前の記事の続きでございます。

 

■12月30日(木)■

 

[07:00] スーパーホテル松山で起床

[07:10] スーパーホテル松山で朝食

 

[10:00] スーパーホテル松山をチェックアウト

 

松山市内をブラブラしました。

松山中心部の街並みを見ると、熊本市街地と非常に似ているように思いました。

 

松山は、松山城下を路面電車が走っています。

そして路面電車のそばに大きな商店街があります。

「大街道」と「銀天街」という2つの商店街が連なっています。

※赤い部分が商店街

 

熊本は、熊本城下を路面電車が走っています。

そして路面電車のそばに大きな商店街があります。

「サンロード新市街」「下通」「上通」という3つの商店街が連なっています。

※赤い部分が商店街

 

松山市街は栄えています。

熊本にはないような高島屋や三越といった大手百貨店があります。

都市の機能が上記画像内にギュッと集約されているように見えました。

(行政施設なども然り)

 

その反面、前日に立ち寄った今治市はサビれていたように思います。

人口について気になり調べてみたところ、今治市のホームページに資料がありました。

以下、上記ページ内に掲載された人口についての資料からの抜粋です。

こちらのデータはやや古いものですので、最新のデータも調べてみました。

・松山市の住民基本台帳人口:507,344人 (令和3年12月1日現在)

・今治市の住民基本台帳人口:155,422人 (令和3年3月31日現在)

 

と、ここまで無意識に調べて文章を続けようとしてしまっていたのですが、この記事ではそのようなことを書きたいのではありませんので切り上げます。

熊本も都市部はガンガン開発されてるけど地元の市はどんどんサビれてるなぁ、みたいなことを書こうとしてしまいました。

もっと、だらぁ~っとしたことを書くように心がけます。

 

[10:57] 松山 鯛めし 秋嘉 本店

 

松山では鯛めしを食べたいと思っておりましたのでお店を探しました。

多くの飲食店は11:00開店のようです。

このお店には開店ダッシャーの行列が出来ていたので並んでみました。

11:00に入店が始まり、ギリギリなんとか1周目にエントリーできました。

 

 

 

 

鯛めしは、大きく分けると2つに分類されます。

一つは、いわゆる一般的な鯛めしです。

米を炊く際に、まるごとな鯛を同時に炊き上げたものです。(もちろん味付けも行います)

もう一つは、宇和島鯛めしです。

鯛のお刺身を白米の上に盛り、そこに醬油ベースのタレと生卵、薬味等をかけたものです。

私は宇和島鯛めしをいただきました。

テキトーに盛って食べましたが非常においしゅうございました。

想像していたよりもタレがさっぱりしていてクドくありませんでした。

メインではありませんが、揚げたてのサツマイモの天ぷらが超絶美味しかったです。

サツマイモは人を幸せにします。

 

今回の旅で食べるべきもののノルマは達成です。

 

[12:21] 松山市駅で伊予鉄横河原線に乗車(¥500)

[12:47] 見奈良駅に到着

 

[13:05] 坊ちゃん劇場に到着&チケット購入(¥3,900)

[13:20] 坊ちゃん劇場に入場

[14:00] 舞台「ジョン マイ ラブ」上演

[16:40] 坊ちゃん劇場を退場

 

※観劇については別記事に記載予定

 

[17:17] 見奈良駅で伊予鉄横河原線に乗車(¥500)

[17:43] 松山市駅に到着

 

[18:30] スーパーホテル松山へ帰還

 

観劇でエモーショナルになりすぎてメンタルが疲れたためホテルへ戻りました。

この日も数件のスーパーを回ってなんやかんや質素な晩御飯を購入しました。

遠方へ行った際は現地のスーパーが気になります。

そして見たことのない商品を購入してしまいます。

 

 

 

道後ビールです。

栓抜きがありません。

10円玉で開けようと思いましたが開けられませんでした。

調べてみたら瓶ビール同士で開ける方法が見つかりましたが開けられませんでした。

通常の瓶ビールと比べると、ちょっと変わったタイプの栓に見えました。

ホテルのフロントへ行きました。

あり「すみません、瓶ビールの瓶抜きってありますか?」

スー「あー、はいはい、少々お待ちください」

借りることが出来ました。

"瓶ビールの瓶抜き"という謎のワードを使ってしまったのですが伝わったようです。

言葉ってすごい。

 

 

