神戸「世界一のクリスマスツリー」について個人的に思うこと(※追記あり) | 有川浩と覚しき人の『読書は未来だ!』

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記事を読んでみたきっかけは、いくつかあります。

個人的に信頼する作家さんがTwitterにてRTしていたこと。

記事の筆者のプロフィールにある大学が、個人的に大切な方がご縁を持っていた大学であったこと。

神戸を故郷とする個人的に大切な方々がいること。

だから、このblogも、あくまでそうした個人的なご縁を感じた個人的な私の意見です。ということを最初にお断りしてから書きたいと思います。(下記URLの記事をご覧になった前提で書くものです)


http://news.livedoor.com/article/detail/14029194/

物議を醸している「世界一のクリスマスツリー」について。
私は田舎の出身ですから、山の間伐の重要さも、間伐材を利用することによる林業の活性化も理解しているつもりです。
割り箸をむやみに否定してマイ箸を持ち歩くことが流行ったときも、「エコだから」と誇るようにマイ箸を取り出した方に「本当に日本の林業や木のことを考えるなら、国産材を使った割り箸を使うほうがいいと思う」と言ったことがあります。
(今はご存じの方も多いでしょうし、私は自分の生まれ育った環境で自然と身についていた知識なので、甚だざっくりとした感じですが、念のためのご説明。山の木は間引かないと良い材木が採れませんが、間引く若木は長さが足りないので材木として出荷することはできません。そんな間伐材を有効利用して山林が収入を得る方法が割り箸でもあります。ただし、今は外国の木で作った割り箸を輸入することも多いため、割り箸=日本の山林の副収入という図式は簡単には成り立ちません。国産間伐材の割り箸の需要が増えたらいいなぁ、というのは、手入れをする人がいなくなってしまった荒れた山を見る度に思います)

さて、山を維持するための間伐に一定の理解があり、植物についてもある程度の知識を持っており、阪神・淡路大震災の頃に被害の外縁地域ではありますが関西に住んでいた私ですが、件のクリスマスツリーについてはぼんやりとした違和感を覚えていました。

山の間伐とは何かが違う。
ルミナリエとも何かが違う。

しかし、その違和感が何なのか、私には掴みきれずにいました。
鎮魂のために電飾を点すのはよくて、老木をクリスマスツリーとして飾るのは駄目なのか、と言われると、確かにそういう考え方もできるしな、と思いました。
もやもやしながら、この件については触れずにおこう、と思いました。

なるほど、そういうことか。と腑に落ちたのは、この記事を読んでからです。
ぼんやりとした違和感を覚えながらも、それを明確に言語化することができなかったのは、私が当時住んでいたのが「被害の外縁地域」だったからです。
下宿の隣のアパートは完全倒壊しました。下宿の内見の候補にも上がっていた物件でした。

(※当時の記憶を改めて確認したところ、死者が出たかどうかは分からないという結論になったので、死者が出たという記述を訂正させていただきます。住民が残っていたら生きているとは思われない状況でしたが、救出などの騒ぎが起きていなかったので、住民は避難した後の倒壊だったかもしれないという結論になりました)
でも、私の住んでいたアパートは大きな被害はなく、水も電気もガスもその日のうちに復旧しました。
運悪く倒壊した建物が町内にちらほらあり、犠牲者も出ている。
しかし、秩序の混乱はありながらも、比較的早く日常を取り戻した地域に私は住んでいました。
該当の記事のような痛ましさは、知人から話が入ってくる程度で、自分の身近な体験としては持っていませんでした。
だからこそ、震災の「被害」について軽々に語ってはならないと思いました。
大した苦労もせずに震災を過ごした私が、被害の痛ましさを分かったように語ってはならないと思いました。
それは、当時、私と同じようなレベルで震災を体験した人々の間に、暗黙の了解としてあったことのように思います。
作家になってから東日本大震災が起こったとき、過度な自粛に対する危惧から、自粛は被災地を救わないという発言はしました。

曲がりなりにも大規模震災を経験したことがある人間ではなくては公に言いにくいことですし、これは自分の実感として確かにあったことだからです。
しかし、阪神・淡路大震災の「被災者」としてではなく、あくまで「体験者」としてしか語ってはならないという自分の中の禁忌がありました。
それは私が独自に判断したことではなく、「暗黙の了解」が育てた「分際」です。

であればこそ、だからこそ。
記事が生々しく訴える悲痛は、伝聞として「知ってはいる」ものの、おおっぴらに語ることは憚られる。
そうした節度を保った空気が、「外縁地域」まで含めた阪神・淡路大震災の被災地域に醸成されていたと思います。
本当の悲劇は、当事者しか語ってはならない。
当事者に対して軽々に「悲劇の語り部」たることを求めてはならない。
分際をわきまえたその暗黙の了解を、私はたいへん好ましい人間の営みだと思います。

