TRIQUETRA ~Tributary Zone~ -80ページ目

TRIQUETRA ~Tributary Zone~

2代目のブログです

 

 

『マギー』という映画を観ました。

 

 

花マギー公式サイト

 

 

アーノルド・シュワルツェネッガーが製作・主演した初のゾンビ映画。

感染するとゾンビ化すウイルスが蔓延する近未来のアメリカ。

ウイルスに感染したウェイドの娘・マギーは、当局よって特別病棟に収容されてしまった。

ウェイドは娘のマギーを捜し出し、家族の元へと連れて帰るが、

ウイルスがもたらすマギーの変化は徐々に進行していった。

徐々にゾンビへと変化し、苦しむマギーを前に

ただ見守ることしかできないウェイドだったが、その決断の時は確実に迫っていた。

 

映画.comより)

 

 

 

泣けるゾンビ映画。。。というのは、初めて観ました。

 

 

相変わらず映画はよく観ていますが、なんだか最近、映画もあまり

面白くないなぁ。。。と、感じることが多く。

 

観ても、次から次へとあっという間に忘れてしまうし、

話の内容以前に、「その映画を観た」という記憶自体が、

すっかり、完全に消えていたりして。

 

自分でもゾッとしてしまうことが、よくあります(苦笑)

 

 

年齢を重ねたら特に、、、

あまり自分の主張はしないほうがいいですね(笑)

 

でないと、言った、言わないでしょっちゅう喧嘩になりそうですし、

記憶というものは、自分も相手も、そして若い、若くない関係なく、

「絶対的なものではない」ということを、

常に意識していたほうが、多分、平和です。

 

 

あぁ、、、やっぱり、日記は書いておこう(苦笑)

あとで確認できる記録をとっておくために。。。

 

 

映画を観ていても、、、

なんか、いろんなものが失われてきているなぁ。。。と。。。

若い頃の感受性とか記憶力とか。

 

そんなことをふと、よく感じるようになってきた

今日この頃ですが。。。

 

 

そしてやっぱり、、、自分の経験が増えれば増えるほど、

ある程度の「予測」が出来るようになってしまうし。。。

 

どんでん返しすら、予測できてしまったりとか。

 

その予測通りになった時もなんだかつまらないし、、、

逆に、予測通りのどんでん返しもなく、ただ「そのまんま」で

終られてもまた、つまらないし。

 

つまりは、、、ちょっとやそっとのことでは、「刺激」を

受けなくなってしまった。。。ということで。

 

だから、その「刺激」を求める「マインド」にとっては、

つまらない。。。と感じるのです。

 

 

でもこの頃気づいてきたのは、同じ映画を2回観ると、、、

1回目に観た時よりも2回目の時のほうが、

素直に内容を楽しめる。。。ということでした。

 

2回目の時は、何も期待していないからです。

 

なので最近は、映画を観る時は必ず、

2回は観るようにしています。

 

 

昔は、面白いと思った映画を繰り返し観たいと思ったものですが、、、

最近では、違った意味で繰り返し観るようになってきた感じです。。。

 

 

シュワちゃんのこのゾンビ映画も、

最初に観た時は、全然ピンと来ませんでした。

 

けれども、この映画を初めて観た日の夜、、、

夢に、映画の娘のゾンビが出てきたんです。

 

・・・とは言っても、夢の内容はゾンビとは全く関係ない話でしたが、

その夢のシーンに、薄く重なるようにして、

彼女のゾンビ姿がそこに、ボーッと浮かび上がっていました。

 

 

なので、思いました。

 

「あぁ、、、マインドでは全然ピンと来ていなかったけど、、、

潜在意識では、だいぶ影響を受けているみたいだなぁ。」

 

・・・と。

 

なのでそういうことも確かめたくて、すぐに再び鑑賞。。。

 

2度目は、その映画の途中、何度も泣けました。

切なくて。。。

 

1回目には感じなかった「切なさ」を。。。

2度目では、色々なシーンで感じました。

 

 

子を持つ親なら、、、

誰もが想像するだろうと思います。

 

もしこれが、自分の子供だったら、どうするだろう。。。と。

 

その答えは簡単には出ないし、その時になってみなければ解らない。。。

 

それこそ、予測を超えたどんでん返し的な行動を、

自分はとってしまうかもしれない。

 

 

そして、そんな場面で他の人が、、、

たとえ信じられないような行動に出たとしても、、、

 

その人のことを責めることは、誰にもできないでしょう。。。

 

 

「娘を思う父親」という役は、大昔もシュワちゃん、やってましたよね。

『コマンドー』という映画で。

 

 

彼は、『マギー』の映画に出演しているだけでなく、

製作も担当していたようですが、こんなコメントを残しているそうです。

 

 

アクション映画なら世界を救うこともできるが、

『マギー』では、ゾンビ化していく娘に対して、何もできない。

この無償の愛を描いた作品は、新しいゾンビ映画であると同時に、

自分にとって大きなチャレンジだったから、ぜひやってみたいと思ったんだ。

 

 

いろいろと、、、時代は進化しているのだなぁ。。。と思います。

映画ひとつとっても。

 

 

昔は、勧善懲悪の世界ばかりだったし、ゾンビはゾンビ。

ただの敵。ただの悪役。ただの倒すべき邪魔者。

 

・・・みたいなのばかりでしたけれども、、、

 

今では、ゾンビになっていく人の苦悩を描いたり、

そのゾンビに対して感じる複雑な心境を描いたり、、、

 

昔はただただ悪とみなされていたものに対する、

理解とか、同情の気持ちとか。

 

いつの間にか、そういうことを考えたり、

想像できるようになった私たち。

 

やっぱり、人類全体の意識も、、、

進化しているんだなぁ。。。と。

 

そう思いました。

 

 

©WingMakers LLC

 

 

ウイングメーカーというものが、初めてネット上に登場したのは

1998年でしたが、その後、何度かアップデートが行われ、

2013年に、今の姿となりました。

 

 

WingMakers.com

 

 

あれから3年。。。

 

今のところはとりあえず、その後特に、

大きな変化は起こっていないようです。

 

 

生まれ変わった新たなこのサイトが公開されて、まだ間もない頃、

ジェームズはpinterestのボードに、それまでの、過去のサイトの中で

使用されてきたほとんどの画像を、放出しました。

 

他にも、「Collected Works of WingMakers」(WM大全)という、

これまでにリリースされてきたマテリアルをひとつにまとめ上げた

本が出版されたりもしました。

 

本来この本は全2巻で、1巻は2013年に出版されたのですが、

第2巻の出版は、その後もずっと保留され続けていました。

 

でも今年の春ごろに出版社のほうから、それは来年あたりには

発売されます、とのお知らせが出たりもしました。

 

この第2巻は、実はもうとうの昔に本としては完成していたようですが、

その出版のさし止めをしていたのは、ジェームズ本人らしく。。。

その理由は、出版社の方々にも解らなかったそうです。

 

でもどうやら、許可が降りたみたいですね。

 

 

話しが少し逸れましたが、、、

 

ホームページのリニューアル、過去の画像のほぼすべての放出、

そして大全の出版。。。

 

 

こういった流れの中、私が感じていたのは、

「新生」というキーワード。

 

 

そこを機に、Facebook内での海外のWMファンの方々の在り方も、

なんとなく変わってきたような気がしていました。

 

私もそこで、「あぁ、ここでひとつのチャプターが終わった」と。。。

 

そう感じたりもしたのでした。

 

 

なので、なんとなくそこから、、、

「次のチャプターへの移行」とか「新たなステップの開始」というものを

意識しながら、ここまでやってきたような気がします。

 

 

このウイングメーカーの最新版のサイトには、

翻訳機能もついていたりしますが、未だに、機械翻訳では

意味不明な訳語が出てきたりするので、それを使って読んだとしても、

なかなか、理解しづらいところがあると思います。

 

ですので、こちらのサイトのイントロダクションの一部と、

サイトの管理人である、マーク・ヘンペルさんによるQ&Aの部分を

翻訳して、「IRIDESCENCE」のサイトにアップしておきました。

 

少し見づらいかもしれませんが、ご興味ありましたら、ぜひ。。。

 

 

IRIDESCENCE・ウイングメーカーのページ

 

 

 

ウイングメーカーという世界に対する印象が、

これまでとは少し、変わってくるかもしれません。

 

 

 

via IRIDESCENCE
Your own website,
Ameba Ownd

 

 

 

以前の日記で書いた、勝ちゃんこと、中川勝彦さん。。。

 

今日は、彼の命日です。

 

毎年毎年、命日になるといろんな思いに耽ったりしていた頃もありましたが、、、

ここ数年は、彼の存在、彼のエネルギーというものは私の中からすっかり消えて。。。

 

だから、、、

あぁ、、、勝ちゃんももう成仏して、もしかしたら新しい命として、

どこかに生まれ変わったりしているのかもしれないな。。。と。

 

そんな風に思ったりもしていたのですが、、、

 

どうしてかな?