「紅まどんな」です。

前日にスーパーへ行ったときは698円でしたので、いったん購入を控えました。

この日は"広告の品"となっており498円でした。

ビビりました。

これは道具を使わずに手でやっつけることが出来ました。

ラベルに記載されている通り、ゼリーのような食感です。

じゅ~すぅぃ~(CV.田村ゆかり from おとぎ銃士赤ずきん)です。

ビビりました。

これは食べておいてよかったです。

松山では「まどんな」という言葉がよく使用されているような感じがしました。

 

おやすみなさい。

 

■12月31日(金)■

 

[08:00] スーパーホテル松山で起床

[08:30] スーパーホテル松山で朝食

 

 

スーパーホテル松山では、宿泊するとデフォルトで朝食がついてくるようです。

今回の宿泊費は2連泊で¥10,000以下でしたので、金額的にも朝食代が上乗せされているような感覚ではなかったです。

聞いた話によると、スーパーホテルは各ホテル毎の支配人に運営が任せられているとのことです。

つまり、サービスは一律ではなく各ホテル毎に異なります。

調べてみたら、このページに詳しく記載されておりました。

何人の従業員を雇うのかから任されており、どのようなサービスを行うのかも異なってきます。

その先にはちょっとした闇が待ち構えており、、、

・・・私はまだ生き続けたいので、この話はここまでにしておきましょう。

スーパーホテル松山は非常にサービスが良かったです。

書いておりませんでしたが電子レンジも使用できました。(1Fにあり)

人のよさそうな支配人、無理してないといいけど・・・

(あの方が支配人なのかは知らんけど)

 

[09:30] 松山城

 

坂の上の松山城へ行きました。

なかなかの高度で、お城へ到達するまでに体力が奪われました。

 

 

 

遠くの海沿いに見えるタンクが気になりました。(お城と関係ない)

どうやらガスの貯蔵タンクのようですね。

私もガスになって彷徨いたい。

 

 

お正月ムードです。(そういえば大晦日だった)

早い時間でしたが、人が多かったです。

 

※お城の内部は割愛します

 

天守閣の最上階から四方の景色を見渡すことが出来ます。

 

 

路面電車のある風景。

 

 

東温市方面。

坊ちゃん劇場はギリ見えません。(左手前の山の裏あたりかな?)

 

 

 

 

サイボーグな一面もありました。

 

さよなら、松山城。

 

[11:00] 市内アーケード散策

 

 

 

 

----以下、wikipediaの「労研饅頭」のページより引用----
直径10センチメートル前後、重さ60グラム前後の、小ぶりで甘みのある蒸しパン状の菓子である。小麦粉をこねた生地を酵母で発酵させ、蒸し上げたものである。形状は種類によって円盤状のものと、楕円形のものがある。生地によもぎやココアなどを練り込んだものや、豆類や乳製品を入れたもの、中に小豆餡を入れたものもあり、種類も豊富である。太平洋戦争前から続く製法で作られており、素朴な味わいで、地元の一部の人に根強い人気がある。
----引用ここまで----

 

労研饅頭。

とても目立つ位置にお店がありましたので、思考停止で何も考えずに購入しました。

バター風味のヤツをいただきました。

あんまんの"まん"の部分のみの食べ物です。

〇〇あんと記載されたものは"あん"が入っているのだと思います。

私は肉まんを食べるときに"まん"の味をかみしめながら食べますので、"まん"のみの食べ物があることに驚きました。

ホカホカの"まん"は圧倒的に素朴な味で美味しかったです。

 

 

noma-noma。(のま果樹園)

とても目立つ位置にお店がありましたので、思考停止で何も考えずに購入しました。

「媛まどんな」のストレートジュースを飲みました。(画像割愛)

昨日いただいた「紅まどんな」は愛媛果試第28号(略すと愛果28号)の別称だということは知っていましたので、「媛まどんな」は別のナンバリングなのかなと思い調べてみました。

結論、「紅まどんな」と「媛まどんな」はモノとしては同じものです。

登録商標が異なるとのことでした。(つまり呼び名が違うだけ)

困っちゃいますね。

ジュースを飲んだ感想は、、、加工せずにそのまま食べたほうが良いかも、という感じでした。

 

[12:00] 瀬戸内ラーメン あづま家

 

 

 

ぼんやりとご当地っぽいラーメンが食べたいと考えていた中で、瀬戸内ラーメンと書かれたお店が目に入りましたので思考停止で何も考えずに入店しました。

塩ラーメンです。

味は、、、あまり記憶に残らない感じでした。。。

※美味しくなかったわけではありません

 

