父の手術の日は。。。
朝から雪が降り続ける、
すごく寒い日だったのを。
今でもよく覚えている。。。
手術は成功して、
先生の話によると、すぐに
意識も回復する。
・・・とのことだった。
でも、実際は。
その後、父はずっと。
意識が回復しないまま。
長い期間が過ぎていった。
その期間が、どれくらいだったのか。
実はもう。
ハッキリ覚えていない。。。
けれどもあの時、私達家族の
頭の中には。
「もしかして。。。
もう、二度とこのまま
目覚めないのでは。。。」
・・・という思いが横切っていた。
そのくらい、それが。
良くない状況であったことだけは。
覚えている。
それでも父は。
ある日、目を覚ました。
でも。
目を覚ました時の父は。
手術前の父とは、
別人のようになっていた。
やつれきって。
すっかり、病人の色に
染まっていた。
手術のリスクの予言は、
現実となり。
週に何度か。
何時間もの人工透析を
しなくてはならなくなったし。
病院のベッドで、
たくさんの管に繋がれて。
見るからに。
痛々しい感じだった。。。
ある程度、回復してきた頃。
・・・と言っても。
私から見たら、まだ全然
弱っているように見えたけど。
リハビリが始まった。。。
術後。
しばらく意識が回復しなかったせいか。
筋力が落ちてしまった父は、
ひとりで歩くことも
出来なくなっていて。
そのために、リハビリが
必要なのだと。。。
病院からはそう言われていた。。。
母は言っていたな。。。
「お父さん、リハビリをやる気が
全然なくて、困っちゃうのよ」
・・・と。
なんでもそうだけど。。。
いくら周りが頑張っても。
励ましても。
本人にやる気がなければ、
その効果はあまりあがらない。。。
でも、あの時私は思っていた。。。
お父さん。。。
なんだかもう。
生きることを
諦めてしまっているみたい。。。
・・・と。
そして。
こうも思った。。。
もし、私が父の立場だったら。
きっと、私も。
そうだっただろう。。。と。
あんな状態になってまで。
生にしがみついていたくない。。。
・・・と。
私だったらきっと。
そう思ってしまうだろう。。。と。
だから、父に。
「頑張って」
・・・なんて、言えなかった。
この先、父が。
どんな方向に向かっていくのだと
しても。。。
なるべくなら。
父の心が疲れないように。
ラクでいられるように。と。
そう祈っていた。。。
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心の中ではそう思っていたけど、
実際は。
私は父と。
ほとんど何も、話していない。。。
気軽にそういうことを
話し合えるような。。。
そういう関係性を。。。
私達親子は、、、
今まで、築いてこなかったからだ。。。
そして、こういうものこそが。。。
我が家に代々続く、呪い。
・・・じゃないけど(苦笑)
カルマなのではないのかな。。。と。
そんな風に思ったりもした。。。
*******
父が入院していたその病院は。
心臓外科手術には長けていて。
だから。
重い心臓病を患った人たちが、
次々と絶え間なく。
その病院に送られてくる。
父のように、術後だいぶ
経過したような患者は。
今度は、別の病院に
強制的に移される。。。
フラフラで。
自分で歩くこともままならない
人を。
こうやって、転院させること。
なんだかそこには。
「愛」を全然感じなかったな。。。
そこに感じたのは。
「システム」
・・・だけだった。。。
本当に。。。
人間の世界って、
何なのだろう。。。と。
あの頃。
よく思った。
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転院先の病院で。
父は多少、落ち着き始め。
少しずつ、元気を取り戻して
いるように見えた。
でも。
なんというか。。。
そこに、「生気」がないのだ。。。
検査の結果は良好でも。
多少、動けるようになっても。
管がはずされても。
「生気」
・・・が、まるでなかった父。。。
家で。
テレビを観ていた時の父とは。
「存在感」
・・・が、全然違った。。。
父のエネルギーが。。。
だいぶ、薄くなっているのを。
あの時私は。
本能的に感じていた。
そして、その頃の父は。。。
とてつもなく。
穏やかになっていたような。。。
そんな気がする。。。
転院先の病院での。
穏やかで生気のない状態の
父の入院生活は。
ある程度、安定した形で。
その後。
しばらく、続いていった。。。
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つづく