誰が軸
唐突な話だが、、、
努力は自分で感じるものなのか?
それとも
他人が感じるものなのか?
小生思うに、
努力は他人が感じるものであり、
当の本人にしてみると、端から見る
より案外、楽しんで やっていることの
ケースが多い。
だからもし、何かのはずみで
「努力」しているのに何故?
と上手くいかない状況を憂えて
自分自身そう思うような事が一瞬たり
とでも頭を過(ヨギ)るようなことがある
ならば、
是非、一度自分に問いかけてほしい。
誰が努力したと判断したのか?!
と。。。
自分軸は、基本、自分に甘い!
だから、常に他人軸に耳を貸せ!
自戒の念もこめて、
そう思う今日この頃である。
田舎者
どうでも良い話だけど、、、
このGW期間中は、車に乗る機会が
やたら多く、
関東近郊をあっちこっち行くことが
多かった。
そこで、ラジオから流れてくる道路
情報を聞きながら、
カーナビと相談しつつ進路を決めて
いた訳だが、、、
あの渋滞情報で言う“上り”とか
“下り”とかって、
どうにも直感的に、頭へすっ~っと
入ってはこない(><)
だから何だ?
と思うかもしれないが、
何か、東京を中心にした表現方法が
何だかな・・・
と田舎者が思う今日この頃である。
※道路・自動車豆知識館 【道路の上りと下りの定義】
http://road.kh23.com/info/archives/2005/12/post_1.html
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自分は自分
他愛無い話だが、、、
1~10まで自分の高さがあって
例えば、
4の頃の自分と出会った人がいて、
その後、
その方とはしばらくご無沙汰となり、
その間、自分は4→8まで高くなった
のだけど、
それから、下がり基調となり8→6に
なって、、、
その頃になって、久しぶりに4の頃に
出会ったその方と再会すると、
その方からは、4→6にしか見えず、
相変わらず、頑張ってるねぇ・・・と、
当人の認識とは違う印象を持たれる。
逆で、6の頃の自分と出会った方がいて
その方とは、しばらくご無沙汰となり、
その間、自分は6→4まで落ちる出来事
があって、
これじゃヤバイと、気合入れて頑張って
踏ん張って、
何とか6→4→6まで戻した、その頃に
ご無沙汰なその方と出会うと、
相変わらず、変らないね・・・と、これまた
当人の認識とは、全く違う印象を相手が
頂いてしまう。
まったく、こちとら必死になって
現状維持を頑張っているのに・・・
って、まっもう良いか!
他人がどう思うかは、他人が決める
ことであって、自分ではどうにも
ならない訳で、、、
とにもかくにも自分は、自分!
そう思う今日この頃である。
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