 

今年は、、、先日突然彼のことを思い出したりして。

そしてそれも、、、今日という命日の矢先だったりして。。。

 

 

でもやっぱり、、、

もう、前みたいに苦しい気持ちになったりはしないので、、、

今は安らいだ気持ちで、ふんわりと、その思い出に浸れたりもします。。。

 

良い思い出だけに。。。

 

 

勝ちゃんにも荒れていた時代はあって、、、

なんだかもう、さすがについて行けないなぁ。。。なんて思っていた頃、

ちょうど、グラスバレーのデビューがあったりして。

 

私はいつの間にか、、、

気持ちがどんどんグラスバレーに傾いていったりしましたが、、、

 

当時そのバンドのヴォーカルだった出口さんは、今でも音楽活動されてるし、

昨年なんて、彼から石鹸彫刻を直々に教えてもらえてしまったりもして。

 

今はすっかり落ち着いてしまった私ですが、、、

でも、当時のあの、ノリノリのファンだった頃の私だったらもう、

気絶しているのではないか(笑)。。。と思うくらいの至近距離で、

石鹸教室では、出口さんと普通にお話したりできて。。。

 

あの貴重な時間。。。

生きてるって、素敵。。。と。

 

なんというか、、、

出口さんが生きて、そこにいてくれるだけで感謝だな。。。と。

 

そんなことを、よく感じたりもしていました。

 

 

今、その出口さんのブログを読んできたのですが、、、

もう、、、爆笑してしまうくらい、面白かった。

 

 

出口さんのブログは、いつも、つぶやきみたいな短い言葉ですが。。。

それがなんだか、、、妙に深いというか。

 

スピリチュアル的なうんちくを語ることもなければ、

浄化が大切です!なんてお説教をすることもないですが(笑)

 

でも、彼から漂ってくるエネルギーはかなり透きとおっていて。。。

心地よいなぁ。。。と。。。

 

こういう人を、「背中で語る人」って言うのだろうなぁ。。。と。

 

いつも、そんな風に感じていたりします。

 

そういう在り方の出口さん、私は本当に大好きだし、、、

どんな形であれ、今回の人生で出会えてよかった。

 

ほんの少しの間だけだったけど、、、

出口さんと、道が交差したこと。

 

とても嬉しかったです。

 

 

勝ちゃんは、32歳の若さでこの世を去った人でしたが、、、

当時の彼は、どちらかというと、語る人だった気がします。

 

彼も裏では、様々な葛藤とか、大変なことを抱えていたようだけど、、、

彼の語る言葉はいつも、優しかったです。

 

あったかい人なんだな。。。と思っていました。

 

時に皮肉っぽかったけど(笑)

でも私、、、実は毒舌家の人、嫌いじゃないのです。

 

 

内側に、、、苦しいことを抱えている時こそ、、、

語れるのかもしれない。。。と。

 

そんな風に思うことも、よくあります。

 

自分がクリアになればなるほど、、、

言葉はシンプルに、、、

短くなっていくのではないのかと。。。

 

 

まぁ、、、その人の性格とかもあるのでしょうが、、、

「知るものは語らず」といいますし。。。

 

深まれば深まるほど、、、

簡単に言葉に出来ないことも増えていくし。。。

 

それを、シンプルな言葉でサッと表現できるようになるにはまた、、、

それなりに経験を重ねる必要があったりもするのでしょうし。。。

 

 

だからなんだか、、、

出口さんはやっぱり、、、

どこかで尊敬してしまったりするのです。

 

 

 

そう言えば。。。

勝ちゃんが亡くなったあの日。。。

 

東京の空に、、、虹が出たのだったなぁ。。。

 

 

via IRIDESCENCE
Your own website,
Ameba Ownd

 

 

©WingMakersLLC.

 

 

 

昔から、自分の本当に好きなことほど仕事にはしたくない人でした。

 

なぜなら、それを仕事とした途端に、そこにたくさん、

他の余計なことがくっついてくるのが嫌だったからです。

 

そうなると、好きなものも好きではなくなってしまいそうで。

 

好きなものは、純粋にただ楽しんでいたい。。。

余計なしがらみに縛られることなく。。。

 

 

 

そうではない。。。縛られた方が、俄然やる気が出る。。。

というタイプの人も、もちろんたくさんいるとは思いますが、、、

私の場合は、自由を束縛されると途端にやる気のなくなる

射手座気質なので(笑)

 

だから余計に、、、

好きなものほど、趣味の範囲内に留めておきたかったんですね。

 

仕事は仕事、趣味は趣味。という風に。。。

 

 

私は「書くこと」が好きなので、長年ブログを書いてはきましたが、

これも、趣味の範囲内です。

 

ただ、ヒーラーとして、、、と思いながらこのブログを始めたころから、

なんだか書くことが重くてしかたなかった。と。

スランプみたいに感じている。。。と。

 

これまでも、そういうことをたまにチラッとは

書いていましたが、、、

 

さっきふと、それがなぜなのか、、、

その理由がやっと、マインドでもクリアに見えてきたようで。。。

 

 

重かったのは、、、「書くこと」が趣味ではなく、

お仕事の範疇に入りそうになっていたからです。

 

このスランプっておそらく、、、

2012年あたりから、じわじわと始まってきていたのだと思います。

 

多分、、、WMのメルマガでエッセイを書いていた頃から。。。

 

あれからだんだんと、「なんだか気持ち良く書けないなぁ。。。」が始まり。

そこに、ヒーリングのお仕事を始めたことが追い打ちをかけ。。。

 

ヒーリングのセッションを受けたいと思う人は、

どんなことを知りたがっているのだろう?とか。

どんな内容が好きなんだろう?とか。

 

ある時から少しづつ、そういうのをやめる方向へと、

意識して方向転換してきてはいましたが。。。

 

「意識して」と感じていること自体が、まだまだスランプであることの

証だよなぁ。。。とも思っていました。

 

 

私は、ホロスコープ的に見ても、たとえ毒舌であったとしても、

常に正直でいることで、私らしさを表現できる人だったはずなのに、、、

 

そういうところに少し、制限をかけてきてしまった気がします。。。

 

 

娘は一時、小説家になりたい。。。なんて言っていたりもしましたので、

文章表現についてのルールに関しては、私以上に知識があります。

 

なのでたまに、自分の訳したものを娘にチェックしてもらったりもするのですが、

書き方のルールなどを聞くと、もう、途中でめんどくさくなってきて。

 

娘は娘で、彼女本人もそういうのはめんどくさいと思っている方なので、

「別にめんどくさいんなら、そのまんまでいいんじゃない?」とか

言いだしますので、彼女と2人でやっても、ほとんど変化なしです(笑)

 

なのでたまに夫にチェックしてもらうと、夫はさすがに男性で、

私からしてみたらどうでもいいと思うようなところに目をつけて、

意見を言ってくれたりもするのですが、、、

 

結局いつも、「え~~めんどくさい」と言って私が言うことを聞かないので、

夫はいつも、「じゃあ、何のために聞いてくるんだよ~~(泣笑)」と。

 

そんな平和な我が家です(笑)

 

こういう時いつも、男性と女性ってホント、

重要だと思うところが違うのだなぁ。。。と。

 

しみじみ感じます。

 

 

 

そういったルールに縛られて何かを書く事には、

私と同じように、ものすごく抵抗を感じるタイプの娘でも、、、

 

 

たとえば小説をどこかに応募したりする時は、

出版業界のルールに従わなくてはならないし、、、

 