ラーメン屋さんを後にし、地下街や百貨店などを見て回りました。

 

 

まつちカッパという名前のカッパです。(※この地下街の名称が「まつちか」)

生まれて初めて本物のカッパを見ました。

カッパはもっと凶悪な感じだと思っていました。

 

なんやかんや外をブラブラしていると、愛媛を牛耳る株式会社フジが展開するフジグラン松山という商業施設を発見しましたので行ってみました。

館内を見回る余裕はありませんでしたので、テキトーに瀬戸内っぽい食べ物を買って帰りました。

 

 

生もみじ。

月でひろった卵。

生母恵夢。

クルミーユ。

感想などは後程書くかも。(≒書かないかも)

 

[14:07] 松山駅で路線バスに乗車(¥350)
[14:30] 松山空港に到着

 

[15:25] 松山空港を出発(¥12,310)
[16:55] 成田空港へ到着

 

さよなら、愛媛。

きっと、また来ます。

愛媛を食べにまた来ます。

 

 

 

唐突におわり

 

昨年末、以下のように過ごしておりました。

12月29日(水):熊本(帰省先)→福岡→愛媛
12月30日(木):愛媛
12月31日(金):愛媛→東京

初の四国へ行ってまいりました。
目的は、愛媛の坊ちゃん劇場で上演されている『ジョンマイラブ』というお芝居を観に行くことです。(推しメンが出演)
観劇は12月30日ですので、その前後で愛媛を軽く観光してきました。

私のブログではあまり画像を使っておりませんでしたので、この記事では画像を多用し、文章を短くすることを試みます。


■12月29日(水)■

[05:30] 実家で起床

[07:12] 博多駅へ到着(新幹線)

[07:50] 福岡空港を出発(¥13,610)
[08:30] 松山空港(愛媛県)へ到着


[08:45] 松山空港で路線バスに乗車(¥350)
[09:05] 松山駅に到着


[09:15] 松山駅で特急しおかぜ号に乗車(¥1,500)



[09:56] 今治駅へ到着



[10:00] 今治を散策





平面なタイプの信号機を初めて見ました。





白楽天というお店です。
11時開店ということで、いったんお店を後にしました。





メインの商店街とおぼしき商店街がありました。
時期や時間のせいなのか、かなり閑散としていました。



新成人へ向けたメッセージがたくさん掲げられていました。
この列のメッセージは現在の私にも響きます。
皆さんも後悔なきように。





今治港です。
展望デッキへ上りました。







瀬戸内に浮かぶ馬島という島です。
しまなみ海道の馬島ICから上陸することができるのですが、なんと、島民以外はICを通過することができません。
特別な島です。
けど、改めて調べてみたらエレベーターがあるらしく、自転車や原付で行けば降りられるようです。
人口13人。



瀬戸内海の海水を間近で見ることはできませんでしたが、わりと澄んでいるように見えました。

[11:01] 白楽天

私はお店に並ぶのが嫌いです。
「今日は絶対にあのお店のあれを食べるんだ!」
という気持ちで一日を過ごしてお店に向かったとしても、人が並んでいるのを見ると、
「あ、やっぱりあっちでいいや」
と一瞬で覚めてしまうくらいには並ぶのが嫌いです。
合法的に並ばずに人気店に入る方法があります。
それが、開店ダッシュです。
開店時間に向かえば人気店であっても並ばずに入れるのです。
(当たり前のことを真新しいかのように言う)
白楽天へ向かっている時、何か嫌な予感がして小走りになりました。
お店につくと、その嫌な予感は的中するのです。
先ほど見たときには車が1台も止まっていなかったのに。
先ほど見たときには人っ子一人いなかったのに。
車が満車になっており、入り口に入場列ができていました。
幸い、開店ダッシャーとして私もエントリーすることが出来ました。
エントリーできなかった場合は1周待たないといけないので30分以上待つことになります。
(当たり前のことを真新しいかのように言う)



4番席です。



ふゎトロォ~
ですって。
Bセット(焼豚玉子飯+子エビ天+スープ+サラダ)を注文しました。



----以下、wikipediaの「焼豚玉子飯」のページより引用----
焼豚玉子飯(やきぶたたまごめし)は、愛媛県の今治市の名物料理の一つであり、「今治焼豚玉子飯」とも呼ばれるB級グルメである。
米飯の上にまず薄く切った叉焼(煮豚)をのせ、さらに半熟の目玉焼きをのせてから焼豚のタレで味付けした丼物料理。
----引用ここまで----









