運命の出会い 273 | TRIQUETRA ~Tributary Zone~

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2代目のブログです

父の葬儀がすべて済んで、

家に帰ってきた時に、母と目があった。。。

 

 

その時に、母が。

 

「ふぅ。。。

これで、終わったわね。

お疲れ様でした」

 

・・・と。

 

ホッとしたような顔で言ったのを、

今でもよく、覚えている。

 

 

 

身内が亡くなった時。。。

 

なぜ人は、こんなにも「形式」に

囚われなければならないのだろう。と。

 

あの時も思った。。。

 

 

亡くなったあと。。。

 

みんなで故人を偲んで、あれこれ

語り合いたい。。。という気持ちは、

すごく解る。

 

 

だから私は、葬儀もお墓も本当は。

 

亡くなった人のため。。。というよりも、

残された人たちのためにある。と。

 

そう感じているのだけど。

 

 

あんな。

 

システマチックな流れの中。。。

 

葬儀のなんとかプランとか、

オプションとか。

 

 

こういうところまでもが、

「商売」なんだ。

 

・・・と思ったら、馬鹿馬鹿しくて。

 

 

この歴史の中で。。。

 

大昔の、「僧侶」という皮を

かぶった、「商人たち」が。

 

「人の恐怖心をあおる」

 

・・・という手段を使って作った、

馬鹿馬鹿しい伝統。。。

 

 

そういうものが、

こういうところにもまだ、

しっかりと根付いてる。。。と。

 

 

ついね。

そう思ってしまった(苦笑)

 

 

*******

 

 

私の父が亡くなる、

一年前くらいだったか。。。

 

あの、ステンドグラスの彼の

お父さんも亡くなっていて。

 

彼はその少し前に、

長年飼っていた愛犬も亡くしていて。

 

 

だから、父の闘病中も。

 

私は彼から、そういう話を

いろいろ聞いていたのだけど。

 

 

彼のお母さんは、お父さんが

亡くなった後は、ガックリと、

元気をなくしてしまったそうで。。。

 

彼も、心配していた。

 

 

 

でも、うちの母には。

そういうことは、一切なく(苦笑)

 

 

今まで、父に遠慮して出来なかった

ようなことを、あれこれやり始めたり、

 

父の遺品をせっせと

捨てていったりと。

 

 

なんだか、ちょっと。

羽を伸ばしているようにも見えて(苦笑)

 

 

元気いっぱい。。。というのとは

またちょっと違うけど。

 

妙に、淡々としていた。というか。

スッキリした顔をしていた。というか。

 

なんというか。

 

 

なんだかそこには。

 

いろいろな「夫婦の形」が

あるものだな。。。と思うと同時に。

 

母らしいな。とも思った。

 

 

 

昔、私の結婚式の時。

 

花嫁のスピーチで、父も。

そして、夫の両親も涙ぐんでいる中。

 

母だけは涙も見せずに、

普段とまったく変わらない様子で。

 

 

だから、あの時の私は。

 

母って、感情がないのかしら?

 

・・・と。

 

そう思ったものだけど。。。

 

 

今にして思えば、

そんなわけはないだろう。。。と。

 

そういうこともまた、

あの頃に比べればだいぶ、

理解が深まっていたりした。

 

 

 

太陽星座も月星座も魚座の母。

 

その感情は本当は。

溢れんばかりなのだろう。。。

 

 

母はきっと。

 

私よりも、父よりも。

弟よりも。

 

誰よりもきっと。

 

感情に巻き込まれる人なのだと。

 

そう思う。。。

 

 

でも。

 

だからこその、

「宗教」だったのだろうとも思った。

 

 

感情の波に巻き込まれて、

溺れ死にそうになった時。。。

 

そこから救い上げてくれる「手」。。。

 

 

それが、母の場合は仏教で。

 

もっと言えば、紀野先生で。。。

 

 

溺れて苦しい思いを、

これ以上しなくても済むように。。。

 

 

母は、、、


その「手」を心の拠り所とし、

それに対して心から、

忠実になった。。。

 

 

基本、素直で従順であることもまた。。。

 

感情系。。。というか、

「水系」の人の特徴だとも。

 

私は思う。

 

 

透き通る水。。。

 

ピュアな水。。。

 

 

水のエネルギーを太陽に持った人は、

 

「信じる人」

 

・・・になりやすい。。。

 

・・・と。

 

私は思う。

 

 

 

だから、水の人は。。。

 

自分の手を引っ張って。

 

そこから救い上げてくれた

相手によって、おそらく。

 

その人生を左右されるだろう。。。

 

 

誰に出会うか。。。

 

何について行くか。。。で。

 

 

 

水は本来は。

自分が先頭をきって歩くよりも。

 

誰かの後ろをついていったほうが、

その本領を発揮できる。

 

自分の信じる人のうしろで、

その人を補佐し、助けてあげる時。

 

その領域で。

水の人は輝く。。。

 

 

それは、私の憧れる世界であり。

 

また、私の中にはない世界。

 

 

私は、「火」の人だから。。。

 

 

 

母はその、「信じるもの」が。

「従順になるもの」が。

 

父や家族ではなく。

 

仏教や、紀野先生だったのだろう。。。

 

 

母が、外に感情を見せなくなったのは、、、

仏教のせいだったのだろうか?

 

・・・とも考えたことはあったけど。

 

 

多分。

そうではないのだろう。。。

 

 

仏教に影響を受けたのも

たしかだけど。。。

 

 

でもそれ以上に。

 

そこにある「弱さ」が。。。

 

そうさせたのだろう。。。と。

 

 

 

本当は、感情豊かな人ほど。

 

その感情を隠す傾向があるような

気がして仕方ない。。。

 

 

それは。。。

 

その感情に巻き込まれた時。

 

それはもしかすると。

 

私には想像できないほど、

大変だったりするからなのだろうか。。。

 

 

私は、自分の感情に完全に

巻き込まれて。

 

我を忘れる。。。

 

・・・という経験があまりないから。

 

 

本当にそのあたり。。。

 

実感として、解らないのだ。。。

 

 

 

ただ、母は。。。

 

仏教や紀野先生の教えを通して。

 

「教義」という鎧を手にしたことで。

 

その鎧で、弱い自分を

守るようになった。。。

 

 

・・・と。

 

 

私には、そう見えていた。

 

 

 

私にはその「弱さ」は、

逆に、眩しく映るのだけど。

 

 

きっと母にはそういう自分の美しさ。

 

なかなか、見えなかったのだろう。。。

 

 

 

だから私は。。。

 

そうやって、鎧を着こむ前の

母のことが。。。

 

 

大好きだったのだろうと思う。。。

 

 

 

でも、まぁ。。。

 

そういうのもまた、母の生き方だ。。。

 

 

今更もう。

 

私がとやかく言うこともない。

 

母が幸せなら。

 

それでいい。と。

 

 

あの頃の私はもう既に。

そんな心境だったかな。。。

 

 

 

ただ。

 

父の亡くなったあとの

母の在り方を見ていた時に、

なんとなく、思っていた。。。

 

 

「もし、紀野先生が亡くなったとしたら。。。

その時、母はどうなるんだろう。。。」

 

 

・・・と。。。

 

 

*******

 

 

つづく