人を信じるのは怖いもの。その人の本当の姿なんてわからないし、言葉だけじゃ今ひとつ怪しい。でも一方で、心の中には人を純粋に信じたい寂しがりやの自分がいるから、ちょっと殻が弱くなったときに一番そばにいる人を信じてしまう。一度人を信じると、無防備で信じてしまうから、ちょっと裏切られたときのギャップがすごい。やっぱり人なんて信じられないと思ってまた自分に殻を作る。でも殻が弱くなったときにまた人を信じてしまう。その繰り返し・・・。

それってでも仕方のないことかもしれませんね。人はみなそれぞれの時間の中で生きていて、その人のことを100%把握することなんてできないんですから。でも、好きになった人のことはなんでも知りたいと思ったとき、どうしても自分の中のイメージでその人を把握しがち。きっとそのときにすでにギャップが出てしまっているのでしょう。

ごくたまに、心の奥底でつながっているような感覚を持つ人と出会うことがあります。言葉はなくても、目を見ればその人のことが感覚的に分かってしまうような。最初はそれが真実かどうかがわからなくて、不安になって、それを確認するための行動をとりますが、お互いがその【つながってる】感を認識してお互いにその気持ちが伝わったとき、なんともいえない【安心感】と【信頼感】が出てきます。そこでの【信頼感】は、100%その人を把握するということが必要でなくなるぐらい深いものになっているはずです。いわば、お互いの殻に穴があいて、そこがつながってお互いの心の奥底が共鳴しあっている状態。本質が分かっていれば、殻の部分なんてどうでもよくなったりします。ほら、恋人を【空気みたいな関係】っていう人がいるでしょう。言葉がなくても、いっしょにいて居心地がよくて、気を使わずにすむ関係。それってきっと【つながっている】状態なんだと思いますよ。

こんな人はそんなにしょっちゅう出てくるわけではありません。相手がそう思うかどうかにもよるし。でも、もし直感的にそれを感じたとき、勇気をもって近づいてみたほうがいいですよ。もし相手にもその感覚をあなたに対して持っているとすれば、自然な形で二人は寄り添っていくでしょうから。
人の心を理解するのは本当に難しいですよね。言われたとおりに行動したら逆に嫌われたり。僕は人の言葉というものは意外と信用していません。殻をもった状態で表にでてくるから。人は誰しも嫌な奴だとは思われたくないから、言葉の中には自分を守るものが含まれてしまっていて、本当の自分を表現してはいません。

一方、本当の自分が出る場所があります。【目】と【口】です。【口】は本当の自分を隠しているときに出てしまいます。微妙に歪んだりします。笑っていても【口】の端は笑ってなかったりします。だから、【口】をずっと見ていると殻に覆われた自分が話しているのか、本当の自分が話しているのか、分かってしまいます。

でも、もっと分かるのは【目】です。【目】は絶対に偽れません。殻をもった自分で話しているときに【口】に出るのと反対に、【目】には本当の自分が出ています。だから僕は人と話すときはほとんど【目】を見ています。もちろん言葉も聞いていますが、言葉と本当の自分の気持ちが合っているかどうかを【目】で確認しています。言葉がすごく上手な人もいるし、【口】にもでてこない人もいますが、【目】だけは偽ることができないようです。

何でなんでしょう?『目は口ほどにものを言う』というぐらいに、【目】から発せられるパワーはおそらく体の中で一番強いんでしょうね。また、幼児は【目】でみたものをそのままイメージとして吸収していきながら成長していくところをみると、【目】にはありのままの姿を捉える力があるのでしょう。だから、【目】はきっと人間の体の中で一番純粋なところで、本当の自分が知らず知らずのうちに表に出てしまうところなのでしょう。

ほら、仲のいい恋人同士ほど、「見詰め合う時間が長い」って言うじゃないですか。それって、お互いに隠さなきゃいけないものが少ないからなんだと思いますよ。
本当に好きになった人がいても、いろんな状況が邪魔をするとき、その気持ちを捨てようとする心が働くことってあります。出口の見えない恋で、好きでもなんだか辛い。会っているときはすごく幸せなんだけど、別れた直後に妙な不安感に襲われて、いてもたってもいられなくなる。そんなときは心の中で【理性】と【感情】が喧嘩をしている状態なんでしょう。【感情】はとてもパワーがあって、【感情】で動いているときは【理性】なんてとても太刀打ちできません。でも、残念ながら【感情】には持続力がありません。だから【感情】が疲れた頃に、ずっと安定している【理性】がここぞとばかりに【感情】を消してしまおうと襲ってくるのです。しばらくはそんなすったもんだを繰り返しているうちに、あまりに出口が見えないとそこに【意志】が【理性】に加担してきて、【感情】のパワーを封印することが心の中で起きます。それがいわゆる『別れ』というものです。

ただ、そのときの【感情】というのは封印されているだけで、実は心の片隅にずっと残っています。どこに?心の殻の中にです。【意志】と【理性】が、【感情】を心の壁の中に塗りこめてしまったのです。ということはどういうこと?自分の中の殻がまた厚くなってしまったんです。その人に対する【感情】が大事なものであるほど、かけがえのないものであるほど、そのパワーは大きいのでより厚い殻を作ってしまう。

