■はじめに

もしも願い事が叶うとしたら、あなたは何をお願いしますか?
まずはその答えを頭に思い浮かべてください。

2013年の年末に公開された映画『魔女っこ姉妹のヨヨとネネ』です。
当時、劇場で観てとても感動しました。(涙がぽろぽろ)
この映画を観ると、少しだけ人に優しくなれます。
中学校の道徳の時間に観てもらいたいような感じの作品です。

ここのところ、私の心はすさんでいます。
そこで、自戒の意味も込めて、2022年のいま改めてこの映画を観てみようと思いました。
amazonで検索してみるとブルーレイが販売されていることがわかりました。
お値段、なんと定価の\10,780!
た、、、高い!
・・・と思いましたが、それを購入しました。(先月)
「頑張った自分へのご褒美」なんて言い回しがありますが、私のコレは「頑張っていない自分への制裁」です。
オンデマンドが主流の今、あえて高いお金を支払って物理的なモノを手元に置くという行為は「自身がヲタクである」ということを再確認するための崇高な儀式なのです。
※TSUTAYA系のサービスで配信されているようですので、そちらでも視聴可能です


■製品(Blu-ray)









◆収録内容◆
Blu-ray:本編+映像特典
◆封入特典◆
・完全収録サントラCD付き
・特製魔法ステッカー
・オールカラーブックレット12P
・アニメージュ連載ノベライズ完全冊子化(カラー含む)52P
◆仕様◆
三方背ボックス付き/DISC2枚組(Blu-ray+特典CD)

※公式サイトにはオールカラーブックレット16Pと記載されていますが、(予定)とのことですので実物と微妙に異なっています


■映画の冒頭を少しだけ

以下、コンテンツの一部を記載しますが、悪意はありません。
権利者様、どうかご容赦ください。

"魔の国"に住む2人の魔法使いがいました。
「かけます!! ときます!!」という売り文句を掲げて"呪い屋"を営む仲良し姉妹です。
姉のヨヨさんは"絵本級大魔法使い"。
妹のネネさんは"最優秀お手本級魔法使い"。


"魔の国"で大きな"化物"が暴れています。


ヨヨさんとネネさんが、その"化物"をやっつけに来ました。


控え目の魔法では効き目がありませんでした。
「ネネちゃん、例のヤツ、試してみるです!」
2人で巨大な魔方陣を描きます。


「ほいっ!召喚しまーす!」




ドスーン。
"化物"は死んだ。スイーツ(笑)(死語)
※ネットスラングって、5年も経たないうちに忘れ去られてしまいますよね

以上が映画の冒頭約3分間の内容です。
"魔法使い"という存在を説明するようなシーンです。

物語の簡単な導入はコチラ(公式サイト)


■物語の内容

以下、この物語の内容に触れます。
ただし、一部、意図的にミスリードする記載にしており、かつ最重要ポイントは記載しませんので大したネタバレではないと思います。
そもそも、原作付き映画なんて話を知っているうえで観るなんてことも珍しくありませんからね。(唐突な無責任感)

ある日、"とある事象"によりヨヨさんが"魔の国"から別世界(視聴者たちの住む世界)へ転送されます。
※以下、その別世界のことを"こっちの世界"と表記
ヨヨさんは"こっちの世界"から"魔の国"へ戻る方法を探しますが、よくわかりませんでした。
"こっちの世界"でも"とある事象"に関わりそうな問題が発生していたため、ひとまずその問題の解決を図ります。
すると、"こっちの世界"で魔法が悪さをしていることがわかりました。
そのことから、"こっちの世界"にも魔法使いが存在するのではないかとヨヨさんは推測します。
問題を探っていると、"こっちの世界"で人気のゲームアプリが悪さをしていることがわかりました。
そのゲームアプリの開発には、ヨヨさんの推測したような魔法使いが関わっていました。
ゲームを進めると「だれかのためにねがいごとをかいてね」と書かれた画面が表示されます。
人々はそこにわがままな願い事を入力してしまいます。
それらが呪いとなって、人々に災いをもたらします。
世界が呪いに侵される中、ついにヨヨさんは問題の発生源を突き止めます。
なんとか対応を試みるも、ヨヨさんは呪いに絡みつかれ、絶体絶命のピンチに陥ります。
そこで、とある小さな奇跡が発生するのです。
そして、同時に視聴者はこの出来事の真相を理解するのです。
(号泣ポイント)



■感想

Blu-ray付属ブックレットの監督(平尾隆之氏)のコメントとして記載されている通り、「祈り」は一歩間違えると「呪い」となります。
(これは私なりの解釈も含むのですが、)魔法や呪いというのは人々の「気持ち」から生まれるものなのです。
例えば、幸せになって欲しいと思える相手がいた場合、その気持ちを元に相手を幸せにすることが出来ると思います。
人生の相方を想う気持ちや子を想う気持ちがそれですね。
逆に、不幸になって欲しいと思う相手がいた場合、その気持ちを元に相手を不幸にしてしまうかもしれません。
そのような呪いの気持ちに飲み込まれると、(最悪の場合、)それが凄惨な事件として具現化されます。

