運命の出会い 89 | TRIQUETRA ~Tributary Zone~

TRIQUETRA ~Tributary Zone~

2代目のブログです

最初にOSHOの瞑想センターに行った時は、

私とOSHOの彼を含め、参加者は、

4人しかいなかった。

 

 

「え?これだけ?」

 

 

・・・と思った。

 

 

OSHOの彼の話を聞いていた時は、

もっとたくさんの人がいるものだとばかり

思っていたので。。。

 

想像していたよりも、人が少なかったことに、

少し驚いた。。。

 

 

その頃は私も、毎日のように家で瞑想を

したりしていたので、もう瞑想自体に対しては、

特に抵抗はなかった。

 

 

そして、瞑想は、、、

正しい方法もそうだけど、瞑想慣れした人と

一緒に行うと、引っ張られて入りやすい。。。とも

聞いていたので、少し、期待していたりもした。

 

もしかしたら、普段とは違う体験が

出来るのかもしれない。。。と。

 

 

けれども実際は、普段とほとんど

変わらなかった。

 

・・・というよりも。。。

 

ひとりで瞑想している時のほうが、

逆に入りやすくない?

 

・・・という、印象を受けたりもした。。。

 

 

ただその時は、なにせ、初回だったし。。。

まだ、解らないよな。。。と。

 

そう思っていた。

 

 

********

 

 

その後、OSHOの彼から連絡があり、、、

 

近々、新しく弟子になる人を祝う、

セレブレーションがあるから、参加して

みてはどうですか?

 

・・・という、お誘いがあった。。。

 

 

「滅多にない、とても貴重な機会だから」

 

 

・・・という言葉に、私の「好奇心」は逆らえず(苦笑)

そこに参加させてもらうことにした。。。

 

 

その日は、以前とは違って、、、

たくさんの人が集まっていた。。。

 

そこにいる、ほぼ全員が、私にとっては

知らない人だったのだけど。。。

 

でもなぜか。

私は最初から、くつろいでいて。。。

 

そして、あっという間に。

そこに溶け込んでいた。。。

 

 

「え。。。なんだろう?この感じ。

やたら、居やすいのだけど??」

 

・・・と。

 

それこそ、昔なじみの親戚の集まりにでも

参加しているかのような。。。

 

そんな感覚にとらわれた。。。

 

 

 

そのうち、イニシエーションの儀式が始まり。。。

 

その内容のほとんどを、私はやっぱり、

覚えていないのだけど(苦笑)

 

たしか。。。

みんなで、踊りまくっていた気がする。

 

 

でも、「踊り」は、私にとっては「十八番」

みたいなものだったし。。。

 

子供の頃から、ずっと踊ってきていた私には、、、

そこでの踊りは少し、物足りなかったのを

覚えている。。。

 

 

バブル時代のディスコでは。。。

儀式の時より、ずっとはじけてたよな。。。と。

 

あとになって思ったりもした。。。

 

 

おそらく、私にとって、、、

 

瞑想状態に入ったりとか、

自分を解放する。。。ということは。

 

そこまで難しいことではない。。。

 

 

それは、もともとの気質もあるのだろうけれども、

「慣れ」もあったのだろうと思う。

 

 

OSHOの儀式の中、、、

そこで「踊ること」を通して狙っているものは、

なんとなく解ったけど。

 

 

そういうのはもう、子供の頃から

経験していた。。。

 

 

バレエもそうだけど、たとえば、学生時代に

ハマったコンサート通いとか、

バンド時代のライヴとか。

 

あとはそれこそ、バブル時代のディスコとか(笑)

 

 

そういう場でも、一種のエクスタシーを伴った

「解放」は起こる。。。

 

何も、、、「宗教的な儀式」でなくても、

それは、起こるものだよね。。。と。

 

あの時、思った。

 

 

だとしたら。。。

私にとっての「本当の儀式」は、、、

 

音楽のライヴや、バレエの舞台。。。

 

「歌うこと」や「踊ること」だ。。。

 

・・・と、そんなことを、しみじみ感じたりした。

 

 

そして。。。

「解放」が起こる条件は、、、

 

もう、たったひとつだと思った。。。

 

 

それは、、、

 

「心底、楽しい」。。。

 

・・・ということだと。。。

 

 

********

 

 

儀式のあと。

 

サニヤシンの人達に囲まれて、、、

食事会だったか、お茶だったか。。。

 

とにかく、歓談の時間があったのだけど。

 

あの時も私は。。。

そこにいた人達とは、やけに波長があって。

 

「ここ、妙に居心地がいいな。。。」

 

・・・と、そう感じていた。。。

 

 

でも、今でも覚えているのは、、、

儀式のあとだったか、前だったか。。。

 

私よりもおそらく年下であろう

初対面の若い女性が、いきなり。

 

「もう、離婚したの?」

 

・・・と、笑顔で訊ねてきたことで。

 

 

「え???してないけど???」

 

・・・と、私が答えると。

 

「あ、まだなんだ~^^」

 

・・・と、彼女は言ったの。。。

 

 

彼女のあの言動で。。。

あの時も私は、ピンと来た。

 

「ここでは。そういうことなんだね」

 

・・・と。

 

 

ここはきっと。。。

ここに集う人にとっては、「ホーム」であり。。。

 

そのホームの中に、、、

自分にとっての真のパートナーがいる。。。と。

 

そう考えているのだろう。。。と。。。

 

 

その時私は、、、そう思った。。。

 

 

そして。

ここでは、世間一般の「常識」というものは、

ほとんど、意味のないものなのだろう。。。と。

 

心の中で、そう思っていた。。。

 

 

 

結局。。。

 

「常識」というものも、幻想だ。。。

 

 

それは、解る。。。

 

 

