長編小説「思春期白書」 39~もう1つの自由研究~ | 「空虚ノスタルジア」

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「宿題?ほとんど終わったけど、自由研究と読書感想文がまだ残ってるかな」

 

思わず僕はカレンダーの日付を確かめた。

7月31日。

まだ7月…だよな?カレンダーの捲り忘れとか…んなわけないか。

 

「でも、丸写しはダメだよ。宿題は自分でやらなきゃ」

「ひでーな。血も涙もない」

「太一のためだよ。自分でやらなきゃ身に付かない」

 

FIELD OF VIEWの「突然」のCDをセットしながら、公平は最もなご意見を放った。これじゃまるでドラえもんとのび太くんの関係性だ。実際、公平を説得する方法へ思考は傾いている。8月31日に泣き付くのがベストだろうか?

 

「そういや、太一は自由研究何にしたの?」

 

「捗ってない」と言いそうになり、軽く咳払いをした。公平の言う「自由研究」はもちろん夏休みの宿題のことであり、もうひとつの「自由研究」じゃない。当たり前だけど。

 

「決めてない」

 

「突然」が使われているポカリスエットのCMを過ぎらせ呟くと、公平は意外なことを口にした。

 

「それならいっくんに相談したらどう?実はね、僕もいっくんに相談したんだ」

 

唐突な「いっくん」に目を丸くする僕に構わず、彼は勉強机から1冊のスケッチブックを取り出した。1枚目のページには「僕と世界の年表」と太字のマジックで書かれている。

 

「1983年、僕が産まれた年から今までの出来事をまとめようと思って。例えば、東京ディズニーランドがオープンしたのも、ファミコンが発売されたのも1983年。幼稚園入学、小学校入学、その頃に流行ったものや世界情勢、バブルが弾けたとかさ、印象的な出来事を照らし合わせると面白いんじゃないか、って。もちろん、ざっくりした感じにはなるけど、図書館なら色々調べられるし、涼しいし、昨日も行ってきたんだ」

 

…自由研究ってこんなんだったっけ?カブトムシやクワガタを捕らえるとか、朝顔の観察日記とか、どうも僕と彼の「自由研究」の認識には差があるらしい。いや、僕が小学生気分なだけかもしれないけど。

 

「ちなみに…」と、本棚から取り出したカミュの「異邦人」に僕は完全にトドメを刺された。題名くらいは知っているが、こんな海外の本を読書感想文の題材にするとは…「異邦人」という言葉の意味すら知らない僕からすりゃ、もはや異次元的な世界である。

 

「ちょっといっくんに電話してみるよ」

 

その一言に思わず「まさしく突然だな」と、発した。だけど、夏休みに突入してからもいっくんのことは心のどこかに在って、前回と同じ…いや、前回以上の騒めきを覚えた。ただ、騒めきは寄せては返す感情の波、消極的とまでは言わないけど、僕は若干、シビアな視線を電話口の公平に向けた。

 

 

実は2日ほど前、僕はクリリンの家に招かれ、BL雑誌を目にしたのだ。もちろん、その為に招かれたわけじゃない。皆で出掛けたときに撮った写真の焼き増しを渡すこと、それから、彼女の妹が僕に会いたがっていることが理由だった。妹の理沙子は小学校4年生、彼女もまた、登校時の班が同じだった。6年生が僕しか居ないってことで去年、班長をやらされたが、彼女は実に協力的で、下級生の喧嘩を止める役割も担った。まあ、僕が頼りない分、しっかりせざるを得なかったのだと思うけど。

 

相変わらず騒々しい理沙子の近況をリビングで一通り聞くと、クリリンは僕を部屋に招いた。理沙子はよからぬ想像を口走ったが、小学生の頃、何度かここに訪れたことがあるし、関係性的には幼馴染みたいなものだ。とはいえ、キシモン先輩にバレたら確実に殺される。だから僕は「誰にも言わないでよ」と、何度もクリリンに念を押した。ユリちゃんにも桑原にも田村先輩にも。瀬川くんなどもってのほかだ。

 

飾りっ気の無い白と黒が7:3を占めるクリリンの部屋、目に付くものと言えばベッドの枕元に置かれたキティちゃんのクッションとスヌーピーのぬいぐるみくらいだ。そういや、ユリちゃんも「スヌーピーが好き」って言ってたっけ。彼女がぬいぐるみを抱いて寝る様は非常に絵になる。桑原だったら吐き気を催すけど。

 

「適当に座って。飲み物持ってくるわ」

 

壁際にもたれ掛かるように座ると、クリリンの居ない隙に部屋を見回した。テレビの隣に置かれた本棚、殆どがコミックサイズの少女漫画だ。背表紙のタイトルをひとつひとつ追うのは途方もない作業だが、彼女の言葉が本当なら、どこかにBL本があるに違いない。

 

しかし、コミックのタイトルからBL本を炙り出すのは至難の業だった。アニメイトで雑誌とともにユリちゃんが買ったコミックは「不完全恋愛マニュアル」、桑原は「いつか好きだと言って」、タイトルだけじゃそれがBL本だとは分からない。BLを知らない人間からすりゃ、単なる少女漫画としか思わないだろう。だからこそ堂々と本棚に並べられると桑原は豪語してたが、こっちにとっちゃいい迷惑だ…雑誌に的を絞ったのもコミックじゃ区別が付かないからである。

 

結局、見付けられないままクリリンが戻ってくると、僕はあのときのキシモン先輩を浮かべた。下手にコソコソするより堂々とした方が単に好奇心旺盛ってだけで済むのではないか?BL雑誌購入に失敗した今、これはまたとないチャンスだ。

 

こんな勇気は違うことに振り絞ればいいのに…辟易しながらも、僕はオレンジジュースに口を付けるクリリンの横顔に腹を括った…

 

 

「兄弟の面倒見なきゃいけないからここに来るのは無理だけど、いっくんの家なら大丈夫だって。それでいい?」

 

どこか浮足立ったような公平の声に僕は我に返った。今更断る理由も無く、「もちろん」と、頷くと彼はまた電話口に走り、出掛ける支度を始めた。そりゃ、嬉しいさ、待ち望んでいたのも確か。

 

だけど、曇りがちな胸中は不安と不穏を隠せない。

 

せめて、クリリン宅への訪問と順番が違えば、無邪気さを存分に発揮出来ただろうに…

 

 

(続く)

 

 

 

 

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