極端にとっつき辛い世界観ではありませんので、楽な気持ちで観ることは出来ます。
映画の内容だけだと回収されない伏線があるようで「あれは何だったんだ?」と思う部分が多々残りましたが、それはご愛敬。(というか、事実、設定まわりについて結構不親切)
各所のレビューを見ると、もちろん高評価コメントもあるものの、以下のような批判コメントもありました。
・小さな子どもには難しく、かといって大人には幼稚
・メッセージが響かなかった
そういう意味でも、前述の通り中学生くらいの年齢層に一番フィットするのではないかと思った次第です。
批判コメントって批判することを目的として書く部分もありますので、ちょっと辛辣ですよね。(まぁ、逆に絶賛コメントも褒めることを目的としているわけですが)
王道系のストーリーではあるので、ジブリが好きな人にはおススメします。
自分の中の優しさチェッカーとしても機能すると思います。
心に響いた人は優しい人です。
心に響かない人は・・・聖人君子かボロ雑巾のどちらかです。

メイン主人公のヨヨを演じるのは諸星すみれという少女。
調べてみたら、なんと上演時の年齢は14歳。
逆算するともっと若い時に録ったかも?
とてもそうは思えなかったためビックリです。

Blu-ray付属のサントラCDには、(全BGMはもちろんとして、)劇中でヨヨさんの歌うあの歌や、小松未可子の歌う主題歌、そして主題歌の英語verが収録されています。(英語verが収録されているCDはこれのみかも?)

主題歌『虹の約束』の中の2番冒頭の歌詞が印象に残っています。
----引用ここから----
「夢見るの、やめました」
オトナ、少し微笑って
置き去りの時間まだ
コドモ、のまま流れる涙
----引用ここまで----
作詞は小松未可子・平尾隆之の連名となっておりますが、メインを小松未可子が担当しています。
「人と人を繋ぐ想い」を込めて歌詞を書き上げたとのことです。(映画パンフレットより)


■監督のコメントを少し

上演時に劇場で購入したパンフレット内の監督(平尾隆之氏)インタビューの中から以下を引用します。

----引用ここから----
Q.この映画を誰に見てほしいと考えて作りましたか。

A.難しい質問ですね(笑)。実は、本作の企画に取りかかる前に、自分の中で、ちょうど一区切りついた感じがあったんですよ。高校生以降に自分が作りたいと思った作品は一通り作ってしまったな、というか。だから『ヨヨとネネ』を作るにあたっては意識を変えて、高校生よりももっと年齢が下の層である子供たちに、アニメーションを見るドキドキやワクワクといった原始的な体験を届けたい、というところからスタートしました。ただ映画が完成して、徳島で行われたイベント『マチアソビ』で先行試写をやったところ、20代~30代の方からもすごく好意的な感想をもらえたんです。仕事などでいろいろつらいことがあったけど、この映画でポジティブな気持ちになれました、と。それを聞いて僕自身気付かされたんですが、子供たちに原始的な体験を伝えようとすると、大人が観ても子供の時の素直な気持ちやポジティブさを呼び起こされるんだな、と。なので劇場を訪れた皆さんには、大人から子供まで楽しんでいただければと思います。
----引用ここまで----


■最後に

さて、皆さんは願い事が叶うとしたらどうしますか?
この映画が視聴者へ投げかける問いは以下です。





もし、魔法がつかえたら
誰のためにつかいますか?


・・・え?
私だったら何をお願いするか、ですか?
そうですね、あえて言いましょう。


みんなが笑顔になりますように



おわり

■はじめに

コロナ禍に突入し、いろいろと整理をしている中で家計簿的なものを作ることにしました。
社会人になった2009年度以降の(ほぼ)全てのお金の動きを1つのexcel資料にまとめました。
それにより、これまでは見えていなかった無駄な出費などが明確になりビビりました。
同時に、お金を管理することの重要性を理解しました。
その中で「無駄なものは削ろう」という意識が芽生え、2021年度は節電を試みました。
コロナ禍により自宅で過ごす時間が多くなったため節電の効果は見込めるはずなのですが、結果はどうなったのでしょうか。

■前提

・1986年生まれの男性の一人暮らし
・2020年4月以降は在宅ワーク中
・2020年4月以降はほぼ外食なし(これはあまり関係ないか)

■過去の電気料金

参考までに、直近2年間の電気料金は以下の通りでした。
この時期はまったく節電していませんでした。

2019年度 2020年度
4月 3,847 4,094
5月 4,094 3,107
6月 2,952 4,038
7月 2,628 5,069
8月 5,257 5,310
9月 7,197 8,429
10月 4,415 2,567
11月 2,788 3,809
12月 5,584 4,241
1月 10,939 8,966
2月 7,263 8,864
3月 5,804 4,539
63,826 63,768

この表から見えることは、夏と冬に料金が高額になるということです。
夏は暑いので、ガンガンにクーラーをつけていました。(18℃かつMAX風量)
冬は寒いので、ガンガンに暖房をつけていました。(30℃かつMAX風量)
それらの賜物として電気料金が高額になっていたようです。
※2020年4月から在宅ワークになったのに前年から電気料金が変わらないのは最大の謎

