運命の出会い 44 | TRIQUETRA ~Tributary Zone~

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2代目のブログです

借金があるのならば。。。

 

私もまた働いたりして、頑張ってやり繰りすれば、

引っ越さなくても、なんとかなるのでは?と、

その時の私は、そう思っていたのだけど。。。

 

そういう意見はみんな、却下された。。。

 

 

ただ、あの時の夫の借金は、、、

そんなことでは到底及ばないような、

とんでもない額だったのだろう。。。

 

・・・ということは、のちのち、

うっすらと解った。

 

 

うっすらとしか解らなかったのは、、、

 

結局夫は最後まで、

それを教えてくれなかったから。

 

 

私は、彼のほうからちゃんと話してくるのを

ずっと待っていたけど。

 

その日が来ることはなかった。

 

 

お給料から引かれる月々の返済額と、

その年数で。

 

それを推し量ることくらいしか

私には、出来なかった。

 

 

********

 

 

父も母も、そんな状況で私たちとの同居を

拒めるはずもなく。。。

 

仕方なく、それを受け入れた。。。

 

 

そんなことは。

両親にとっても寝耳に水だっただろうけど。

 

父も母も、、、

私には何も文句は言ってこなかったし。

夫のことに関しても、特に何も言わなかった。

 

 

ただ、、、苦い顔はしてた。。。

 

苦い顔をしながら、「しょうがないね」と

言っていた。。。

 

 

私は、、、

親たちが、本心では私達との同居を

歓迎していないことは、察していた。

 

 

彼らはどちらかというと、「プライベート」を

大事にするタイプ。

 

一人の静かな時間を大事にするタイプの

両親だったから。。。

 

 

これからせっかく、老後を静かにゆっくり

過ごそうという時に、まだまだ手のかかる

小さな子供がいる娘夫婦との同居なんて。

 

あの親たちの性格からしたら、、、それは、

手放しで喜べるものではなかっただろう。。。

 

・・・と思う。。。

 

 

孫は可愛くても、それはたまに会うからで。

一緒に住むとなると、話は違ってくる。。。

 

孫は、遊びに来た時と、

帰る時が一番嬉しい。と。

 

母がよく言っていた。

 

 

でも、おじいちゃん、おばあちゃんは、

それでいいのだと。

 

私も思っていた。。。

 

 

 

夫の両親は、、、特にお義父さんは、

私の親とはまったく違ったタイプで。

 

常に家族全員で、みんな一緒に

お茶の間で過ごしていたい。。。と。

 

そんな感じの人で。

 

お義母さんも、そんなお義父さんの色に、

すっかり、染まっていた。。。

 

 

だからもちろん。

 

孫と一緒に住むのは大歓迎。

むしろ、同居がしたい。

 

・・・みたいな感じだったのだと思う。。。

 

 

お義父さんには、人を恋しがる。。。というか、

寂しがり屋なところがあって。。。

 

だから、同居している時も、、、

私達夫婦が、自分達の部屋に行ってしまうと、

ものすごく、寂しがられて困った(苦笑)

 

 

夜になると、近所に住んでいるたくさんの親戚や、

お義父さんのお友達が、頻繁に訪ねてくる、

そんな、お客さんの多い家でね。。。

 

そのたんびに、私はその場に顔を出して、

あれこれ接客をしなくてはいけなくて。

 

 

私は、なんだかんだ言ってもやっぱり、

ああいう両親のもとで育ったせいか。

 

夜は静かに、プライベートな時間を

過ごしたいほうだったから。。。

 

夫の家の、あのホットさには、

なかなか馴染めなかったし。

 

漫画やテレビドラマでよく見るような、

嫁姑シーンも、あれこれリアルで実体験した。。。

 

 

 

だから、再び同居話が出た時も。。。

 

同居をして、ああいう日々がまた

始まるのかと思ったら。。。

 

どうしても、耐えられなかったんだよね。。。

 

 

でも。。。

 

自分のそういう未熟さは。。。

自分の親達にまで迷惑をかけてしまうのか。。。

 

・・・と思うと。。。

 

ものすごく、やるせない気持ちになった。

 

 

当事者の、誰一人として望んでいなかった、

私の親との同居生活。

 

それに向けて引っ越しの準備を進めていた時、

また、衝撃的なことが起こった。。。

 

