運命の出会い 242 | TRIQUETRA ~Tributary Zone~

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2代目のブログです

心筋梗塞の時は。

 

たしか、一ヶ月もかからず。

父は、退院したのだったと思う。

 

 

その、たった一ヶ月の間に。

 

父は父なりに、何か思うことが

あったのか。。。

 

 

家に帰ってきた時。

 

私も。

そして、そこにいた娘も息子も。

 

父のかすかな変化を

感じていた。

 

 

あの日。

母と伯母達で、父を病院に

迎えに行き。

 

私は、子供達と家で

待っていた。

 

 

父は帰ってくるや否や。

すぐに、私達の部屋に入ってきた。

 

 

「お帰り。

退院出来てよかったね」

 

 

・・・と、みんなで言うと、父は、

いきなり、私達の前に正座して。。。

 

 

「みんなのおかげだよ。

いや・・・ありがとう」

 

 

・・・と言ったのだ。。。

 

 

他にも何か言いたげだったけど。

 

少し、ためらったあと。

 

そのまま、部屋を出ていった。。。

 

 

父が部屋を出ていったあと。

 

私と子供たちは、唖然とした表情で、

お互いを見つめ合っていた。

 

 

これが、私や子供達にとって、

どれほど衝撃的だったのか。。。は。

 

多分、身内以外には

解らないだろう(笑)

 

 

父が私たちに。

素直に、「ありがとう」と

言うなんて。

 

前代未聞なことだった。

 

 

父は。。。

 

伯母達に対しては、

普通にそういうことが言えるのに。

 

 

母や、私や、弟には。

 

決して、そういうことは

言わない人だった。

 

 

言わない。というか。

言えない。。。人だった。

 

 

 

心の中は、とても純粋なのに。

 

あの、「頑固さ」というか。

 

どうしても、恥ずかしかったの

だろうと思うけど。

 

 

心の中ではそういうことを

思っていたとしても。

 

それを、素直に表に

出せない人だった。。。

 

 

それが、こうして。。。

 

「ありがとう」

 

・・・という言葉を、私たちに

言った。。。ということは。。。

 

 

これは、父にとっては。

 

相当の覚悟と勇気だったの

だろうな。。。と。

 

そう思ったし。。。

 

 

「病気」というものは、

それほどに。。。

 

 

人に、いろんなことを、

考えさせるものなのだな。。。と。

 

 

あの時。。。

そんな風に思ったりもした。

 

 

*******

 

 

父は、サイクリングが好きで。

 

若い頃からよく、

自転車でひとり。

 

フラフラと遠出していたけど。

 

 

定年後は、スーパーの

安売りチラシをチェックしては。

 

遠くのお店まで、自転車で

買い出しに行くのが、

趣味のひとつみたいに

なっていた。

 

 

会社員だった頃の父は。

休みの日はいつも、

家で、ゴロゴロしていたし。

 

休日に私たちが、スーパーに

買い出しに行ったりしても。

 

絶対に、一緒には

来ない人だったのだけど。

 

 

あの父がまさか。

 

定年後は、あんなに

楽しそうに。

 

 

ひとりで、スーパーに

買い出しに行くようになるなんて。

 

 

母も私も。

想像していなかった(笑)

 

 

父は、料理も好きで。

 

よく、いろんなものを

作っていた。

 

 

母は、家族が食べたそうなものを

作るのだけど。

 

父は、自分が食べたいものを

作っていた。

 

 

そうやって。

 

父も母も、お料理をするのが、

けっこう、好きな人達だったので。

 

その点では。

 

私は、助かっていたりした(笑)

 

 

 

心筋梗塞での退院後。

 

もう、早速、自転車での買い出しを

再開した父を見て。

 

とても、病み上がりの

高齢者には見えないな。。。と。

 

そう思った記憶がある(笑)

 

 

 

買い出しだけではなく。

 

たまにフラフラと、サイクリングに

出かけ。

 

たまに、趣味の囲碁や将棋をうち。

 

料理を作り。

 

 

そして、それ以外は、

テレビを観ているか。

 

大音量で音楽を聴いているか。

 

 

そういう。

 

普段通りの父が。

そこにいた。

 

 

月に一度くらいのペースで、

病院に定期検診に行かなければ

いけなかったのだけど。

 

特に異常もなく。

 

 

本当に。

普段通りの。

 

元気そうな父だった。

 

 

*******

 

 

ある時、母が父のために、

折り畳みの簡易ベッドを購入した。

 

 

いつも、テレビの前で。

床に布団を敷いている父に。

 

病後なんだし。

 

固い床に寝るよりは、

こっちのほうがいい。と。

 

母は思ったのだと思う。

 

 

けれども、そのベッドにした

数日後。

 

父は寝ている時に、

そこから転落し。

 

腕の骨を折ってしまった。

 

 

*******

 

 

私が、ドアを開けた時。

 

そのドアの先に、

病院帰りの父がいた。

 

骨折した腕を。

包帯で吊っていた。。。

 

 

私は慌てて。

寸でのところで、ドアを押さえた

のだけれども。

 

 

 

「あぁ、、、いってぇ。。。」

 

・・・と。

 

 

ぶつかってもいないのに、

すごい痛そうな顔をして。

 

オーバー・リアクションで、

自分の腕を撫でている父の姿が。

 

そこには、あった。

 

 

骨折した包帯の腕を、

これみよがしに、痛そうに。。。

 

 

 

ホントに、父って。

 

そういう、、、

底意地の悪いところもあり(泣笑)

 

 

「もう!ヤクザかよ!!!」

 

 

・・・って、思ってしまうような(笑)

 

ぶつかり詐欺みたいな。

 

 

あんなことを、たま~に、

しでかす人でもあったけど。

 

 

あの時、思ったものだ。。。

 

 

「人ってやっぱり。

そう簡単には、変われない

ものだよね」

 

・・・と。

 

 

退院後。

 

「ありがとう」と言った父が。

 

もう、これだもの。

 

・・・と(苦笑)

 

 

 

父のこういうところが。

 

子供の頃の私は、

本当にイヤだった。

 

 

 

大人になってからは、

なんだか笑えるようになった。

 

 

多分、父は。

 

かまってほしいのだろうな。と。

 

 

そして。

そういう、ブラック・ジョークの

遺伝子は。

 

おそらく、私の中にもあるし。

 

おそらく、息子にも受け継がれてて。

 

 

でもそのセンスは、、、

 

「時と場合と加減」を

考えて使わないと。

 

相手を見て使わないと。

 

 

笑えるどころか。

相手を本当に傷つけるので。

 

使い方は、難しい。。。

 

 

 

母はいつまで経っても。

 

父がそういうことをすると、

苦虫を噛みつぶしたような

顔をして。。。

 

心底、嫌がっていたから。。。

 

 

*******

 

 

そして。

あの時のあの骨折から。

 

父の流れは変わっていった。。。

 

 

 

骨折から少し経ったある日。。。

 

2011年の大晦日の数日前。

 

 

 

いつもの定期健診で父は。

 

「心不全」

 

・・・と診断され。

 

 

その場で即、緊急入院と

なってしまったのだった。。。

 

 

*******

 

 

つづく