■2021年度の電気料金

今年度は意識的な節電を心掛けました。
その結果、以下のようになっております。

2019年度 2020年度 2021年度
4月 3,847 4,094 3,382
5月 4,094 3,107 2,754
6月 2,952 4,038 2,371
7月 2,628 5,069 2,289
8月 5,257 5,310 3,411
9月 7,197 8,429 3,343
10月 4,415 2,567 2,409
11月 2,788 3,809 2,275
12月 5,584 4,241 3,281
1月 10,939 8,966 4,125
2月 7,263 8,864 (未)
3月 5,804 4,539 (未)
63,826 63,768 29,640
※未来月は未定

全体的に漏れなく電気料金が下がりました。
ナイスです。
私が実践したことは2つだけです。
夏は暑いのを少し我慢して、クーラーを控え目にしました。(28℃かつ中風量)
冬は寒いのを少し我慢して、暖房を控え目にしました。(25℃の中風量)
※中風量:4段階中の下から2番目
このペースだと、2,3月を考慮しても年間トータルで2万円程度の節約になることが予想されます。

■振り返り

結論として「年間で2万円下がった」という事実があるわけですが、その背景を見ると必ずしも良いことなのかは考えものです。
今回の節電については、かなり極端に実行してしまいました。
自分の設定したルール(前述の空調設定)を無理やり厳守しました。
つまり、夏は暑さを肌で感じ、冬は寒さを肌で感じるような生活をしました。
このように、それなりの我慢をしたうえでの結果なのです。
とはいえ、微妙に妥協した部分もあります。
当初は冬の暖房設定を24℃のMIN風量で実践していました。
しかし、寒すぎて耐えられないレベルでしたので前述の設定に変更しました。(ボロアパートなので断熱など一切なし)
ひとまず3月まではこれを続けるわけですが、次年度以降は改めてルールの見直しを行おうと思います。
しかししかし、この2万円には「無駄に消費していた電力」が多く含まれているわけで、そこは今になって反省ですね。

■最後に

節電することによってストレスが増えるのはあまりいいことではないと思います。
例えば家族で節電する場合、電気の消し忘れなどの軽いミスに対してキツく注意してしまうと、そこで不必要なストレスが発生してしまいます。
たった数円の無駄に対し、それを超えるストレスを発生させてしまうのは(私的には)本末転倒だと思います。
とくに、注意する側が注意することに慣れすぎて、相手のストレスを考えられないようになったりしたら最悪です。
人生の目的は「ハッピーになること」だと思います。
確かにお金は大事なのですが、お金自体は手段でしかありません。
お金を神格化しすぎることで、ハッピーを見失ってしまってはいけません。
私も自分にストレスを与えすぎてはいけないのです。
・・・と自分に言い聞かせながら、次年度以降は"節約"と"ハッピー"の折り合いを見極めながら節電してみようと思いました。
冷静に日々の電気料金を見てみると、空調以外の電気料金はさほど重要ではないことがわかりました。
冷蔵庫開け閉めやテレビつけっぱの電気料金なんて目くじらを立てるほどのものではありません。
こんなものをいちいち気にする意味ナシです。
私はハッピーのために節電できる人間になりたいです。



おわり
恋人も友達もいない35歳の孤独な男が舞台『ジョンマイラブ』を観て想うことである。
感想ではないという点、および12月30日の上演分のみしか観劇していないという点をご留意いただきたい。


「ラブ」とは何か?
この舞台における大きなテーマである。
「ラブ」とは何か?
そう聞かれて「馬鹿にしてるのか?そんなの"愛"に決まってるだろ!」と答える方もいるかもしれない。
「ラブ」とは何か?
そう聞かれて「いやはや、私はラブなんてものに縁がないのでよくわかりません」と答える方もいるかもしれない。
「ラブ」とは何か?



1999年の春、熊本の実家の建て替えが行われた。
建て替え前の家はとても古い家であった。
風呂はなく、エアコンもなく、おまけに電子レンジもなかった。
床下には防空壕があったため、有事の際は生命を守ることが出来たのかもしれない。
当時、私は中学生になりたての少年であった。
その古い家での最後の日のことをよく覚えている。
夜、私と祖母の2人だけが家の中にポツンといた。
引っ越し作業の中で、偶然そのようなタイミングが発生したのだろう。
8人の拡大家族として祖母と共に暮らしてきたのだが、整理された何もない空間に2人で存在することに謎の気恥ずかしさがあった。
祖母は私と同じく、あまり口数の多い人間ではなかった。
とても不思議な空間だった。
お湯を沸かす道具くらいはあったため、温かいお茶を淹れて祖母へ渡した。
「〇〇〇は気の利いとるね~」
そう言われて、また私は気恥ずかしさを覚えた。



