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Tomoのブログ

ゆらぎ世代の女性の悩み、日々を楽しく乗り切るお気に入りのもの、好きなことを気ままに綴ります。

3年前くらいに、家で赤紫蘇ジュースを作り始め、梅雨時の蒸し蒸しする時期、暑さで夏バテしそうな時の元気回復にとても良い、と毎年作るようになった。

今年も作ってみたが、間違って最初の年に作ったレシピで作ったため、あまり美味しく感じない。赤紫蘇ジュースが大好きな夫にも「苦味が出てないか?失敗だな」と言われて慌ててレシピを確認。そうだった…甘みが薄くてヘルシーな濃縮タイプはイマイチだったので、そこから色々試して昨年の絶賛ジュースになったんだった…。
出来上がっていたものに少し砂糖と酢、水も足して火にかけ、粗熱を取って再び冷やしたらそこそこの味に。今度は最初から昨年のレシピで作ろうと思う。ただ…今回赤紫蘇の葉だけのものを買ってきて作ったけど、昨年は茎付きの赤紫蘇から葉をもいで作ったのよね。あれが結構面倒…。しかし次は頑張ってみるか。

『ピエタ』 大島 真寿美
美しい物語だった。18世紀の爛熟したヴェネツィアの情景そのものがこの小説の主役ではないかと思えてくるほど、舞台となるヴェネツィアの街や人々の描写が素晴らしかった。
「ピエタ慈善院」は、捨て子を育てる役割の他に音楽院としての役割も持っており、孤児達の中で特に音楽に秀でた才能を持つ者を育て、合奏、合唱の公演が院の収入源にもなっていた。孤児達だけではなく、当時の貴族の娘の中にも音楽教育を受けるためにこの「ピエタ」に通う者もいた。ピエタに深く関わり、子供たちを教えたのが、かの有名な音楽家アントニオ・ヴィヴァルディ。
物語は、ウィーンに旅立ったヴィヴァルディの訃報がピエタに届くところから始まる。
ピエタで孤児として育ち、ヴィヴァルディの教えを受けたが、今では実務的才能を見込まれてピエタで働いているエミーリアの元に貴族の娘ヴェロニカが訪ねて来る。彼女は少女時代にヴィヴァルディが自分のために書いてくれた楽譜の裏に、自分は詩を書いたと言う。その楽譜を探してくれればピエタに多額の寄付をすると持ちかけて来るのだ。
ここからエミーリアの楽譜探しが始まり、その過程で天才音楽家であり、司祭でもあり、ヴェネツィアよりも異国で評価が高かったヴィヴァルディの知られざる姿が浮かび上がってくる。同時にヴィヴァルディと関わりの深かった女達の人生も。
貴族達が政治を担う責任より、己の利権に夢中になり、誇るべき文化を守ることを忘れて腐臭を放ち初めていたヴェネツィア。そこで交錯する女達の人生。ヴィヴァルディに見出されて成功したもの、残されて貧窮する家族、とりわけ魅力的なのはヴィヴァルディと親交が深かったコルティジャーナ(高級娼婦)のクラウディアだ。
このクラウディアとエミーリアの邂逅、後にヴェロニカを交えての3人の出会いのシーンは、大物のコルティジャーナとピエタの孤児と大金持ちの貴族の娘が立場を超えて魂の交流をする夢のようなひと時で、忘れがたい幸せな印象を残す。
交わることの無い階級差を普段とは違う顔を見せるヴェネツィアのカーニバルの夜が取り払い、女達の人生が、天才ヴィヴァルディの追憶で繋がって行く。楽譜は結局見つかったのか?その意味するものは?ラストも本当に美しい。
凡人も天才も生きている時はその時代の枠の中でしか生きられない。しかし、その短い人生の中の恩寵とも言えるひと時の輝きを見せてくれる小説だった。

昨日は台風になろうかと言う熱帯低気圧が通り、午後から豪雨。夜には近隣の川が限界水域を越えたが、昨年の繰り返す台風の経験から、夜中の3時過ぎには落ち着くだろうと推測。とは言え…50歳を過ぎてから自律神経、婦人科系の不調が酷く、昨今増えていると言う「気象病」の症状が笑えない酷さ。
元々子供の頃から気管支喘息だったし、父親も気圧の変動が体調に影響する人だったからそんなものと思って対処していたが、低気圧が忍び寄る前の身体の重さ、だるさ、頭の重さや耳鳴り、めまい、憂鬱感は若い頃には想像しなかったほど酷い。何しろ強い力で頭や肩や背中を床に押し付けられる感じになる。歩けない。座っているのも辛い。気持ちが沈む。横になっても神経が休まらず寝られない。いつもの耳マッサージや千年灸をする力も出ない酷さに潰れたカエルの様になって寝ていた昨日の午後から夜中。
が…今朝低気圧が過ぎ去って青空が見えたら、多少の寝不足はあってもかなり元気。
夏らしい庭の緑の中に涼しげな姿で咲く花見て蒸し暑さも忘れる。我ながら現金だとおもうが、こんな小さなことがとても幸せ。
ポンテデリア
ツルバキアビオラセア
アガパンサス