以前、OSHOの彼に。
こんな話を聞いたことがあった。
「OSHOは、グルジェフは失敗した。
・・・と言っていたよ」
・・・と。
OSHOの彼は、、、
たった一言、こう言っただけだったけど。
これを聞いた時私は、
ムッとなった記憶がある。
OSHOの彼に対してではなく、
OSHOに対して。
「失敗した」。。。なんて。
よく言えるわ。
・・・と(苦笑)
正直言えば。
そんな風に思っていた。。。
そんな反応が。
自分の中に起きていた。
それで、気づいたのだった。。。
自分は、、、
OSHOに限らず、インド系のグルの
教えに関しては。
その、真理に関する部分では
とても共感しながらも。
それ以外のところ。。。
なんというか、彼らの在り方。。。
みたいな部分に対しては、
かなり、反発心を抱くようだ。。。と。。。
自分がなぜ、そんな反応をするのか。。。
あの頃はまだ、それはハッキリとは
掴めていなかったけど。。。
そのあと、ダンカン・ダンスや、
魔女の世界を旅するうちに。。。
だんだんと、「女性性」というものに
フォーカスするようになり。。。
そして、これはまだ、先の話に
なるのだけれども。
のちに、チベットのダライ・ラマの
言葉に触れていくうちに。
自分があの時、なぜムッとしたのか。
その理由が、、、
頭でもだんだん、ハッキリ解ってきた。
それでも。。。
それを理解するための
重要な鍵となったのは。。。
フォーラムの彼が、何気なく言った
一言だった。。。
「私は最近、なんだか思うようになってきました。
本当に世界を救うのは、仏陀ではなくて
菩薩なのではないのか。。。と」
彼のこの、独り言のような言葉を聞いた時、、、
涙が出そうなくらい、感動している
自分に気づいた。。。
私が無意識の中で、
言って欲しいと思っていた言葉を、、、
彼が言ってくれたような気がした。。。
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私は昔。
母のことは大好きだったのに。。。
母が仏教に傾倒した途端。。。
なんだか、人が変わってしまったようで。
寂しくて。
OSHOの彼と交流があった時も、
そこには、混乱ばかりがあった。
その理由はおそらく。
仏陀にある。
「仏陀の流れ」に。
そしてそれは、私の中では。
「男性性」と繋がっていく。。。
男性。ではなくて。
男性性。
陰と陽の「陽」
プラスとマイナスの「プラス」
発信と受信の「発信」
だから。
「仏陀の流れ」。。。
・・・と言ってもそれは、お釈迦様個人の
ことではなく。。。
そういう、エネルギー。。。
みたいな。
その方向性は。
「人間」というものを、あまりにも
軽視しすぎてはいないか。。。と。
そんな疑問があった。
人間というものを楽しむこと。
人としての思いやりの気持ちや気遣い。
そういうところからだいぶ。
離れてしまっていて。
天を目指す。。。
理想を目指す。。。みたいな。
そういう、悟りを目指す人ならそれでも
いいのかもしれないけど。
でも私たちは今。
せっかく、「人」としてここにいるのに。
この貴重な今をもっと、人として体験しないなんて。
私には、もったいなくて、もったいなくて。
そして。
菩薩にあって、仏陀に欠けるものは。。。
「人間としての思いやり」
・・・なのだと思った。。。
いつもいつも。
高いところから物事を眺めるだけでなく。
「すべてである私」からの視点でばかり
語るのではなくて。
同時に、人としての。
人間としての「思いやり」を持って。
人に寄り添える者が。。。
菩薩なのだと思った。。。
そして私はきっと。
菩薩の在り方が好きなのだ。。。と。
人間としての苦しみや辛さや。。。
それどころか、人としての感情や思考や、
この、貴重な体験から得られるすべてを。。。
そういうものすべてを、
捨てさせようとするような考え方は。
本当に悟った人の考え方なのだろうか?
・・・と。
なんて、冷たい。。。と。
私は。。。
そう感じていたのだった。。。
「すべてである私」。。。
そういう視点から見れば私は、
すべての人を愛している。
けど。
「人間Lyrica」としては、
嫌いな人はたくさんいて。
そういう矛盾を抱えることもまた、
人間として生きているが故で。。。
その矛盾さえも包み込む温かさを持つ
菩薩が。
私はきっと。
大好きなんだ。。。と。
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そうやって私はいつも。。。
瞬時に「感覚」で捉えたことを、、、
「頭」で理解するまでに。
ものすごく、時間がかかる。。。
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グルジェフの彼から、、、
グルジェフの思想について色々聞いたけど。
そのほとんどを、今の私は
忘れてしまっている。。。
ただ、ひとつだけ。
強烈に覚えているエピソードがある。
たしかグルジェフは。
人には、本能、感情、思考の
3つのセンターがある。
・・・という形で、説明していて。
人によって、センターの使い方に偏りが
あるらしく。。。
すべてのセンターをバランスよく
使いこなせるようになるためのワークとか。
そんなのがあったような気がするのだけど。
グルジェフの彼は言っていた。
「もしかすると、〇〇さん(占い師の彼)と
Lyricaさんと僕の3人で、案外バランスが
取れているのかもしれないですね」
・・・と。
そしてその時彼は。。。
自分が本能センターで、占いの彼が
思考センターで、私が感情センターだと。
そう言っていた。
それを聞いた時、私は心の中で。。。
「うーーーん。
私にはなんか、ちょっと違和感あるかな」
・・・と思ったのだけど。。。
その時は口にしなかった。
けれども。。。
私達の交流が、少しずつ深まっていくにつれ。
彼の見解が変わった。。。
占い師の彼が感情センターで。
自分は思考センター。
そして私は、本能センター。
そんな気がしてきた。と。
グルジェフの彼は言った。
「同感」
・・・と、私は今度は、そう思っていた。
占い師の彼も言っていた。
「ええ、そうです。私は感情なんですよ」
・・・と。
そしてその時、占い師の彼から。
「あぁ、、、隠してたのに見抜かれた~」
・・・という心の声が。
なんだか、聴こえたような気がした(笑)
グルジェフの彼は、日々グルジェフ・ワークをしながら、
他者や自分のことをよく、
意識的に観察していたけど。。。
そういうワークを繰り返していくと、
「見抜く力」はやっぱり。
養われるのだろうな。。。と。
そんな風に思った。。。
そして、最初は。
「こうですよね」
・・・と、断定していたその言葉が。
2回目の時は、「そんな気がする」に
変わっていたのが。
私には、印象的だった。。。
一見あやふやに見えるその言葉。
でも、本物の直観って。。。
そういうもののような気がしてならない。
人って。
外からの情報やこれまでの常識に
影響された判断ほど。
なぜか自信を持って断定できてしまうようで。
そして人の脳は。。。
強気で断言されると。
つい、無条件で信じてしまう癖が
あるそうで。
だから余計に。
「力」を持った人の言葉が常識となり。。。
世界に蔓延してしまうのだけど。
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つづく