■イベント概要
[タイトル]
 BRAHMAN 30th Anniversary「尽未来祭 2025」
[日程]
 2025年11月22日(土)、23日(日)、24日(月・振休)
[時間]
 開場10:30 開演12:00
[開場]
 幕張メッセ国際展示場9-11ホール
[企画制作]
 NOFRAMES recordings / TACTICS RECORDS / SMASH CORPORATION



バンドBRAHMANの結成30周年の節目に開催されたフェス「尽未来祭」。

仏教用語で"未来永劫","永遠の未来"という意味を持つ「尽未来際」という言葉に由来するタイトルです。

「尽未来祭」の初回の開催は、結成20周年の2015年でした。

そこから10年たった今年。

30周年というのはとってもすごい。(圧倒的語彙力)



1人でフェスへ行くのは10年ぶりでした。

11月はお仕事がとても忙しく、このフェスに行けるかどうかが不明でした。

そのため、チケットを2枚とっていたものの、人を誘うことができませんでした。

フェスって空き時間が結構あるので、1人だと持て余すんですよね。

しかし結果的に、1人で行ったのは正解だったのかもしれません。





こちらが当日のタイムテーブルです。
※画像は公式サイトから拝借

ライブに関するレギュレーションは下記の通り。
公式サイトより引用
【ステージに関して】
他のお客様に怪我をさせることのないよう、配慮と節度を持った行動を心掛けてください。ダイブやモッシュ等の行為により起こった事故、事件、負傷等について、主催者・運営・会場・出演者は一切責任を負いません。当事者間で問題解決をしていただきます。

未就学児及び小学生のステージ観覧エリア前方への立ち入りは大変危険です。お子様連れの方は、ステージ観覧エリア後方をご利用ください。

出演者の撮影・録画・録音等は、いかなる場合も禁止です。撮影行為が発覚した場合は、メディア類は全て没収、データは直ちに消去、悪質な場合は機材も没収させていただきます。

▽持ち込み禁止物
・ビデオカメラ、プロ仕様の撮影機器、望遠レンズ、録音機器の持ち込みはできません。
・ペットボトルの持ち込みは可能ですが、ステージに投げ込む等の行為は危険ですので絶対に行わないでください。
会場へのベビーカーの持ち込みは可能ですが、ライブエリアへの持ち込みはできません。

上記の通り、もちろんモッシュ・ダイブは禁止されていません。

つまり、予期せず大幅に体力を消費することが予想されます。

タイムテーブル的にはシンプルに12:00から観たいところなのですが、最後まで体力を維持できる自信がなかったため、それは諦めました。

結論、14:30のACIDMANから観ました。
※本当は13:40から行ってみようと思ったけど、もうちょっと寝たかった…

観たバンドは下記。
・ACIDMAN
・マキシマム ザ ホルモン
・G-FREAK FACTORY
・10-FEET
・BRAHMAN





■ACIDMAN(14:30~)

[セットリスト]
SE:最後の国 (introduction)
1.輝けるもの
2.夜のために
3.SILENCE
4.白と黒
5.世界が終わる夜
6.ANSWER FOR...(BRAHMAN)
7.ある証明

正直、ACIDMANのCDをあまり持っていません。
※筆者はオジサン(熱心な音楽ファン)なので音楽系のサブスクを契約しておらずCD購入するタイプ。

しかし、ACIDMANの音楽は好きです。

フェスに出てたら観ます。

会場入りしたのが、ACIDMANの前の転換の時間でした。

右往ステージの後方あたりに移動してスタートを待ちました。

定刻になりACIDMAN開始のアナウンス映像が流れ、ステージ後ろのモニターに「ACIDMAN」という文字が現れた瞬間、なぜか涙が出てきました。(理由を言語化できない)

オープニングSEである『最後の国』は観客の期待感を高揚させます。


ほとんどの曲が知らない曲だったのですが、ACIDMANの歌と音を体で受け止めることで、私の中の何かしらが満たされるのを感じました。

演奏も歌唱も丁寧で洗練されていて、とにかくカッコイイ。

MCの内容は下記。 ※当記事内のMCに関する記載はすべて要約です。
・当時、俺たちに名前が似ているバンドがあると聞いていた。ACIDMANとBRAHMANは(字面が)半分おなじ。
・初めてBRAHMANのパフォーマンスを観たときは驚愕した。
・BRAHMANは強いやつらに絶対に媚びない。弱いやつらを絶対に見捨てない。
・BRAHMANに宇宙を足して筋肉を引いたらACIDMAN。