一口食べて驚きました。
とても甘い。
醤油系な見た目のため、塩辛い脳で食べてしまったので余計に驚きました。
とても甘い。
甘い・・・!甘すぎるっ・・・!
とも思ったのですが、これが甘くなければ焼豚玉子飯ではありません。
甘くなかったら「やっぱり想像通りの味だったか」ってなってましたもん。
食べ進めるうちに慣れて(?)きました。
結論、おいしかったです。
焼豚玉子飯の焼豚玉子飯たる所以を理解しました。
ふゎトロォ~でした。

お店を出るころには多くの人が並んでおりました。
満車の駐車場に入りきれない車が5台ほど店舗前の路上に列を作っていました。
ナンバープレートを見ると愛媛ナンバーは1つもなく、なんばや岡崎など遠方からの来客のようでした。
各方面からの根強い人気があるようです。



Poemeというお店がありましたので母恵夢が販売されているのだと思い入店しました。
母恵夢が販売されていました。
ベイクドチーズ味の母恵夢が美味しいと聞いていましたので探してみましたがベイクドチーズ味の母恵夢がありませんでした。
店員さんに尋ねてみました。
あり「すみません、ベイクドチーズ味の母恵夢はお取り扱いされていますか?」
Po「すみません、ベイクドチーズ味の母恵夢は当店では扱っておりません。松山のほうでしか販売されておりませんで、当店とは別の会社さんとなっております」
あり「あ、そうですか、ありがとうございます。すみません失礼しました」
・・・
いろんな母恵夢があり、そしていろんな母恵夢の会社があるんですね。
なんだか一人で勝手に恥ずかしくなってしまいました。

[12:00] 今治城



今治港の展望デッキからお城が見えましたので、気になってやってきました。















閉館・・・?

Ω ΩΩ<ナ、ナンダッテー!

入城、ならず!!!







気をつけて帰りたいと思わせてくれるオブジェクト。

会えなかったけど、さよなら、今治城。

今治駅へ戻ります。



愛媛には「まもるくんの家」や「まもるくんの会社」というものがあるようです。

駅へ向かう途中、20mほど先で自転車に乗ったおばさんがこけました。
痛そうだなぁなんて思いながら歩いて行くと、すれ違った際に
「はずかしいわー、上手にこけたでしょー?」
なんてことを言われましたが、笑ってうなずくことしかできませんでした。
生きてゆく中でまれに発生する「一人で勝手に恥ずかしくなるシーン」を乗り切る策としてこのようなパターンが存在するのかと感心しました。

完全なる余談ですが、熊本では「転ぶ」を「つこける」と表現します。
↓この動画の05:10~07:00あたり(左の子は熊本県出身)

方言っておもしろいですね。

[13:39] 今治駅で特急しおかぜ号に乗車(¥1,500)
[14:13] 松山駅へ到着




街中をぶらぶらしながらホテルへ向かいました。

[16:00] スーパーホテル松山へチェックイン

スーパーホテルが好きなのでスーパーホテルに泊まりました。
この日は大変疲れましたので、いったん2時間ほど仮眠をとりました。
そして19:00ごろスーパーへ買い出しに出かけました。
(夜は人が多いので飲食店を避けたい)
愛媛を牛耳る株式会社フジが展開するスーパー「フジ」でなんやかんや質素な晩御飯を購入しました。



株式会社フジデリカ・クオリティが製造するおにぎりに描かれているMUSUBIちゃんが可愛い。





2017年以降、「カール」は西日本のみで販売されるようになりました。
関東に住む者にとっては貴重品ですので購入しました。
製造所を見ると愛媛県松山市と記載されております。
カールが東日本で販売されなくなった経緯を調べてみたところ、、、
どうやらカールは年々と売り上げが下がっていたようです。
他の系統のお菓子にシェアを奪われていった結果、日本に5つあった製造工場のうちの4つで生産中止することとなったとのこと。
その残された1つが愛媛県松山市の工場だそうです。
そして西日本に販売先を絞ったとのことでした。
私はカールの聖地でカールを食べたわけですね。



