運命の出会い 88 | TRIQUETRA ~Tributary Zone~

TRIQUETRA ~Tributary Zone~

2代目のブログです

書くべきかどうか迷ったことがあったのだけど。

 

こうやって、記憶の整理をすることも。

昔を振り返ることも。

 

きっと、これが最後だと思うので。。。

 

だから、覚えていることは、すべてそのまま、

書き残しておくことにした。

 

 

********

 

 

2006年12月11日。。。

 

ヴィジョンの中に出てきたOSHOは、

「そこに飛びこみなさい」と。

 

そう言ったのだけれども。。。

 

その言葉の前にも、OSHOはだいぶ長く

あれこれ語っていた。。。

 

 

そのあたりの内容を、私は今、ほとんど

覚えていないのだけど。。。

 

ひとつだけ、鮮明に覚えていることがある。

 

 

それは、、、

 

「彼を私から解き放ってあげなさい」

 

・・・と、そのOSHOが言ったこと。

 

 

ここでの「彼」というのはやっぱり、

どう考えても、あの、「OSHOの彼」のこと

なのだろうな。。。と。

 

あの時も思っていた。

 

 

けれども、、、

 

解き放つ。。。って???

 

一体、どうやって???

 

なんで私が、そんなことをしないと

いけないの???

 

 

・・・と、私の思考があれこれ考え始めた時、

その私の思考に被せるような形で。。。

 

 

「一度、そこに飛びこんでみなさい」

 

 

・・・と、そう言ったの。。。

 

 

********

 

 

私はあの時も、自分に苦笑いした。。。

 

「これは、私自身の願望なのかしら?」

 

・・・と。

 

最初は、そう思った。

 

 

けれども、そうやってOSHOが出てきた日が、

偶然OSHOの誕生日だったから。

 

だから、気になった。

 

 

そして、次に出てきた時、、、

今度はOSHOは、他には何も語ることなく。。。

 

「そこに飛びこんでみなさい」

 

・・・とだけ言った。。

 

 

そのたった一言だけを、、、

言い放っていった。。。

 

 

そしてその日が、、、

また偶然にも、OSHOの命日だったから。

 

 

だから、思った。

 

 

「何がどうなっているのかは、もう、私には

まるで解らないけど。。。

 

とにかく今は、行くしかない」

 

・・・と。

 

 

正直に言えば。。。

本当は、あまり行きたくはなかった。。。

 

なぜだか解らないけど。。。

行きたくなかった。。。

 

 

けれども、行かないといけないんだ。。。

 

・・・とも、同時に思っていた。

 

 

「彼をOSHOから解き放つ云々」ということも。

 

私は、人の人生に意図的に介入して、

無理矢理その方向を変える。。。

 

・・・みたいなことは、昔から大嫌いだったし。。。

 

 

彼は彼なりの道を進んでいるのだから、

それをどうこうしようとか。

 

説得して考えを改めさせようとか。。。

 

 

そんなことは、考えたことはなかったし、

今後もするつもりもなかった。

 

 

なのになぜ、ヴィジョンの中のOSHOは、

あんなことを言ったのか。。。と。

 

 

なんだか本当にもう。。。

何が何だか解らなくなってしまってね。。。

 

 

あの日が、OSHOの誕生日や命日と

重なったりしていなければ。。。

 

「こんなの妄想だ」と。

 

簡単に切り捨てられたのだろうけど。。。

 

 

さすがに、、、

 

「もしや、本当にOSHOが出てきたの?」

 

・・・と、正直に言えば、、、

そう思ってしまっていた。。。

 

 

そういう、自分の中のモヤモヤを

解消するためにも。。。

 

本当は行きたくなかった場所へ、、、

行くつもりはなかった場所へと。。。

 

私は、、、

行ってみないといけなくなってしまった。。。

 

 

********

 

 

そうと決まれば、行動は早い。。。

 

OSHOの彼に連絡を取り、申し込みをして、

瞑想センターに向かうことになった。。。

 

 

けれどもその時初めて、、、

そこではまず、エイズ・チェックをしなくては

ならないことを知らされ。。。

 

なんだかものすごく、、、

イヤな気分になったのを覚えている。。。

 

 

エイズ・チェックは、、、

私は、妊娠中にも、病院で受けたことがある。。。

 

でもその時は、そんな「抵抗感」というか、

「違和感」のようなものは、一切

感じることはなかった。

 

妊娠中のエイズ・チェックは、、、

生まれてくる子供への感染を防ぐため。。。

 

子供を守るためだから。。。

 

 

けれども。。。

 

瞑想をしに行くのに、、、

なぜ、エイズ・チェックをしなくては

いけないのか。。。

 

エイズの人は、瞑想をしてはいけないの?

