ある日突然「これがあなたのお父さんよ」と紹介されたらどう思うだろうか?

私が真っ先に思った事は知らない人が来た!の一言だ

それまで祖父母と居候している伯父と土日のどちらかに遊びに来ては泊まったり、その日の内に帰ったりするもう一人の伯父で暮らしていたのだ

ちなみにあの意地の悪い親戚とは滅多に会っていなかった

そんな状態で突然来られても、お父さんだ!とは思えるはずがない

内弁慶な私は人見知りが激しいので、とにかく何を話しかけられても上手く答えられなかった

丁度幼稚園に上がる頃だった

それでも祖父が居る頃は上手くいってた様な気がする

様なというのは、記憶がないからだ

小学校2年辺りで祖父が入院するようになってから家の中が少しずつ可笑しくなり始めた


祖父が居た頃は毎日帰って来た父がまず帰ってこなくなった

帰ってきたとしても必ずと言っていいほど泥酔しているのである

そんな時に目が合うと「目つきが悪い」などと言いがかりをつけられ殴られるので

とにかく寝たふりをしては、早く眠りにつく事を祈っていた

よく一人で文句を言っては、暴れていたりしていた

目を閉じているので音しか聞こえないが、見えない分恐怖なのだ

その後祖母と何か言い争う声が聞こえてくる

とにかく早く終わってくれと願うばかりだ

そして居候していた伯父も入院

代わりに週毎に来ていた伯父が頻繁に出入りするようになった

この伯父には勉強をよく教えて貰っていた

その日は伯父以外誰も居なく、だけどいつも通り漢字の書き取りとまだ習っていない分数を教えて貰っていた

そんな時突然胸を触られた

その頃の私にはそんな知識もなければ、ロリ趣味のある人が居るなんて事も知らなかった

無い胸触って何が楽しいんだろうと呑気に思っていたのだ

異変に気付いたのは、自分の見せて触らせようとした時だ

「何やってるの?」

と言い終えるか否かキス

そして無理やりのっ掛られて、そこからは思い出したくもない

どんなに嫌!と叫んでも誰も居ないのだ

どこにこんなに力があるのかと思うほど強い力でねじ伏せられ、やられ放題だ

なんだか判らないけれど、とんでもない事をされたという事に愕然とした

それからは二人きりにならないように、極力避け続けていた

ある日、この伯父が泊まる事になった

祖母がいるから何かあっても大丈夫だろうとこの時は思ったのだ

やはりというか、祖母が寝ている隙を狙って布団の中に入ってきた

私は隣で寝ている祖母を叩き起した

一度寝るとなかなか起きない方なので、起こす方は必死だ

そんな状態でもこの伯父は平気で体を触ってくる

着ていたパジャマはあっという間に脱がされた

嫌!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

と叫んでいると、やっと祖母が目を覚ました

「伯父さんが変な事してくるの!」

当然助けてくれると思っていた

しかし返って来た言葉は

「汚らわしい」

の一言だった

そして信じられない事にそのまま寝てしまった

「じゃあ続きをしようか」

この家には誰も自分の味方は居ない

自分の身は自分で守らなければいけない

そして家族といっても所詮は他人だ

そんな事を小学2年生という歳で知る事になるのだった

ちなみにこの関係は私が5年生になるまで続いた

大人の体になったから興味を無くしたのだろう


自分が今精神疾患に冒されている原因を考えた時に、まずきっかけとして考えられるのは家庭環境だった

小さい頃からこれは変だと思っていた事を「これが普通」だと言い聞かせられ続けていた

それでも可笑しいと抵抗していたら、躾という名の虐待をされてきたわけだ

躾で氷点下10℃の雪の中に、コートも着せずに放りだすか?

毎年凍死のニュースが何件かある北海道で

下手したら死ぬっちゅーの!