であればこそ、だからこそ。
記事の訴えるような悲痛の記憶は、暗黙の中に受け継がれ、その生々しさには少しずつ忘却のベールがかかってきたように思います。
そのベールは、痛みが癒えるために必要なことでもあります。
知っているけど、敢えて大声で語らず、「覚えておく」。
そういうことが必要な段階が、個人、公、あらゆる悲劇にあると思います。
そして、阪神・淡路は、被災地域としてその段階に入っていたように思います。

であればこそ、だからこそ。
その暗黙にひっそりと受け継がれてきた生々しい痛みを「直接には知らない」人々が、勇み足を踏んでしまった。
今回のことはそういうことだったんじゃないかな、と私は受け止めました。

記事の論調は激しく怒りをぶつけるもので、反発を覚える人も多いかと思います。
実際、世界一のクリスマスツリーよりこの記事のほうがフラッシュバックを起こさせるんじゃないか、というような批判も見受けられました。
それもまた一理だと思いますし、もう少し穏やかに論を導けたら反発が少なかったんじゃないかとも思います。
しかし、私はこの記事で腑に落ちた自分の感覚を大事にしようと思いますし、この記事を読めたことに感謝したいと思います。
筆者が被災当時にどこに住んでいたかは存じ上げません。
しかし、あの筆致からすると、ご本人かご本人に近い人が、私などよりずっと「近い」地域であの日の絶望を見ていたのだろうと思います。
そして、この漠然とした違和感に、あの日の絶望を「近い」場所で「知っている」誰かが警鐘を鳴らすことは、必要だったと思うのです。

山の間伐と似ているけど何かが違う。
ルミナリエと似ているけど何かが違う。

「地方の山林を肌感覚として知っている」
「外縁ではあっても阪神・淡路大震災を体験している」
その私でも、違和感を掴みかねていました。
今ではあの日の絶望を実感として知っている人のほうが少ないでしょう。
このままでは「鎮魂」を華やかな商業イベントにすることが全面的に是とされてしまう、という危惧が、筆者の筆を苛烈にしたのではないかとも思います。

当時、阪神・淡路大震災を「体験」していた私でも、ルミナリエの本質は今回の記事を読むまできちんと分かっていませんでした。
被災者がその人工の光に見出した希望を共有することなどできませんでした。
分かる、と言ってしまってはいけないのだと思います。
被災の中心地ですら被災程度は千差万別です。
家が全壊した人。半壊した人。無事だった人。
家族が亡くなった人。家族が無事だった人。
友達が亡くなった人。友達が無事だった人。
恋人が亡くなった人。恋人が無事だった人。
世帯主が会社員であったか、自営であったか。
被災による経済状態の困窮の程度。
本人の精神状態。
被災地の真っ只中ですら、恐らく誰も同じ痛みの共有はできないのです。
ルミナリエの光も、全く同じに見えている人は今まで一人もいなかったのでしょう。
私など「体験」しかしていないのだから、分かると言ってしまうのはただの傲慢です。
人は痛ましいことに関して、自分の知っている範囲で思いを致すことしか許されないのだと思います。

「世界一のクリスマスツリー」で地域を盛り上げよう、という思い自体が間違っているとは思いません。
善かれと信じて職分を尽くし、また応援している人もたくさんいると思います。
そういう方々を否定しようとは思いません。
しかし、その華やかなイベントに「鎮魂」の王冠を被せてしまうことは、やはりこれは「主催者側の」勇み足ではなかったかと思います。
例えばですが、最初から「鎮魂」を謳わず、「神戸のクリスマスを盛り上げよう」という趣旨で間伐材を運んできて「世界一のクリスマスフォレスト」を作るイベントであれば、私は違和感を覚えなかったと思います。
イベントの後に材を加工してグッズを作ることも「なるほど、そういう山林支援もあるのか」と感心したと思います。

「鎮魂」を謳ってしまった勇み足が、イベントの可能性をいびつにさせてしまった不幸な事例だと思います。
主催者側の「問題提起」という発言も読みましたが、「鎮魂」を問題提起の材料にするのは、私は強い違和感を覚えます。
また、せっかく楽しみにしている人も多い「クリスマス」という年間行事を、「問題提起」に使って水を差すことないんじゃないかしら、と庶民の私の首は斜めに傾いてしまうのです。

ルミナリエですら、存続の形には様々の議論が持たれていると聞いています。
神戸という地で、クリスマスのこのイベントを是とするか非とするか、そんな踏み絵を新しく作って踏ませることはなかったのではないかと思います。
せっかく新しいイベントを立てるなら、誰もが屈託なく楽しめるものであってほしいと思います。
次にまた神戸でクリスマスイベントを立てるなら、誰もが「素敵だね、楽しいね」と笑えるものであってほしいと思います。
そしてまた、今後「鎮魂」の冠を掲げるべきか否か、全てのイベントが注意深く謙虚に自己を精査してほしいとも思います。