けれども、人が集まるところには必ず、

そこに「常識」ができる。。。

 

 

OSHOの弟子の人達は、、、

世間一般の常識からは解き放たれようと

しているけれども。。。

 

結局、そのコミュニティ内の常識には

囚われる。。。

 

 

そんなものなのだろう。。。と。

 

その時、思った。

 

 

だから、要は自分が、、、

どの常識を選択して生きるのか。。。

 

どんな常識のドラマを演じるか。。。

 

ただ、それだけのことなのだ。。。と。

 

 

私も、、、

 

正直に言えば、OSHOのコミュニティの中で、

やたらと居心地よく、そこに馴染んでいる自分を感じ。。。

 

その「ホーム」の感覚を感じてはいたけれども。

 

 

けれども、実際の家族を手放すつもりは、

最初から毛頭なかった。。。

 

そういう理由で離婚なんてことは。

 

私にとっては、言語道断だった。。。

 

 

夫とは、今まで何度も一緒に、

「離婚の危機」を乗り越えてきた。。。

 

そうやって、私たちは共に、、、

成長してきた。。。

 

 

「結婚」とは。。。

「パートナー」とは。。。

 

そういうものだと思う。。。

 

 

夫が青で、私が赤だったら。。。

 

夫が赤に染まるのでもなく。

私が青に染まるのでもなく。

 

青と赤を混ぜて、、、

そこに、新しい紫という色を生み出して。。。

 

それをお互いに共有していくこと。

その新しい色を、共に纏うこと。。。

 

それが、パートナーと一緒にいる意味だと。

 

私は思っているから。。。

 

 

「恋愛」ではなく、「結婚」となれば、、、

毎日共に生活するようになり。。。

 

そうなれば、どんな人が相手だって、

必ず、大なり小なりトラブルは起こる。。。

 

 

でも、お互いのエゴ同士が衝突した時、

そこから逃げないで、ちゃんと向き合えば。。。

 

お互い必ず、成長できるから。。。

 

 

だから、そういうところから逃げて、

理想の新しいパートナーを求めたところで。

 

自分の課題が解決していない限りは、

結局、同じことを繰り返すだけだ。。。と。

 

私はいつも、そう思っていた。

 

 

 

もしも。。。

 

自分の課題をすべてクリアしたあとは。

 

その先はどうなるのか。。。

 

それは、私にも解らない。。。

 

 

けれども、OSHOの瞑想センターに

行ったあの頃は。。。

 

自分に、そういう「時期」が来ているとは、

到底、思えなかった。。。

 

 

 

あまり深いことを考えることなく。。。

 

ツインソウルと出会った。。。

真のパートナーと出会った。。。と。

 

その場のノリで、安易に離婚を選ぶ人が、

スピの世界にはたくさんいるようだけど。

 

 

でも、自分自身の課題が解決していなければ、

たとえ、「魂の伴侶」に出会ったとしても。

 

そこに、「真の統合」は起こらないだろうと。。。

 

私は思ってる。。。

 

 

********

 

 

後日、OSHOの彼からメールが来て、

 

「シャクティパットについて、どう思った?

多くの人が、あれに興味を持つんだよね」

 

・・・と言ってきた。

 

 

シャクティパット?何?それ?

 

・・・と思いながら、あぁ、あれか。。。と。

 

儀式の中で行われていた、

妙なシーンを思い出した。

 

 

実際それを見ていた時は、、、

 

何やってるんだろう???

 

・・・くらいにしか思っていなかったのだけどね(苦笑)

 

 

OSHOの彼にそう言われて、少し調べてみたら、、、

だいたい、意味が解った。。。

 

 

でも。。。

 

そういうものは、私にとってはすべてが、、、

 

「思い込みの世界」

 

・・・に見えて、仕方なかった。。。

 

 

そう思えばそうなるものだ。。。と。

 

エネルギーとは、そういうものだ。。。と。

 

 

 

そして、シャクティパットだけによって、

本当に何かが開花するのであれば。

 

世の中、もうとっくに変わっているだろうと。

 

そんな風に思っていた。。。

 

 

 

OSHOの彼に初めて会った時、、、

彼は、死んで生き返るマスターの話を、

目を輝かせてしてくれたけど。。。

 

きっと、シャクティパットのことも。。。

 

心底信じているのだろうな。。。と。

 

 

彼のあの純粋さを。。。

少し、羨ましく思ったりもした。。。

 

 

私には、そういうのがない。。。

もっと、現実的だし、懐疑的だ。。。

 

 

 

「信じる人」の強みは。。。

「信じられること」だと思った。。。

 

 

だって、この世はすべて。

思い込みで出来ているのだから。。。

 

自分がそう思えば。

世界はそういう形になる。。。

 

 

OSHOの彼の持つ、あの純粋さは。。。

母が持つものと同じだ。。。と。

 

あの時、そう思った。。。

 

 

そして、以前書店で見たOSHOの本の帯に、

母の先生の言葉が書かれていたことは。

 

なんて解りやすいメッセージだったんだろうと。

 

その時、ハッキリ解った。。。

 

 

 

母と、OSHOの彼が。。。

私に対して、まったく同じテーマを

持ってきていることに。。。

 

その時、気づいた。。。

 

 

母やOSHOの彼が私に思い出させるもの。。。

 

彼ら(の魂)が導こうとするその先にあったのは、

それはおそらく、「過去生の世界」。。。

 

 

あの時に起こっていたのは、、、

 

OSHOからの誘いではなく。

 

「過去からの誘惑」

 

・・・だったのだと。。。

 

 

魂たちは。。。

 

私にとっての、そういうドラマを

創っていてくれたんだ。。。と。

 

 

私はその後、、、

どんどん、気づいていくことになる。。。

 

 

********

 

 

つづく