実際近所の人に助けられなかったら、死んでたぞという事も多々あった

「途切れた記憶」を書いている内に、それこそ忘れかけていた出来事を少しずつ思い出して来た

嫌な目に一杯遭ってるなぁ

よく耐えたな、あの頃の自分と感心してしまったり

後で判ったことだけど、私の家系全員精神疾患持ちだった

だからあんなに変だったのかと納得したりして

それと今みたいに精神疾患に関する情報ってタブー視されて、なかなか手に入らなかった事も原因かな

今ならネットで簡単に調べられるけどね

自分は正常じゃないという意識を持ちつつも、原因が判らない

またメカニズムが判らないから歯止めがきかなかった部分も多かったなぁ

通院して3年目に突入するけれど、病名とか診断されて自分でもその関連の本を読んでいる内に

段々自分の中の波も掴めてきて、だいぶ生きやすくはなった

理由も判らず突然苦しい辛いと思うのと、今鬱状態だから辛いんだなと思うのとではやっぱり違う

死にたいって感情が起きても、昔はすぐ行動化していたのも、今はとりあえず安定剤飲んで様子見とか

睡眠薬飲んで寝逃げとかね、対処法が出来たのは良かった

昔の事を思い出すのは辛い

だけど、やっぱり自分が囚われているのはこの頃の記憶だと思うので吐き出しちゃえば楽になるかなって

その分痛みも感じるから、ある種自傷行為みたいなもんだ

主治医にすら言った事のない、本当に深層心理の部分だから

その人はいつも寝たきりで(何の病気かは判らなかった)で、床についている事が多かった

盲目で、歩く時はいつも白い杖を手にしていた

何も話さなくても、気配でそこに誰がいるのかを感じ取れる人だった

その人が目の前に来るだけで、空気が一変する

「この子は繊細な子だから、大人げない事を言ってはいけない」

その一言だけで静まり返るそんな力を持った人なのだ

まぁ、このババァは懲りずにその後も色々むかつく事を言ってきた学習能力無しの馬鹿だった


その家はとある新興宗教をやっていた

その関係で親戚やその信者が集まる事が多く、私もよく参加させられたものだ

特に10月には大祭と言われる大きな祭りがあった

子供心にも自分の家系は変わっていると思っていたが、大人になって改めて考えるとやはり変だと思う

そしてその大祭では、神のありがたき言葉が聞けるというのである

そのありがたき言葉を伝えるのが、さっき私を助けてくれた盲目のおじいさんだった

そう、つまりその集まりの中ではこのおじいさんの言葉はいわゆる神の言葉と一緒なのだ


ちなみに私は生まれた時に

「この子はとても頭の良い子だ

20歳を過ぎると美人になる」

と予言され、神が認めた子だという話になったらしいが、その割には扱いが悪いのは何故だ

あといい歳こいて馬鹿なままだし、20歳超えて人並み程度のルックスになったが(それまでデブだった)

美人にはなっていない

全然合ってないじゃないか!


そのおじいさんが本格的に悪くなる前に、私はその家に頻繁に出入りするようになっていた

いつも行く度に、訪問看護士と鉢合わせをしていた

もう自力で歩く事もなく、幼心に長くないと知った

「そこにいるのはアリカ?」

「うん」

「綺麗な子だ」

私の両頬を撫でながらそっと言った

当時はとてつもなく太っていたので、漬物石とか横綱とかあだ名をつけられていた位だ

「どこが?」

それには答えずに

「数奇な運命をもっている」

というような事を言っていた

当然小さい私にはこの言葉は難しくて理解出来なかった

ただ話し方から、とてつもない事が身に起こるそんな予感がした

そしてその予感は見事に当たってしまうのだった


おじいさんが亡くなった日

とても寒い日だった

いつも自分の事を可愛がってくれて、味方になってくれた

そんな人が居なくなった

人が死ぬという事も誰にも教えて貰わなくても、この時既に知っていた

祖母はこの家に泊まると言っていたが、祖父を一人帰すのは気が引けて一緒に帰った

そう、この祖父も少ない私の味方だった

タクシーに乗った時、静かに雪が降り始めた

この時期に降るには少し早い雪だった

私が雪が嫌いなのは、この寂しい思い出を思い出すからなのかもしれない