「鎮魂」は一部の方の発想による「問題提起の材料」に使われるべきではありません。
阪神・淡路大震災は、都市部の大規模震災の最初の事例です。
日本有数の商業都市が立て直せるかどうか、日本中が注視していました。
望もうと望まざると、震災を絡めた立ち居振る舞いの一つ一つが、地域を癒やしていく営みの最初の事例として注目されるのです。
そのことを胸に刻んで、他の被災地域が「あの道を行けば癒やせるのだ」とたどれるような道を作ってほしい。

あくまで個人的な意見ですが、私はそう願います。

 

追記(2017/12/17)

「西畠氏も川西市の被災者ですが」という意見をいただいたことを受けて、追記です。

関西には、知り合って間もない人との間に阪神・淡路の話が出るとき、「当時はどちらにお住まいでした?」と尋ねる間合いが今でも残っているように思います。
この人とどこまで当時のことを話していいか、という暗黙を探る手がかりが、当時住んでいた地域になります。

だからどうだ、という話ではなく、当時関西、今も関西という人にとって、あの震災は何となくそういう感じなんです、というだけのお話です。

「関西全般に『これだけは』と共通する体験がない」のが阪神・淡路大震災だったんだな、と改めて思います。

「共通する体験がない」ということだけが唯一の逆説的な共通体験。

人それぞれ。同じ地域ですら千差万別。

だから自然と慎重になる。

だから、誰かが「阪神・淡路の被災というものは」と代表して語ることもしない。

あくまで「私の場合は」となる。

どんなに被害の大きな地域にいたとしても、「自分より更に辛かった人がいるかもしれない」となる。

そんな感じ、としか言えませんが、そんな感じです。

だから、「西畠氏も被災者ですが」という意見に対しては、「誰もあの震災を代表して語ることはできないと思うんだけどなぁ」という感じなのです。

それは西畠氏だけでなく、全ての人が「代表者にはなれない」。「震災の体験を振りかざすことはできない」。

それが関西に今でも残っている空気だと思います。

人に障らないように、各自で思いを致すしかない。

 

『阪急電車』で取り上げた武庫川の中州の『生』の字は、最初ひっそり出現しました。

「あれ何だろう?」と当時はちょっとした謎で。

地元の芸術家の大野良平さんが、鎮魂と再生を祈念して、一人でこつこつ石を積んでらしたと後から分かった。

何度も増水で流失し、賛同者が集って再生し。

お一人の頃と比べて字が太くなった。

「人に障らないよう」。「各自で」。

石をコンクリで固めないのは、「障らないよう」という配慮だと思います。

震災の記憶を中州にコンクリでとどめてしまうことに、逆に痛みを覚える人がいるかもしれない。

祈念の濃やかさを感じます。

私にはそんな『生』の成り立ちのほうがしっくりくるのです。

ルミナリエが寄付で運営されているのも、同じ濃やかさだと思います。

いつか痛みの生々しい記憶が薄れ、石を積む人が減り、ルミナリエの寄付が減って開催できなくなったときが、二つの祈念が役目を終えるときだと思います。

それは鎮魂の放棄でなく、成就だと思います。

鎮魂は義務ではなく、権利ではなく、ただ祈りであるべきだと思います。

 

鎮魂の名の下に対立が起きるというのは、やはり違和感があります。

本来、争う必要のなかった人々だと思います。

鎮魂の「是非」を巡って争うことは、最も鎮魂の志に背くものだと思います。

鎮魂の名の下に対立が起こった。
その事実は主催者が受け止めるべきことで、私たちは粛々と、冷静に、主催者や行政に「支持する理由」「支持しない理由」を伝える。
出現してしまった踏み絵に対して、私たちはそれしかできないのだと思います。
感情的に異論を責め立てることは相手を頑なにさせ、遺恨しかもたらしません。

批判精神が足りないという意見も拝見しましたが、私は鎮魂の名の下に起こってしまった対立を煽りたいわけではありません。

だから、主催者に対しても、行政に対しても、「私は違和感がある」としか言いたくないし、透けて見えるいろんな人のいろんな思惑を責めたくない。

純粋に鎮魂に協力しようとした人もいるはずで、そうした方々の思いを無碍にすることはしたくないし、そうした方々の肩身が狭くなってしまうようなことはしたくない。

僭越であることを自覚した上で怒りを表明したであろう純丘氏のおかげで、違和感は私の中でクリアになりました。

純丘氏が「僭越な怒り」という泥を被ってくださったことに返すべき感謝は、「起こる必要のなかった争い」を煽ることではないと思います。

私はそれより、支持者も不支持者も矛を収められることを願いたい。

だから、批判ではなく「個人的意見」なのです。

 

支持する人も支持しない人も、自分が何をしたいのかを見つめる必要があると思います。
私は「鎮魂の名の下に起こる対立」が忍びなく、同じ対立の再来を避けたいと思います。
そのために、私の覚えた違和感を、神戸市と主催者に伝えたいと思います。
・主催者の意図はどうあれ、鎮魂の名の下に対立が起こった。
・その事実は冷静に受け止め、同じ混乱が起きないように、今後は一層の配慮をしてほしい。
週が明けたらそう伝えます。

あくまで、私個人の選択です。

 

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