MCの中で、やはり宇宙や星についての話が挙がりました。

毎度のことですが、時には自虐的に、時には真面目に、ボーカルの大木伸夫は宇宙や星について語ります。

「この世界にある物質は、小さなものが集合してできており、その小さなものをもっと突き詰めていくと、1つの同じもので構成されています。たった1つのそれが集まり、姿を変えて、例えばみんなだったり、例えばこのギターだったり、いろいろなものを作り上げています」

後半に演奏された『世界が終わる夜』ではバックモニターに映像が流され、その中に歌詞が表示されていました。

それを見ながら曲を聴いていたら涙が出てきました。

歌詞の一部を引用します。
君は笑ってくれたね
僕はただそれが 嬉しくて
世界が終わることなんて 気にもしないで
小さな星が生まれて消えるだけ

消えて 消えてしまうだけ
消えて 消えてしまうなんて、、、

さよならはもう言わないよ
世界が終わる夜
その時僕ら また此処で笑い合おう
また生まれて また此処で笑い合おう

私は常に死に対する恐怖を抱いています。

しかし、その死を「消えるだけ」と表現し、「また生まれ」ることを見据えるその歌詞に心打たれました。

涙止まらんかった。

過去に別のライブのMCで大木が「人は必ず死ぬ。そして死んだあとはバラバラの小さな物質になって、それはやがて長い時間をかけて別の生命になる」という話をしていたことを思い出しました。

ACIDMANもBRAHMANも、人が必ず死ぬという事実に正面から向き合い、だとしたら自分たちは何をすべきなのかを常に考えながら活動しているという点が共通しています。

その曲が終わると「BRAHMANへ感謝を込めて」的な導入の後、「1コーラスだけ、BRAHMAN始めます!」という"あの言葉"から『ANSER FOR...』をカバーで披露。(大サビでは本家のTOSHI-LOWが登場し、大木と共に歌唱)

尽未来祭でしか聴くことができないはず。

これが聴けただけでも来てよかったと思えた。

最後の曲は『ある証明』。



私も大好きなその曲を共に歌いあげ、ACIDMANのパフォーマンスは終了しました。

とにかくカッコイイ。(何回でも言う)

後日、Twitter(自称X)を見てみたところ、最前列は流血するほど盛り上がっていたようです。
(ACIDMANで流血っていうのがなんか面白い。さすが尽未来祭)







■マキシマムザホルモン(15:20~)

[セットリスト]
SE:MARCHIN'MINT FLAVORS / SPACE COMBINE
1.maximum the hormone
2.「F」
3.便所サンダルダンス
4.ぶっ生き返す!!
5.絶望ビリー
6.ロックお礼参り~3コードでおまえフルボッコ~
7.ビキニ・スポーツ・ポンチン
8.ハングリー・プライド

ホルモンに関してはわざわざ書くことはないかなぁ。。。(大好きだけど)

MCの内容は下記。
・まだライブキッズだったメンバー全員で(今はなき)赤坂BLITZにBRAHMANを観に行った。当時のTOSHI-LOWはマジで反町隆史だった。
・前日の黒夢で清春さんが珍しく時間を気にしていたが、結果的に持ち時間を6分間も押していた。だから「俺たちもオーバーしていいですか?」ってTOSHI-LOWさんに尋ねたら、返ってきた答えは「3日間トータルで演奏していい時間が決められている。帳尻を合わせるためにお前らは6分マイナスだ」。