もうホントに、「一体誰が、こんなめんどくさいルール作ったの?」と。

いつも二人で、ぼやいていたりするのでした(笑)

 

 

改行の仕方とか、カギかっこの使い方とか、「。」とか「、」の打ち方とか。

そういうことを気にしながら考えていたら、書けるものも書けなくなる。

 

何かの、、、流れが止まってしまうから。。。

 

私のブログはあくまで趣味なので、そんなルールはほとんど無視して、

勝手気ままに書いたとしても、まぁ、それはそれ。なのですが。

 

でも、ルールの中でやらなくてはいけない娘を見ていると、、、

なんだか気の毒でした。

 

 

先日、ウイングメーカー関連の翻訳をしていると、

ジェームズの書いたものを編集した人が書いた、

ある注意書きに目が留まりました。

 

そこには、、、

ジェームズの書いた内容は一切変えていないけれども、

その文章の句読点の位置や打ち方などは、

シカゴ・マニュアル・スタイルの内容に従って、多少変更した。と。

そう書かれていました。

 

シカゴ・マニュアル・スタイルというのは、、、

表記とか句読点のルールがあれこれ書かれた、

「書き方」のマニュアル・ブックのひとつです。

 

ドールマンの翻訳をしているとよく、、、

ジェームズの言いたいことは解るのだけど、

それを一体、どういう日本語で表現すればいいのか。。。と。

 

そういうことで「・・・・」となることがたまにあって、

そういった箇所は、英会話の先生に聞いたりしているのですが。。。

 

そうすると、先生はいつもこう言います。。。

 

「ジェームズって、プロの著述家ではないよね。多分。」と。

 

そして、こうも言います。

 

「大丈夫だよ。安心して。ネイティブでも分からないから(笑)」

 

・・・と(笑)

 

 

先生も射手座なだけあって、かなりの読書好き。

彼は様々なジャンルの、たくさんの本を読んできた人なのですが、

その先生が言うには、、、

ジェームズの書く文章というものは、他の作家と比べると、

かなり素人的な文章なのだそう。

 

たしかに、、、と、ある意味私も、そう思います。

 

でも私はそれを、「素人」と思うのではなく、

「型にはまっていない」という形で解釈していたりもします。

 

型にはまらず、ルールに縛られず。。。

 

多分、、、イタコ状態っぽい意識で書いているんだろうなぁ。。。ジェームズも。

なんて思うのですが、、、、

そのせいか、普通の文章ですらまるで、「詩」のようなので、、、

だからこそ、訳すのは大変なのだろうな・・・と、

そんな気がしなくもないのですが。。。

 

でもだからこそ私は、、、

ジェームズの書く文章が好きだったりするのです。。。

 

 

「自由」というものと、「責任」というもの。

 

そういうバランスを、自分の中でとっていかなければなぁ。。。と。

そんなことを考えていたりもしましたが。。。

 

なんだか、ひとりで完璧になろうとしていたこと自体が、

ちょっと間違えていたのかもしれないなぁ。。。と、

そんな気がしました。

 

ひとりでやるのではなく、他の人と一緒にやる。。。

それぞれの個性を活かしながら。。。

 

各自がそれぞれの個性を持ったまま、、、

それぞれの得意分野を活かし、協力し合っていくこと。

 

やっぱり、それこそが一番素敵なことであって。。。

 

誰もが自分の楽器の特徴を知って、いかにそれを素晴らしく

奏でることが出来るか。。。に集中すればいい。。。

 

そしてまるでオーケストラのように。。。

そこにいる全員で、それぞれ別の音色を奏でる自分楽器を、

最高の音で奏でながら、、、

みんなでひとつの美しい曲を演奏する。。。

 

・・・みたいな。

 

やっぱりそれが、一番いい。

 

 

 

via IRIDESCENCE
Your own website,
Ameba Ownd

 

 

 

 

いろいろと一段落したので、ドールマンの翻訳を再開したいと・・・

気持ち的にはそう思っているのですが、なんだかボーッとしてしまって。。。

 

せっかく空いた時間、もったいないなぁと思いながらも。。。

 

お天気も悪いし。。。

自分の太陽に土星ががっつり乗っかっている時は、、、

やっぱり、なんとなく、どこか重たく感じたりするのかしら?なんて。

 

 

ボーッとしていたら、勝ちゃんのことを思い出しました。

この前チラッと、その名前が出たからかもしれない。。。

 

 

勝ちゃんとは、中川勝彦という、昔の歌手の人で、

中川翔子ちゃんのパパです。

 

昔、彼のファンでした。

 

やっぱり、水星逆行している時って、昔のこと思い出しやすいのかな?

 

 

彼が亡くなったあと、、、ずいぶん経ってから、

私はただのいちファンだったはずなのに、、、

自分でもよく解らないうちに、その身内の人とも深く関わることになり。。。

 

その時も、、、いろんなことを考えさせられた。。。

 

あの小さかった翔子ちゃんも、もう三十路越え。。。

 

テレビで彼女の姿を見かけるたびに、、、

不思議な気持ちになります。。。

 

時が経つのは、本当に早いものですね。。。

 

 

中学生の頃、カルチャークラブの来日コンサートに行った時に、

その前座で歌っていた勝ちゃん。

 

それまでも、音楽雑誌などで彼の存在は知っていましたが、、、

まさかその人が出てくるとは知らされていなかったので、

ちょっとびっくりしました。

 

 

カルチャークラブの登場を待ちきれない人たちの前で、

 

「みなさんに良いお知らせがあります。次の曲で、僕たちは終わりです!」

 

・・・と言って、会場からの大喝采を浴び。。。

(私も当時は、歓声をあげたひとり 笑)

と同時に、会場全体を、自分たちの最後の歌へと注目させた彼。

 

 

でもその時はまだ、、、

その数か月後から、彼のコンサート通いをするようになるとは、

思いもしていませんでした。

 

 

高校時代は、、、

学校の規則は厳しすぎるほど厳しかったし、キリスト教の教えを

無理矢理押し付けられるのは、本当にうっとおしかったし。

 

私は昔から、どちらかというと、音楽でもお洋服でもなんでも、、、

人とは違うもの、、、ちょっとマニアックなものが好きだったほうでしたが、

その頃周りにいたお友達はみんな、ジャニーズ・ファンだったり、

雑誌やテレビで流行っているお店を目指して、毎週のように

原宿に通うようなタイプの子ばかりで。

 

なんだかもう、あの頃は。。。

学校がつまらなくてつまらなくて、

友達はたくさんいたけれども、なんだか孤独だった。。。

 

卒業の日を、指折り数えたりもしていました。

 

 

そんな時、唯一心の支えみたいになっていたのが、

音楽でした。

 

中学時代からの親友と一緒に、

勝ちゃんのコンサートやライヴに通うことが、

すごく楽しかった。。。

 

 

そんな、かなり多感だったあの頃。。。

勝ちゃんからは、多大な影響を受けました。

 

 

当時彼の言っていた言葉の中には、、、

今でも鮮明に記憶に残っているものがたくさんあって。。。例えば。。。

 

 

人それぞれ、とらえ方はいろいろだけど、

本当の優しさって言葉や頭でわかる問題じゃないと思う。

 

“優しさ“っていろんな見方があるね。

 

厳しさを優しさととる人もいれば、優しさを大きなお世話ととる人もいる。

もしかしたら優しさってとても恐いモノなのかもしれないね。

 

途中であきらめたりしない。

常に自己を邁進し続ける。

 

難しい事を言ったり、理屈をこねたりする事じゃない、素直さなんだよ。

自分にいかに正直になれるかなんだよ。

 

自分のやりたい事を自分自身で探していきながら、

自分がいかに楽しむか。

 

自分の人生なんだもん。しっかり足を踏んばっていなきゃ。

 

他人に足をすくわれても、しっかりそいつをにらみ返して

何度でも立ち上がりたいね。

 

 

・・・とか。

 

またある時、ファンのひとりが彼にこう言いました。

 

 

「せっかくのライヴでみんなが盛り上がっている時に、

 ノリが悪い子って、やっぱりイヤですよね?」

 

・・・と。。。

 

でも、そんな質問に彼はこう答えました。。。

 

ただ立っているだけでも、何も動いていないように見えても、

 その人なりに何かを感じているんだよ

 

