22日の「報道ステーションSUNDAY」で私は初めて、京都嵯峨野トロッコ列車という存在を知りました。
嵯峨野や嵐山は、京都の中では1番好きな場所で、昔は何度も訪れていたのですが、気がついたらもう20年以上も関西方面には行っていませんでした。
番組でとても感動したお話があるので、それを今日はお伝えしたいと思います。
嵯峨野駅から亀岡駅まで7.3キロをおよそ25分で結ぶトロッコの旅は、大人600円。
このトロッコ列車、年間100万人が乗車しており(座席数は312席)当日券はすぐに完売になるほどの人気だそうです。
車両は、国鉄時代の中古車両を改造したものでレトロな作りなのですが、何故人気があるのかと言うと、ものすごい絶景が楽しめるのです。
時速25キロというゆっくりとしたスピードで走っているのですが、保津川の鉄橋の上でも景色を楽しませる為に止まってくれます。
秘境の無人駅、保津峡駅では18体のタヌキが。(近畿の駅100選)
しかし、この美しい車窓は、始めから用意されていたものではないのです。
この路線は廃線になって、3年もの間手つかずで放置されていたものだったのです。
それを復活させた人物がいました。
嵯峨野観光鉄道の長谷川一彦社長(65)さんです。
JR山陰本線が高速化に伴い新たなルートが作られ、迂回が多いこれまでのルートは廃止になりました。
廃線から3年、地元は復活を強く要望し、JR西日本の子会社、嵯峨野観光鉄道が出来ました。
当時社員はたったの9人、日本一小さな鉄道会社でした。
しかし、3年の間にレールはさび付き草木は生い茂り、まくら木も朽ち果てていました。
親会社のJR西日本でさえ「もって3年の子会社」と思っていたそうです。
長谷川さんは、初代社長に選ばれたものの、半年で開業までこぎつけなくてはならず、途方に暮れていました。
しかし、長谷川さんは、どうせつぶれるのなら「何かひとつでもお客様に喜んでもらえる事、そして地元の方々のためになる事を証として残したい」と考えたのでした。
長谷川さんは、小鳥がさえずりキツネや鹿が走り回るような明るく活気のある落葉樹の森を再生したかったと言います。
そこで松を再生させ、桜やモミジを植栽する事にしました。
まずは、背丈を超えるほどの雑草を刈り取るという気の遠くなる作業からのスタートでした。
そして、京都で桜の神様と言われている佐野藤右衛門さんに、日本一の桜の苗木を譲って欲しいとお願いに行きました。
桜の神様は職人気質です。自分が手塩にかけた苗木は認めた人にしか譲らないと決めていました。
しかし「あんたが下刈りして面倒みるんやったら手伝わしてもらう」と言ってくれたのです。
佐野藤右衛門さんの次の言葉に私は涙があふれました。
「植えた桜を全部咲かそうと思うのは人間の傲慢。自分が結果を見ようとしたらあかん。
次の世代の人のため、そういう気持ちが必要や。」
何故私が感動したか、分かる方には分かるでしょう。それは最後にお伝えします。
この言葉を胸に長谷川さんは苗木を一本一本植えました。
地元の方も手伝ってくれたそうです。
20年経った今でも、社員の方と雑草刈りや剪定を続けているのです。
そんな長谷川さんを見て、桜の神様佐野さんが言いました。
「あんたが通ると桜が喜んでる。必ず枝がふ~っと揺れるはずや。それはあんたが育ててきたからや。育ての親を桜はちゃんと分かっているのや。」
そして、1991年4月に開業した時には予想を上回る人が訪れました。長谷川社長らの懸命な姿を見ていた地元の人々がかけつけてくれたのです。
今や関西一の観光列車になった裏には、社長たちのたゆまぬ努力があったのです。
京都の顔にまでなったトロッコですが、人気の秘密はまだありました。
それは社員たちのおもてなしの精神です。
接客サービスぶりには驚きました。
外国人のために語学の勉強もし、中国語で歌を披露したりするそうです。
こちらのサイトをみて、更に驚きました。
http://www.sagano-kanko.co.jp/interview/index.html
クレームの匿名の手紙をもらい、消印から一軒ずつを回って探し出し、お詫びに伺ったというのです。
トロッコ列車の30分の道のりに、精一杯のサービスで楽しんでもらおうという社長さんたちの思いが伝わります。
この美しい景色を孫のその孫の代まで残したいと、長谷川社長さんたちは願い、充実した毎日を送っているのです。
関西の方では有名なお話かも知れませんが、番組を見てお伝えせずにはいられませんでした。
素晴らしすぎる!
『次の世代の人のため』…そうなんです。私たちは今、100万年先の世代の人々に核のゴミを残そうとしているのです。
美しい桜との違いに涙が出ました。
私たちは後世の世代の子どもたちの為にも、原発のない世界を作っておいてあげなければと強く思いました。
人間は自然の美しさを、長谷川社長さんのように助けていくのが役目なんです。
原発ではなく、本来のこんな生き方ができたら最高です。
素晴らしい方たちを知る事ができました。ありがとうございます。
久しぶりに京都に行きたくなりました。