母恵夢などの愛媛っぽいやつも販売されておりましたので購入してみました。



次の記事(12月30日、31日)へつづきます。
広告というのは、ざっくりいうと「何かを皆に知らせること」です。
広告は「こんなにいいものがあるんだよ」ということを知らせてくれます。
広告の内容が気になった人々は、それを求めます。

私はラジオというメディアが好きでした。
高校・大学時代は、テレビを観る時間よりもラジオを聴く時間のほうが長かったほどです。
一時期はネタ職人をやっており、縁があって食品メーカーのラジオCMへ出演させていただいたこともありました。
そのような私には、ラジオで流れるCMが効果的でした。
今になっても「なぜラジオはなくならないのだろうか?」と考えることがあります。
なんとなくその答えを理解しているのですが、なぜか考えてしまいます。

2000年代終盤以降、急速にメディアが多様化しております。
インターネットというインフラが爆発的に広がり、かつスマートフォンというマシーンが普及したことにより、多くの人の目を引き付けるような画一的なメディアがなくなりました。
テレビの視聴率が50%を叩き出すような時代は過ぎ去ってしまったのです。



私はこの曲が好きです。
テレビというメディアの出現により、ラジオというメディアは古きものとなってしまいました。
私が生まれたころには当たり前にテレビが映っていましたので、この歌詞の真の芯の意味は理解できていないかもしれません。
ただ、私はラジオが好きでしたので、なぜこんなに素晴らしいものを皆は聴かないのだろうかという思いで聴いていました。
今となっては、テレビの地位がインターネットに奪われてしまいました。

だとしたらテレビやラジオは不要なのだろうか?
いや、必要です。
それはなぜか?
欲している人がいるからです。

総務省のホームページにメディア利用に関する統計情報が掲載されています。(下記)
利用時間から見るメディア利用の変化
主なメディアの利用時間と行為者率
(10代のラジオ聴取時間、めちゃくちゃ短い・・・)
テレビの視聴時間は下降傾向にあります。
対してインターネットの利用時間は上昇傾向にあります。
若年層はあまりテレビを視聴せず、インターネットを多く利用します。
高齢層はその逆です。
若年層は新しいメディアを好み、高齢層は古いメディアを好む傾向がありますね。
つまり、各メディアそれぞれが、必要な層に必要とされているということです。
仮にテレビ・ラジオ・新聞・youtubeで全く同じ情報を流したとしても、各々が自分にフィットするメディアを選ぶでしょう。
メディアってそういうもんです。

まぁ、このようなデータとは別の話として、、、
テレビは「ながら見をする人々」や「なんとなくつけておく人々」がいる以上、なくなりません。
ラジオは「長距離運転が必要な職業に就く人々」や「画面は見られないけど長時間の作業が必要な人々」がいる以上、なくなりません。


2005年、オールナイトニッポンを聴いていて本谷有希子という作家を知りました。
私は彼女に興味を持ち、彼女の執筆している小説を購入しました。
また、彼女は『劇団、本谷有希子』という劇団の主宰を務めておりましたので、それらの芝居を観に行っておりました。
初めて観に行ったのは、2006年に下北沢のザ・スズナリというキャパ150人程度の小劇場で上演された『密室彼女』という演目でした。
たった3名の演者がとある固定されたシーンのみで作り出すステージを、私は食い入るように観ていました。
2007年に上演された『ファイナルファンタジックスーパーノーフラット』の主演だった高橋一生の怪演もよく覚えております。(本谷氏が奇人ばかりを描くというのもありますが)
小説のサイン会へ足を運んだことも憶えています。
とてもポリシーが強く、プライドの高い女性でした。

2006年、文化放送で『桃井はるこの超!モモーイ』という番組が放送されていました。
番組名にもある通り、声優の桃井はるこがパーソナリティを務めるラジオ番組です。
初めのうちは、数ある声優番組のうちの1つとして聴いていました。
しかし、長い間聴いているうちに引き込まれるようになりました。
それから、彼女のライブやトークイベントへ通い詰めるようになりました。
彼女にハマった一番のきっかけは、やはりこの曲だったかと思います。


※これはスペインでのパフォーマンス

あまり知名度の高い人物ではありませんが、ヲタカルチャーを作り出した重要人物の一人であり、世界各国のアニメ系イベントで海外の「俺たち」に向けて歌唱を行う彼女。
そういう泥臭い草分け的な活動をする彼女に惹かれました。
彼女自身が若かりし頃にアイドルヲタでした。
生のアイドル現場や生の秋葉原を見て育った彼女だからこそ出来る発想やパフォーマンスというものがあります。
私は2012年に起きたしょうもない事件をきっかけに(入れ込みすぎていたことに気づき)現場を離れてしまいましたが、どうやらまだまだ元気に活動してらっしゃるようですので、また足を運んでみようと思います。
やはり彼女も、とてもポリシーが強く、プライドの高い女性でした。

