人生という舞台で”自分” を 自由に放ちましょう! -6ページ目

人生という舞台で”自分” を 自由に放ちましょう!

〈タニーのブログ〉へ
ようこそ、お越しいただきました!

人は食べなくても生きられる、と聞いて
どう思われるでしょうか?

以前の私でしたら、食べないで生きられる
と聞いても、とても信じられない話でした。


ところが先日、山田鷹夫さんの
「不食~人は食べなくても生きられる」
「不食実践ノート」

この2冊の本を読んでみたところ、
1日2食でも多いと思っていた
今の私には、

食べないということが普通のこととして
頭に入って来たのです。


そこで無理をせずに、再び1日1食から
試してみる気になりました。


自分の身体の声に従いながら、今日で
6日目に入っていますが、

2度目の1日1食の挑戦ですので、
だいぶ身体も慣れて来たところです。
なぜ人生に苦悩というものがあるのか、
少しわかったような気がしました。

先日「僕のコンチェルト」というスイス映画を
観ました。

12歳の天才少年、ヴィトスの苦悩と希望を
描いた映画でした。


両親の期待の重圧や学校と馴染めないことで
葛藤するヴィトスは、叔父との心の交流を通して、

普通児を演じたり意外な展開にワクワクして
観ていました。


また天才少年が各場面で弾くピアノで私は
リストのハンガリー狂詩曲第6番や

最後のシューマンのピアノコンチェルトは、
素晴らしい演奏でとても感動しました。


苦悩する中でこそ希望も見い出せることを
改めて知るキッカケにもなった映画でした。
改めて山田鷹夫さんの本「不食~人は食べなくても生きられる」と
「不食実践ノート」を読みました。


今回、読み返してみて、不食が当たり前のこととして頭に入って来
るのでした。

また人間は肉体だけの存在ではないことが、不食で体験できること
を知り、ぜひ試してみたくなりました。


しかし、無理をせず気楽に、まず1日1食を楽しみながら進めたいと
思います。

誰に頼ることもなく、自分の身体とお腹の声に従ってやって行けば
間違いなく達成できそうです。


時として食べることがあっても構わないし、食べないことだけにこだ
わるのもどうかと思います。


そこで今日から1週間、1日1食だけでやってみて、その後、3日間の
休憩を摂ることに決定しました。
先日のお昼前、出張販売に行って来ました。小雨が降る中、出かけて
行ったのですが、野菜や梨などほとんどが完売しました。

何も案じることもなく終わりましたが、心の片隅に天候不順による
若干の不安を抱えていたのも事実でした。



これまでの習性でちょっとした不安材料があると無意識に先を見越し、
どうしようと取り越し苦労をすることがまだあって、

どうしても肯定できないところに目が向いてしまうのでした。


そして、この間までは直売所やパンの日々の売上のいい時や芳しくない
時など、その時々で一喜一憂していました。



でも実際は、全体として望ましい方向へ向かっているのは間違いはなく、
後はただ私自身がそのことに確固とした揺るぎない信念を持つことだけ
なのです。


気になっていた未入金の取引先から昨日、連絡が入っていて今月中には
振り込んでいただけるとのことでした。


全面的に信頼することの偉大な力を徐々に実感しています。
手元にダグラス・ハーディング氏の「顔があるもの、顔がないもの」
という本があります。

この本に出合ってから、肉体でない私という存在はどこにあるのか、
目が向くようになりました。


一つにはいま頭があるところに、もう一つはこの世界を包み込むもの
があるとしたら、それがあるところに私もいるように思うのです。



私自身というのは、この身体を含む、世界そのもののような気がして
います。

私がどこにいるのか、そのことに今まで気にしなかったのが不思議な
くらいです。

私の本体が、この小さな身体の中に収まっているとは到底思えないの
です。

目に見えるとしたら、たぶんとてつもなく大きいか、そこかしこに偏在
しているものかもしれないのです。



いずれにしても周り人や状況がどうであれ、一番大事なことは、私自身
がどうであるのかということでした。


今も自分の現実を創り続けている、この自分の価値を信じ切ること。
この態度をどこまでも貫くことが重要だと思っています。