価値観 | arisionのブログ

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思いついたことを書いています。
思いつかないと書かないので、更新は不定期です。

私の父は、学生の頃、懸命に勉強した人でした。
私が物心ついて以来、何度となく、家族に向かって学歴自慢をしていました。
初対面の人にも、時として、自分の学歴を話していました。

父の価値観で強烈なのは、頭がいいことと、お金がある事だったものと思います。
父に確認すれば、否定するかもしれませんが、私の客観的な感想です。

母の事を、頭がいいと言っていました。
だから、母の事は気に入っているようです。
動物の評価でも、例えば
家で飼っている猫に対して、「この猫は頭がいい」とか、
水槽の中の魚に対して、「この魚は頭がいい」などと、言っていました。
一般的には、猫に対しての評価は、「かわいい」だと思います。
ただ、子供は、自分の親以外の大人を、ほとんど知りません。
なので、子供の頃は、不自然さに気付きませんでした。

子供は、特に小さいうちは、親の価値観を押し付けられます。
私は、小学校の低学年の頃から、宿題以外の勉強を、親に強要されていました。
その頃の私には、親に逆らうという発想がありませんでしたので、嫌だと思いながらも、強制された勉強をこなしていました。
クラスのみんなが見ている楽しいテレビ番組を見せてもらえず、クラスのみんなが読んでいるマンガ雑誌も禁止されていました。
中学校を受験して、「親の志望校」に合格しました。
私が受験を希望した中学校は、親の意にかなわなかったので、受験させてさえもらえませんでした。

私が中学校に入って、父もいくらか満足したようで、勉強を強要する圧力は小さくはなりました。
しかし、相対的に小さくなっただけで、圧力は大学を卒業するまで続きました。

小学生の頃は、自分の考えを親に上手に説明することが、できませんでした。
例え説明できたとしても、頭ごなしに否定されていたとは思いますが。
なので、自分の価値観を尊重した生活ではありませんでした。
私は、平和であること、平等であること、他人や動物に優しくあることが、大切だと思っています。
これらの気持を、全面的にではないにしろ、親に否定されていました。

自分が子供を育てる立場になってからですが、時として、父親が私に言ったことを、私が子供に言っていることがあります。
後から気付くのです。
いつの間にか、親の価値観を、自分の価値観と勘違いしていることがあるのです。
あとから、子供に済まない気分になります。
子供に済まないと同時に、とても嫌なことです。
家内も同様で、自分が小さいころに親に言われていやだったことを、子供に言ってしまうことがあります。
親から押し付けられた価値観って、強烈なんだなと思います。

子供にとって、親は、圧倒的な存在であるからこそ、子供の気持をよく聴かなければいけないと思います。
そうは思いつつ、子供の気持をよく聴くことは難しいとも思います。