運命の出会い 25 | TRIQUETRA ~Tributary Zone~

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2代目のブログです

相変わらず、ケルト熱冷めやらずの頃。

 

「全てである私」について。。。

 

思いつく限りのキーワードを入れて、

あれこれ検索し続けていたら、、、

 

 

ある日とうとう、「あれ?これって、もしや?」

・・・と、思うものに辿り着いた。

 

 

それが。

 

「アカシック・レコード」というものだった。

 

 

その時のことも、昔のブログに詳しかったので、

また、そちらから。。。

 

 

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アカシック+ケルトで辿り着いたもの

 

 

「アカシックレコード」とは全宇宙の過去から

未来までの全てのことが書かれた記録のことだそうです。

 

宇宙にある意識のネットワークとも言われています。  

 

いわば、宇宙の図書館。。

 

今風に言えば、全てが記録されているコンピューター  

みたいなものでしょうか。。  

 

予言などで有名なエドガー・ケイシーも、

このアカシックにアクセスして情報を得ていたそうで、

彼は、いつの日か、この記録を受信できるテクノロジーが  

開発されるだろう。。と語っていたそうです。  

 

 

アカシックレコードのことを調べているうちに、

以前の体験は、もしかすると  

アカシックに意識が同調したのか?という思いが強くなり、

それでどんどん深みにはまり、  

神智学方面にのめりこんだ事もありました。

 

でも、なんとなく腑に落ちないというか、  

もっと違うものだったようにも感じて、

釈然としない気持ちが残りました。  

 

 

私は一体、何が知りたいのか。。  

でも、実はなんとなく、既に知っているような気もして。。

 

 

********

 

 

アカシック・レコードって、、、

当時はよく、「アカーシャ(アーカーシャ)の記録」

とも言われていた。。。

 

 

当時の私は、「アカーシャ」と聞いた時、

即座にまた、あの映画を思い出していた。。。

 

 

『クイーン・オブ・ザ・ヴァンパイア』

 

 

あのお話の中に、「全てのヴァンパイアの母」と言われる、

ヴァンパイアの女王が出てくるのだけど。

 

その女王の名前が、「アカーシャ」だったの。。。

 

 

また、あの映画が出てきた。。。と。

あの時、そう思った。

 

何かが繋がっているような。

そんな気がした。

 

 

だから、当時の私は、、、

「アカーシャ」という響きに引き寄せられて、

アカシックで、立ち止まったのだろうと思う。。。

 

 

そして、アカシック・レコードって何だろう?と。

何かのサイトを見たら、そこには。。。

 

「全ての記憶が保管されている場所」

 

・・・みたいなことが書かれていてね。。。

 

 

もしかしてこれは。。。

 

あの時の体験で観たもののことを、

語っていたりするものなのかもしれない?

 

・・・と。

 

心が、色めき立ったのを覚えている。。。

 

 

なので、アカシックについて、

もっと詳しく知りたい。。。と思った。。。

 

 

そうして調べていくうちに、、、

 

「アカーシャの記録」という話の言い出しっぺが、

ブラヴァッキー夫人という人だと知り。。。

 

多分、そこから、神智学方面への興味に

繋がっていったのだろうと思う。。。

 

 

そう言えば。。。

あの有名な、『シークレット・ドクトリン』とかも、

その頃に読んだりした。。。

 

アインシュタインの愛読書だったと言われてる、

あの、本。

 

シュタイナーとか、アリス・ベイリーなんかも、

チラホラ読んだ記憶が。

 

 

 

けれども、今はもう。。。

 

それを「読んだ」という記憶しか残っていない。。。

 

本の内容とか。。。

すっかり、忘れちゃった(苦笑)

 

 

そうやって。。。

すっかり忘れてしまっているということは。。。

 

神智学系の知識の中には、私の中の何かを、

大きく揺さぶるようなものは。

 

多分、見つけられなかったのだろうな。。。と。

 

今は、そう思う。。。

 

 

そしてこれは、、、

神智学系の本を読んでいた時期からは、

また、随分月日が経ってからのことだったけど、、、

 

神智学も結局は。。。

 

インド哲学とかチベット仏教とか。。。

そういう、伝統的なところにその源泉がありそうだな。。。

 

なんてことも、だんだんと解ってきて。

 

 

古いものの焼き直しだったんだね。。。と。

そう思った。。。

 

でも、これって何も、神智学に特化したことではなく。

いろんなところで、そういうものを発見したりして。。。

 

だから、思ったんだ。。。

 

 

まだ、保っておく必要のある知識。。。

その知識がまだ、人類に必要とされているのであれば。

 

それは、時代にあわせてアップデートされながら、

手を変え品を変え、受け継がれていくのかもしれないな。。。

 

・・・と。。。

 

 

そして、こういうのって多分。。。

 

人間の頭では計り知れない、、、

もっともっと大きなところで。

 

「何か」が動いているのだな。。。と。

 

 

********

 

 

私は。。。

 

読んだ本の細かな内容は、

いつも、すっかり忘れてしまう。。。

 

けれどもこんな風に、、、

その知識と向き合った時に、自分が何を感じたのかとか、、、

自分が何を考えたり思ったりしたのか。とか。

 