モモーイについての蛇足ですが、、、
3人組のガールズユニットPerfumeの楽曲で『アキハバラブ』という名曲(個人の感想)があります。
2005年に発表された楽曲で、桃井はるこがPerfumeをプロデュースした楽曲です。
2021年のネット動画配信でこの曲について桃井はるこ本人が語っているということを今知り、ちょっとビックリ&感動しました。
書き起こしされている方がいらっしゃいましたのでリンクを張ります。
桃井はること吉田豪 Perfume『アキハバラブ』を語る


さて、以上のことからわかる通り、ラジオには広告効果があります。
もちろんラジオ番組の途中で広告が流れるわけですが、その広告について言っているわけではありません。
ラジオ番組自体に広告効果があるのです。
テレビと比較すると、ラジオはよりパーソナリティが身近に感じられます。
テレビと比較すると、ラジオはよりディープに感じられます。
テレビと比較すると、ラジオはより怪しいアンダーグラウンド感を纏っています。
ラジオ沼にハマってしまいます。


2015年、テレビ番組『HaKaTa百貨店 3号館』が放映されていました。
福岡の博多を拠点とするアイドルHKT48が出演するバラエティー番組です。
深夜に放送されていたこの番組を、仕事でとても疲れていた私がザッピングしている中で偶然観ました。
これが私がアイドルにハマったきっかけでした。
それまでは基本的にアイドルへ興味を示さなかったのですが、極度に疲れていた私に偶然フィットしたのだと思います。
きっかけとなったメンバーは、HKT48の朝長美桜と矢吹奈子の2人です。
HKT48というユニットの存在すら知りませんでした。
どうやらAKB48の姉妹ユニットというのが各地に存在し、その一つがHKT48らしいです。
もちろんAKB48自体は知っていました。
2006年、土曜日の昼にTOKYO-FMで放送されていたラジオ番組『カウントダウン・ジャパン』にAKB48のメンバーが出演しており『桜の花びらたち』『スカート、ひらり』『会いたかった』などが頻繁に流れていました。
同じくらいの時期に、文化放送で放送されていた『レコメン!』という番組内に「AKB48 明日までもうちょっと。」というコーナーがあり、それも聴いていました。
『レコメン!』のパーソナリティーがK太郎氏だったころですね。(懐かしい)
この頃の『レコメン!』へはメールをよく送っていたので、ノベルティーのステッカーが大量にあります。
とはいえ、AKB48の各メンバーを識別できておらず、AKB48としてしか捉えていませんでした。
2009年、『ミュージックステーション』にAKB48が出演しており『RIVER』を披露していました。
これはシンプルにいい曲だと思いました。(この時も疲れていました)
しかし、私は音楽が好きな人間ですので、その後にヒットチャートを荒らすAKB48のアンチサイドの人間でした。
これについては、今でも同じ気持ちです。
一人の人間が多くのCDを購入するケースが多発すると、CDの売り上げと実人気が齟齬ってしまいます。
それにより、本当の流行がわからなくなるのが厄介なのです。
これに関しては、メディア側も「独自の指標」という謎の評価によるランキングを作成するような形で対策を図っているようでした。
それはそれで意図的な作為が発生する可能性があるので問題ですね。

(ちょっと散漫な話になってきたので軌道修正)

ということで、なるほど、テレビにも広告効果があるのですね。

この番組は誰が聴いているのだろうか?
この番組は誰が観ているのだろうか?
そう思えるような番組が存在したとしても、それはあなたに刺さらなかっただけで、それが刺さる誰かがいるのです。
・・・ということを身をもって体感してきましたという話でした。