前日にsecret枠で登場したヌンチャクが『3コードで悪いか』を演奏したことを受けて『ロックお礼参り〜3コードでおまえフルボッコ〜』が演奏されました。

フェスではあまり聴けないかも。

恋のおまじないのあとの最後の曲が『ハングリー・プライド』なのは意外だった。



冷静に考えたらアルバム『予襲復讐』から12年間もアルバムをリリースしていないのにこんなに人気なのは異常。

せめて5年に1枚はアルバムを出して欲しい。

言わずもがな、翌日は首が痛かった。





■休憩

ホルモンが終わり、なんか食べるかということで物販やフードを見回ってみると、フードの並びが異常でした。

どのお店も30分くらい並ぶんじゃないかという感じだったので、通常そんなことはしないんだけど、いったん会場を後にしました。
※フェスではフェス飯を楽しまなければならないという思想なのだけれども、許容レベルを超えた並び方だったので仕方がない。

海浜幕張駅の近くの商業施設で食事を済ませ、会場に戻りました。

10-FEETから再開できればいいかなと漠然と思っていたところ、余裕があったのでG-FREAK FACTORYから観ることにしました。

ちなみに、会場に戻る際、会場横に赤色回転灯を光らせた救急車が停車してたため、一定のケガ人は出ていたのだと思ます。(自己判断でのケガ。私もフェスではしゃぎすぎて強打した鼻から流血したことがあり、一瞬で冷静になって情けなさを抱えながら医務室へ駆け込んだ苦い思い出があります・・・いい年して医者から説教されるという)





■G-FREAK FACTORY(17:50~)

[セットリスト]
SE:ANSWER FOR… (BRAHMAN)(イントロのみ)
1.最後の少年 (BRAHMAN)
2.Unscramble
3.WHO UNCONTROL
4.島生民
5.ダディ・ダーリン
6.Too oLD To KNoW
7.らしくあれと

休憩から戻り、ちょうど1曲目が終わったあたりで会場入りしました。

ほとんど曲を知らない(『日はまた高く』と『ダディ・ダーリン』だけ知ってるニワカ)けど、とりあえず後方あたりで観ていました。

初めてG-FREAK FACTORYを観たのは2013年、10-FEETのthreadツアーのCLUB CITTA'川崎 でした。

めちゃめちゃバンドマンっぽい見た目だなっていう印象でした。

今回、ライブで観るのはそれ以来。

サウンドにレゲエの要素が強く含まれており、新鮮に感じました。

単純に音(パンク・ハードコア系)も好みでした。

『ダディ・ダーリン』は茂木のアコースティックギターソロで披露。



「歌える人は一緒に歌ってくれ」とのことだったので、

出だしの
あなたが信じた空の色は
から私も歌いはじめたのですが、出だしの1文を口に出した時点で涙が出てきてしまい、何回泣くんだって感じですね。

この曲の歌詞には1文字も無駄な部分がないのではないかと思わせられるほど、インパクトのある曲です。

歌詞の一部を引用します。
平和を願うそんな気持ちは
平和を知らない人から生まれる感情であって
平和の中で暮らしている私には
平和を願う気持ちがわからないんです
しかし
平和に気づかないほど毎日は平和で
平和を何と無く繋いだつもりで
いつかその平和とやらを誰かが破くのでしょうか?

今回は、曲の途中から登場したTOSHI-LOWと共にこの部分がゆっくりと歌い上げられました。

今月、私はお仕事でつらかったわけですが、世界を見渡すと「今日を生きのびることができるか」を真剣に考えている人々がいるわけです。

「〇〇の市長が××」とか「□□のせいで中国でのライブが中止になった」とか、そんな話でイライラできるレベルのこの国はあまりにも平和なわけです。

とりあえず今日も日本は平和です。(明日はわからないけどね)

今後はフェスでG-FREAK FACTORYが出ていたら観ようと思います。

『ダディ・ダーリン』の演奏後、TOSHI-LOWが茂木に一言「アコギ、前より上手くなったじゃん」。

こういうの、いいっすね。

MCの内容は下記。
・最初はBRAHMANを客として観に行った。その後、いろんな人が俺たちをBRAHMANに繋げようとしてくれた。しかし、合うとなった場合、「めちゃくちゃ仲良くなる」か「めちゃくちゃ喧嘩するか」のどちらかだと思った。そして、実際に会ってみたら後者だった。それから長い年月が経ち、あるライブで一緒になった時に生年月日と血液型が一緒ということで意気投合した。それ以降、関わることが多くなった。この位置に俺たちを選んでくれたことの意味は理解している。(彼らが立っている右往ステージで次にパフォーマンスするのがBRAHMAN)
・BRAHMANは仲間にとても厳しい。しかし、自分たち(BRAHMAN自身)にはそれ以上に厳しい。BRAHMANがいなかったら今の俺たちはいないかもしれいない。


