内館牧子さんの朴報と「迷惑な終活」
昨日の新聞記事で内館牧子さんの朴報を知った。ちょうど彼女の小説「迷惑な終活」を読み終えたところなので、朴報に驚いた。「今度生まれたら」と「老害の人」は読んだ後でドラマ化され、楽ませてもらった。もう、内館さんの作品を読めないんやと思ったら残念ご冥福をお祈り申し上げます「迷惑な終活」(2024年)は予約者が多くて、やっと借りることができた。表紙絵、インパクト強すぎ(笑)小説の主人公は75歳で妻と年金暮らし。妻は終活を勧めるが、受け入れない。「終活」とは、自分が人生でやり残したことをやること。奇想天外な展開で、一気に読み終えた。この本の「あとがき」に内館さんの思いが込められていると感じたので一部を抜粋させていただきます。ここ十数年で「終活」「エンディングノート」「断捨離」という行為が、一気に広がった。共通しているのは、「終活」は決して後ろ向きなことではないという考え方だ。たとえば自分のラストシーンを思い、延命治療の肯否から死後の事務処理等々を、前もって家族などに伝えておく。自分のよりよき死後をデザインし、伝えておくことでこそ、今後の人生を安堵して開放的に生きられる。とても前向きないいことなのだ。シャレコウベが目の前にぶら下がっていては、確かに終活もリアルすぎる。私は「終活」の嵐を同調圧力と思うことがあった。「みんな少しは、やってるよ」「やらないと遺族が苦労するよ」「自分自身のためなんだよ」と、サァサァサァとけしかけられる。そんな中で思った。本来、「終活」というものは、自分の人生に自分でケリをつけることではないかと。(「あとがき」より)