モモーイの現場は2012年いっぱいで卒業しました。
2011年11月11日(だったはず)に開催された桃井はるこのアルバム『しょうわ』リリースツアーファイナル(だったはず)がCLUB CITTA川崎(だったはず)で開催されました。
開演前の待ち時間に近くにいた人と会話をしている中で、その人が言っていた言葉を思い出します。
「でも、ファンが入れ替わることはいいことだと思いますよ。ずっと同じファンが居続けるより」
この言葉の意味が当時はあまり理解できていなかったのですが、今になって理解できました。
同じ人間が同じ場所に長い間いると、うっすらと澱んできます。
意図的にそうなるのではなく、意図せず、本人たちの気が付かない間にそのようになってきます。
当初はそこに存在しなかった不気味な何かが発生します。
それは客観的に観てみないと気づけないものなのです。
私は、その不気味な何かに取り憑かれたくはありません。
アイドルのコンサートや握手会へ行ったりしておりますが、もうそろそろ卒業かなと考えております。


死ぬときに「悔いのない人生であった」と思えるように生きようかなと。
あ、広告のキャッチフレーズっぽい。
今年も不幸にも生きながらえてしまいました。


このブログを少しだけ読み返してみました。
2008年から2013年あたりまで記事を書いていたようです。
500記事以上も存在することに驚きました。
内容を見ると、現在の自分とは別人過ぎてビックリします。
どの時期に悩んでいたかをおおむね覚えておりますので、記載内容を見て自分のことながら可哀そうに思えてきました。

現在、私がオンライン上で書き込みを行う際に心掛けていることが2つあります。

一つ目は「現実での自分が現実で言わないようなことを記載しないこと」です。
インターネット上での人格と現実での人格を使い分けるというのは、多角的に見て得策ではないと考えております。
この観点で過去の自分の記事を見ると「うわ・・・痛々しいな・・・」と思える部分が多々(というかほぼすべて)ありますので、2013年以前の記事は今の私とは別人が書いたといっても過言ではありません。
今更ながら、記事に目を通された方々に対して申し訳ないとさえ思います。
恥ずかしすぎて穴があったら0カロリーです。
(↑こういうノリだったのがとても痛々しい)
先ほど、過去に当ブログのコメント欄に付けられた広告コメントを削除して回っていたところ、この記事に付けられたコメントを発見しました。
おそらく、この方は単なる誹謗でこのようにコメントされたわけではないのだと思います。(ポジティブに捉えればですが)
そういう意味ではとても親切なコメントだったのかもしれません。
ただ、その時の私にとって強烈なトゲトゲ言葉(今風)に感じられたので、その時の私には響かなかったのだと思います。
(ん・・・?今の私には響くのか・・・?)

2つ目は「人が不快に思うようなことは記載しないこと」です。
(あくまで私の感覚値ですが、)ネット上を見てみると、ここ5,6年あたりで心無い書き込みがとても増えたように感じております。
これって書き込むときに「(書いていいんだよね?)」って思わなかったのかな?
と思えるような書き込みをよく目にします。
※ここで言うネット上というのは、主にyoutube、twitter、Yahoo!コメントあたり
誹謗中傷を目的としたような記載は言語道断です。
そうでなくても、人を不快にさせることを目的としていることが透けて見えるような記載は避けるべきです。
書き込みを完了する直前に「これって書いていいんだよね?」と自問することを心掛けましょう。
この観点で過去の自分の記事を見ると「なんかめっちゃムカつく」と思える部分が多々(というかほぼすべて)ありますので、2013年以前の記事に関してはクソ記事であると言わざるを得ません。
自分で読んでいて不愉快になるほどですので、ほかの方々にとってはサツイが沸くレベルのものだったのではないかと思います。
これからは人を愉快にさせることを記載するように心がけます。