観劇の日の朝、松山市内を歩きながら考えごとをしていた。
「今日の舞台を私はどのような視点で評価すべきなのか」ということである。
そもそも、なぜ私は愛媛へやってきたのか。
AKB48 team8 愛媛県代表の高岡薫の演技を観るためだ。
そう、推しメンを応援しに来たのだ。
過去にteam8メンバーが出演する舞台を数回だけ観に行ったことがある。
それらは「team8のファンをターゲットにした舞台」であり、いわゆる村内向けのイベントだった。
それらの舞台におけるアイドルたちの演技の評価をしたことがない。
演技の評価をしようなどと考えもしなかった。
ただ可愛い子たちが演技をしているさまを観ることを目的としていた。
今回の舞台はそれらとは性質が異なる。
外仕事として、地元に根付いた劇場の1作品の主演を務めるわけだ。
高岡薫以外の出演者はすべて舞台役者であるため、今まで通りに「可愛い子の演技を観に行く」という単純な気持ちでは臨めない気がしていた。
演技者の中に一人だけ突出した演技力を持った人間がいたとしたら、それは悪目立ちしてしまう。
もちろん逆も然り。
演技者の中に一人だけ技量のない人間がいたとしたら、それは浮いてしまう。
私は高岡薫の演技について評価をしなければならないという結論へと至った。
どのような演技が展開されたとしても、私はそれを評価しなければならない。
SHOWROOM(ライブ配信サービス)において、高岡薫は舞台初日に対する不安の言葉を述べていた。
その不安の根源を解消することはできないが、寄り添い想うことは出来る。
その不安に寄り添い想うことはできても、根源を解消することはできない。
高岡薫による高岡薫自身との戦いである。
高岡薫が不安を抱えているのと同じく、観る側も不安を抱えながら舞台に臨んだ。

いざ開演すると、私の不安は吹き飛んだ。
そこにはアイドルの「るんさん」ではなく女優「高岡薫」がいた。
開始早々、なぜか泣きそうになるも、グッとこらえた。
それ以降は落ち着いて冷静に舞台に集中することが出来た。


2000年の秋、虫垂炎を発症した。
急性虫垂炎、いわゆる盲腸である。
通常であれば長くとも10日程度で復帰できるらしい。
しかし私の場合はそうはいかず、結論から言うと復帰まで50日程度を要した。
11月3日(文化の日)にバドミントン部の地区大会があり、当日の朝から腹痛があったのだが我慢して会場へ向かった。
部活顧問の教師から「顔が青ざめとるけど大丈夫か?」と尋ねられ「大丈夫」だと返した。
(何事も抱え込んでしまう性格はこの頃から変わらない)
その後、会場で嘔吐し、医者に診てもらうこととなる。
すぐには原因がわからず、激痛の一晩を経て手術を受けた。
かなり悪化していたようで、術後数日は39度以上の高熱にうなされ悪夢を見続けた。
腹部から伸びた管を茶色い膿が抜けていく。
この手術の傷跡(開腹跡と3つの管跡)は今もなお私の体に残っている。
3週間ほどはベッドから動くことが出来ず、代わる代わる家族が面倒を見てくれた。
親が共働きであったため、一番面倒を見てくれたのは祖母であった。
これについては感謝してもしきれない。
まだ先になりそうだが、祖母に会った時には感謝の想いを伝えたい。
・・・
病室のテレビでNHKのドキュメンタリー番組が放送されていた。
その番組で取り上げられていた盲目の少年は、人通りの中で歌を歌っていた。
喜納昌吉の『花』である。
とてもキレイな歌声だった。
祖母は感動しながら「こん子は偉かね~」と言葉を漏らした。
今でもこの曲を聴くと当時のことを思い出す。



ジョン万次郎、もとい中浜万次郎はAmericaで得た様々な知識や技術を日本へ持ち帰った。
そして、「自由」「平等」という価値観を持ち帰った。
私は、大学で法学部の法律学科へ所属しながら、大学3,4年で政治学のゼミに加入した。
そこで「デモクラシーとは何か?民主主義とは何か?」を2年間考え続けた。
「デモクラシー」とは何か。
一言二言で語れるものではない。
血と涙を伴う先人たちの努力により築き上げられた権利を、いま我々は享受している。
劇中で、コミカルかつポップではあるものの、中浜万次郎の熱い想いが描かれていた。
それを観て、私も学生当時の熱い想いを思い出した。
「18歳選挙権」や「人々の負う責任」について稚拙な論文のようなものを書いたと記憶している。
ふと気が付けば、いつの間にか日本でも18歳選挙権が施行されているではないか。
これは素晴らしいことだ。
権利には責任が付随する。
だが、主体的にその責任を全うすることで人は洗練されてゆく。
"あの戦争"の終結から77年が経つ2022年、この日本は平和である。
私の見ているこの世界は、万次郎が想い描いた通りの未来となっているのだろうか。

本棚の奥にしまっている福沢諭吉著の『福翁自伝』を改めて読み返したいと思う。
「人生はアドベンチャーだ!」
そうだ、人生はアドベンチャーだ。
まだまだ平凡以下の人生だが、生きてみよう。