・・・と。

 

 

高校を卒業して新しい学校に進学すると、、、

そこではもう、、、パラダイスな日々が待っていました。

 

今までとは打って変わって、楽しい生活。

 

でも、、、あの時なぜそこがパラダイスになったかといえば、、、

自分自身が変わったからです。

 

高校時代、それをつまらなくしていたのは、結局は自分だった。

 

私は、周りのみんなとは違うんだ。。。と。

そう思って、心を閉じていたから。

 

ある時、自分のそういう頑なさを認めて、、、

そして、新しい場所に入学すると同時に、

ちょっと努力して心を開いた途端。。。

突然、何かがスルスルとほどけていくような気がしました。。。

 

結果・・・楽しくてキラキラした日々が、自分の周りに展開していったのです。

 

あとあとになって気づいたのは、、、

高校の、、、あの重苦しかった3年間というのもまた、、、

今と同じように、土星先生が私のネイタルの太陽のあたりに

いらっしゃる。。。という配置だったようで。

 

新しい学校に入学するのとほぼ同時頃に、、、

土星は次の星座に抜けていっていました。

 

 

 

・・・ということはつまり、、、

星だけを見れば、今の私もまた、

あの高校時代の頃と同じような、重苦しい時期なはずなのですが。。。

 

今は、あの頃みたいにドヨーンとならないのは、、、

 

「起こっていることはすべてが自分の責任において起こっている」

 

・・・ということを、、、今はもう、重々解っているからなのだと思う。

 

自分の責任で起こっているということは、、、

自分次第で、それをどうとでも変えることが出来る。。。ということ。

 

だから今では、、、それを楽しむ余裕さえあったりもする。。。

 

 

土星がいる時は、ものすごく忙しかったり、やりたくないことを

やらなければならなかったり、色々とスムーズにいかなかったりと、

たしかに、重いといえば重いのですが。

 

でも、今それを謙虚に受け止め、、、

常にハートの美徳を忘れずに、瞬間瞬間を生きていれば、

そこまでドヨンともならずに、なんとかなるものです。

 

それにもう、、、

その重さが永遠に続くものではないということも解っていますし、

やることさえちゃんとやれば、その次はキラキラなことも解ってますし。

 

理解が深まれば深まるほど、、、

どんなことが起こっても、ドーンと構えていられるのだと。。。

 

自分自身のこれまでの経験から、そう感じています。

 

そして、そう思えるようになればなるほど、、、

それとシンクロするように、不幸なこともまた、起こらなくなるもので。。。

 

 

もし今、重くて苦しい人がいたとしたら、、、

大丈夫ですよ。。。と言ってあげたい。

 

今は辛いかもしれないけど、いつかは絶対に抜けるから。。。と。

 

とてもじゃないけど、今はそうは思えないと思うけど、、、

それは必ず、いつかあなたの、大切な大切な宝物となるから。。。と。

 

 

勝ちゃんの、「未知の記憶」という本のあとがきに書かれている言葉が好きです。。。

 

今までもブログで、何度も書いたけど、、、

思い出したので、再び。。。

 

 

 

ぼくときみ。きみとあなた。そして、あなたと私。

 

何でもいい。。ひとつずつ、結ばれているものを並べていけば、

世の中のもの、色んなもの、いくつも結ばれていることが、わかりそうで、

ひとつずつ、きちっと結ばれているのを確認していくような、そんな感じだった。

 

それが一周して、全て結ばれるものなのかどうかは、わからないけれども、

ニポの生き方を、そんな風にたどってみたかった。

 

この本は、ひとつの詩からできあがりました。

 

 「鳥が空を恋ひ

  魚が海を慕ふ様に

  私はあなたを愛するのでしょう…。」

 

この言葉のようになりたいと、いつも思っています。

 

途中、ボンゴが口づさむ、

 

「あの月のしずくが、

 月の山から流れとなり

 やがて海と結ぶ…」

 

と云う詩を考えた時、アフリカの資料の中から、かの青ナイル、白ナイルの

源流をたどっていくと、それは「月の山」と呼ばれる、ルウェンゾリ山群に

至る事を知り、思わぬ偶然の一致に思わずぞくりとしました。

 

そして、そういう山奥にこそ、ボンゴは長い間、

神秘のもやに包まれて棲んでいたのです。

 

書けば書く程、調べれば調べる程、ただの偶然では済まない一致が、

次々とニポの周りに集まりだしたのは、まるで未知の記憶にでも

触れているような思いでした。

 

目に見えぬ思いこそが、これらを導いているのだと、その形無いものが、

いかに大事な事であるのかを、あらためて知ったのです。 

 

さて、思いとは、一体どこから湧き出てくるものなのでしょう…。

 

それは、たどっていけば、自分が知らない自分の内部に、もとから在ったような、

たとえば地球が回っているという事を知った後も、知る前も、変わらずに地球は

回っていたのだという事実と、それらの宇宙の法則や環境など、様々なものの

影響を数知れず受けて、自分が今、存在している事、つまりそれら全ての影響を、

自分という人間が、生まれた時から内包していた事に、ただ後から出会っていくだけの、

気がついていくだけのものなのではないだろうか。

 

ここで偶然は、必然になってしまう。

自然とは、その位大きなものなのではないだろうか。

 

忘れていたのではなく、気がつかなかったのだという事が、

そう云えば、僕はたくさんあったような気がする。

 

1993.12月 中川勝彦

 

 

 

 

 

via IRIDESCENCE
Your own website,
Ameba Ownd

 

 

 

 

つい最近、とうとう占星術のソフトを購入してしまいました。

 

・・・というか、いよいよまともなソフトを購入せざるを得ないような

そんな雰囲気になってきたので^^;

 

私程度だったら、無料ホロスコープソフトで十分だよぉ。。。なんて。

そうやって、エゴは騒いでいましたけれども(笑)

 

でも、使ってみたら意外と面白くてハマりそうです。

 

 

つい先日、新しいことがスタートして。

それは、、、

私にとっては、とても大きな一歩でもあったような感じもして。

 

 

乙女座の質は、精神的なものがすぐに身体に出る。とよく言われますが、

自分の体験からして、これは本当だと感じています。

 

私は太陽星座ではなく、月星座が乙女座なので、そういったものがより

強く出るように感じていたりしますが。。。

 

太陽星座が乙女座だった父も。。。

やっぱりどこか、繊細というか、敏感なところがあったなぁ。。。と。

 

 

子育てのおかげでたくましくなりましたので、昔みたいにか弱くはないですが(笑)

その日は、朝から胃の調子がちょっと変でした。

 

自分のマインド的にはまったく緊張とかはしていなかったのですが、、、

こういう時、身体が敏感。というのは、いいかも。。。なんて思ったりもしました。

 

なぜなら、実はどこかで緊張しているのだということを、

頭では気づけなくても、身体が教えてくれるから。。。

 

それでも、、、

せっかくの時に調子が悪いのは困る。と思い、

さっそくゼニスで自己ヒーリングを。。。

 

ゼニスには、「吐き気」とか「緊張」とか、その他にも、こんな時に

役に立ちそうなシートがたくさんあるので、思いつくままに使っていきました。

 

もう、、、

本当に、ゼニスさま、さまだと思いましたが、15分もしないうちに、

すっかり調子はよくなって、ご飯もモリモリ食べることが出来ました♪

 

年齢や経験を重ね、、、

昔に比べればだいぶたくましくなったなぁ。。。なんて思い込んでいましたが、、、

乙女座のエネルギーの持つ繊細さというものは、、、

結局、一生続いていくのかもしれませんね。。。

 

とは言っても、、、

12星座の中で一番男前な星座とも言われている射手座を太陽に持ってますので、

私は決して、か弱い人ではないと思うのですけど(笑)

 

 

その日の星は、ネイタルの太陽に、トランジットの土星がぴったりコンジャンクション。

アセンダントに、トランジットの火星がぴったりコンジャンクション。

ネイタルの月にトランジットの太陽がぴったりコンジャンクション。

そして、ドラゴンヘッドとドラゴンテイルが、ネイタルとトランジットでほぼほぼ

真裏状態でコンジャンクション。

 

しかもこのコンジャンクション。。。

ドラゴンヘッド・テイル以外は、オーブはすべてほぼ0°です。

 