 

・・・と、そこになんだか。。。

差別的な「何か」を感じたの。。。

 

なんとなく。。。

人権を侵害されているような。。。

 

そんな気持ちになった。。。

 

 

けれども、この流れの中。。。

そういう些細な抵抗をしても意味ない。。。と。

 

そんな風にも思っていた。

 

 

私が何か抵抗をしたところで、、、

どうせ最後は、この激流に押し流される

のだろうから。。。と。。。

 

その頃はもうそうやって。。。

抗うのをやめていた。。。

 

 

 

ただ、エイズ・チェックに関しては、、、

その後少し調べることによって。

 

なんとなく見えてきたことがあり。。。

 

 

私が強烈に感じたあの「違和感」の理由も。。。

今ではもう、ハッキリ解っている。。。

 

 

********

 

 

OSHOは、生前。。。

エイズに関することも、いろいろ語っていたようで。

 

そして、エイズを世界に広めないようにと、

そういう努力をしていたらしい。。。

 

 

あの瞑想センターにいた人達も、、、

きっと、OSHOのそういう意志を継いでいたのだろう。。。

 

 

ただ私には、ものすごく

ひっかかったことがあって。。。

 

 

それは、OSHOがフリー・セックスについて

語ったり、タントラ技法について語ったり

していたことで。

 

だから。

 

OSHOがエイズを警戒したことも、、、

なんだかんだ言ったところで結局は。

 

自身のコミューンの中でエイズが

蔓延してしまうことを恐れたのでは?

 

・・・なんてね(苦笑)

 

 

正直言えば。

そんな、うがった見方をしていたりもした。

 

 

********

 

 

性行為を通して悟りを目指す。。。

みたいなことは。。。

 

密教的な観点からみれば、、、

私は、「あり」だと思っている。。。

 

だから、タントラそのものを否定するつもりは

まったくないのだけど。

 

フリー・セックスっていうのは、

どうなのよ?

 

・・・というのが、正直な気持ちだったりする。。。

 

 

それを肯定する人たちのほとんどが、

男性だしね。

 

OSHOも男性だしね。

 

 

女性でそれを肯定している人もいるけど。

 

それは本当に、彼女自身の意思なの?

 

尊敬するOSHOや、自分の愛する男の人の考えを、

自分自身の考えにすり替えてしまっていないの?

 

・・・と、私はいつも思う。。。

 

 

私は、、、

娘を持つ、母としても思うのだけど。。。

 

女性は本当に。。。

 

自分自身の身体を、ちゃんと大事にしてほしいと。。。

 

いつも、そう願ってしまう。。。

 

 

セックスを通しての身体への負担は、、、

男性よりも女性のほうが、はるかに大きいのだから。。。

 

それに女性は本能的にも、、、

そんなにたくさんの相手は必要ない。。。

 

「量」より、「質」なのだから。

 

女性は。

 

 

 

男性の性欲に関しては。。。

 

いろんな男性たちから話を聞けば聞くほど、、、

 

「あぁ、、、大変そうだね」

 

・・・と、そう思わされた。。。

 

 

それを理性でコントロールすることは、、、

私達女性には、想像もできないほど、

きっと、大変なんだろう。。。と。

 

そんな風に思った。

 

 

そして男性は本能的にも、、、

「より多くの子孫」を残そうとするようだから。

 

目の前の女性のことをどんなに愛していても、

「つい、フラフラ~~」ってことは、

どうしてもあるんだな。。。と。

 

悲しい気持ちになったりもした(苦笑)

 

 

もちろん、その「フラフラ~~」を、

許すつもりはないのだけど。

 

でも、理解はした。。。

 

 

 

そうやって、身体の生理が違うのだから、

必然的に。。。

 

男性と女性では、「性」に対する考え方も、

違ってきて当然なのだと。

 

私は思う。。。

 

 

OSHOは、、、

いくら、グルだと言っても、「男」なの。。。

 

ここでこうして生きている限り、、、

人間のサガは、完全には捨てきれない。。。

 

肉体を持っている限りは。。。

 

どんなにかっこつけたって。

どんなに理屈をこねたって。

 

 

たとえ、、、覚醒していても。

 

 

だからOSHOも、「真理」は語れても、、、

女性の身体の生理については、絶対に

語れないと思うし。

 

語って欲しくもない。私は。

 

 

フリー・セックスは。。。

 

なんだかんだ理屈をこねられても。

 

女性の私からは、男性的な物の考え方にしか

見えないし。

 

それは、動物的な行為でしかないと思ってる。

 

 

意識が高くなればこういうことが出来る。。。

 

なんて「理屈」は、私は絶対に受け入れない。

 

女性として。

 

 

そして、スピリチュアル的な意識が深まった人ほど、

こういう「落とし穴」に落ちてしまう現実が。。。

 

 

私は、ものすごく悲しい。。。

 

 

********

 

 

・・・と。

 

こうして長々と書いたことを。。。

 

当時の私が、自分の頭の中で、

しっかりと掴めていたわけではない。。。

 

 

それは、その後、もっとたくさんの体験を

重ねていくうちに。

 

ハッキリと見えてきたものだった。。。

 

 

けれども、あの時。。。

 

瞑想センターで、エイズ・チェックのことを

聞かされた時に感じたあの、「違和感」や

「抵抗感」というのは。。。

 

 

きっと。

 

こういうところから来ていたのだろうと。。。

 

今は、思う。。。

 

 

********

 

 

つづく