ただでさえ、気が重くて進まなかった準備が、

重すぎて、全く進まなくなるほどに。。。

 

 

********

 

 

お義父さんが、夫にこう言ったそうだ。。。

 

「Lyricaの実家での同居生活は、

お前が肩身がせまくて、可哀想だから。

 

だからお前は普段はこっちの家に住んで、

週末だけ、あちらの家に行くようにしなさい」

 

・・・と。

 

 

まぁ、お義父さんも。

完全に、感情に巻き込まれていたのだろうな

とは、思っていたけど。

 

そういうことを、こういう時に口にしてしまっては、

お終いなのになと、私は思っていた。

 

 

ただ、お義父さんが何を言おうと、

夫は解っているはずだ。。。と。

 

 

私はそう思っていた。。。

 

 

私は、その時点ではまだ。

夫のことを信じていた。。。

 

 

愛情があまりにも深いと、、、

そして、その愛が「情」に支配されてしまうと。。。

 

それが重い鎖となって、相手を縛り付けて

しまうことはよくあるけど。。。

 

 

夫と彼の両親の間にも、、、

そういう図式が見えていてね。。。

 

夫も、親のことを重いと思っていながら、

それでも、そこに甘んじてた。

 

彼もまた、親への「情」があったから。。。

 

 

けれども。

今は夫自身も、「子供たちの父親」であるのだから。

 

ひとりの大人として、、、人として。

 

「夫」や「親」としての責任は、

最後までちゃんと果たす人だ。。。と。

 

私は夫のことを。

そういう人なのだと思っていた。。。

 

 

でも、次に夫から出た言葉で。

 

私の夫に対する信頼は。。。

ガラガラと崩れ去った。。。

 

 

彼は、、、

 

お義父さんの言う通りにする。。。と。

 

そう言った。

 

つまり、自分は自分の実家に住み、

週末だけ、私の実家に来る。

 

・・・と。

 

 

 

自分は父親であるのに。。。

 

この人は、自分の子供の気持ちよりも。

自分自身の気持ちを優先したんだ。と。

 

 

こんな状況になったおかげで。

転校を余儀なくされて、これから精神的にも

負担がかかるだろう子供たちの気持ちは、

考えてあげないんだ。。。と。

 

 

・・・と、そう思った。

 

 

なんて、弱い人なんだろう。。。と。

 

 

その時の私には、彼はそう映った。。。

 

 

多分、あの頃だったと思う。。。

 

私の中に、「男性不信」の気持ちが

芽生えてきたのは。。。

 

 

けど、こういうことも、成長の糧として、

必要なことだった。。。

 

・・・と、のちのち解るのだけどね。

 

 

でも、さすがにあの時はショックだったのか。。。

 

私はその後、倒れて。。。

数日間、寝込むことになった(苦笑)

 

 

********

 

 

しばらく寝込んで、

そしてまた、目が覚めた時は。。。

 

自分でも不思議なくらい、、、

清々しい気分になっていた。

 

その時はもう、夫に対してどうこうとか、

そういう気持ちも、完全にどこかへ吹き飛んでいた。

 

 

そして私はすっかり、

離婚の決意を固めていた。

 

この人と、一緒にいる意味はもうない。

 

・・・と、そう思ったの。

 

 

その時の私は。

全然後ろを振り返っていなかった。。。

 

完全に前だけを向いて。

次のステップに進むことだけを考えていた。

 

 

その時ばかりは母も。

私のことを止めなかった。。。

 

父もまた、黙っていた。

 

 

私は、私と子供だけで、

自分の親と同居するのもまた。

 

それはそれでいいかもね。

・・・みたいな気分になってきていて。

 

 

仕事を探さないとなぁ。。。

どんな仕事をしようかなぁ。。。と。

 

 

意識はすでに、そちらに集中していたし。

 

なんだか本当に。。。

自分でも驚くくらい、気持ちが軽やかだった。。。

 

あの時は。

 

 

 

夫と一緒に、道を歩く時が、、、

もしあの時で終わっていたとしたら。。。

 

今頃私は、どうなっていただろう。。。と。

 

そう考える時が、今でもたまにある。

 

 

けど、実際にはそうはならなかった。

 

 

夫もまた、、、

縁の深いソウルメイトなのだろう。。。

 

まだまだ、その後も。。。

 

お互いの道は、交わり続けることになる。。。

 

 

********

 

 

つづく