強調されているのは、第9ハウスと第12ハウス。

 

これにびっくりして、娘にまた延々語っていたら、

彼女の目が、またボーッとなってきました^^;;

 

何かの呪文のように聞こえるようです(笑)

 

 

私的にはこれは、、、

 

はい、今、始めてください。ずっしり重い責任を感じるだろうけど、

今は、あなたが今回の人生でやろうとしていることに関する領域で、

ノリノリで勢いよく動けるときですよ。

 

みたいに見えたりしました。

 

 

星を見て自分の行動を決める。。。というのは、

あんまり好きではなかったので。。。

 

何かを決めるときはいつも、ほとんど直感とか、、、

流れにおまかせ。。。という感じだったりするのですが。

 

でも、その出来事が終わった後にこうして確認してみると、、、

結局はいつも、、、星とシンクロしているので。。。

 

なんだか、、、

いろいろ考えちゃいますね。

 

本当に、星って侮れないなぁ。。。と、いつも思います。

 

 

あの日も、、、

そこに集まってくれた方々の反応を見ていたら、、、

みんなちょっと、ホロスコープに興味あるのかな?的な反応だったので。

 

いつか、そこに集うお仲間のホロスコープとか、、、

もっとちゃんと、自信を持って読んであげられたらいいなぁ。。。と。

 

そんなことを思ったりもしました。

 

おかげさまで、、、勉強する意欲が、より湧いてきた。

 

 

乙女座ってやっぱり、奉仕の星なんだなと感じます。

どこか深いところで、人の役に立ちたいと。。。

いつもそう思っているのだと思います。

 

私も自分のことをよくよく観察していると、、、

「誰かが喜ぶなら」。。。みたいな気持ちが、無意識の中にあるような気がする。

 

私の場合はそれが月星座だから、「無意識」の部分にそれがある。。。

素の部分。。。というか。

 

そしてその意識が、何かのアクションを起こすための原動力に、

いつもいつも、なっているような気がする。。。

 

 

キリスト教の学校時代、「奉仕」というものに反発していたのは、、、

ああいった、強制させられる奉仕は、本物の奉仕ではないということに、

多分、本能で気づいていたからなのかもしれません。

 

 

via IRIDESCENCE
Your own website,
Ameba Ownd

 

 

©WingMakersLLC

 

 

私がブログというものを書き始めたのは、2006年だったのですが、

ブログを始めようと思ったキッカケは、ウイングメーカーの、

日本語のフォーラム(掲示板)に参加したことでした。

 

今の掲示板は、ある時リニューアルされたものであって、

私がそこに参加し始めたのは、リニューアル後です。

 

でも実は、以前の旧バージョンの頃から、私はそこを知っていました。

 

知ってはいましたが、まだその頃は、、、

そこを、眺めているだけでした。

 

そこに流れている空気、、、エネルギーが大好きでした。

本当に、、、心地よかった。。。

 

ウイングメーカーが本として出版された時、、、

私は、翻訳者でもありその掲示板の管理人でもあったshimaさんに

どうしてもお礼がいいたくて。

 

それが、その掲示板に参加することになったキッカケです。

 

 

掲示板が旧バージョンだった頃から、

そこに参加されていたある女性がいました。

 

「紫さん」というHNのその女性が、、、私はとてもとても好きでした。

 

実際にお話する前から、彼女から漂ってくる空気を心地よく感じていましたが、、、

実際に彼女と会話するようになってからは、

何か深いところで、、、彼女には、何か特別な想いのようなものを

感じていたりもしたものです。

(決して、変な意味ではありません 笑)

 

 

ここ数日の間、、、あの頃のことを、なんだかよく思い出していました。

紫さんとはもう、何年もの間何の連絡もとっていませんが、、、

きっと、、、何かしらのご縁があった方なのだろうなぁ。。。と。

 

今になってもやはり、、、そう思います。

 

 

彼女だけでなく、あの頃あの掲示板で語り合っていた仲間の人達は、、、

私にとっては、ちょっぴり特別な存在です。。。

 

その掲示板上で、「文字」を通してお仲間と色々語り合うことで、

私は随分と、成長していったような気がします。。。

 

「自分の思いを発信する」ということ。

同じような段階にいる人たちと、思いを分かち合うこと。。。

 

それが、どれだけ自分を成長させてくれたか。。。

 

それを当時、しみじみと感じました。

そして、その成長の記録をどこかに留めておきたい。。。と。

 

そう思ったことが、ブログを始めるキッカケとなったのでした。

 

 

私がブログを始めた頃、、、

そのちょうど同じころにブログを書いていた人たちとは、、、

なぜかリアルでお会いすることが多かったです。

 

面白いものですね。。。

おそらく、、、旅の、ちょうど同じような段階を通り過ぎていた人達と、

一瞬そこで、交差したのでしょう。。。

 

例の掲示板で語り合っていた人達の何人かとも、

実際にお会いしたりする機会があったりもしましたが、、、

そういえば、紫さんだけは、実際にお会いしたことなかったな。。。

 

 

あの頃、ネットで語っていた人達の多くが、、、

今ではもう、ブログなどはやめてしまっているようです。

 

 

ネットの世界にも、世代交代のようなものはあるような気がします。。。

 

世代交代。。。というか、、、

 

誰でも、自分の思いを語りたくなる時期。。。

語ることで自分を深めていく時期。。。

 

・・・というものがあるのかもしれませんね。。。

 

そこを通り越すと、、、ブログなどで語るよりも、、、

自分の人生の中でそれを実践していくほうに、、、

その人のフォーカスすべきところが移っていくのかもしれません。

 

 

私も本当は、、、

「書く」という時期は、もう終わっているはずなのですが、、、

ワケあって、今でもこうして書いているのです。

(書かされている・・・というか)

 

 

特にウイングメーカーに関しては、、、

私の場合は、2011年から2015年の間に書いていたブログの中で、

語りたいことは語り尽くしたような感がありました。

 

これからは、次のステージへと入っていくところでしたが、、、

 

その準備の中、なんとなく昔の資料などを読んだりしていたら、

懐かしい、、、あの頃の気持ちなどを思い出したりもしました。

 

「純粋さ」

 

これを失ってはいけないんだな。。。と。

そんなことを、なんとなく感じたりもしました。

 

 

2011年に、ウイングメーカーを自分のホームだと心に決めた時、、、

私は、こんな風に思っていたのです。

 

ウイングメーカーの媒体になりたいのだと。。。

 

ウイングメーカーというエネルギーの媒体になりたい。。。

そのために、、、もっともっと、

自分自身を透明にしていきたいのだと。。。

 

 

ウイングメーカーとは、何なのか。。。

 

それが解ってきてしまった今では、、、

ある意味、昔のような純粋さは、多少失われてしまったような

気がしないでもなく。。。

 

それがちょっと、、、寂しくもあったりしますが。。。

 

うん。。。だからこそ、次の段階なのだなぁ。。。と。。。

 

昔を思い返して、当時のことを思い出してみると、

懐かしかったり、ちょっぴり感傷に浸りたくなったりもしますが。

 

逆戻りしてしまうのは違うし。。。

ずっとそこに立ち止まっているのも違うし。。。

 

ただ、こうして時々振り返ってみるのは、、、

なんだかいいな。。。と思いました。

 

なぜなら、、、

あの、、、当時の「純粋さ」を思い出せたから。。。

 

 

「責任」って。。。

私はそれは、実はエゴなのだと思っていたりもします。

 

けれども、だからと言って責任をすべて放棄するのも違う。。。

無責任な夢想家になって、、、他人を振り回してしまうから。。。

 

 

ここでもやっぱり、、、バランスなんでしょうね。。。

 

 

 

via IRIDESCENCE
Your own website,
Ameba Ownd

 

 

 

小さな子供の頃、いつも本屋さんで立ち読みしている本がありました。

それは、「おしゃれ入門」という本でした。

 

ある時意を決して、なけなしのお小遣いをはたいてその本を購入。。。

ものすごくワクワクしながら家に帰り、やっと手に入れたその本を読み始めました。

 

私もちょっと、というか、かなりボーッとしているところが昔からあったのですが(笑)

その本を最後まで読み終わるまで、それがいつも書店で立ち読みしていた

おしゃれ入門ではない。。。ということに、気づきませんでした。

 

「あれ?いつも見ていた、お気に入りのあのページがない」

 

・・・と、そう気づいたのはその本を最後まで読み終わった時で。。。

 

その時に初めて、その本は、「おしゃれ入門」ではなく、、、

「しあわせ星うらない」という本だったことに気づいたのでした。

 

 

 

その本は、おしゃれ入門と同じシリーズの本だったのですが、

誰かがイタズラでもしたのか?

