運命の出会い 90 | TRIQUETRA ~Tributary Zone~

TRIQUETRA ~Tributary Zone~

2代目のブログです

「信じる人」の強みは、「信じられること」

だと書いたけれども。。。

 

その底には、「純粋さ」がある。。。と。

 

私はいつも感じていた。

 

 

でも、自分には「懐疑的」なところがあり、

母からも、「あんたは我が強い」と言われ続け。

 

 

だから、OSHOの瞑想センターに通っていた頃はまだ、、、

私は自分のそういうところを、「ダメなもの」だと、

思い込んでいたのだろうと思う。

 

 

そういう「思い込み」が罪悪感を生み。。。

 

その、自分の中にある「罪悪感」が、

OSHOの彼の言葉を聞いているうちに、

「混乱」を生み出すことになっていたんだな。。。と。

 

今は思う。。。

 

 

 

結果を先に言うとしたら。。。

 

このあと、次々と出会っていくことになる、、、

 

カバラの世界や、ブッダの言葉や、

ダライ・ラマの言葉や、あるチベット僧の言葉や。。。

 

あとは、キプロスの賢者、ダスカロスが

伝えていたイエスの教えとか。

 

そして、最後の締めは、

ウイングメーカーのジェームズの、

ある言葉とか。。。

 

 

そういう世界に触れていくことによって、

私はこの、罪悪感から解放されていくことになる。

 

 

そして、これらと出会っていく旅は、、、

もっと、魂的な視点で眺めてみれば。。。

 

それは、「過去生を辿りなおす旅」でもあったと。。。

 

今は、そう思っている。。。

 

 

その旅の始まりがきっと。

OSHOとの出会いだったのだろうと。。。

 

 

********

 

 

これも、もっとあとになって思ったことだったけど。。。

 

占星術をちゃんと学ぶようになって

なんとなく感じたことは。。。

 

 

人はみんな。。。

人生のあるところまでは、

 

「過去生での体験を、なぞっていたり

するのではないのだろうか」

 

・・・ということだった。。。

 

 

そして、今回の人生の前半で一度、

昔の癖や習慣や考え方や。。。

 

そして、過去にできた傷までもを活性化させて、

それを一度しっかり自覚させたうえで。。。

 

次は、それを超えて。。。

今回の目的を目指していく。。。

 

・・・みたいになっているような気がした。。。

 

 

だから私たちは、、、

自分の「過去生」を活性化させてくれるような

親を選んで生まれてくるのではないのか。。。と。

 

そんな風に思ったりした。

 

 

自分の親達や、今回の人生でこれまで

辿ってきた道のりや。。。

 

あとは、出会ってきた人たちに、

ポツポツ言われてきたことや、

ホロスコープとか。

 

そういうものをひっくるめて、総合的に

考えてみた時。。。

 

 

やっぱり、どう見ても自分は、、、

 

これまでの過去生の中、、、

 

俗世から離れたところで。。。

そして、宗教に関わるような場で。。。

 

黙々と修行を続けていた。。。

 

・・・という人生が多かったのだろうな。と。

 

そんな風に思えて、仕方なかった。。。

 

 

その過去生の集大成なのかどうかは、

それは、ハッキリとは断言できないけど。。。

 

その「結果」として。。。

 

19歳の時の、ああいう体験が起こったの

かもしれないな。。。

 

・・・と、そんな気がしてしかたない。。。

 

 

もしかしたら、過去生で既に悟り体験はしていて。

 

今回の人生の最初の頃に、もう一度

同じことを経験させたのかもしれないけど。。。

 

 

これもやっぱり。。。

断言はできない。。。

 

 

 

つまり私は。。。

 

長い過去生の中、、、

ひたすら「信じる人」をやってきて

いたのかもしれなくて。。。

 

 

でもきっと、今回の人生では、、、

そこを超えるために。。。

 

そこではない、違うことをするために。。。

 

 