2005年、私は大学へ進学するために上京した。
卒業後はそのまま東京で就職したため、結果的に地元を離れることとなった。
私は地元である熊本が好きなので、少なくとも年1回程度は帰省している。
地元を離れたことについて「お前は地元を捨てた」などと冗談で言ってくる知り合いがいるが、私は地元である熊本が好きなのだ。
地元を離れると、必然的に家族と共に過ごす時間がなくなってゆく。
いつだったろうか、祖母と会話したとき、祖母の声が聞きとれなくなったことに気が付いた。
祖母の話し声が変わったわけではない。
私が祖母の声を聞きとれないのだ。
なるほど、そういうことかと納得した。
実家に住んでいたころ、友達が家へ遊びに来ることがあった。
その際に祖母が彼らへ声をかけるのだが、みな総じて「何て言いよらすかわからん」と言う。
私にはハッキリと聞き取れるこの声が聞きとれないとはどういうことだと思いつつ、私が間に入って通訳を行っていた。
なるほど、私も聞き取れなくなってしまったか。
それを悟った時、少しばかり寂しさを感じた。
友達が家へ遊びに来ると、祖母は家の畑で採れた野菜をビニール袋に詰めて彼らへ渡していた。
あの頃の私はそれがとても恥ずかしかった。

今になって、祖母の想いがわかった。


『ジョンマイラブ』という舞台は、ジョン万次郎の妻である鉄の生涯を描いたものである。
サブタイトルを含めると『ジョンマイラブ-ジョン万次郎と鉄の7年-』。
鉄は万次郎の想いに魅かれ、子どもを授かり、そして…
人には必ず終わりが訪れる。
鉄は、若くして麻疹にかかり病死したとされている。
舞台でもそれが描かれていた。
麻疹にかかった鉄がベッドで横になっている。
その様を観て、私は思い出した。
鉄が言う。
「子どもたちに会いたい・・・」
私は涙が止まらなかった。
鉄の強い想いが私の記憶を呼び起こす。


2014年の正月、私は実家に帰省した。
祖母は体を悪くしており、入院していた。
私が盲腸になった際に入院していたところと同じ病院だった。
家族とともに私はそこへ向かった。
病室に入ると祖母がベッドに横になっていた。
私が近くに寄るとビックリした顔でこちらを見る。
私の手を握る祖母の手はとても力強かった。
「○○○か」
祖母が私の名前を呼ぶ。
やはり聞き取りづらい声であった。
そして、大粒の涙を流しながら続ける。
「○○○か、本当に○○○か、足はついとるか」
ここにいるのは間違いなく私であり、幽霊や幻想などではない。
口数が少なく、絶対にその手の冗談を言うような人ではなかった。
私は戸惑ってしまい、気の利いたことは言えなかった。
しばらくの時間が経ち、「またね」と祖母へ伝え、病室を後にした。
帰り道、父が私へ言った。
「お前さっきばあちゃんに"またね"て言ったろうが。けど次はないと思っとけ」

その年の春過ぎ、母から電話が掛かってきた。
「今ばあちゃんが亡くなんなはった。忙しかと思うけん、それだけ伝えとくね」
仕事の昼休憩中であった私は、席へ戻りサンドイッチを一口食べた。
それと同時に「(何をやっているんだ俺は)」と我に返った。
関係者に事情を伝え、すぐさま熊本へ帰った。
それからの2,3日はとても忙しかった。
祖母の眠る部屋で一晩を過ごし、親族で弔い、葬式を行い、祖母を見送った。
長いようで短い、短いようで長かった数日間を終えて東京へ戻った。

祖母を見送った後の週末、幕張メッセでSATANIC CARNIVAL'14というイベントが開催された。
20組ほどのバンドが出演し、「マキシマム ザ ホルモン」「10-FEET」「Ken Yokoyama」の3組が各1時間のトリプルヘッドライナーを務めるというパワフルな音楽フェス。
私の大好きなバンドである10-FEETのステージの中で『その向こうへ』が演奏され、イントロが流れた瞬間に涙が溢れてきた。
我慢していたそれを出し切るかのように。
この週の出来事はこのイベントまでをセットで私の記憶に残っている。


コロナ禍で「エンターテインメントは不要不急だ!」などと言われているが、私にはそう思えない。
映画評論家であった故・淀川長治氏は「映画は人生の教科書だ」と述べている。
私が涙を流した音楽や舞台も「人生の教科書」なのだ。

2016年にリリースされた10-FEETの楽曲『アンテナラスト』。
前年に祖母を亡くしたTAKUMAが祖母を想いながら書いた曲である。

この曲の歌詞には、意図的に"祖母"という表現を含まなかったとのことだ。
それはTAKUMAにとっては"祖母"なのだが、ある人にとっては"父"だったり、またある人にとってはそれ以外の人だったりと、聴く人にとっての大切な人が想い出せるように歌詞が書かれている。
動画の中で涙を流している人たちも、それぞれの想いを思い出しているのだろう。
この曲は私の心にも深く突き刺さる。



