最後の言葉として読ませていただいた
先日、佐藤愛子先生の朴報を知りました。先月半ば、先生の本を予約した時は、ご存命でいらっしゃったのに、手元に届いた時には天国へ謹んでお悔やみ申し上げます(__)去年の初めに出版された本で、最後の言葉として、読ませていただいた。「老いはヤケクソ」第1章から3章までは、100歳インタビューの中から再構成。第4章は、先生の家族や師、相棒たちのエッセイ。第5章は、物書きを志した当時の心境や話題作など。第3章の「我慢しない」が信条より少しだけ抜粋させていただきます。ー自然体で生きるのは楽ーばあさ んになると、あっちこっちに気がいってたのが、どうでもよくなる。年を取ると、甘えても許されるっていう境地なんですよ。ありのままを人に見せることができるのは楽ですよ。相手もありのままに話してくだされば、私もありのままで対すればいい。昔の自分と比べたところで、これがいまの私だからしょうがない、許してくださいと。自然体で生きるっていうのは楽ですよ。ー生きているあいだに喜怒哀楽の感情は整理したいー死に方を自分で選ぼうなんていうのは贅沢ですよ。戦争で散った若い人たちのことを思うと、自分がこんな死に方をしたいと考えることすら申し訳ない気がします。もともとお金やモノには執着がないので、そっちは問題ありません。ただ、生きているあいだに喜怒哀楽の感情は整理しておきたいと思っています。悲しかったりつらかったりするのは嫌ですから。それにはもう少し修行が必要かもしれませんけどね。死ぬってこの世からいなくなることでしょ。すっきりして気持ちいいじゃない。(「老いはヤケクソ」より)