そのために、、、

また、生まれてきたのではないのかと。。。

 

 

********

 

 

OSHOのコミュニティに行った時に、、、

あんなに居心地がよかったのは。。。

 

そういう場が、私にとってはきっと、

「慣れ親しんだ場」だったからなのだろうと思う。。。

 

 

でも同時に違和感を感じたのは。。。

 

「今回はそれじゃない」

 

・・・と、頭ではないどこかで、

解っていたからなのだろう。。。

 

 

ただ、魂は。。。

 

今回の目的を果たす意志を、

より強固にするために。。。

 

私のエゴを試したのだと思う。。。

 

 

だからもし私があの時、、、

 

「あぁ、ここが自分のホームだ」

 

・・・と、そちらに進む選択をしたとしたら。

 

 

きっと、今回の人生でもまた。

同じことを繰り返したのだろうと思う。。。

 

 

 

高校生の時に、母がああいった道を選び。。。

 

それによって私が傷つき、悲しみ。。。

そして、「宗教」や「師匠と弟子」というものに対して、

ものすごい反発心を持つことになったのも。

 

きっと、そういうことだったのだと思う。。。

 

 

OSHOの彼と出会い、、、

「瞑想センター」という名の、「そういう場」に

足を運び。。。

 

そこで、過去生の自分のような生き方を

している人達と出会い。。。

 

 

でも。。。

私は、そちらを選ばなかった。。。

 

 

 

そして。

 

そっちに進むことを躊躇するように仕向けるために、

一番大きな協力をしてくれたのは。。。

 

もしかすると、、、

母だったのかもしれない。。。と。

 

そんな風に思ったら。。。

 

涙が出てきた。。。

 

 

 

私は、、、

精神的な教師や、その弟子となる人と、

少しの間関わることで。。。

 

母が辿った道の軌跡を、、、

そのまま歩いたような気もした。。。

 

 

だから。。。

 

母がどういう気持ちで、紀野先生のもとに

通っていたのか。。。

 

その気持ちが、、、

なんとなく、、、実感として解ったような気もした。。。

 

 

でもこれは。。。

 

OSHOのあの。

 

「一度そこに飛びこんでみなさい」

 

・・・という言葉がなければ。

 

実際に一度、その場に入ってみなければ。

 

解らなかったことだろうと思う。。。

 

 

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新弟子イニシエーションのあと。。。

 

瞑想センターには数回通ったけれども、、、

そのあとすぐに、通うことはやめてしまった。。。

 

そこで出会った人とは仲良くなって、、、

その後も何度か、会ってお話したことは

あったけど。。。

 

気づけば、、、

そういう縁も、自然と切れていた。。。

 

 

「OSHOの章」が終わるか終わらないか

くらいの時期に、、、

 

私の中心となってきたのが、

カバラの世界だったのだと思う。。。

 

 

そしてその時期は、、、

同時に「歌」も来ていたのだけど、

その話は、またあとで書く。。。

 

 

体調は、、、相変わらず、良くなかった。。。

 

 

 

あの頃は。。。

 

占い師の彼ともまだ、

怒涛のメール交換を続けていたりとか。

 

暦の彼や、暦の彼女たちと

よく会ったりしていたのだけれども。。。

 

 

そんな時。

 

すごく、「変な人」と出会い。。。

 

変な人。。。って書くのは、、、

ちょっと、その人に悪いかなとも思うのだけど(苦笑)

 

 

私にとっては、変な人だった。。。

 

・・・ということで。。。

 

 

 

その変な人との関わりの中で。。。

 

今思うと、笑ってしまうような出来事が

起こったりもした。

 

 

なんだかんだと、これももう。。。

今は、良い想い出にはなっているのだけど、、、

 

 

私が、「ニューエイジのスピ嫌い」になった理由のひとつが、

おそらく、ここにあるのだろうな。。。と。

 

 

なので、その人のことも、、、

少し、触れておこうと思う。。。

 

 

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つづく