最後に、『Too oLD To KNoW』という曲の1節が印象的だったので引用します。
汗は流せ ナミダを流せ
でも2度と無駄な血は流すな






■10-FEET(18:40~)

[セットリスト]
SE:そして伝説へ…
1.風
2.スパートシンドローマー
3.ハローフィクサー
4.第ゼロ感
5.その向こうへ
6.RIVER
7.ヒトリセカイ
8.goes on
9.蜃気楼

私がもっとも好きなバンドで、聴き続けて20年以上になります。

重要なトリ前でのパフォーマンスです。

体感的にホルモンよりも観客が多かったような気がします。

今回の印象として、TAKUMAが極めてナーバスになっているように感じました。
※誤解を恐れずに言うと「余裕のなさ」みたいなものを感じた。

バラード(ロックバラード)の『風』からゆったりと始まったものの、

その後はほとんどMCを挟まず立て続けにキラーチューンが演奏されました。

フェスだとけっこうセットリストから漏れることがある『ハローフィクサー』も聴けました。


※コロナ禍の奥ゆかしいライブ映像。モッシュもダイブも我慢できたみんなはエライぞ。

10-FEETの曲だと『その向こうへ』が一番好きかもしれません。



リリース当時、曲も歌詞も衝撃的過ぎて風邪をひくまで聴き続けました。(風邪・・・?)

この曲が好きすぎるあまりライブだとフルでシンガロングしてしまうため、周りの人たちごめんなさい。
(TAKUMAも自分らのファンが歌うことを知っているので、フェスで「周りに歌っとるやつおっても温かい目で見たってくれな」って言ってくれることがある)

MCの内容は下記。
・お前らを悲しませる奴らは俺がぶっ〇す。そういう気持ちでいつもライブをやってます。
・ピラフマンのスシロウ、近未来祭の開催おめでとう。(※かなり真面目な話の中で唐突にこんなことを言い出したので、かなり滑っていた。とても笑える空気じゃなかったもんな)


8曲を終えたところで、時間が余っているからということで最後に(ロックバラードである)『蜃気楼』を演奏。

それが、よりナーバスさを私に印象付けました。

この重要なイベントのトリ前ということもあり、TAKUMAなりにいろいろと考えてしまっていたのかもしれません。(ぜんぜん笑顔がなかった気がする)





■BRAHMAN(19:30~)

[セットリスト]
SE:Molih Ta,Majcho I Molih / (ブルガリア民謡)
1.初期衝動
2.賽の河原
3.雷同
4.THE VOID
5.露命
6.BEYOND THE MOUNTAIN(feat.満, イイカワケン, UME from HEY-SMITH)
7.GREAT HELP
8.其限 ~sorekiri~
9.PLASTIC SMILE
10.Slow Dance
11.FAR FROM...
12.LOSE ALL
13.警醒
14.最後の少年(feat.茂木洋晃 from G-FREAK FACTORY)
15.charon
16.The only way