「ラブ」とは何か?
私は「ラブ」とは何なのかがわからない。
ただ、人が人を「想う」ことは「ラブ」なのではないだろうか。
私もその「想い」を大切にしたい。


高岡薫、いや、るんさんがSHOWROOM配信で言っていた。
「いつも親が"ご飯をたくさん食べなさい"と言ってくるのが困る」と。
私も帰省した際に似たようなことを言われることがあった。
いつだったか私は母に言った。
「私はもう二十歳を超えた人間ですので、言わんでもいいですよ」
すると母は笑いながらこう答えた。
「親にとったら子どもはずっと子どもやけん言わせてくれ」
それも親の想いなのであろう。
るんさんは愛されているようだ。


物語の中に竹蔵という人物が登場する。
(実在の人物なのかは不明)
彼のことが強く印象に残っている。
竹蔵は貧しい家庭に育ち、お金につられて賊のような形で万次郎の命を狙いに来た。
だが襲撃は失敗に終わり、万次郎の門下生たちに取り押さえられてしまう。
門下生たちは竹蔵を処すことを提案するも、万次郎はそれを却下した。
万次郎は竹蔵の背景を読み取り、教育を施すことにしたのだ。
そこから竹蔵はまっとうな人間へと成長してゆく。
再び万次郎が命の危機に瀕することがあったのだが、今度は竹蔵が守った。
日本で初めてパンを焼いたとされる人物、江川太郎左衛門英龍。
万次郎と江川氏に交流があったことから、竹蔵もパンを口にし、そのマズさを知る。
物語の最後、なんと竹蔵はパン職人になっていた。
主軸から離れたサブストーリーではあるが、私はこの竹蔵の姿にグッときた。
竹蔵のように素直でありたいものだ。


過去の自分の記事を読み返している中で、たった一言だけ祖母の言葉が記された記事を発見した。
生きる=資源の無駄
ありがとう。(12年前の自分へ)

あんま幸せじゃなかばってん35歳になったばい。
元気にしとっけん心配せんではいよ。



親から産まれたことによってこの世に生まれた以上、私もそろそろ「ラブ」を探しに行こうかなと。
当たり前だと思っていたことが実は当たり前ではなかったのだと知る前に、すべてのものを「尊い」と思い「想い」ながら生きることを忘れてはならないのだと今の自分に改めて伝えたい。



おわり
※愛媛をブラブラした話はこちら
初の愛媛へ(12月29日)
初の愛媛へ(12月30日,31日)


昨年末、坊ちゃん劇場(愛媛県東温市)で上演された舞台『ジョンマイラブ』を観ました。
ジョン万次郎の相方となる鉄を、AKB48(team8)のメンバー3名が日程ごとのトリプルキャストで演じます。
この日は、地元愛媛県出身である高岡薫の初日舞台でした。


■12月30日(木)■

[13:05] 坊ちゃん劇場に到着&チケット購入(¥3,900)



ちゃん劇場」。
」が印象的です。
※固有名詞でない一般的な言葉としての「ぼっちゃん」を漢字で書き表すと「坊ちゃん」ですね
「坊ちゃん」の中の「」以外の文字は手書き感があるのに「」だけはフォント感があります。
この真赤な「」には「ただの坊ちゃんではないのだよ」という強い信念を感じます。
あさつゆマルシェ」(微妙に緑ぽい?)も手書き感があて印象的です。
相対的に「クールス・モール」はあまり印象的ではありません。(クールス・モールが悪いわけではない)

----以下、wikipediaの「坊つちやん」のページより引用----
一般的表記(当時の小宮豊隆ら)は、「坊つちやん」、現代表記では、「坊っちゃん」。初出である『ホトトギス』第九巻第七号の目次の表記は「坊っちやん」である。漱石自身は、自筆原稿の表紙や最後の149枚目にあるとおり、「坊っちやん」とも「坊つちやん」とも書いている。印刷物など、「坊ちゃん」と表記されるケースも多い。
----引用ここまで----




コンクリート打ちぱなしのメランコリクな「ちゃん劇場」です。(意味不明)

開場が13:15ということで一瞬だけ「クールス・モール」の内部を散策しました。
いろいろなお店が入た素敵な施設でした。(謎の抽象的なフォロー)
調べてみたら12月の頭に同人誌即売会なんかも開催されていたようです。
立地からは考えられないアグレシブな施設ですね。


[13:20] 坊ちゃん劇場に入場



え列18番です。
前方の座席でした。

私が声優やアイドルのコンサートへ行く際に考えていたことがあります。「女性や小さな子どもは優遇して前方の席へ配置してもよいのではないか」ということです。そのイベントの将来及びその業界の将来を考えるとなんたらかんたら … その時のお客さんが将来的にステージに … かくかくしかじか … まるまるうまうま …
(割愛)


あくまで憶測ですが、意図的に前方座席に配置されたのだと思います。
私が遠方からやってきた人間であり、かつ初見の人間であったため、新規優遇ロジックが働いて前方座席に配置されたのだと思います。私よりも前の座席にも、おそらく初見とおぼしき方々がいらっしゃったような感じがしなくもなかった感じな感じです。しかし、それに混じって坊っちゃん劇場ガチ勢とおぼしき方々も前方にいらっしゃったため、この憶測はハズレですね。残念。(・・・ん?ガチ勢と新規に対して特殊ロジックが働いているという筋はあるかも?)




