幼稚園とか小学校の頃って、教員に言われる通りに、何でもしていました。
私がというより、みんなそうでした。
今思うと、不可解なことが、多々あります。
そんなことの中で、最近、しばしば頭をよぎる事を、書いてみます。
私の小学校は、明治時代にできた、公立校でした。
私が6年生の頃が、創立99周年で、卒業後の翌年が100周年でした。
私たちが6年生の頃に、「創立100周年の歌」ができました。
その歌の練習を、当時の5年生と6年生が、させられました。
それも、一回や二回ではなく、かなりの時間を費やしました。
6年生の間では、創立100周年の時には自分たちは居ないのに、なぜ「創立100周年の歌」の練習をさせられるのだろうと、囁き合っていました。
同級生の間で囁くだけで、だれも教員に質問しませんでした。
当時は、現在よりもはるかに、
「学校へは行くのが当たり前」
「教員には従うのが当たり前」
という考えが強く、私もその考えの是非さえ、気にしていませんでした。
「創立100周年の歌」の練習を、卒業間際まで、かなりの時間を費やして行いましたが、私たちがその歌を歌う場は、ついにありませんでした。
練習を重ねるだけで、発表する行事がないまま、卒業しました。
「創立100周年の歌」の練習は、無駄でした。
6年生の卒業後に行う、創立100周年イベントの歌を、6年生に練習させることが無駄であることは、ちょっと考えれば分かることです。
なのに、何故、6年生が歌の練習をさせられたのか、謎です。
教員の間で、何か、役人的なロジックでの判断があったのかなあと、想像するしかありません。