他のバンドを観る際は、基本的に後ろの方で観ていました。

けどBRAHMANはどうしても前で観たい。

ケガをしたとしても最後だからいいかという気持ちで、前方へ向かいました。

前方のモッシュピットの後ろくらいで観ていました。

1曲目の『初期衝動』を終え、

いつものごとく「さぁ、BRAHMAN始めます」という"その言葉"からの『賽の河原』です。



この曲のイントロは観客を鼓舞させます。

目の前で激しいモッシュが始まります。

そこからは、普段のフェスではなかなか聴けない曲が続きます。

曲が始まるたびに「(お~)」と思いながら聴いていました。

それでも、定番の『BEYOND THE MOUNTAIN』などはテンションが爆上がりします。
※今回はHEY-SMITHのブラス隊とのコラボ

『警醒』のイントロが聞こえてきたときはTOSHI-LOWが降りてくるかと思ったけど、降りてはこなかったです。



この尽未来祭、これ系の他のフェスと異なり、客の年齢層が幅広かったです。

まず、BRAHMANの30周年ということで、当初から聴き続けていると思われるような50代くらいの人を当たり前に見かけました。

そして、小さな子ども(未就学児含む)を肩車した親御さんも多々いました。
※子どもたちはみんな防音用のイヤーマフをつけている。

普通、「子どもがいるからフェスには行けない」となるはずが、30周年イベントとなると別なのでしょう。

客層からも活動30年という歴史を感じます。

私よりも1周り以上年上であろう"見た目が部長クラス"の白髪まじりのかたがモッシュピットに駆け込んでいく姿を見かけたときはビビりました。(怪我したら仕事に影響が出るのでは?)

俺もあんなパワフルなジジイになりたい。

BRAHMANのパフォーマンス時間は約60分ほどでした。(ほかのバンドは40分かな)

怒涛の時間があっという間に過ぎ去り、ついに最後を思わせるMCが始まります。
これまでに多くの仲間を失った。
そいつらを思い返すたびに「俺だけ楽しくやってていいのか?」と思う。
そして、ときどき空を見上げて問いかける。
「俺はどうすればいいんだ?」
すると、あいつらが言う。
「迷ったまま進み続けろ」と。
進み続けることだけが唯一の道。
『the only way』







■総括

お仕事の大きな山場を終えた週末のイベント参加。

このフェスがあったから頑張れた。

弱っていた俺の心に音楽が響き、そのエモーショナルさは涙となって流れていった。

1人じゃなかったらここまで素直に音楽を聴くことは出来なかっただろう。

BRAHMANのパフォーマンス終了後、当日を振り返るかのような「出演バンドたちの当日のパフォーマンスを編集した短い動画」が流された。

気分が落ちやすいこのタイミングでのこの演出である。

圧倒的ホスピタリティに感動した。

これまで参加したフェスの中でTOP3に入るくらい印象的なフェスだった。

文章だけでは表現できないような、いろんな栄養を得られた。

当日の出演バンドの最年少はSiMのMAHとのこと。(俺と同じ歳)

なので、みんな自分よりも年上という安心感もあった。

3日間とも、BRAHMANじゃなければ集められない奇跡的なバンドたち。

BRAHMAN、30周年おめでとうございます。





最後の最後に、TOSHI-LOWが最終日3日目の最後に行ったMCを引用。(自称Xから拝借)

昔読んだ本でその時は意味が分からなかったけど、今はよくわかる言葉がある。
「未来は後ろ向きでしか進めない」
池のボートを漕ぐ時と同じで(背中の方に進むので)進む先は見えない。
過去のことはわかっても未来のことはわからない。
後ろ向きでしか進めない。
もう会えない人は遠くになっていくかもしれないけど大丈夫。
見えてるから。
絶対に忘れないから。
悲しいことつらいこと切ないことむなしいこと、これからもきっとたくさんある。
でも、この幸せな3日間があったから大丈夫。
その航海は『順風満帆』。


※調べたところ、哲学者であるセーレン・キェルケゴールの言葉らしい。





おわり
今回の任務は「移行作業のサポート」。

プロジェクト参画していきなり移行作業・・・?

忙しくなることは事前に想定できていた。

結論から言うと、無事、任務は終了した。
※問題がなかったわけではない




私はシステム開発のお仕事をしています。

時としてITのお仕事には山場があります。

我々が一般的に利用しているアプリやウェブサイトで、

「xx/xx xx:xxからxx/xx xx:xxまでサービスを停止します」

という期間があったりしますよね。

その時、裏側でITの人たちがせわしなく作業を行っています。

だいたい夜な夜な行われます。(今回もそうでした)

それが移行作業(本番リリース作業)と呼ばれるものです。

作業できる期間が定められており、その期間を過ぎてしまうとサービスに影響が出てしまいます。

そうなると、ユーザーのみんなが怒っちゃってSNS上でフルボッコにされたりするのです。

つまり、大きなレピュテーションリスクを伴う任務なのです。

なので、設計や開発では味わえない、大きな緊張感を味わうことができます。

くぅ~、そこにシビれる!あこがれるゥ!(AA略)