星占いの本に、おしゃれ入門のカバーがかけられていたのです。

 

それが店頭に置いてあって、私はたまたま、その本を買ってしまった。。。

ということです。

 

あとから母が、取り換えに行ってはくれたのですが、、、

その時にチラッと読んだ星占いの本が面白くて、、、結局あとでまた、

その本も買ってしまったのでした。

 

それが、今にして思えば、、、

占星術と私の、初めての出会いとも言える出来事でした。。。

 

 

小さな子供の頃は、星座の神話が大好きでした。

 

でも、高校生の頃になると、「星占い」が嫌いになりました。

というか、今でも、雑誌などに載っている星占いみたいなものには、

ほとんど興味はありません。

 

 

ある時、神秘学に興味を持ち始めた頃、、、

そっち方面からの繋がりで、ちょっと、占星術を真面目に勉強してみようかなと、

そう思ったことがありました。

 

けれどもその頃は、まだホロスコープが作れる占星術ソフトが

充実していなかった頃で、、、

なので、ホロスコープを作るには、手描きするしかなく。。。

 

ものすごい細かい天文暦を見たり、天体の位置や角度を測ったりとか。。。

コンパスとか分度器を使ったりとか。。。

 

そういうのがめんどくさくて、、、そこで私は、挫折しました(苦笑)

 

 

それから何年も経ったある日、

占星術に詳しい人と出会い、お話を色々聞いているうちに、

またやってみようかな。。。という意欲がわいてきました。

 

その頃はもう、パソコンを使って、

簡単にホロスコープが出せる時代になっていたのです。

 

スクールに通って勉強したりもしたのですが、、、

勉強すればするほど、「占星術って、真面目にありなんだな。。。」

・・・という思いが、強くなっていきました。

 

でもある日、気づいたのです。

 

占星術があまりにもその通りなことを、たびたび実感したあまり、、、

自分が、何を見るにしても、星を通して眺めるようになっていたことに。。。

 

その時、なぜか、ちょっと危機感を感じてしまったのです。

 

星を頼りすぎて、、、自分の直観力が鈍ってしまうのではないか。。。と。。。

何事も、星に縛られすぎてしまって、今までのように自分の意思で物事を

見れなくなってしまうのではないのか。。。と。。。

 

 

私はそれまでずっと、、、直観勝負で生きてきた人でした。。。

そしてその直観に従って生きていれば、間違えることは絶対ない。。。と。

頑なにそう、信じていた人でした。

 

なぜなら、実際それで、すべてがうまく運んできていたからです。。。

 

なので、知識を得ることによって、その直観が鈍っていってしまうことが、、、

ものすごく怖かったんですね。。。

 

だから私はまた、、、

そこで、占星術から離れることにしたのでした。

 

 

あれからまた数年経ち、、、

今また、懲りずに占星術のお勉強をしていたりします。

 

そのキッカケは、ヒーリングのお仕事を始めたことです。

 

クライアントさん達の、人生での大事なポイントに立ち会う時、、、

私に出来る最善のこととはなんだろう?と。。。

 

そんなことをあれこれ考えていた時に、、、

カウンセリングに占星術を取り入れるということに、

意識が向き始めました。

 

 

人は、この物質的な世界で生きている限り、、、

アップ・ダウンするのは当たり前のことです。

 

修道院やお寺、人里離れた山なんかに籠っていれば話は別ですが、、、

一般社会に関わっていれば、常にクリア。。。ということは難しい。

 

それは多分、、、ヒーラーも同じです。

 

ヒーラーも人間。。。ということを許さない、厳しい人もいて、、、

実は私も昔はそういう人だったのですが(苦笑)

 

でもゼニスをやるようになってから、、、

そのあたり、考え方もだいぶ変わってきました。

 

 

直観に従って流れに乗っていれば、、、

間違いないことは確かです。

 

でも、この世界で生きていると、、、

時には物理的な次元に集中しなくてはならないこともあり、

そういった時は、自分のエネルギーの振動数も、その次元に共鳴します。

 

そういった時期は、外側は充実したりもしますが、

直観力も含めた、サイキック的な力は鈍るものです。

 

そしてそういった時は、良くも悪くも、、、

自分のエゴ(マインド)の声を、ソウル(ハート)からの声だと

勘違いすることも起こりやすくなります。。。

 

たとえ直観が多少鈍っていても、、、声を聴き誤っても、、、

それが自分自身に関することであるのなら、

その結果は、自分にかかってくるだけのことですから、いいのです。

 

でも、自分以外の人。。。

クライアントさんの人生の大切な場面に関わる時は、、、

それではあまりにも無責任なような気がして。

 

そういった時に、占星術というツールは、、、

安定して使えるものかもしれない。。。と。

 

そう感じたのです。

 

 

 

占星術って、ハッキリ言って学問です。

 

勉強すればするほど、それは、科学とか数学みたいだ。。。と。

そんな気がしてきてしまいます(苦笑)

 

そこに、心理学とか天文学とか、もっと言えば医学までもが

関わってきたりして。。。

 

 

こんな複雑なもの、、、私の手におえるのだろうか?と、、、

いつも弱気になりますが。。。

 

でもどこかで、、、もし今回また投げ出したら、、、

私は自分のことが信用できなくなる気がする。。。と。

 

なので先日も先生に、「今回こそは、最後までちゃんとやります!」と、

あえて宣言して、自分を縛ってきました。

もう後戻り、できないように。

 

でもそのあと、、、先生の話すお話を聞いたら、、、

思わず、苦笑いして唸ってしまいました。。。

 

本当に、、、星の影響というものは、、、

自分がどんなに意識的に生きているつもりでも、ここで生きている限りは、

どうしても、免れることができないものなのだなぁ。。。と。

 

また、それを実感してしまいました。

 

 

先日乙女座で起こった新月は、日食を伴う新月でした。

日本では見えませんでしたが、南太平洋とアフリカ、そしてインド洋あたりでは

金環日食となるような、新月でした。

 

そしてその日、その月は、魚座にある海王星と、射手座にある土星と、

ちょっと緊張感ある角度を取っていました。

 

食を伴っていた場合、その影響はその後半年近くは続くのだそうです。

 

 

そういった天体の時に起こることは、、、

例えば、「考えるより感じましょう・直観勝負です」的な意識と、

「直観だけでは危うい。ちゃんと考えて理論的に理解することも大事です」的な意識。

 

つまり、ハートとマインドのせめぎ合いみたいなものが起こる中で、

射手座の土星先生が、「どちらにもバランスの良い、『法律(決まり)』を作りなさい」

というようなプレッシャーをかけてくる。。。みたいな。

 

 

 

この天体の配置の影響は、全体的にかかってきますので、、、

こういったことを象徴するような出来事が社会の中でも起こります。

 

・・・と同時に、それぞれの個人の内面でも、そういった心の流れが

起こってきたりするんですね。

 

人によって現れる形は違えど、その根底にはこういうエネルギーが

働いていたりするのです。

 

 

そして、、、

乙女座、射手座、魚座あたりに重要な星を持っていたりする人は特に、

大きな影響を受けたりするようで。

 

ホロスコープを見てみたら、、、

私なんかは、モロ、その時期だったりしたので、、、

なんだかもう、、、笑ってしまいました。

 

 

 

でもおかげで、、、

 

 

「占星術の勉強って、難しすぎる。そんなの本当に自分に必要あるの?

