父は一時、少し元気を取り戻し
かけたりもしていたけれども。
手術後はずっと、生気がなく。
日増しに、眠っている時間が
増えていくようになっていた。
ある時、母が。。。
「お父さんね、あっちの世界が
楽しくて楽しくて仕方ない、、、
みたいなこと言ってるのよ」
・・・と、言っていた。
なんでも最近は。
色鮮やかな、ハッキリした
夢をたくさん見ているようで。。。
その夢の中で誰かが、
いろんなところを、案内して
くれるんだ。。。
・・・みたいなことを。
父は、話していたのだそうだ。
母はそれ以上、余計なことは
何も言わなかったけれども。
その表情からして。
考えていることは、多分。
私と同じなのだろうな。。。と。
そんな気がした。
父のその話を聞いた時。
なんだか私は。。。
父がもう、半分、、、
向こうの世界に足を踏み入れて
いるような気がしていた。
まるで。
死ぬ準備をしているような。。。
そうしているうちに、
家族は、病院の先生に呼ばれ。
父の命が、もうそんなに
長くないだろうということを。
聞かされたのだった。
*******
手術をする前。
「手術をしなければ、
あと半年の命です」
・・・と言われたけれども。
手術をしてから今まで、
十ヶ月かそこらしか
経っていない。
結局。
手術をしても、そのくらいしか
生きられないのだったら。
本当に。
あのまま。
元気なままで余生を過ごせたほうが。
たとえ、その時間は多少
短くなったとしても。
父としては、そのほうが、
幸せだったのではなかったのか。。。
・・・と。
そう思ったものだ。。。
手術をして。
ほんの少しだけの時間を
延長しても。。。
ほとんど寝たきりの人生って。。。
・・・と、そう思ったら。。。
虚しくて。
もし、あの時。。。
手術をしなかったら。。。と。
そいうことを、何度も
考えたりしたけれども。
でもやっぱり。
それは、それ。。。なのだ。。。
今のこの現実が現実であり。。。
「if」の世界を想像したところで、
あまり、意味はない。。。
けれども、「経験」というものは。。。
次の分岐点で何かを
選択しないといけない時には。。。
おそらく。。。
多少は役に立ったりもするのだろう。。。
ただ、時には。。。
知識や経験よりも。
その場の直感で。
身体が動いてしまうことも、
あったりするけれども。。。
*******
あの頃。。。
父がいた病室は、大部屋で。。。
周りには、
父と同じように生気なく。。。
痩せてやつれきった、
たくさんのおじいさん達が。。。
管に繋がれたまま。
ただ、眠っていて。。。
なんだか、その部屋には。
「死の匂い」
・・・が、充満しているように感じた。。。
*******
ある時、父は。。。
ずっと眠ったままになり、
目を覚まさなくなった。
ちょうどあの頃、テレビで、
『20世紀少年』の映画をやっていて。
私達は家族で。
それを観ていた。。。
たしか、三部作くらいで、
なので、三週に渡って放送される
ことになっていたのだけど。
みんなで言っていた。。。
「これを、全作見終えるまでに。。。
じいじ、、、持つだろうかね。。。」
・・・と。
そんなある日。
ふと、見ると。
部屋の網戸に、
大きなアゲハ蝶がとまって
いるのに気づいた。
最初は。
「あ、蝶々だ」
・・・としか思わなかったのだけど、
その蝶は、私が寄っていっても、
一向にそこから動こうとせず。
その時に初めて。。。
「もしかして、これって」
・・・と。
そんな気がしてきたのだった。
だから、じっと。。。
蝶の声に耳を傾けてみたのだけど。
そこから「声」のようなものは、
聴こえてくることはなかった。
ただ、なんとなく。。。
何かを言いたげな感じ。
・・・みたいなものが、
漂ってくるようで。。。
だから私は。。。
心の中でその蝶に、言ったのだ。。。
「大丈夫だよ。
こっちのことは、大丈夫。
だから、何も気にしないでいいから、
安心して、次に進んで」
・・・と。
心の中で、そう囁き終わった
その瞬間。
その蝶は、サーッとそこから、
飛び立っていった。。。
だから私は、なんとなく。。。
あのアゲハ蝶に。。。
父の魂が乗っていたような気がして。
ちょっと。
ホッとしたのだ。。。
実際の父はもう。。。
長い間、意識不明で。
会話することは出来なかったけど。
でももしかしたら、父に。。。
「大丈夫。安心して」
・・・と、伝えられたかもしれない。と。
そう思ったら、なんだか。
ホッとしたのだ。。。
*******
その、蝶の出来事があったあと
すぐに。。。
夜中、病院から連絡が入った。
父が危篤だ。と。
その日はちょうど、
『20世紀少年』の映画の、
最終章を観終わった日でもあり。。。
なんだか父が。
あの、映画が大好きだった父が。
わざわざ、終わるのを待っていて
くれたみたいで。。。
私も、娘も、息子も。
そして、夫も。。。
なんとも言えない気持ちに
させられた。。。
*******
つづく