ウイングメーカーの物語は、、、
『現代の神話』であると言われています。
人が真実を捕まえようとすると、
真実はしばしば腕の中からすり抜けてゆく。
しかし、真実が物語の中に描かれるとき、
真実は人の心を捕まえる。
・・・と、ジェームズは言っていました。
神話には、たくさんの層があり。。。
そこには、多次元的な意味の広がりがあります。
ですので、同じ物語を読んでも、読み手側の深度によって、
物語のどの層にフォーカスするのかということも、変わってきます。
数年後に、同じ本を読み返したりすると、
以前とは違ったものが、そこに見えたりするのも、
そういうことなんですね。
小学生には大学生の教科書は理解できませんが、
大学生には小学生の教科書が理解できます。
自分が深まれば深まるほど、、、
感じ取れる層の数も、だんだん増えていくのです。
最初のうちは、神話の表面的な部分しか見えていなかったとしても、、、
自分の人生経験が増えれば増えるほど、
その同じ物語の中に、より深い意味を見出せるように
なってくるものです。
なぜなら神話の中には、私達人類の意識の元型的な物語、
成長していく意識、、、故郷へ戻ろうとする意識の辿っていく
旅の風景が、織り込まれているからです。
ただ単に経験を重ねるだけでなく、、、
自分の人生を、ひとつひとつ丁寧に生きていく。。。
それには、「観察者としての視点」を養っていくのが
一番だと、私は思っていたりするのですが。
自分の人生を、第三者としての、
観察者としての視点で眺めること。
つまりは魂からの視点で眺めるという、、、
その視点を養っていくために、
神話というものは、本当によいツールになってくれるな。。。と、
そう思っていたりします。
学生時代、、、神話にハマったことがありました。
でもあの頃は、神話の表面的な部分しか見えていませんでした。
カバラや占星術を学ぶことによって、、、
神話のより深い側面というものが、どんどん見えてくるようになりました。
そういった理解が徐々に深まっていった後に、
ジェームズのあの言葉。。。
「ウイングメーカーは、現代の神話である」という言葉を再度読んだときは、、、
「なるほどなぁ。。。」と。
しみじみ、そう思いました。
じんわりと、納得するものがありました。
そしてこの、「じんわり感」が起こる前は、、、
自分はただただ、それを頭で分っていただけだったのだな。。。
・・・ということも、その時同時に理解したのでした。
こういう経験を重ねていけば、人は自然と謙虚になります。。。
なぜなら、、、
自分は本当は、分っていないのだ。。。
・・・ということに、しみじみ気づくからです。
そして謙虚に、、、その道の先人たちの言葉に、
耳を傾けられるようになっていくのだろうと思います。。。
最近久しぶりに、ジョセフ・キャンベルの名前を目にする機会があり。。。
昔読んだ、この本を読み返していたりしました。
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こういうお話、大好き。
この本も、昔、夢中になって読んだ記憶があります。
でも今だと、YouTubeでそのまんま観れるようです。
便利な時代だなぁ。。。ホントに。