何はともあれ劇場側のご配慮に感謝です。
(蛇足ですが、もちろん後方まで座席は埋まていました)
周りを見た感じ、グループディスタンス形式で座席が振り分けられているようでした。

開演まで時間があたため、物販に向かい、とりあえず必須だと聞いていた「漂流ライト」を購入しました。



この動画内で解説されている2つのダンスを憶えておくと、ライバルに差をつけることが出来るようです。


[14:00] 舞台「ジョン マイ ラブ」開演
[16:00] 漂流ダンス
[16:20] 舞台「ジョン マイ ラブ」終演



この記事では内容に触れません。
道中でハンカチを紛失していたため大変なことになりました。
ティシュとハンカチは肌身離さず持ち歩きましょう。
そして、万が一のために自宅には「カンパン」「水」「ラジオ」を常備しておきましょう。

終演後、物販へ向かいました。
悩んだ挙句、「漂流Tシャツ」と「タオル」(高岡薫ver)を購入しました。
これらは観劇前に購入して着用すると、これまたライバルに差をつけることが出来るようです。
出演者のブロマイドも販売されていたため、気になた登場人物「竹蔵」のブロマイドを購入しました。
※竹蔵とはパン職人なアサシン(ときどき半裸の飛脚)である



一部のグズはオンラインストアでも購入できるようです。



劇場のロビーに舞台セトの模型(?)が展示されていました。
両サイドの壁(?)にはポジティブが英語が記載されています。

劇場を後にする際、「ご自由にお持ちください」と書かれたポスターが置かれているのを目にしました。
さすがに愛媛から東京までポスターをキレイな状態で持ち帰るのは至難であるため、スルーしました。
が、出口に一歩進んだ後に踵を返し、やはりいただいていくことにしました。(複雑な乙女心を持た35歳男性)



巨大ポスターファイル内のモモーイ(と献血推進ガール)の隣に収納しております。


そんな感じの坊ちゃん劇場でした。

さよなら、坊ちゃん劇場。



次の記事(舞台『ジョンマイラブ』を観て想うこと)へつづきます。
半月かけて過去の自分(大学4年生~社会人5年目?)の記事を読みました。
過去の自分を追体験しているような、不思議な感覚になりました。

はーはー、なるほど
と思うようなものもあれば、
いやいや、ちがうだろ
と思うようなものもありました。

人の考え方って変わるものですね。
今の私の考えと真逆のことを過去の自分が記載していてびっくりしました。
しかしそれでも「その時点でそう考えていた」というのは逃れられない事実ですので、それを書き記すことには意味があったのだと今の私が読み返しながら実感しました。

極端に劣悪な記事や無意味な記事は削除(または非表示化)しました。
※50記事くらいですかね
それと極端に不快な表現については少しまろやかな表現に書き換えました。(反省している)

いくつか気になった記事がありました。


①音楽評論風の記事
Perfume『GAME』
Perfume『GAME』(続)

短文ながらPerfumeを酷評していますね。(反省してない)
いちおう補足すると、、、
その後にリリースされた『love the world』や『Dream Fighter』は良曲だと思いました。(過去形)
なので次のアルバムを購入する気持ちでいました。(過去形)
だけど購入しなかったです。
きっとタイミングの問題です。
もう少し早く発売されていたら購入していました。
中田ヤスタカのDJプレイの中でPerfumeの曲が使用されることが多々あり、そういう時は素直に「あぁ、いい曲じゃん」なんて思ったりします。(反省している)
2006年発売の謎のベスト盤『Perfume〜Complete Best〜』は今でも聴いています。
2022年現在でも通しで聴くことが出来るくらい完成度が高いと思っています。
中田ヤスタカ関連だと、10年遅れでMEGのベストアルバム『BEST FLIGHT』を購入し、そこに収録されている『JOKER』という曲にハマりました。

(もう少しだけMEGを聴いていれば10年以上前にこの曲を知れたのに)
というショックが大きかったです。

2007年時点での渋谷系ミュージックの歴史が音楽雑誌MARQUEE誌上に掲載されていました。
編集長であるMMMatsumoto(松本昌幸)氏の手書きです。
※2007年当時に編集長であったかは定かではない

ここに記載されたアーティストが必ずしも「the・渋谷系」ということなのではなく、これはあくまで渋谷系の要素を持ったアーティストの系譜なのだと理解しています。
音楽のジャンルは日々細分化されておりますので、アーティストを明確にジャンル分けすることは不可能です。
例えば、私は上記のような音楽とは別にロキノン系の音楽も好きです。
具体的には、10-FEETやBRAHMANなどです。(代表例)
洋楽だと、System of a DownやSlipknotが好きです。(代表例)
ジャンルで言うならばラウドロックです。
とはいえ、一概にラウドロックという一つの枠に収めることはできません。
(これはこんなところに記載しきれる内容ではなかったので削除)

