたんだよ」
澪「……じゃあ、どうして?」
茉希「それが…茉希が20歳を迎えた時に、急に頭の中に雷が落ちた様な感覚に襲われて、記憶が蘇ったんだよ」
自分の頭に手をやり、遠い目をした
茉希「…頭の中で、見知らぬ景色と感情が一気に溢れ出して来てさ…。銃の引き金の感触、夜の港でのミッション、そして………澪の泣き顔。20年前のあの日、私が死んだ瞬間の事まで全部」
そこまで一気に語ると、茉希は小さく息をし、卓上のお茶に視線を落とした
その時お茶の表面に映った顔が、一瞬美幸に見える
茉希「…憑依なのか、輪廻転生なのか、神様のイタズラか…そんなの私にだって分からない。ただ気づいたら、私の中に『仙石美幸』と『篁茉希』、2人の人間が両方いたの。最初はおかしくなったのかと思ったけどね、どっちの記憶も本物だと、私が1番理解しちゃったんだよね」
お茶に手を伸ばし、また一口飲む
そのお茶に映っていたのは、茉希の顔だ
しん…と静まりかえるリビングで、澪は言葉を失ったまま、茉希を見つめた。
澪「…なにか、きっかけとかは?急にそうなる訳はないと思うの。例えば20歳の誕生日の時に誰かと出会ったとか」
茉希「あー…その事も少し考えたんだよね。そしたら…心当たりが1つだけあった」
澪「何?」
茉希「ほら、ミッションに向かう前に私ら病院の前で妊婦を解放したじゃん?あの時に会った…婆さんのこと…」