フルーチェ
唐突だが、、、
小学校2~3年生の頃、
フルーチェのいちご味に
ハマッた時期がある。
だから、夏休みとかになると、
もう毎日、毎日、フルーチェを
作っては、3~4人分を一人で
ペロリと食べあげていた。
それみた親も、
よっぽど好きなんだろう~と、
毎日、毎日、フルーチェを
買ってきてくれた。
だから、もう毎日、毎日それを
食べ続けた結果、
最後には、あんなに好きだった
フルーチェが好きではなくなった
苦い経験がある。
ところで、
昨今、若いうちは「好きなこと」
を見つけ伸ばして育てよう!
そんな風潮が若手社員を預かる
教育現場には、ある気がする。
もちろん、
それはそれで、おおいに結構な
ことであるが、、、
このフルーチェみたく、あまり
好きなことばかりやっていると
結局、好きではなくなることも
あり得る!
と言うことを知っておかねば!
要するに、
好きでないこともバランスよく
経験させることが重要では?!
そう思う今日この頃である。
今週のGood&New20090308
今週を振り返ってみて、学んだこと
と言えば、
何であれ、どうであれ、
『ひとつ一つの言葉は全て重い』
って、ことかな。
ホント何気ない一言のつもりが!!
なんて話は、もう有り得ない話で
発言の一言ひと言が真剣勝負。
のはずが、、、
時が経つにつれ、
だんだん言葉が増えていくと、
つい余計なひと言が出そうになる。
ん?!
いや、出てしまう(--;)
だからと言って、
発言するのがリスクか?
と言うと、そう言う訳でもない!
発言するからこそ、得られること
分ることが、たくさんある訳で・・・
要するに、
意識して、集中して発言しろ!
って、ことかな。
もちろん、、、
全てにおいて、そうであることが
どれだけ難しいことか?!
百も承知だが、、、
これぞまさに、日々精進である。
やってもうた
唐突だが、、、
何かトライしていて、
その結果がダメだったとき、
口癖で、、、
「失敗した・・・」
と言っている人と、
「勉強になった・・・」
と言っている人では、
どちらが、その後の人生において
活きてくるのだろうか??
ちなみに、小生は、
割りと意識している状態だと
「勉強になった・・・」
で、
結構、素でいる状態だと、
「失敗した・・・」
と言っているような気がする。
あっ
「やってもうた(><)」
も、あるかな・・・
って、
だから、何だ?
と言われると、そこに何もないのだが、
要するに、何か過ちを認識した時って、
人は皆、どんな口癖を持っているの
だろうか?!
ふと気になった今日この頃である。