血塗ラレタ日記 -14ページ目

血塗ラレタ日記

阪神タイガース、ブラアラキ、メタル

年末年始ブラアラキの続き

 

1月2日

 
和歌山県は高野山金剛峯寺の壇上伽藍と本坊と見て来て

奥之院へ

 
車は最初、本坊近くの駐車場に停め
 
車で約2.7km離れた奥之院入口前の駐車場へ移動
(徒歩だと約35分)
 
奥之院は広大な境内の東端にあり
 
弘法大師(空海)は835年に入定後、奥之院の更に奥の霊廟で現在でも禅定・瞑想を続けていると考えられておる
 
つまり弘法大師は今でも悟りの世界で生きているという事
 
よって「死去」とは言わず「入定」
 
 
上の写真は駐車場の目の前
 
本来は壇上伽藍・本坊から境内の参道が続いているんだけども
 
今回は駐車場前の入口から参道を進むと

押印所

 

お守りや御札などはこちらで貰えるよ

 
そして、その奥に屋根が見えるのは御供所と言って、弘法大師への食事・供えを準備する場所
 
もち、肉や魚を使わない精進料理
 
パスタもあるそうなw
 
 
その先には・・・

御廟橋

 
ここを渡ると弘法大師がいらっしゃる御廟(霊廟)が建っておる
 

奥に見えるのは灯籠堂(1964年建立)

 

更にの奥に御廟があり

 
そこが弘法大師が入定し今もいらっしゃる場所
 
この橋から先は聖地の中の聖地ゆえに撮影禁止
 
 
灯籠堂、御廟に参詣後

駐車場からではなく本来の参道を逆方向へ

 

奥之院参道は「墓域」と言われ

 

皇族をはじめ、時の権力者、戦国大名、近世大名、芸能人、企業など、更に名もなき一般人の墓碑が当人達の本来の宗派に関係なく建っており

 

その数はおよそ10万~20万基

 

ちなみに全国の大名家の42%以上、110家の大名の墓所があり、大名の石墓だけでも約2000基程あるそうな

 

(この地に建つ墓碑は供養の為で、実際にこの地に埋葬された訳ではない)

 
 
そんな訳で、ここからは見つけられた範囲で数々の大名の墓碑
播州赤穂四十七士

 

安芸浅野家

 

結城秀康

 

筑前黒田氏

 

浅野内匠頭長矩

 

加賀前田家

 

久留米有馬家

 

奥州白河丹羽家

 

明智光秀

 

見つけられなかったけど、織田信長の墓碑もあるのよ

 

石田三成

 

徳川宗家の大きな霊台は本坊の北側に

 

薩摩島津家

 

伊達政宗

 

武田信玄・勝頼

 
この武田親子前の参道を挟んだほぼ向かいには

上杉謙信

 
ブラタモリでもここが登場し「現在でも川中島合戦をやってるのか」とwww
 
 
これら多くの大きな墓碑は江戸時代までは地位の高い人しか許されず
 
庶民は一石五輪塔と言われる五輪塔に見立てた小さな石を建てたり木々の元に置かれておるよ
これが一石五輪塔
 
一緒に行った○ーじさんと、いつも冗談で「俺達もここに一石五輪塔を置こうぜ」言い合ってるww
 
 
もっと沢山の大名・有名人の墓碑があって見れたのはほんの一部

暗くなってきたし、何より時折雪が降ってきたりで寒くて寒くて

 

入口の外に戻って来た時には結構な雪が(白目)

 
以上で高野山は終了!
 
 
その後、和歌山を脱出し
 
大阪を抜け、途中阪神高速で真横にある甲子園球場を通り
 
神戸を過ぎ

明石海峡大橋へ!

 
淡路島へ渡り

神戸淡路鳴門自動車道の淡路SA

 
2023年6月以来、2度目の上陸
 
前回は寄る事ができなかった淡路SAだけども

観覧車があったんかw

 

明石海峡大橋も見渡せる素敵な場所であった(ノ^^)ノ

 
SAで一休みした後は、淡路島を一気に縦断し

鳴門大橋を渡り

 
一気に四国へ
 
ワイ、四国初上陸です(照)
 
香川県高松市を過ぎ、この日は丸亀市に宿泊

 

高野山から約4時間30分(約300km)

 

おつありでした!

 

 

次回、ラスト