運命の出会い 158 | TRIQUETRA ~Tributary Zone~

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2代目のブログです

チベットやダライ・ラマのことを、

深く知っていこうとすれば。

 

必ずぶつかる、ある問題があって。

 

それが、中国共産党による、

チベット侵攻という事実。。。

 

 

『セブン・イヤーズ・イン・チベット』の

映画の中でもそれは、少し触れられて

いたけれども。

 

ダライ・ラマの自伝の中では、

より詳細なことが語られていて。

 

 

私はその実態を知った時。。。

言葉を失った。。。

 

 

ダライ・ラマは、感情的になることなく、

ただ淡々と、事実のみを語っていたけれども。

 

それを読みながら私は。。。

 

もう、なんというか。。。

 

息が出来ないくらいに、、、

胸が痛くなった。。。

 

 

その胸の痛みと共に、、、

 

同時に、なんとなく

感じていたことは。。。

 

 

「今は、、、ここにあったんだ。。。」

 

 

・・・という感覚だった。

 

 

*******

 

 

「それ」。。。が生まれたのはやっぱり。。。

 

シュメール文明が興った頃から

だったのだと感じていて。。。

 

 

バベルの塔を建設しようとした?

古代のバビロニアとか。。。

 

皇帝ネロがいた、

古代ローマ帝国。。。

 

魔女狩りの頃の、

ヴァチカン。

 

そして、ヒトラーの

ナチス・ドイツ。

 

 

歴史を通じて「それ」は。

どこかに集中して、現れる。。。

 

 

それが今は、、、

中国共産党にあるのか。。。と。

 

 

ダライ・ラマのお話を読んでいたら。。。

 

なんとなく、それを、

実感してしまった。。。

 

 

 

「それ」。。。というのは、

私の中では。

 

人間の自我の暴走。

 

極端に男性性に傾きすぎた、

人類の「動物意識」

 

まだまだ未熟な。

私たちの意識。

 

 

今を生きている私達、、、

すべての人間の中にある「それ」を。

 

「象徴的」に。。。

 

目に見える形で、解りやすく

見せてくれる場所が。

 

今まで、必ずどこかに出現してきていた。。。

 

 

それがこの現代では。

 

中国共産党だったんだね。。。と。

 

そう思った。。。

 

 

*******

 

 

自分の目に見えている世界は。。。

 

自分の内側が反映されたものだ。と。

 

私は思っていたりする。。。

 

 

そしてそれが、どんなに愚かで、

残虐なことだったとしても。

 

おそらくそれは。

 

そこに関わる魂たちが協力して

起こしている出来事であるはずだ。。。と。

 

そう信じていたりする。。。

 

 

それぞれの自我に。。。

気づきを与えるために。

 

 

だから。

昔のヴァチカンとか、ナチスとか、

中国共産党とか。

 

そういう、歴史上の大きな出来事、、、

世界中の人達に知られるくらいの

重大な悪事。。。というのも、おそらく。

 

人類全体の魂が協力して。

このドラマを生み出し。。。

 

私達はそれぞれが、、、

それぞれの役を演じているのだと、

私は思っている。。。

 

 

ただ、誰がどの役を演じるかは。

 

個人のカルマも関わってくるの

だろうから。。。

 

だから、人を苦しめる役を演じている

人達に対して。

 

「そのままでいいんですよ」

 

・・・なんてことは、決して言えないし。

 

「人として」は、赦すことも

出来ないけれども。

 

 

けれども。

 

深いところでは、、、

こう思ってる。。。

 

 

そういう人たちもまた。。。

 

魂の視点から見れば。

みんなが親友であり。。。

 

「すべてである私」の視点から見れば、

そういう、「悪役を演じる人たち」ですら、、、

 

自分なのだ。。。

 

・・・と。

 

 

*******

 

 

だからよけいに。。。

苦しくなる。。。

 

辛くて仕方なくなる。。。

 

 

「なんて悪い人たちなんだ!

 

そういう輩は、

倒さなければならない!

 

私達の命や権利を守るために!」

 

 

・・・と、簡単に思えてしまったほうが、

実は、楽だったのだろうな。。。と。

 

いつも、思っていた。。。

 

 

でも。

 

19歳の時に、すべてが自分であることを、

本当に知ってしまったことで、、、

 

私は、どうしても。

 

そういう風に思うことは出来なくて。

 

 

でも、この「感覚」は。。。

なかなか解ってもらえなくて。。。

 

 

だから。。。

 

ダライ・ラマの本を読んだときは、、、

すごく、嬉しかった。。。

 

 

ダライ・ラマは、、、

 

その感覚を実際に、

「体現している人」だと。

 

そう感じたから。。。

 

 

まだまだ弱い私には。。。

勇気がなくて、躊躇してしまうことを。

 

ダライ・ラマは、愛と勇気をもって、

成し遂げていると。

 

そう感じたから。。。

 

 

なんだかすごく。。。

嬉しかったのだ。。。

 

 

*******

 

 

たとえば、聖書の中では。。。

 

「それ」は、「罪」と呼ばれてる。。。

 

 

蛇(サタン)にそそのかされて、

エバが知識の木の実を食べた時。

 

私達は、神を裏切って、

楽園から追放された。。。と。

 

そう表現されている。

 

 

だからそれ以降、私たちの中には

神(愛・良心)の他に、同時に

悪魔(罪)が棲みつき。。。

 

その状態は、、、

終末の時まで続いていく。。。

 

それが、、、

 

人間の「原罪」なのだと。

 

そう言われている。

 

 

 

この。。。

「罪」とか「悪魔」という表現というか、、、

「物の捉え方」が、私にはものすごく、

ネガティヴに見えるので。

 

あんまり好きではないのだけど。

 

でも。

言いたいことは、重々わかる。。。

 

 

そして私にはあの物語は、、、

 

人間の堕落。。。ではなくて。

 

 

私達人類の意識の中に。

自我が目覚めた時の物語なのだと。

 

そう感じている。。。

 

 

自我。というか。

 

「動物意識の目覚め」

 

なのだと。

 

 

そしてこの動物意識は。。。

マスターすることが、本当に難しくて。。。

 

あれからもう。

何千年も経ったのに。

 

私達はまだ。

そこで立ち止まったままで。。。

 

 

 

聖書では。。。

 

「人類がこの原罪を背負って生きること」

 

・・・は、いずれ終わる。。。と。

 

そう預言されていたりする。。。

 

 

でも。

 

それが終わる前には、

いろいろと、大変なことが起こるとも、

言われていた。

 

 

それがよく聞く。

聖書の終末預言。。。

 

 

 

真の愛を体現している人間に。。。

 

ダライ・ラマに出会った時。。。

 

 

いつか私たちも。。。

 

この「動物意識」をマスターして。

 

自我を、、、

魂と同じレベルにまで成長させて。。。

 

自分の中に、「人間意識」を。。。

 

「美」を出現させることが

出来るように。。。と。

 

 

透明になれるようにと。。。

 

 

あの頃からずっと。。。

そう願い続けてきたけど。。。

 

 

どうなのかな。。。

 

 

 

今のこの。。。

社会の混乱を見ていると。。。

 

 

果たして私は。。。

それがどこまで出来ていたのだろうかと。。。

 

 

つい。。。

いろいろ考えてしまう。。。

 

 

*******

 

 

つづく