あなたは直観でいいんじゃない?」

 

と囁いていたのは、完全に自分のエゴの声だったようだ。。。

 

・・・ということに気づけたんですね。。。

 

土星先生が持ってくる課題から逃げたい、エゴの声。

 

そんなこと、する必要ないんだよ。

もっと、その場その場を、ただ楽しく生きていけばいいんだよ。

 

・・・と、もっともらしい口調で、私を誘惑するエゴの声。

 

 

星を見ることによって、そういうことにまで気づけてしまうことに、、、

なんだかすごく、感動してしまいました。

 

占星術のことだけではなく、今はなんだかものすごく忙しく、、、

責任がうまれたり、めんどくさいと思ったりすることが、

たくさん起こってきていたりもするのですが。。。

 

そういうのもまた、土星先生からの、愛溢れるプレゼントだと思いますし(笑)

それをしっかりこなせば、先生は絶対にご褒美をくれるようになってますし。。。

 

ひとつひとつを、じっくりとこなしていこうと思います。

 

 

そして、、、どこまで辿りつけるのか、、、

ちゃんと物にできるかどうかは解りませんが(←マインドの声)

 

占星術のお勉強も、やめることなく、

頑張って続けようと思っています。(←ハートの声)

 

 

 

via IRIDESCENCE
Your own website,
Ameba Ownd

 

 

 

今朝、掃除をしていた時、サラのこの歌がずっと頭の中で流れていました。

 

掃除をしたり、洗い物をしていたりする時、、、

よく、色々な思いが頭の中をよぎります。

 

以前はそういうことをすかさずブログに書き綴っていたのですが、

ヒーラーというお仕事をするようになってから本当に、、、

「書くということ」に対してあれこれ考えすぎてしまって、

なんだか、、、そういうの、、、そういう感覚忘れていたなぁ。。。と。

 

そしてそういうのが、、、

考えてしまうのが、とてもイヤだと。。。

 

 

ヒーラーとして、、、とか、ライターとして、、、とか。

そういう、自分に何か「肩書き」をつけてしまうの、、、すごくイヤなんですね。

 

私はヒーラーです。というよりも、今は、ヒーリングのお仕事をしています。と。

そういう風に言うのが好きです。

 

ただの主婦なんです。。。っていうのが、すごく好きです。

 

 

私がそういう風に思うのは、その根底に、

「すべてのもののもとはひとつ」という感覚があるからで、、、

すべての人が結局は、最後はみんな一緒。という感覚があるので。。。

 

なので、人が勝手につけた「肩書き」なんて、

一瞬で消えてしまう幻想にすぎないと。。。

 

だから、そこに「囚われてしまうこと」。。。が、すごくイヤなんですね。。。

 

 

クライアントさんと向き合う時も、、、

自分はヒーラーなのだからと、、、何か解ったふうなことを

上から語ることは好きではなく。。。

あくまでも、人対人、一対一の関係でいたいのです。

 

 

そう言えば、、、子育てをする時もそうでした。

子供より自分のほうが上だと思ったこと、一度もなかったです。

 

親だって、子供たちから学ぶことはたくさんあるのだと。。。

 

 

昔からそういうの、、、好きじゃなかったんです。。。きっと。

だから、「ヒーラーとして」あれこれ解ったようなことを語ることも、、、

 

本当は、好きじゃないのでしょう。多分。

 

だから、あんなに好きだった「書くということ」が、、、

「重荷」になっていたのでしょう。。。

 

 

最近少しづつ、戻ってきたけど、、、

早く、このスランプから脱出したいものです。

 

まぁ、、、これもまた、ひとつの「通り道」なのでしょうね。。。

 

 

知識が増えたり、経験が増えたりして、色々なことが分ってくると、、、

その道の途中で、落ちやすい落とし穴があります。

 

それは、「傲慢」という落とし穴。

 

私も一度、それに落ちたことがあるので^^;

多分もう二度と、、、落ちたくないのです。

 

「ヒーラーとして」とか、そういう肩書きに囚われると、、、

再び何かの落とし穴に落ちそうで。

 

多分、、、無意識のうちにそれを警戒しているのだと思います。。。

 

 

 

やっぱり、、、人はみんな、「お互いさま」なんです。。。

 

親子の関係であっても、先生と生徒であっても、

癒す人と癒される人であっても、夫婦や恋人同士であっても、、、

 

ただそれぞれが、「その役」を演じているだけであって、、、

その関わり合いの中でお互いが、何かに気づきたいために、

その物語を、、、お互いに共同して引き起こしているだけなんです。

 

だからそこには、、、上も下もない。。。

 

そして面白いことに、、、その「気づき」って、

なぜか、お互い同時に起こるのです。

 

もちろん、何に気づくかというのはお互いそれぞれです。

お互いが自分にとって必要なことに気づく。。。

 

そしてそれが起こると、、、

その関係性は解消されることがよくあります。

 

だから親子とか夫婦の縁というものは、、、

お互い、かなり覚悟して設定してきたものなのだろうなぁ。。。と。

 

いつも思います。

 

 

この、誘惑の多くて、あちこち落とし穴だらけの、、、

この冒険、、、このゲーム的な世界の中では、、、

 

いつもそのことを、意識して、自分の胸に留めておこうと。。。

 

 

 

******

 

 

サラの歌が頭の中に鳴り響いている時、、、

ゼニスのことをあれこれ考えていました。

 

占星術を勉強しているといつも感じるのは、、、

自分の今回の人生の「ブルー・プリント」というものは絶対ある。。。ということで。

 

なぜなら、その人がだいたい何歳くらいの時、こんな感じのイベントがあり。。。

みたいなことは、その人の生まれた時の、ネイタル・ホロスコープを見れば、

だいたい解ってしまうからです。

 

・・・というか、私はまだまだそこまでちゃんと読めませんが^^;

でも、そういうものなんだな。。。というのは、長年占星術と関わってきて、

今ではもう、、、確信に至っていたりします。

 

 

でもそのブルー・プリントって、「運命」ではないんですね。。。

何のブルー・プリントかというと、その人が生まれるときに纏う、

エネルギーの質なんです。

 

魂の質ではなく、「今生の私」という、エゴ・パーソナリティの質です。

 

言い換えれば、「思考癖」「思考回路のタイプ」。

 

それが、ネイタルのチャートに出ていたりするんです。。。

 

どんなエネルギーを纏って生まれてくるのか、、、というのはおそらく、

過去生での経験が深く関わってくるのでしょう。。。

 

その、自分が持って生まれたエネルギーと、自分の外側のエネルギー、、、

つまり天体の位置。。。科学的に言えば、重力とか引力とかだと思うのですが、

それの相互作用によって、その人の周りにどんなエネルギーが発生するのか、

どんなイヴェントが発生しやすいのかが決まってくるのだと思います。

 

私はそれを、魂の描いた、今回の人生という冒険の設計図の縮図。。。

人生の大まかなブルー・プリントなのだとして考えるのが好きです。

 

そして、こういう風に物事を考えること自体が、、、

なんだか、人間っぽいなぁ。。。とも思います(笑)

 

 

自分のホロスコープを研究したり、分析したりする視点は、、、

それは、魂からの視点だと。。。

そんな風に感じたりもします。

 

ホロスコープには、魂のエネルギーはまったく反映されていませんが、、、

「夢の登場人物としての私」については、たくさんのことが描き出されているので、

それを、「第三者の視点」で眺めるということは、、、

「内省」に通じるものがある。。。

 

そう感じています。

 

その視点から見ると、、、ある意味、人生というものは、

どの時点でだいたいこんなことが起こり、またある地点ではこんなことが。。。と。

そういうことって、決まっているように見えます。

 

ただ、その「こんな感じのこと」の細かい詳細までは決められていませんので、

そこをどういう物語にしていくのか、、、というのは、今の自分。。。

「夢の登場人物としての自分」。。。

つまり、エゴ・パーソナリティ(マインド)に任されているんですね。。。

 

 

私はゼニスオメガというツールと出会って、、、

いろいろな変化を経験しました。

 

私の家族も、、、とても大きな変化を経験しました。

 

そして今、出会うクライアントさん達のお話を聞けば聞くほど、、、

なんというか、、、みなさん、ある岐路に立っている時に、

私のところにやってきているような感じが、、、すごくするのです。

 

 

つまり、、、

自分の魂のブルー・プリントにおいて、「ここで変化する」と決めていた、

そのタイミングで、ゼニスオメガと出会ってるみたいな。

 

そんな印象を受けることが多いんですね。。。

 

 

・・・ということは。。。

 