このMARQUEEという雑誌、当時はマイナーバンドや渋谷系中心に尖った音楽を扱う雑誌だったのですが、調べてみたところ10年ほど前からゴリゴリのアイドルメインに切り替わったようです。
かゆいところに手が届く雑誌だったのでちょっと残念。

好きなアーティストや気になった記事はスクラップして保管しています。
皆さんも未来の自分のために大切なものは大切に保管しましょう。
あの頃は中田ヤスタカがこれほどまでに活躍するとは思っていませんでした。


②ブログを書く理由1
日本語は難しい その2

読みやすい文章を書くための訓練としてブログを書き始めました。
大学時代の論文執筆はまるで無間地獄のようでした。
自分自身との戦いです。
「〇〇〇でオナニーできるようになるくらい〇〇〇のことだけ考えろ!」
などと教授から厳しい愛の鞭を受けておりました。
私の無知ゆえの愛の鞭。
ナニはともかく、よく夢(悪夢)に出てくるくらいには追い詰められていました。
その甲斐あってか、ある程度まともな文章を書くことが出来るようになったという自負があります。
※ひとまず内容は別として
私はシステム開発関連のお仕事に就いておりますが、日々、文章を書く必要があります。
文章にはその人の性格が出ますよね。
メチャクチャ仕事ができるのに、なぜかメチャクチャな文章を書くという人がたまにいます。
もったいないです。
上記記事に記載された愛の鞭の中のこれ。↓
自分の考えを規定しているものが何であるかを一切省みず、一般論で現実を見ない空論を書いているという「はずかしさ」の感情はないのか?
「信念」希薄なことは書くべきではない。嘘っぽくて、読んでいて白けてくる。

これ、なかなか重要なことだなと今さらながら思いました。
・当たり前のことを当たり前に書いただけの文章
・他人の顔色をうかがったような当たり障りのない優等生の模範解答のような文章
私もこれらが苦手です。
まだまだ俺は斜に構えたことを延々と書き続けるんだぁぁぁーーー!!!(オイオイ)
井上喜久子、17歳でーす!!!(おいおい(棒読み))
※まだ17歳なのに娘さんは20歳を超えてらっしゃるようですね

冗談はさておき、今はもう長文が好まれる時代ではないのです。
いや、長文どころか文章自体が嫌われているのかもしれません。
文章を読むよりもyoutube動画を見たほうがすんなり頭にインプットできるというタイプの人も現れてきました。
そのような流れの中で活字離れが発生し、人々は文章を読むことや書くことを忘れてしまうのです。
・・・まぁ、そういう人が実際にどれだけいるのかは知りませんが。

統計などを調べてみたら、私が想定していたよりも活字離れは進んでいなかったです。(残念!)
そもそも「活字離れ」などという概念は2000年以前から存在していますので、あたかも昨今になって始まったことかのように記載している上記文章は駄文です。
嘘っぽくて、読んでいて白けてきます。

twitterなどで「長文失礼しました」などと書かれているのを目にします。
この「長文失礼しました」というのが「(こんなに)長(々とした)文(章に貴重なお時間をとらせてしまい大変)失礼(致)しました」という意味なのであれば、
(140文字にも満たないその文章のどこが長文なのか)
(10行にも満たないその文章のどこが長文なのか)
そう私は思います。
ただ、私はtwitter界隈に詳しくありません。
なので、もしかしたらtwitterユーザ内のマナー(様式美)として「長文失礼しました」と記しているだけなのかもしれません。
ググってみたら先人の考察が見つかりました。
Twitterでよく見る「長文失礼しました」についての考察
ブログっていいですよね。
・・・って、あれ?
この記事の①に記載した「Perfume『GAME』(続)」のコメント欄を見ると、14年前の私も「長文失礼しました」と同義のことを記載していたようです。
なるほど、そうか、ただの締めの言葉として用いることもあるのですね。
勉強になりました。
ありがとうございます。(14年前の自分へ)


③ブログを書く理由2
ブログを初めて丸4年、、、もう、ゴールしてもいいよね?

このブログでは『ガールズガード 女の子の保健室』というラジオ番組の書き起こし記事を作成していました。
番組も終了したことですし、これ以上語りません。
運営から公開停止された記事もいくつかありました。(運営との戦い、なつかしい)
このブログのテーマからそれっぽいテーマを選択すれば記事を見ることが出来ます。
これによりたった1人でも幸せになった人がいれば(=不幸を回避できた人がいれば)、私がこの世に生まれたことに意味があったのだと思えます。

ラジオ番組に限らず、私は書き起こし記事が好きです。(読む側として)
ちょっと前の記事でも外部の書き起こし記事へのリンクを張りましたし。
場合によっては、映像を観るよりも音源を聴くよりも書き起こしを読むほうが早く済みます。
上記番組以外でも、以下のような書き起こし記事がありました。
桃井はるこ & 長島☆自演乙☆雄一郎
(自分の書いた記事なのに全文読んでしまった)
音源は上げてないよ!文字だけだよ!
というあやしいアンダーグラウンド感が良いですね。



ということで、長文失礼しました。
※この「長文失礼しました」はどういう意味の「長文失礼しました」かな?



おわり