運命の出会い 45 | TRIQUETRA ~Tributary Zone~

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2代目のブログです

「すべてである私」を軸にしながら、、、

今までの人生の記憶の整理をしてきたけれども。

 

このあたりの時代の出来事は、、、

 

「人間Lyrica」にとっては、すごく

大きなイベントだったな。。。と思う。。。

 

 

そして。。。

こういう話をありのままに書いた時、、、

 

それを読んだ人の中には、どういう思考や感情が、

浮かんだりするのかな。。。と。

 

そんなことを、考えながら書いていた。。。

 

 

多分それもまた。。。

人それぞれなのだろうな。。。と思ってね。。。

 

 

私は。。。

 

目の前の人を見ている今の自分が、、、

その時何を感じて、何を考えているのか。。。

 

・・・というところを、よくよく観察すれば、、、

そこに、「今の自分」というものが映し出されてくる。。。

 

・・・と。

 

そう思っていたりするんだ。。。

 

 

そこを分析すれば。。。

自分というものが、よく解ってくる。。。と。。。

 

 

「他者は自分を映す鏡」

 

・・・というのは、そういうことなのだと。

私は思っているの。。。

 

 

一般的には、ちょっと違う風に

解釈されていることが多いけど。

 

私は、そう思ってる。。。

 

 

********

 

 

人生の中の、こういう出来事を、

人間Lyricaの視点で書いた場合。。。

 

そこではどうしても、夫やお義父さんが、

悪役みたいな形での登場になってしまうけど。。。

 

 

「すべてである私」視点から見たら、、、

彼らは悪でもなんでもなく。

 

みんなが、私自身。。。ということになる。。。

 

 

魂からの視点で見たら、、、

彼らは、縁あるソウルメイト。。。ということ。

 

 

そういう風に物事を捉えているから、、、

感情に巻き込まれることもなければ、

自分の勝手な憶測で、相手のことをジャッジ

することもない。

 

普段はね。

 

 

ただ、それさえも吹き飛んで、

完全に人間になりきってしまうことも、

やっぱり、時にはあったと思う。

 

 

けれども、振り返ってみた時に、、、

私にそこまでさせたような大きな出来事には。

 

その分、人間Lyricaにとっては、

たくさんの教訓が含まれていたような感じがする。。。

 

 

 

そして人間には。。。

 

生きていれば、いろんなことが

起こるのは、自然なことだと。

 

私は、そう思っているから。

 

 

そういう点においては、、、

悟りを開いていようが、開いていまいが、

関係ないのだと思う。。。

 

 

悟りを開いた人の人生には、

人間的な視点から見た幸福。。。

 

つまり、「現世的な幸福」という出来事しか

起こらない。

 

・・・ということは。

 

まず、ないだろうと思ってる。

 

 

悟ると、ただ。。。

 

自分に起こることすべてが。

この世に起こることすべてが。

 

自分がただ、ここにいることが。。。

すべてがただ、そこにあることが。。。

 

ここに、いろんなものがただ、

存在している(ように錯覚する)こと自体が。

 

ただそれだけで、ただそのまんまで。

それが、極上の幸福だと感じるようになる。

 

すべてが完璧だ。。。と。

 

いつも、感動しているようになる。。。

 

 

 

だから例えば、数年前あたりから、

「引き寄せの法則」のようなものが、

流行っていたりしたけど。

 

 

もし、「本気で」悟りを目指したいのであれば。。。

 

そういう人にとっては、ああいうのはおそらく。

遠回りな道になると思ってる。。。

 

間違っている。。。とは言わないけど。

 

遠回りだな。。。と思ってる。

 

 

だってあれは。

 

「人間ドラマの中での幸せ」

 

・・・を、追求しているものだから。。。

 

そういう幸せを求めている人には、「薬」になるけど。

悟りを目指す人には、「毒」になる。。。

 

 

現世的な幸せを求めることは、、、

決して悪いことではないし。

 

そこを今回のテーマにしてここにいる人も、

それはそれは、たくさんいると思う。。。

 

 

でももし、悟りを目指すテーマを持って

生まれてきていたとするのなら。。。

 

現世的な幸福で満足してしまえば、

多分、そこで失敗に終わる。。。

 

 

幻想の世界のからくりを、、、

見破る前に。

 

 

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記憶の整理の中で、今、差し掛かっている、

自分の人生のこのシーンは。。。

 

人間的な感覚からすれば、「修羅場」でもあり、

一見、「不幸」のように見えるけれども。。。

 

実際はそこには、良いも悪いもなく。。。

 

 

「ひとつの経験」という意味では、、、

神秘体験であろうと、こういう体験であろうと、

どれもみな、同価値のものである。。。と。

 

そう感じている。。。

 

 

 

そして、「すべてである私」の感覚が、

常に自分の中にあると。。。

 

こうやって、一見悪いことが起こった時にこそ、

その本領を発揮してくれる。。。

 

 

表面に、多少の波がたったとしても、、、

その奥は、常に静かで穏やかで。。。

 

たとえそれが大波になったとしても、

そこに飲み込まれ、溺れて苦しむ。。。

 

・・・ということは、まず、なくなるから。。。

 

 

だってその波は、幻想なのだと。。。

解っているから。。。

 

 

逆にそれを。。。

楽しめたりもする。。。

 

 

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つづく