移行作業からの参画というのがあまりにも唐突な決定であったため、自身のメンタル面がとても心配であった。

いちおう、これまでに様々な工程や作業を経験しているので、決して無理な任務というわけではなかった。

もちろん、移行作業に深く関わったことも多々ある。

しかし、「応援要員が欲しい」という要望での参画であったため、その現場がある程度荒れていることは安易に予想できた。

そして、もちろんその予想は正しかった。

私が感じた問題点は下記の3点。

①日々の作業が明示されていない。
その日の作業として、何をこなせばミッションクリアなのかが不明。
というか、私へ作業を依頼する側の人たちも、何を依頼すべきかを決め切れていない。
→「作業を振るよりも自分でやった方が早い」と思ってしまう気持ちはよくわかる。
とりあえず作業が溢れていたので増員したというイメージ。
※こちらから見ていてもそういう風に見えていたレベルなので、こちらとしてもその心中はお察しする。

②作業の手順書が存在しない。
作業自体はインプットしてもらえるものの、明確な手順書(正確な手順書)が存在しない。
いわゆる「脳内には存在しているけど、それをモノとしてアウトプットできていない」という状態。
これが原因で、いくつかのミスが発生した。
もちろん、あるあると言えばあるある。
依頼する側としても覚悟の上だったのだろう。

③日々、未知の問題が発生する。
移行作業にはつきものである「未知の問題」が発生し、山積みとなっている。
原因の究明に時間がかかり、工数を圧迫していた。
「〇〇さんじゃないとわからない」というモノもあるある。
・・・いや、これは問題点じゃなくて、ただの当たり前のことか。

一番気になったのは手順書が存在しないこと。

過去に関わった移行作業では、かなりガッチリした手順書を作成していた。

極論、だれが実施しても全く同じ事を実施できるレベルの手順書である。
→これでできない奴はおバカさん、っていう感じのレベル。

なので、「ホントにコレで大丈夫・・・?」と思いつつ移行当日に臨んだ。
→もちろん、自身で手順書を作成する時間もなかった。(体のいい言い訳)

結果、作業のミスが発生した。

とはいえ、リカバリは出来たので最終的には問題なし。

そういうもの。



これまで生きてきた中での自己評価として、私は非常に責任感の強い人間である。

何かしらの問題が発生した際、まず第一に自分を責めてしまう。

冷静に客観視すると他責の割合が高い問題であっても、まず第一に自分を責めてしまう。

「これは〇〇は悪くないよ」と言われても否定してしまう。

「あそこで俺がああすれば回避できたはずだ」という無限のifが脳内に湧いてくる。

事の大小はあれど、今回もそのようなシーンが多々あった。

今より未熟な10年前の私であれば、メンタルを病んでいた可能性が高かっただろう。

今回、この任務に関わるにあたっての自分なりの準備として、

事前に自らメンタルを無理に落とし込むということをやっていた。

自分はとても不幸な人間である。
生まれてきてごめんなさい。


そう自分に念じ、事前に疑似病み状態を作っていた。
※とはいえ、上記の2つは日常から潜在的に頭の中にある。

それに加え、この期間は「仕事以外のことを極力OFFにする」という施策も打った。

結果的に、案外、それらが功を奏したように感じる。

これくらいやれば乗り切れるということが分かった。

振り返ってみれば、良い経験だったのかもしれない。(※ただし決して美化してはならない)

この期間、脳内にはいろんなドス黒いものが浮かんできたが、記載するとコンプライアンス違反になるのでけっきょく書けずじまい。
【注】コンプライアンスとは:企業などが法令や規則をよく守ること。法令遵守。

サポート最終日の朝(=移行本番の朝)、目覚めた瞬間、足をつった。

調べてみたところ、「心理的なストレスが続くと、交感神経の興奮が続くことでふくらはぎの筋肉の緊張も続きやすく、足がつりやすくなります」とのこと。

なんてかわいそうな自分。

責任感が強いというのは良いことなのか悪いことなのか。

う~ん、、、あんまよくないのかも。

・・・けど、無責任な人は苦手なんだよなぁ。。。



2年前、人生で一番病んだ時期があった。

脳内に無数の悩みが渦巻き、思考が雁字搦め(がんじがらめ)になってしまって生産的なことを何も考えることができない状態となっていた。(主に仕事の悩み)

