運命の出会い 202 | TRIQUETRA ~Tributary Zone~

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2代目のブログです

日記を読み返してみたら。。。

 

岡野玲子さんを見かけたのは、

デバダシスタジオのショーではなくて。

 

「アンビエントナイト」という

イベントでだったらしい。。。

 

 

アンビエントナイト

 

 

この日記には、、、

 

私はこの時、ミシャールのダンスを観て、

彼女の踊りが、なんとなく変わった

感じがした。。。

 

・・・と書いてあるけれども。。。

 

 

それはおそらく。。。

 

その少し前に、ミシャールと交わした

会話が。

 

影響していたりしたのだろうな。。。と。

 

今は思う。。。

 

 

*******

 

 

そのことについてもまた。

昔の日記にこう書いてあった。。。

 

 

自我の世界が終わるとき

 

 

ミシャールという素敵な

ベリーダンスの先生と出会い、、、  

 

私はものすごく喜んでいたのに、ある時、

彼女がバリ島に移住してしまうことを知り、

とてもショックを受けました。。。  

 

彼女と一緒にレッスンできる

残り少ない時間はとても貴重なものに感じられ、

 

一瞬一瞬をかみ締めるように味わう。。。

というのは、こういうことなのかなぁ。。。

 

と思いながら、ミシャールのレッスンを

受けていました。。。  

 

 

旅立つ少し前、ミシャールに

 

「やっぱりバリにいってしまうのですか?」  

 

と尋ねると、彼女は、、、  

 

「Yes, I decided.」  

 

・・・と。。。 

 

 

なんだかその時の彼女の表情から、

とてもしみじみとしたような思いで

そう言っていることが感じ取れたので、

 

私は、 「なぜ、そう決めたのですか?」と、

再び尋ねたのです。。。   

 

 

 ミシャールは、これから小学校にあがるお子さんを、  

日本ではなくバリの学校に通わせるために、、、  

ダンサーとしての自分よりも、母親としての

自分の立場を優先させることにした。。。

とね。。。  

 

そんなことを言っていました。。。  

 

 

ご主人は日本でいろいろとやることがあるので、

一緒に行くことは出来ない。。。  

 

だから、彼女がお子さんとふたりで

バリ島に行くことになれば、ご主人はこちらで

ひとりぼっちになってしまうし、  

家族はバラバラになってしまうわけですが、、、  

 

ミシャールの生徒のひとりの人が、  

それについてミシャールに聞いてみたところ。。。  

 

「世の中には、いろんな夫婦の形があるでしょ。」  

 

・・・と答えていたって言っていました。。。  

 

 

彼女は。。。  

全く「囚われない」生き方をしていて。。。  

 

そして旦那さんも同じように

全く囚われない生き方をしていて。。。  

 

とても羨ましいなぁ。。。

と思いました。。。

 

 

*******

 

 

本当はあの時。。。

 

ミシャールのその「自由さ」を

羨ましいとは思ったけれども。。。

 

でも、同時に。

 

ミシャールの在り方に、

心から同意はしていなかった。。。

 

 

これまでの人生の中で。。。

 

子供のために。。。と、何度も

離婚を踏みとどまり。

 

そして、なんだかんだと

あれこれ築き上げてきた経験を

持つ私には。。。

 

ミシャールのその在り方が。

単なる「わがまま」に

映ってしまったのも事実で。

 

私には、あり得ないなぁ。

その選択。。。と。

 

そう思っていた。

 

 

あの頃は。。。ね。

 

 

 

今は。。。

 

「十人十色」を理解しているし。

私の中の「こうあるべき」という。

 

そういう、こだわりみたいなものが、

もう、ほとんどないので。

 

それはそれ。

 

・・・と、心底思うし。

 

誰の在り方もまた、心から

尊重できるようになった。。。

 

 

あの当時の私でさえも。

 

ミシャールの人生や選択に対して、

あれこれ言うつもりはなかったけど。

 

心の中にはまだ少し。

どこかで、納得しきれないものを

抱えたりもしたものだ。。。

 

 

もちろん、「表面的」には。

ミシャールの選択を祝福した。

 

でも、そこにはまだ。。。

少しだけ嘘があったかな(苦笑)

 

 

*******

 

 

その後。。。

 

ミシャールの日本出発までには、

まだ時間はあったものの。

 

その準備のために。

私達のレッスンは、後任の先生に

任されることになった。

 

ミシャールの初期の頃からの

生徒だった人たちが、それぞれ、

各クラスを担当することになり。。。

 

私のクラスの担当になった人は、

まだまだ若い人だったけど、

彼女もまた、とても素敵で。

美しい人だった。。。

 

 

その彼女に率いられ、、、

そのクラスの仲間と共に私は。

 

その年の年末ショーに出演した。

 

デバダシスタジオでの、

初めてのショー体験だった。。。

 

 

あの時は、ミシャールもまだ日本にいて。

彼女にとっては、この長い日本生活

最後のショーとなったため。。。

 

あの時はなんだか。。。

最後は、涙、涙だったな。。。

 

 

*******

 

 

ショーも無事に終わり。。。。

 

本当に最後も最後。

 

その年の暮れも押し迫った頃。

ミシャールの最後のワークショップが

開催されることになり。

 

人数制限もあったことから。

 

私はもう。

お知らせを頂いたその場で、

参加の申し込みをしていた。。。

 

 

*******

 

 

つづく