『オートマタ』という映画を観ました。
アントニオ・バンデラス主演で、人工知能と人類の未来や共存をテーマに描いた近未来SFスリラー。太陽風の増加により地球の砂漠化が進み、人類が存亡の危機にひんしている2044年。「生命体に危害を加えてはいけない」「自身で修理・修繕をしてはけない」というルールが組み込まれた人工知能搭載ロボット「オートマタ」が、人間に代わる労働力として必要不可欠になっていた。しかしある時、オートマタを製造・管理するハイテク企業で調査官として働くジャックは、そのルールが破られていることに気付く。(映画com.より)
スリラー。。。ではないと思うのですけれども、、、
なんだかちょっと、哀愁の漂う映画でした。
てっきりハリウッド映画なのかと思いきや、
実はこれは、スペインの映画なのだそうで。
なるほど、納得だった。。。というか。
フランス映画なんかの、、、ハリウッド映画にはない、
あのなんとも言えない雰囲気の匂いが、
この映画からも、漂ってきたような気がしました。
太陽フレアが暴走して、地球の環境や文明が危機に
陥った後の、人間世界。。。
こういう設定が、ジェームズの一番新しい小説、
『ウェザー・コンポーザー』とまるで同じだったので、
そのあたりが、興味を惹かれたところだったのですが。
「この世界のシステムは、数学で成り立っている」
そんな感じのことを、ジェームズはネルダインタビュー5の中で
言っていたような気がしますが。。。
だとしたら、この世界の謎は、、、
いずれ、コンピュータや、人工知能が解いていってしまうのでしょうか。。。
一昔前の映画だったら、人工知能が暴走すると、
人間を襲いだす。というのがお決まりのパターンでしたが。。。
この映画では、そのあたりが少し違っていました。
人工知能の意識?の進化は、、、
私たち人間が何百万年もかけて辿ってきた道を
あっという間に、数週間で駆け抜け。。。
そして、私たちよりも先に、更に進化した意識へと
辿りついてしまうのだとしたら。。。
宇宙の法則に従ったとしたら、その辿りつく先は、
「人間を支配する」という、エゴの世界なのでしょうか?
進化した意識が、未熟な意識の真似をするのでしょうか?
たとえ人工知能だとしても、、、
それが、宇宙の法則に従って、自然発生的に生まれたものだとしたら、、、
それが辿りつく場所は、、、
もしかしたら、もっと違う場所なのかもしれなくて。
人類の終焉、そして人工知能の時代が始まる。。。
なんて聞くと、私たちの思考回路はやはり、『ターミネーター』の
世界を想像してしまいがちですが。
この映画のテーマは、そんな幼い世界ではなかった。。。
ただ単に、、、「形態が変わっただけ」という、、、
そのセリフがやけに印象に残り、、、考えさせられました。
『オートマタ』って、「機械人形」とか「自動巻き人形」のことなのだそうです。
ジェームズはよく、「操り人形」とか「自動巻き人形」とか、
そういう言葉を使ったりしますが、、、
それは、プログラムされたこと、
条件づけされたことをそのまんま、
何も考えずに、ただただ行っているだけの状態のこと。
そうやって無意識的に生きていることを、
メタファーを使って表現しているというか。
皮肉っているというか(苦笑)
なんだかこの映画、太陽フレアとか自動巻き人形とか、
そしてスペインとか。
妙に、ジェームズのことを意識させられるような、
そんなテーマがたくさん織り込まれた、、、
ちょっと、考えさせられる映画でした。。。