そういうことは、やたらと

よく覚えていたりする。。。

 

 

こうしてあとになって思い返してみた時に、、、

記憶の中に色濃く残っているのはいつも。。。

 

「知識」よりも、「体験」のほうなの。。。

 

 

知識欲が旺盛だったあの頃。。。

 

知らないことを知ることに、

すごく、ワクワクしていたあの頃は。。。

 

そうやって、余計な脇道に逸れてしまって、

当初の目的を見失う。。。ということが、

よくあった。。。

 

 

けれども、今の私には、、、

あれは遠回りだったなと、そう感じるその道も。。。

 

あの頃の私にとっては、、、

必要な道だったのだろうとも思う。。。

 

 

********

 

 

肝心のアカシックについては。。。

いろいろ、調べているうちに、、、

 

「あぁ、なんか、これは違うな」と。

 

そう思い始めていた。

 

 

 

何で読んだかは忘れてしまったけど、、、

どこかの本かサイトに、アカシックに

アクセスしたという人の体験談が載っていたの。。。

 

 

そこで、体験者の人は、

こんな感じのことを言ってた。。。

 

 

アカシックには、「図書館」のようなものがあって、

そこには、宇宙の始まりから終わりまでの

全ての歴史が記録された、膨大な数の本があって。

 

そしてそこには、案内人みたいな存在がいて、

図書館を案内してくれて。。。

 

・・・云々。。。と。

 

 

 

私が体験したものは、、、

 

Nothing but Everything。。。

 

そこにはすべてがあったけど。。。

何もなかった。。。

 

 

そして、あの意識の中では、一瞬で、

全てが解るの。。。

 

すべてが、自分だから。

 

 

だからあれは、、、

アカシックのような「記録」というよりも、

「私」といったほうが、近い気がする。。。

 

 

アカシックの概念も、ただ言葉にすれば、、、

「すべてである私」に近い感じに聞こえるけど。。。

 

でも私には、、、

 

それが、まったく別物であることは、、、

すぐに解った。。。

 

 

そこに、「何か」があるという時点で。

それは、それではないのだから。。。

 

 

図書館云々は、、、

本来は単にエネルギーであるアカシックを、

体験者フィルターを通してみたら、そういう風に

見えたのかな?とも思ったけど。。。

 

 

でもそれ以前に、そこに。。。

 

「アカシックにアクセスしている私」が、

まだいたのであれば。

 

 

もうそれは、全然、違うもの。。。

 

 

なぜなら。

「全てである私」の意識の中では、、、

私は、「人間Lyrica」ではなかったから。

 

「人間Lyrica」としての私は、、、

すっかり、消え去ってしまっていたから。。。

 

 

 

アカーシャの記録。。。

アカシック・レコード。。。

 

 

この言葉を世に広めたブラヴァッキー夫人が、、、

何を指してそう話したのか、彼女の真意は解らない。。。

 

彼女はもしかすると、チベットとかインドあたりで、

伝統的に伝えられていた「何か」を。

勘違いしたのかもしれないし。

 

本当は、理解していたことを、、、

やっぱり、言葉でうまく表現できなかったのかも

しれないし。。。

 

 

でも、彼女の話を聞いた人たちが、

それを語り継ぐうちに、そういうヴィジョンを見る

人達も増えていったのかもしれない。。。

 

 

だってね。

この世は、ほとんどがそういう、、、

「思い込み」で創られているのだから。。。

 

 

そうやって、いつしか固まっていった

「アカシック・レコード」という概念。

 

 

今、一般的に「アカシック・レコード」だと

多くの人が考えているもの。。。

 

 

それが実際は、どんなものなのかは、、、

正直、私には本当のところは解らない。

 

だって。私はそれを、自分ではしっかり、

体験していないから。。。

 

 

けれども、もしかしたら。

そういう「概念」が広まっていき、多くの人が、

それを「認識」したことで。

 

それは今、この宇宙のどこかに、、、

現実に存在するようになったのかもしれない。

 

目に見える領域ではなく。。。

目に見えない領域に。。。

 

 

 

でもそれは、、、

今、一般的に言われている「アカシック・レコード」は、

あの時私が観たものとは、まったく別物。。。

 

 

「アカシック・レコード」ですら、、、

「すべてである私」の一部にしか過ぎない。。。

 

「アカシック・レコード」ですら。。。

幻想の一部であることには変わりない。

 

 

だから、私はそこには、、、

あんまり興味がない。。。と。

 

 

今はね。そう思っているんだ。。。

 

 

 

けれども、あの当時は、、、

今のこの「結論」が、自分の深いところの

どこかでは、もうすでに解っていたはずだけど。

 

まだまだ、それを、

自分の頭にちゃんとのぼらせてあげることが

出来なかったの。。。

 

 

だから、昔の日記には、こう書いてある。。。

 

 

「私は一体、何を知りたいのか。。。

でも、実はなんとなく、もう既に知っているような気がして」

 

 

・・・と。

 

 

アカシックの概念に辿り着いた頃の

「人間Lyrica」は。。。

 

その結論を出すには、まだまだ未熟すぎた。

 

 

だから私は、、、それから先もまだまだ。。。

探し続けなければならなかった。。。

 

 

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つづく