ゼニスを受けるから、人生が変化するのか。。。

それとも、、、人生の変化の時期だからゼニスと出会うのか。。。

 

・・・と、よくそんなことを思ったりするのですが。

 

娘にそれを、どう思う?と訊いてみたら、、、

「なんか、鶏と卵の話みたい」って言ってました(笑)

 

 

でもこれって、こういうことなのだと思います。。。

 

人間的な視点から見たら、「ゼニスを受けたから、人生が変化する」

魂的な視点から見たら、「人生が変化する時期だから、ゼニスと出会う」

 

・・・ということ。。。

 

 

サヴァリン・インテグラル的な物の見方って、、、

そういうものなのではないのかなぁ。。。と思います。

 

その両方の視点を、同時に生きること。。。

 

人間的な視点と、魂的な視点の。。。

 

今の私として、、、

「ひとりの人間としての今の人生」を存分に楽しみながら、、、

同時に、もっと魂的な視点で、自分という人の物語が、

他の人の物語とどう絡み合っているのか、、、

人類全体で進行させている大きな物語に、どう絡んでいるのか、、、

 

それを観察する。。。

 

そしてその瞬間瞬間に、、、

どういう選択をすれば、自分や他者が、最も活き活きできるのか。。。

 

・・・とか。。。

 

私は常に、、、そんなことを考えていたりして。。。

 

 

娘にこの話を、延々語ってたら、、、

彼女の目がボーッとしてきてました(笑)

 

こんなことを考えて生きてる人って、、、

あんまりいないのかもしれないよなぁ。。。と。。。

 

娘も、、、いい迷惑だろうなぁ。。。と。

 

我慢強く、話を聴いてくれて、ありがとう。。。と。。。

 

 

だから私は普段は、、、こんなことは人には語らないし、、、

ただブログで書いて、そこにおいておくだけにしてるのですが(苦笑)

 

でも私は、、、

自分の人生を、、、こういう風に観察していることが、

とても好きなのです。。。

 

 

via IRIDESCENCE
Your own website,
Ameba Ownd

 

 

©WingMakers LLC

 

 

ウイングメーカーの、、、というか、リリカスのマテリアルの中には、

「グランド・ポータル」という概念があり、それは、、、

 

「誰も反論できない形で、魂というものの存在が科学によって証明される」

 

というイベントのことなのですが、それが起こることによって、

この地球で、人間として生きている私たちの意識に、大きな変容が起こる。。。

 

そういうお話です。

 

私が、ジェームズのプロジェクトに惹かれる大きな理由がこれでした。

 

「科学による証明」

 

・・・というコンセプト。。。

 

 

ウイングメーカーに一番最初にグッと心惹かれたのは、

ファースト・ソースからの言葉でしたが、

その後、音楽やアート、そしてchamber16の詩とか。。。

 

どんどんその世界に引っ張られていき、進んでいった先で、この、

グランド・ポータルのお話を見つけ。

 

 

私は、本当に平凡な、なんてことない普通の主婦。なのですが。

でも、10代の頃から、自分の心の中だけで、ずっと密かに思い描いていた、

物凄く壮大な夢がありました。

 

 

19歳の時に、何の前触れもなく突然起こった神秘体験。

あの体験で私は、「自分の本当の姿」が解ってしまったのですが、、、

その時、思ったんですね。

 

そうか。。。

イエスとかブッダも、これを伝えたかったんだな。。。と。

 

 

キリスト教の学校に通っていた時、いつも、「何かがおかしい」と思っていました。

聖書の先生とか、教会の人達の話を聞くたびに、なぜかイライラしていました。

 

ちょうどその頃、母が仏教に傾倒し始め、母からあれこれ仏教的な話を聞かされても、

同じように、イライラしていました。

 

「そうじゃなくて!」

 

みたいな。

 

でも、その胸の中にある「そうじゃない」というものを、、、

当時の私は、「知識」がなかった故に、ちゃんとした言葉に組み立てることができず、

だからそれを、うまく表現することができず。。。

 

結局、、、母とか教会の人からは、

「あなたはまだまだ器が小さいから、理解ができないんだよ」みたいに。

 

そういう風に思われてしまうような態度をとって抵抗することくらいしか、、、

当時の私には、できなかったのだと思います。。。

 

 

そういう経験を経て、その後19歳でその神秘体験をした時、

これが宗教の根幹なのだと、、、

瞬時に理解しました。

 

すごくスッキリした。。。というか、当時、なぜ自分がイライラしたのか、

その理由も解ったし、宗教をやっている人達が、なぜ落とし穴に落ちてしまうのか、

それも解ったような気がしました。

 

でもみんな結局は、思い出したいのです。。。

自分の本当の姿を。。。

 

その記憶を。。。

 

なぜなら、私たちはみんな、あえて記憶を封印して、今ここで人間をやっていますが、

でも、そのまま迷子になり続けないように、いつかはそれを思い出したくなるように、

最初にその「わたし」が、ちゃんとセットしたからです。。。

 

 

宗教だけでなく、科学とか芸術とか、、、

とにかくここで人がやっていることというのは、すべてがあれに繋がっているものであり、

本当に「すべて」が、、、全部、その「ひとつ」の中にあるのだと。。。

 

これまでもきっと、、、

ブッダとかイエスもそうですが、それだけではなく、本当に無名の、、、

それこそ私のような、なんてことないごくごく普通の人の中にも、

この経験をした人は、たくさんいたのだろうと。。。

 

そう思いました。

 

それでも世界は、全然変わらないのって、どうしてなの???と。

 

相変わらず、戦争とかあちこちでやってるし、個人同士でも殺し合いとか恨みあいとか。

本当に愚かしいと思ったのは、、、宗教の見解の違いで喧嘩するなんて!!

 

イエスとかブッダのような人達が、いくらそれを伝えようとしたところで、、、

結局は、「それ」を自分自身で体験しない限りは、本当のところは決して

理解は出来ないのだと。。。

 

あの時、しみじみそう思いました。

 

 

ただこれは、、、

その人がどんなに頑張って、例えば悟りを開いたとしても、、、

その人がそれを、一生懸命伝えようとしたとしても、、、

 

これまでの歴史を見る限り、世界は、根本的なところでは何も変わらないのです。

 

その人がどんなに浄化され、どんなに幸せになっても、、、

世界にはまだまだ、苦しんでいる人達がたくさんいるのです。

 

そして、その苦しんだり、いらだったり、戦争やテロを起こしたりする人も、

本当は自分自身なのだということが、

あの体験でもう、しみじみ解ってしまったから。。。

 

どうしたって心の底で、放っておけなくなるのです。

 

 

時々、思うことがあります。

 

あんな体験、しなければよかった。

そうすればもっと、、、

純粋に、「今の自分」だけを楽しめたかもしれない。。。と。

 

まぁこれは、、、自分のエゴの声だと解っているし、、、

こういう「思い出したうえでの人間体験」というものが、

私のやりたかった経験なのだということも、解っていますが。。。

 

 

存在するすべての人が、心の底から幸せになるためには、、、

全員が、自分自身でこの体験をするしかない。。。と。

 

私はあの10代の時、、、そう思ったわけなのですが、それには、

それを使えば誰でも悟れる、「悟り装置」を作ればいいのではないのか。。。と。

うん、そんな方法しかないよ。。。と。

 

なので、「お願い!誰か悟り装置を作って!!」と、、、

そんなことを密かに願い続けていたりしたのでした。

 

自分で作ろうとしないのが、私らしいというか何というか(笑)

 

 

ウイングメーカーの、グランド・ポータルの概念を知った時、、、

自分と同じ思いを持っている人がいたんだ。。。と。

 

そういう感覚になったんですね。

 

それは「悟り装置」ではありませんでしたけど(笑)

それを科学的に、、、そして、誰も反論することのないような形で

実証することができたら。。。

 

本当に、、、もう、理屈抜きでその人のすべてが変わる。。。

根底から。。。あっという間に。

 

世界中の全員の意識がそうやって変わったら、、、

それこそそこには、争いごととか、不安とか心配とか、

そいうのが一切ない、そういう世界が実現しますよ。。。

 

絶対に。

 

 

こんな話をしているのは、、、

ウイングメーカーの他にはなかったのです。

 

 

 

 

via IRIDESCENCE
Your own website,
Ameba Ownd