でも、昨日も言ったとおり、殻は薄くなったりひび割れたりするんですよ。だからどこかで封印したはずの【感情】が顔を出すことがありますよ。そのときに失ったものの大切さをはじめて実感するんだと思います。

とは言いながら、今の状況でそうするしか仕方がないことだってあるだろうと思いますよね。確かにそうだと思います。でも、本当にそれは解決できないのでしょうか?もしかすると時間が解決してくれるかもしれませんね。あるいは、【意志】を逆に味方につけることで解決してしまうかもしれませんね。絶対に不可能ということは、意外と少ないと思います。「人間死ぬ気になればたいがいのことはできる」んだと思います。もちろん、それだけの困難な状況を打ち破るためには、犠牲にするものはあるでしょう。でも、その【感情】が自分にとって大切なものであるほど、犠牲をおそれてはいけないと思いますよ。

人間は【感情】だけでは生きられません。【理性】と【感情】の両方があってはじめて日頃の生活ができるんだと思います。でも、持続力のある【理性】に【感情】が最終的に押されるばかりじゃなくて、時には【感情】優位で【理性】とうまく共存してはいかがですか。
人はみな心の中に【殻】をもっています。それは、【本当の自分】を他人に見せないようにしている殻。でも時々その殻をぶち破って【本当の自分】が表にでてきてしまうときがあります。お酒で酔っ払ったときとか、ハンドルを握ったときとか、恋人から別れ話を切り出されたときとか。その直後に表に出してしまったことに対して自己嫌悪に陥ったりしますが、その反面、不思議と【本当の自分】を解放できたことによる充実感がでたりして。おそらく、【外側の自分】に対するストレスを【吐き出そうとする自分】が、【隠そうとしている自分】と殻の内側で同居していて、力関係が逆転するのでしょう。多くの人は殻の内側と向こう側を行ったり来たりしながら、ストレスを絶妙なバランスで調整しているのだと思います。

中には、あまりに殻が厚くなってしまっていて、それをぶち破らない人もいます。そうなると少々のことでも平気。周りの人は【外側の自分】をそのままに評価していて、自分もそれをよしとしていてあえて波風を立てないようにすることに慣れている。殻の内側では【隠そうとしている自分】が【吐き出そうとする自分】に覆い被さっている状態。でも、それは力関係だけのことであって、同居していることには変わりない。ちょっと油断をすると飛び出そうとするから、余計に普段から気を抜けない。それって本当はストレスなはずなのに、殻が厚い分表にでてこない。むしろ、それを気づかないようにするために自分の中で殻をもっともっと厚くしていく。殻の中はどうなっている?おそらく、ストレスと【吐き出そうとする自分】がタッグを組んで、殻の内側にタックルをしているのでしょう。だから、内側は実は傷だらけ。何かの拍子に殻が薄くなったり、強い外からの衝撃でひびが入ったりすると、その傷が見えてきて痛い痛い。急いでまた殻を厚くしようとするけれど、その傷は決して治ることはありません。

それを治す方法ははただ一つ。時々外の空気に当ててあげること。さっきの方法もあるし、限られた人にだけそれを見せればいいんだと思います。それが、自分にとって特別な人だったらこんなに素敵なことはないですけどね。
人はみな心の中に【殻】をもっています。それは、【本当の自分】を他人に見せないようにしている殻。でも時々その殻をぶち破って【本当の自分】が表にでてきてしまうときがあります。お酒で酔っ払ったときとか、ハンドルを握ったときとか、恋人から別れ話を切り出されたときとか。その直後に表に出してしまったことに対して自己嫌悪に陥ったりしますが、その反面、不思議と【本当の自分】を解放できたことによる充実感がでたりして。おそらく、【外側の自分】に対するストレスを【吐き出そうとする】自分が、【隠そうとしている】自分と殻の内側で同居していて、力関係が逆転するのでしょう。多くの人は殻の内側と向こう側を行ったり来たりしながら、ストレスを絶妙なバランスで調整しているのだと思います。

中には、あまりに殻が厚くなってしまっていて、それをぶち破らない人もいます。そうなると少々のことでも平気。周りの人は【外側の自分】をそのままに評価していて、自分もそれをよしとしていてあえて波風を立てないようにすることに慣れている。殻の内側では【隠そうとしている】自分が【吐き出そうとする】自分に覆い被さっている状態。でも、それは力関係だけのことであって、同居していることには変わりない。ちょっと油断をすると飛び出そうとするから、余計に普段から気を抜けない。それって本当はストレスなはずなのに、殻が厚い分表にでてこない。むしろ、それを気づかないようにするために自分の中で殻をもっともっと厚くしていく。殻の中はどうなっている?おそらく、ストレスと【吐き出そうとする】自分がタッグを組んで、殻の内側にタックルをしているのでしょう。だから、内側は実は傷だらけ。何かの拍子に殻が薄くなったり、強い外からの衝撃でひびが入ったりすると、その傷が見えてきて痛い痛い。急いでまた殻を厚くしようとするけれど、その傷は決して治ることはありません。

それを治す方法はただ一つ。時々外の空気に当ててあげること。さっきの方法もあるし、限られた人にだけそれを見せればいいんだと思います。それが、自分にとって特別な人だったらこんなに素敵なことはないですけどね。