その時、人生において最初で最後のメンタルクリニックに足を運び、そういう系の薬を処方された。

そして、試しに1回だけその薬を飲んでみた。

すると、、、

脳内に渦巻いていたそれらがすべて消え去った。👼

すっきりしすぎるくらいすっきりした。👼


それと同時に、その薬のヤバさに恐怖を覚えた。💀

この薬を飲み始めたら一生飲み続けることになるだろうという考えが頭をよぎった。

幸いにも、その1回以降は一度もその薬にお世話になったことはない。

「困ったときは人に助けを求める」ということを適切に行えば、基本的には何とかなる。

責任感の強さゆえに一人で抱え込んでしまう傾向があったのだが、助けてもらう部分は助けてもらえばいいということを理解した。

というか、自分も人を助けてるしね。

そして必要に応じて自分の心配は自分ですればいい。

今後も自分のことを自分でいたわってメンタル管理してあげたい。



だけど、やっぱり心配はされたいんだよなぁ。

ここで1曲。

ラジオネームありんこからのリクエスト。

「この曲自体は当時から聴いていたのですが、この歳になり、より歌詞が刺さるようになりました。自分の気持ちを代弁してくれているようなこの曲をぜひ流してほしいです」

とのことです。

2006年発売の10-FEETのアルバム「TWISTER」から『NO WAY』。

まずは下記の表をご覧いただきたい。

→私の精神状態
敵味方判別表元気な時普通な時病んでる時
信頼できる人味方味方
普通な人味方普通
信頼できない人普通
↑相手がどんな人か



非常に分かりづらい表である。

せいぜい皆様はこのような表を作らないように気を付けることだな。



元気な時は周りの人間が味方に見えるのだが、病むにつれてどんどん敵に見えてくる。

その感情が極まると、自分自身も敵に見えてくる。

今月の中旬にかけて病みが深まることが予想される。

今月は、病みにより生まれた闇をこのブログに吐き出していきたい。

過去の記事を読み返すと、当時の自分の心境が今の私に流れ込んでくる。

これから発生する闇を忘れないために心境を記していきたい。

・・・とか言いながら、案外、そんなに病まないかも。

(フラグを立てることを怠ってはならない)



平穏に見えるそれは長くは続かない。

明日は我が身だ、震えて眠れ、奮エテ寝ムレ。



fin.
1986年秋:熊本県内に発生。18年間もの間の期間、そこにとどまる。

2005年春:大学進学を期に関東へ侵略する。向ヶ丘遊園駅周辺に滞在。

2009年春:就職を機に東京へ進軍する。都立家政駅の近くにワープ。

2015年春:気分転換のために沼袋駅付近に流れ着く。

2022年末:身を守るために亀有駅あたりに転がり込む。現在に至る。



引っ越しはいいぞおじさん「引っ越しはいいぞ」



2015年に引っ越しした原因は、アパートの住人が放つ騒音であった。
夜中に大声で歌う男がおり、とてもとても耐えられなかった。
歌うだけではなく、(詳しくないので何とも言えないが)エッチな映像作品的なものの音声も聞こえてきたような気がした。
あまりにも耐えがたい状況であったため、K察に複数回相談し、KAN理会社にも複数回相談したのだが、彼のとめどないパッションは収まることを知らなかった。
「そうだ 引っ越し、しよう」と思ったかどうかは忘れたが、引っ越しをした。