真面目な話、私は私以外の人間すべてに幸せになって欲しいと考えています。
正確には、、、
・私以外の人間すべてこの世から消え去って欲しい。
・皆が一人残らず消え去ったら、さあ、私も消え去ろう。
・これが私の思い描く一番の理想だ。
と考えてます。
しかし、それは絶対に叶わないことであることを理解しています。
だとすれば、、、
・なるほど、皆は消え去ってくれずこの世に残り続けたいのか。
・そうであれば、今より少しでだけでもいいから皆幸せになってくれ。
・これが私の思い描く現実的な一番の理想だ。
との考えに至りました。
これが私個人が抱く宗教です。
(教祖は私で教徒は私のみ)
この宗教の芯にある理念として「すべての人間が抱ける"幸"には限界があり、それは他の人間の"不幸"の裏に成り立っている」という考えがあります。
つまり、私が道で転んでケガをした場合、相対的に私以外の人間にほんの少しだけ幸せが訪れるわけです。
そう考えれば、たとえ私がケガをしたという事実は変わらなくとも、私も楽な気持になります。
ってなことを書きながら「(この思想の出どころってなんだっけ?)」と振り返ってみたところ、きっかけは桃井はるこ女史でした。
(以下のエピソードは過去記事に記載した記憶あり)
2010年12月12日(だったはず)に品川ステラボール(だったはず)で開催されたアルバム『IVY』リリースツアーファイナル(だったはず)でのことです。
モモーイのMCの中で「突然excelが異常終了することってあるじゃないですか?あれって消え去った情報たちはどこに行ったのかなって思うんですよ」的な話をしていた時に客席から「妖精!」という返しがありました。
(当日の衣装が妖精をイメージしたものである旨をモモーイが自身で言っていたため、その流れでの返しだと思われる)
その一言で大きな笑いが起きたことを覚えいています。
この流れがかなり印象に残っており、それ以来、私は「不幸なことが起きた瞬間、その不幸さの分だけ妖精が発生するのだ」と考えるようになりました。
その妖精は私以外の誰かを幸せにするために放浪します。
これが前述の私の思想につながります。


さてさて、久々に記事を書いてみたら終わり方を忘れてしまいました。
しかししかし、往々にして思想と行動とは一致しないものです。
とはいうもののとはいうものの、「心掛ける」というマインドセットは重要です。
一番言いたかったのは以前の記事については反省していますということですね。
別人が書いたものだと思ってください。
とはいえ、私が書いたという事実は変わりませんので、その責は負います。
精進します。
そして、皆の迷惑にならないように世界の隅っこで暮らします。
なんともう今年で35歳か。
恋人もいなければ友達もいない。
なんと孤独な人生である。

少なくとも、客観的に観ると、
私は、一般的な幸せとはかけ離れた人生を送っているはずだ。
主観的に観ても、一般的な幸せとはかけ離れた人生を送っている自覚がある。
俯瞰的に観ても、同じくである。

何か目的があって生きているわけでもなく、
少なくとも、誰かのためになっているわけでもなく、
生きながらえる必要もなく無駄に生きている。

ただ、そのような自覚がある以上、
少なくとも、人様に迷惑をかけないように、世界の隅っこで生きるように心掛けている。
極力、人様の邪魔にならないように、人様に影響を及ぼさないように心掛けている。
その人生に何か意味があるのだろうか。

自分の能力の限界も見えてきたし、
自分のメンタルの限界も見えてきた。
「さて、そろそろ潮時であろう」
社会人になってのほんの十数年の中で、何度そう思ったことか。
そう思い続けながら生きながらえているということは、
つまりそれは本心ではないのではないか。
いや、少なくとも、嘘偽りではない。
ここ数年、その思いは年々と強くなっていった。

「私はいつでも、自らの手によって自らを葬り去る覚悟はできている」
年間で20,000人以上がその判断を下し、それを実行している。
さて、いよいよ次は私の番だ。
少なくとも、2年前まではそのように考えていた。

2020年、新型コロナウィルスの猛威により、
少なくとも、少ないとは言い切れないほどの人々が倒れた。
その事実を目前にし、私は何を考える。
「とうとう迎えが来たか。とうとう潮時か」
・・・などという言葉が頭をよぎったのか?

私はどうした?
少なくとも、それ以前より外出しなくなった。
少なくとも、それ以前より電車に乗らなくなった。
少なくとも、それ以前より人と会わなくなった。

なんだそれは、つまり私はどうしたいのだ。
どうありたいのだ。

「あぁ、なるほど、、、私は、生きたいのか」

逝きたくない。

生きたい。

人様に迷惑をかけないように、
世界の隅っこで生きて逝こう。



という文章を真顔で書きながら気になって調べたところ、
「潮時」という言葉はポジティブな意味を持った言葉みたいですね。
「今だー!船を出せー!魚どもを全捕獲だー!」っていうタイミングが「潮時」。
「魚が全然捕れない…人生の終わりだ…」っていうタイミングは「潮時」ではない。
極度な逆張りにより、
「いやいや、俺は魚側の気持ちになってその言葉を使ってるんだよ」
と主張するのなら、確かにその「潮時」はそういう意味の「潮時」です。
ただ、そういう意味で「潮時」という言葉を使うのであれば、
事前にその旨をアナウンスする必要があります。
そうでないと、その「潮時」はそういう意味の「潮時」とは捉えられません。
皆さんも「潮時」を逃さないようにしましょう。