引っ越しはいいぞおじさん「引っ越しはいいぞ」



2022年に引っ越しした原因は、アパートの住人が放つ騒音であった。
私がほそぼそと過ごしていたアパート。
突如、ヤツらは隣の部屋へ引っ越してきた。
駅周辺では長年にわたって鉄道関連の工事が行われており、そこで働く工事現場のヤツらの事務所が隣の部屋に構えられたのである。
工事は深夜帯に行われるため、
・23時ごろに事務所に集合し、ワイワイする。(壁がうすうすなので話し声がとてもうるさい)
・0時ごろにバタバタとアパートを出ていく。(ボロボロな金属製の階段なのでとてもうるさい)
・5時ごろに仕事を終えてバタバタとアパートに戻ってくる。(ボロボロな金属製の階段なのでとてもうるさい)
・約1時間、ワイワイする。(壁がうすうすなので話し声がとてもうるさい)
・6時ごろにバタバタとアパートを出ていく。(ボロボロな金属製の階段なのでとてもうるさい)
という感じのサイクルが続く日々。
それに加え、まれに「暴力を振るっているであろうことが安易に想像できる音と怒号」が響きわたるわけなのですよ。
人を全力で壁にたたきつけるのはやめて欲しい。ビックリし過ぎて心の臓がドキドキする。
実家がバイオレンスだったから、フラッシュバックで過呼吸なるわ!
あまりにも耐えがたい状況であったため、管理会社に複数回相談し、長文の張り紙での抗議を2回おこなったのだが、ヤツらのとめどないパッションは収まることを知らなかった。
ヤツらの奏でる騒音に苛まれた結果、ワイのメンタルはバチボコに叩きのめされた。
「あれ?もし俺がヤツらのうちの1人を〇したとしても、10年程度で出てこれるのであれば割に合うのでは・・・?」
という謎の思考が頭を良きった瞬間、
「そうだ 引っ越し、しよう」と思ったかどうかは忘れたが、引っ越しを決意した。
※ほぼヤツらは薬丸さん(ヤク〇さん)なので、張り紙を出すのもメチャメチャ怖かったし、これ以上もめて樹海に埋められるのも嫌だったので、引っ越すが吉との判断。



引っ越しはいいぞおじさん「引っ越しはいいぞ」



2022年に亀有に転がり込んで以降、ある程度の静けさを得られている。
人生初の鉄筋コンクリート造りのマンション。(ただし築年数はたっぷり)
そして駅から結構とおい。(そして築年数はたっぷり)
鉄筋コンクリートが一般的にそうなのかはわからないが、冬でも室内がちょっと温かい。
→この寒さになっても下着姿で耐えられる程度の温かさ。
亀有の歩行者と自転車は信号まもらんから、ちょっと治安悪い感じある。
まぁそれ以外は治安悪くない感じある。
・・
人間は、腰を引くと引っ越しをする。(格言)



引っ越しはいいぞおじさん「引っ越しはいいぞ」
ワイ「うるせぇ!だまれ!」



fin
この半年間、人生史上最もメンタルが不安定な状態であった。
ピーク時は本当に命を絶つことを検討した。
自身の命が絶たれること自体にに対してさほど恐怖感(や拒否感)がないことも理解できた。

この半年間の話。
メンタルが侵されてベットから出られず、仕事を数日間休むということが数回あった。
何をしていても仕事のことが頭から離れない。
休みの日も仕事のことが頭から離れない。
それなのに、仕事中に仕事の内容が頭に入ってこない。
焦りと不安でパニックになり、とても出社できる状態ではない。
永遠に続く暗黒のようなベッドの中、これまでの人生を真剣に振り返ってみた。
すると、これまでの人生においてモヤモヤと感じていた「不安の根源」の正体の片鱗を掴むことができた。
漠然としていたそれの輪郭が見えてきたのだ。
しかしそれは同時に、自身の決定的な欠陥を自身に対して明示的に突き付けることとなった。
それにより、人生における点と点が線になったのだが、その線の終着点も明確になってしまった。

ふっかつのたま(ドラゴンクエスト5仕様)(※)を持っていたのだと思って、改めて冒険の書を開こう。
※桃太郎伝説だと「こんろんのタマ」
※ゼルダの伝説 神々のトライフォースだと「瓶入りの妖精」

まやかしの兆しを求め続けながら、確実に存在するBAD ENDを目指し、無様に元気に進みたい。
今日のお昼にブロンコビリーでステーキを食べながら感じた幸福感はまやかしではない。
そう思える程度にはメンタルが回復してきているのかもしれない。
まやかしではないまやかしの幸福感を得続けることができれば、それは実質的にはまやかしではない。
惨劇を回避するためにループする系のフィクション作品のごとく、私も何とかBAD ENDを打ち破らなければならない。
そう、あと4年後のひぐらしのなく頃までには。


(ブロンコビリーで得られる謎の幸福感の正体は何なのだろうか・・・)